呪術廻戦リリカルなのは   作:織姫ミグル

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第三十四章

 

 

人の負の感情によって生まれる『呪い』には裏表がない。

 

自分たちの持つ感情は全てに偽りがなく、逆に今この世にいる人間には必ず裏がある。

 

人と会話している最中にも人間はどこかで必ず本音を隠している。その人の気分を害するからとか、それを言ったら自分の今後に関わって破滅する危険もあるからとか、本音を言ったら世間から危険視されるからという理由から、皆本当に言いたい事、所謂本性という物を隠して暮らしている。言ってしまえば、人間は臆病なのだ。嫌われることや、それこそ死というものを恐れて、皆慎重に生きている。

 

しかし『呪い』はどうか。

 

負の感情しかなくとも、それは言ってしまえば全てが真実。

 

彼らには本音というものを隠すつもりが·······というよりそんな概念がないのだろう。思い浮かんだ感情に素直に従い、本能のままに生きている。人間とは違って、自分の思い通りに生きる。

 

死なんてものも恐れず、全て自分の本能のままに生きる自分たちこそが『真の人間』だ。

 

本当の感情を殺して生きている人間よりも、自分たちの方が遥かに優れている。

 

それなのに、そんな臆病者の人間が表舞台を平然と歩き回って、何者も恐れない自分たちが隠れているのはどういう事なのだろう。

 

真に強い者が頂点に立つべきなのに、人間から隠れて暮らしている。

 

何故、自分(強者)たちが人間(弱者)なんぞから弱く見られる?

 

何故、自分(本物)たちが人間(偽者)なんぞから隠れて暮らす?

 

おかしい。

 

絶対におかしい。

 

これは、理にかなっていない。

 

こんな、屈辱的なことはない。

 

ならば。

 

全てをリセットすればいい。

 

現代の転覆を目指し、自分たちが人間という位置に君臨するべきだ。

 

偽者は、消えて然るべき。

 

そのためならば、手段を選ばない。

 

殺意や憎悪を以ってして、偽者共を根絶やしにしよう。

 

裏表のない、偽りなく欲求の赴くままに行動できる理想郷を創ろう。

 

それが、『呪い』の真髄なのだから。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

蒸し暑い空間。

 

隠れて暮らすと言っても、流石に娯楽がなければ退屈すぎて死んでしまう。

 

人間を一匹残らず始末するなら、まずは一番多く集まる都市圏に拠点を作るべきである。それでいて負の情念が集まりやすい、例えば霊園近くに廃墟となった病院に学校があれば尚良い。しかし、そんな好条件の立地など、どこの不動産を探し回っても見つかるはずがない。

 

だったら作ればいい。

 

以前に良い物件があったので、そこに住んでいた住民には強制退去ということで消えてもらい、今は別の者がそこに住んでいる。

 

しかもそこは今別空間。

 

そこで『そいつら』はその住民が遺したボードゲームで暇を潰しているが、どこかピリピリとしている。

 

 

「一」

 

「二」

 

「≒ΠδεЖЙсэшю」

 

「ええい貴様は喋るでない!! 頭が痒くなるわ!!」

 

 

カードを全員に配り終わると、親から一と宣言しながら手札の中の一番を場に裏向きにして出していく。

 

時計回りにカードを出し、次に左隣の人がニと宣言しながら手札の中から二番のカードを裏向きで出し、その後は時計回りに三、四と続けて出していく。そして一三番までいったら一番に戻ってくり返す。それで順番のカードを持っていなくてもバレなければ成立し、対戦相手たちはそれが嘘かどうかを見抜く。見抜かれたら置かれていたカードをその嘘をついた奴に押し付け、先に手札がなくなったら勝ちという簡単なゲームだ。

 

しかし、そんなゲームでも『こいつら』は嘘をつけない。

 

 

“呪霊”

 

 

特殊な空間を構築して遊んでいる連中は、人間ではない。

 

同じテーブルに座っている連中はどいつもこいつも自然の恐怖から生まれた呪い。

 

それも特級という、最上位階級に位置に君臨する奴らが同じ空間に三匹。一匹は知性がそこまでないから近くの海でプカプカと浮いている。テーブルに座っているのは大地の恐怖から生まれた呪いと、森の恐怖から生まれた呪い。

 

最後の一人は特級呪物が受肉した、呪霊と人間の混血児。

 

特級の中で唯一呪霊ではない二つ結びのパンクとすら言えるような独特な髪型と鼻の横一線の刺青のような模様が特徴的な男は、だったらなんでこのゲームを選んだ、と思った。

 

 

「やめだやめだ。偽者が考えたゲームなんぞ楽しくもない」

 

 

結局、勝負にもならないと感じた富士山頭の呪霊はゲームを放棄し、この集団のリーダー的存在である二人が不在であることに疑問に思った。

 

 

「あの二人はどうした?」

 

「知らんが、おそらくは計画実行の準備でもしているのだろう。あと二週間だからな、『渋谷のハロウィン』まで」

 

「ふん」

 

 

もうすぐ行われる、渋谷ハロウィン。

 

そこでは仮装した若者らが集まり、大いに騒ぎまくる。地方からも押し寄せ、この日本では有名なイベントだ。

 

そこで実行予定の計画の最終チェックとして、二人は今この拠点から離れている。

 

富士山頭の呪霊は持っていたトランプを手のひらで燃やすと、男に言う。

 

 

「しかし、聞いた限りでは“五条悟”は“宿儺の器”と共に行方不明。『奴の封印』が目的であるのに、その状態で計画を実行しても意味がなかろう?」

 

「俺も詳しくは聞いていないからわからんが、“奴”が言うにはそれは一時的なものでいずれ戻ってくるそうだ。少なくとも、渋谷ハロウィン前には姿を現すらしい」

 

 

何より、と男は言う。

 

 

「俺は許さない······弟たちを殺しておいてそのまま雲隠れするなど、たとえ何処に逃げても必ず探し出して殺してやる」

 

「あん?」

 

 

その直後、富士山頭の呪霊から尋常ではないほどの熱量が殺気と共に放たれ、テーブルにあったトランプを全て燃やした。

 

 

「何度も言ったはずだ。宿儺の器は儂らにとって必要不可欠な存在だと」

 

「知ったことか。俺は弟たちの仇を取れればそれでいい」

 

「ッ!?」

 

 

二人の間で殺意が膨張する。

 

鋭い殺気を互いに向けて、その殺意が周囲の空気を揺らす。

 

 

「受肉させてやった恩、そして科せられた縛りを忘れたか······?」

 

「お前たちが俺に科した縛りは全ての人間の皆殺し、その協力。ならば人間である“虎杖悠仁”を殺すことは誓約違反にはならんはずだが?」

 

 

もはや一触即発の一歩手前。

 

椅子を後ろに倒すほど勢いよく立ち上がった二人は、殺意と共に術式を発動させようと手を構えている。その術式の発動威力から、今展開されている蛸型の呪霊の生得領域が破壊されるほどだということは容易に想像できた。

 

故に。

 

シュル、と。

 

地面から生えた木の根が二人に絡まり、その手を止めさせた。

 

 

「∬∃@▽◇◎$£※⊆〒」

 

「だから喋るなと言っておるだろう!! この術式もさっさと解け!!」

 

 

傍観していると思ったら、珍しく二人を仲裁する木の呪霊。

 

筋骨隆々な体格に黒い紋様が枝葉のように走っており、紅い花の蕾が生えている左腕を伸ばして争いを止めるように言ってくる。

 

男は小さく舌打ちをすると、血のように真っ赤に染まった鼻の横一線の刺青を納め、木の根を振り払うように折って拘束から逃れると、そのままテーブルから離れていく。意味を成さぬ音に不快に思った富士山頭の呪霊もフン! と鼻を鳴らして大人しくなったのを見ると、木の根が解かれた。

 

苛立ちを覚えるのは悪い癖だ。

 

冷静になるために富士山頭の呪霊は懐からパイプを取り出して咥える。煙を吸うとパイプの火皿にある頭脳が熱で赤く染まり、顔のような何かが悲鳴をあげる。

 

 

「しかし、あの五条悟が宿儺の器と共に行方不明とはな」

 

 

一つしかない目をぐるりと回して考え込むと、懐に仕舞ってある預けられた『十本の指』を軽く叩く。

 

 

「宿儺は味方ではない。復活しても儂らが負うリスクの方が大きいかもしれん。しかし、呪いの王である奴がこの世界に君臨すれば確実に呪いの時代は来る。万が一、五条悟の封印が失敗した場合のために儂に指を預けてくれたが、その宿儺の器も五条悟もいない。このまま現れずに計画実行日が訪れればどうなるのか、アイツは考えておるのか?」

 

 

一つの野望のためにこれから行われるテロ計画。

 

それなのに件の現代最強の呪術師がいないのでは実行したところで意味はない。その保険ともなる宿儺の器の少年もいないのではただの虐殺になるだけで、呪いが人として立てる世界にするにはちょっと効果は薄い。

 

五条悟の死、もしくは行動不能。

 

それが彼ら呪霊の目的。

 

人間である以上は寿命でいつかは死ぬと言っても、それまで隠れているなんて真似彼らにできるわけない。

 

五条悟が行方不明で現在何処にも姿を確認できないのであれば好機とも言えるが、死を確認していない以上は安心はできない。どこかに潜んでいて、自分たちが動くのを見計ってすぐに消しにくる可能性もある。一人残らず皆殺しをして人間との立場を逆転したところで、五条悟という人間がたった一人いるだけで呪いは塵一つ残さず消されるだけである。行方不明という曖昧な状況では、鏖殺してもすぐに元通りになる可能性が高いのだ。

 

いつか戻ってくるという情報すら不確かで、このままハロウィンを迎えたら全ておじゃんになる。

 

それでも、この計画を立案した『額に縫い目のある袈裟の男』は問題ないと言った。

 

結局は奴の言葉を信じるしかないが、こうも自由に身動きできない状況では息が詰まる。

 

やはり隠れているのは性に合わない。

 

一刻も早く偽者共には消えてもらわねば。

 

 

「もどかしいことこの上ないな」

 

「∉∋∈∅⊗∪∩ЖЙ」

 

「黙っとれと言っておるだろうがッ!!」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

知っている者にしかその場所はわからない。

 

人の影すらなく、誰も足を踏み入れていない魔境的な光景。空気はとにかくジメジメとして、苔が放つような青臭さはあるが、自然というひんやりとした空気が涼しげに迎えてくれる。

 

そこに向かって進むと、不意に地面を丸く切り取った穴が現れる。

 

一見すると落とし穴のように見えるが、よく目を凝らすとかなり急な角度で切り取った石の階段がついているのがわかる。もしこの自然な光景の先に死体のようなものが埋まっていると知ったら、何も知らない人はどんな顔をするだろうか。

 

でこぼこで均等な形をしていない石の階段に足をかけながら、『彼』はそんなことを考えた。

 

薄ら寒く感じるのは決して温度が下がったからだけではない。 

 

人払いのつもりなのか陰気が充満しており、尚且つ死の匂いが漂ってくる。

 

中は薄暗いが意外に広い。

 

床は所々緑色の苔に覆われており、なんだか廃墟のようで不気味だが、よく見れば古語かなにかでびっしり覆われた札、儀式用の道具に欠けた仏像などがあり、全体的にどこか未開の地に建てられた御堂のような雰囲気を漂わせていた。 

 

が、肝心のこの空間の主の姿がどこにもない。

 

 

「おーい、いないの〜?」

 

 

と、言って堂々と入ってくる少年にも青年にも見える男。

 

身体中に継ぎ接ぎが施されており、黒いローブに現代的な白いスニーカーを履いている。彼は少し歩いて目的の人物に会おうとするも、返事はない。自分の放った声が反響してくるだけで、それ以上の変化はない。カツンカツンという硬い感触を返す地面を叩きながら、彼は勝手に中へと入っていく。

 

あちこちに置かれている宗教的な物品。

 

錆びているものから朽ちているものまであり、かなりの年代物であることが察せられる。

 

ここの主人の蒐集品なのだろうか。

 

側から見ればただのガラクタにしか見えないが、只者ではない彼にはそれらが何なのかすぐにわかった。

 

 

“呪物”

 

 

人間に幸運や災いをもたらすとされる物体で、神聖視されたり儀礼の対象となったりし、岩石や動物の歯、人間の頭骨でできた偶像などがあり、それらを蒐集している事からここの主人はかなりマニアックだ。

 

畏れを大量に含んだ呪物を色々と漁って楽しんでいる中、彼はその中でも異質な存在に気が付いた。

 

 

「ん?」

 

 

大きさは電話ボックスくらいか。

 

いくつもの時代を渡って価値のある遺物に変わった品々が並ぶ中、どう見ても全然それっぽくない『培養ポッド』が部屋の隅に置かれていた。

 

しかしかなり古い。

 

中の液体は取り替えているようだが、外側の容器には苔が生えている。

 

分厚い保護ガラスの内部を埋めている、時間や空間をそのまま満たしたような液体は『一つの体』を収めていた。

 

 

“金色の髪の子供”

 

 

膝を抱えるようにして目を閉じ、全身が生まれたままの状態で保管されている子供の見た目は、まだ一◯にも満たない。

 

一見すれば、標本として飾っているようにしか見えない。

 

しかしながら、魂の存在を捉えることができる彼にはすぐにわかった。

 

 

「へぇ······生きてるんだ」

 

 

微力ながらも僅かに魂の波動を感じた彼は、興味津々にそのポッド外装にこびりついた湿気による霜を拭うと、内部に収まっている『少女』を見る。

 

死んだように目を閉じている少女の見た目は五歳から一◯歳前後でも、魂の年齢は最低でも九◯◯歳は超えている。それほどの長い期間ここに閉じこもっている理由は大体わかる。

 

延命。

 

体の機能はすでに停止しているが、魂はまだ体の中に残っている。

 

興味深い個体だ。

 

呪胎九相図を保管していたように、この子供もこの中で眠っているのか。

 

彼はまるでペットショップに並べられている動物を眺めるようにその少女を見ていると、後ろから声をかけられた。

 

 

「人の物を勝手に触るのは感心しないな············“真人”」

 

「返事をしないそっちが悪いんでしょう? “夏油”」

 

 

後ろを振り向くと、額に縫い目のある袈裟を着込んだ男が立っていた。

 

継ぎ接ぎの呪霊である真人の横にまで来ると、彼が興味深そうに眺めていた少女を一緒に見る。

 

 

「それでこれは? 夏油の趣味の一つ?」

 

 

だとしたら相当に趣味が悪い。

 

長いこと培養液に浸してこんなにも可愛い少女を密閉ポッドの中で眠らせておくなんて、監禁どころの話ではない。

 

そんな真人のジョークに夏油は鼻で笑って、

 

 

「まさか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。死んだら可哀想だから大切に保管しているんだよ」

 

 

裸の少女はどう見ても夏油には似ていない。

 

それどころか少女の魂からは全く夏油の魂の波動を感じない。親子であるならば少なからず似通った波動を感じるはずなのに、それが全くない事から養子かとも思ったが、そんなこと夏油がするとは思えなかった。

 

真人は夏油の言葉に瞬きをし、面白がるように言う。

 

 

「驚いたな············夏油に隠し子がいたなんて」

 

「厳密には私の子供ではないがね。前に私の術式について話したと思うけど、肉体を転々として依代にしていた中の一人の子供だ」

 

「宿儺が生きていた頃ぐらいの?」

 

「君にはわかるか。だが面白いことにその肉体の持ち主は平安時代では見られない格好をしていてねぇ。何処かの国の装束のようだったが、入れ替え後に流れ込んでくる記憶を読み取った際に驚くべき事実が隠されていてね。明かすことはできないが、その事実は私にとっても興味深かった」

 

 

思い出話を語るように説明する夏油は、少女が収まっているポッドに近付くと愛娘を愛でるようにガラスを撫でる。

 

 

「『彼女』はこの子を失って深く傷付き、それで何とか目覚めさせようとしていたみたいだが、結果はどれも散々なものだった。それで私たちの世界で言う『特級呪物』を使って再生を試みたようだが、それも無駄だった。失われた古代都市なんて迷信を信じ、それに縋る事しかできなかった彼女の意思を引き継いで、私はこの子を今でも自分の娘のように大切に思っている」

 

「奪った肉体の記憶から流れる感情に乗っ取られたわけだ」

 

「そうとも言えるね。けれども私は純粋にこの子を大切に思っているよ············利用価値があるからね」

 

 

その最後の一言に真人は大いに笑った。

 

夏油は続けるようにすぐ横を歩くと、『何かの宝石』を取り出した。彼が持っているということは特級呪物なのだろうか。菱形の宝石で水晶のように透き通っていて、中にはローマ数字が刻まれていた。

 

 

「これはその肉体の持ち主が持っていたものの一つでね。これを使って何処かにあるという滅んだ世界に向かおうとしたみたいだが、彼女はこの石の持つ本当の価値に気付いていなかった。一つ一つが強大な力を込めた結晶体で、その者の願望を叶える特性を持っているのに、何故わざわざありもしないものに頼るという遠回りをするのか私には理解できなかった」

 

 

へぇ〜、と真人は夏油の説明を聞いて両腕を後頭部にやって、

 

 

「確かに回りくどいな。そんなに便利な物なら、そいつはこの子を生き返らせてほしいってその呪物に頼めばよかったんじゃない?」

 

「それをしなかったのを見ると、彼女自身本当はこう思っていたんじゃないかな? この子はもう蘇らないと、ね」

 

 

しかしそれでも諦めなかったのを見ると、この子の母親は相当に精神が追い詰められていたのだろう。迷信に縋ってまでこの少女を生き返らせようとしたその想いには感心するが、同時に愚かだとも思う。

 

何故、願いを叶えるものを手に入れておきながら失われた古代都市を目指したのか。

 

その体を奪い取った夏油でさえ理解できなかったのなら全ては闇の中だが、一つだけわかったことがある。

 

夏油の話を聞いている限り、その女は『異世界』というものに行こうとしたようだ。その失われた古代都市が何なのかは知らないが、その都市には死者を蘇らせる何かが眠っていたのかもしれない。

 

今となってはもうわからない。

 

今夏油の中にある魂は呪術師の楽園を目指し非術師を大量虐殺しようとした特級術師であり、『最悪の呪詛師』と言われた“夏油傑”という体に憑依しているのだから、その女の肉体はとうの昔に土に還っているだろう。

 

だが、その女が遺した呪物を未だに大切に保管しているのを見ると、彼自身もその異世界というものに少なからず興味が湧いたのかもしれない。

 

その呪物は、その鍵。

 

夏油は手に持った宝石を眺めながら、

 

 

「これを使えばその者の願望を叶えることができると先程述べたが、生憎拾った当時はほとんど力を失っていてね。彼女が目指したその失われた古代都市に行けるかどうか試してみたんだが、何も起こらなかった。だから心霊スポットや自殺の名所なんかに設置して、長いこと負の情念を蓄えさせていたんだが、今になって発動したようでね。そのせいで今、宿儺の器は行方不明となってしまった」

 

「なんだ、虎杖と五条悟がいなくなったのは夏油のせいだったのか」

 

「私としてもこれは流石に予想外だった。まさかこのタイミングで高専に見つかって、その回収を虎杖悠仁に任せるなんて。しかも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()············全く使いにくいことこの上ないね」

 

「さっき言ってた失われた古代都市に行きたいって願望? それがアイツの手に渡った瞬間に発動したってこと?」

 

「そういうことだね。しかし古代都市に行ったかどうかは私にはわからない。もしかしたら別の所に飛ばされたかもしれないね」

 

 

夏油はその肉体が望んでいた世界というものがどんなものなのか、それを確かめたくて呪物の特性を以って試してみたが、力を失っていたのでは石ころ同然だった。だから、いつか力が溜まった際にもう一度試してみようと思って負の情念が集まりやすい所に置いていたらたまたま高専に見つかって、それがしかも宿儺の器である虎杖悠仁が回収の任務を任された。

 

夏油が昔願った願望を今になって叶えたようで、それが虎杖に発動して彼を何処かに飛ばしてしまった。

 

この展開は流石に想定外だったため、夏油は隠していたもう一つの呪物の在処を高専に流し、五条悟ら一派に回収に向かってもらった。

 

どんな状況でも必ず生きて帰ってきそうな五条悟になら何とかしてもらえるだろうと丸投げ感覚で任せてみたが、実際彼なら何とかできるだろう。彼の瞳は術式を見破ることができる。ならばその特級呪物が持つ特性を理解し、すぐにここに戻ってきたいと願って帰ってくるだろう。

 

だからそこまで心配していない。

 

ただ問題があるとすれば、本当にその失われた古代都市に行ったのかどうかだ。

 

そこに眠る死者蘇生の秘術なんかを持って帰って来られたりしたら少々面倒だ。まあ、仮に手に入れたとしても彼ら呪術師には扱えない。

 

そこにある技術は呪術では発動しない。

 

 

『魔法』という、別の法則が働いている異端技術を使えねば何も起こらない。

 

 

故に、もし仮に彼らがそこに向かったとしてもその技術を理解できなくて何も持ち帰れない。夏油のように肉体を乗っ取って、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

しかし、夏油は知っている。

 

この体ではもう再現できなくとも、『魔法』という技術の原理を理解している。だから特級呪物である『ジュエルシード』は彼の願いをずっと宿していたのだ。

 

でも、だとしたらおかしな部分がある。

 

発動させたのは夏油じゃない、虎杖だ。魔法の原理も理解していない彼が手に取った瞬間に何故発動したのか。意図的に情報を流して手に入れさせた五条悟らには、事前に細工を施しておいたから行き帰りもできるだろうが、虎杖が回収に向かった当時は夏油も把握していなかった。

 

よって虎杖が手に入れた呪物には何もしていない。ただ遥か昔に願った願望しか籠っていない。

 

それなのに何故発動したのか?

 

憶測だが、虎杖にも魔力が宿っていたのだろう。

 

虎杖の魂には、この夏油傑の肉体を奪った黒幕の魂の一部を継いでいる。かつて彼が奪った体の中には、虎杖の血縁者もいた。

 

その際に彼にも引き継がれたのだろう。

 

魔力の源、『リンカーコア』が。

 

 

「ま、何にせよいずれ戻ってくるさ。そのためにわざわざこの呪物の在処を教えてやったんだからね」

 

「無責任だなぁ。君が原因なのに」

 

「とんでもない。彼らが勝手に触ったのが一番の原因だろう?」

 

 

ハァ〜、と真人は完璧に興味のない声で返事した。 

 

それを聞いて、夏油の方も説明をする気がうせる。

 

 

「ちなみに、君からして彼女のことはどう見る?」

 

「ん?」

 

「君の術式────“無為転変”で、彼女を目覚めさせることはできるかな?」

 

 

そう言って夏油は容器に入っている少女に視線を移す。

 

真人の術式は魂に干渉する。

 

どれだけ肉体を破壊されようと、呪力、魂というものに直接干渉されない限り即座に再生できる。相手の魂に触れれば、魂の形状を操作することで対象の肉体を形状と質量を無視して思うがままに変形・改造することもできる。よって、その者が仮に何かの障害を負っている場合も魂の形を操作すれば即座に治してしまう。たとえ重傷でも再生でき、どんなに難病でも回復させられる。

 

それで、まだ魂だけは宿っている少女に彼の術式をぶつけたら目覚めさせることはできるのか聞いてみたが、真人は難しい顔になって顎に手を当てて、

 

 

「できないことはないよ? 問題の肉体は死んでるけど、魂はまだ生きてるし。けれど、俺の知っている魂とは違うからね。何て言うのかな? この子に宿っている魂はどこか別の法則が働いているというか、呪術とは異なる常識があるというか············」

 

 

う〜ん、と。

 

どう言えば良いのか、最適な言葉が見つからないのか悩みつつ、真人はできるだけ具体的に説明しようと自分の魂を弄って手の形を変える。

 

 

「人間の魂ってさ、なんか炎みたいな形で表現されることが多いじゃん? でも俺からしたらそうじゃなくて、どれも丸い形をしてるんだよね。それで病気とか怪我とか、致命傷を負っている魂ってレーダーチャートみたいな六角形で、傷を負っている部分は飛び抜けていたりでデコボコしててさ、それを丸くしてあげることで治したりできるわけ。だから丸い形を変えてぐちゃぐちゃにしたりすれば『改造人間』が出来上がるってわけ」

 

 

と言って、真人は懐からチェスのように小さくなった『人間』を取り出す。

 

 

「こいつらも元は丸い形をしてたんだよ。どんなに見た目が違っても、怪我とかしない限りは全員の魂が丸くなってるんだ。でもこの子は違う。そうだなぁ、なんて表現したらいいのか············丸い形じゃなくて、イチゴや卵みたいな歪んだ形? ぐにゃぐにゃってなってて、丸に戻そうと思ってもその分の長さが足りなくてどうしても綺麗に丸くならないような形をしてるんだ。ま、調整を上手くすれば元の状態に近い形にはしてあげられるけどね」

 

「そうか」

 

「なんだったら試してみるかい? こんなケースは見たことがないから、勢い余って形変えちゃうかもしれないけど」

 

 

真人は手に呪力を込めてそう言うが、夏油は首を振る。

 

 

「いや、できればこの子は大切に扱いたいからね。真人でも難しいならやめておくよ」

 

「あ!? ちょっと!! 今俺のこと馬鹿にしたでしょ!?」

 

「そんなことはないよ?」

 

 

もう〜! と真人は軽く頬を膨らませて拗ねるが、そんなことよりもここに来た目的を思い出す。

 

 

「で、行くんでしょ? アイツの縛りを果たしに」 

 

「あぁ、そうだったね」

 

 

これから行われる計画を成功させるために、彼らは呪術高専側にスパイを雇っていた。そいつは自身の呪縛に悩まされ、自由に動くことができなかった。日の光どころか月光さえも彼の肌を焼き、そして右腕と膝からの下の肉体と腰から下の感覚がないため遠隔操作で操る傀儡を使って生活している。

 

先天的な身体の欠損や不自由と引き換えに強大な呪術を手に入れているため、その縛りを果たした直後に彼はこちらを殺そうとしてくるだろうが、縛りは縛り。

 

健康的な肉体を与える代わりに協力してもらう。

 

本当なら治すのはまだ先だったが、彼らの仲間のうちの一人が彼が属する呪術高専『京都校』の人間に手を出してしまったため、予定を早めて縛りを果たす。

 

それを破ったらいつどんな災いが降りかかるかわからない。

 

真人の術式、『無為転変』で魂を弄って体を治すわけだが、彼は少々不服そうだった。

 

 

「もう敵になっちゃったのに治してやるとか納得いかないんだよねぇ〜」

 

「仕方ないさ、そういう縛りを結んでいるからね。他者間との縛りには、ペナルティの不確定さがある。だからこそ恐いんだ。最悪、天変地異なんかが起こって世界が滅ぶなんてことになったら、君たちだって困るだろう?」

 

 

大袈裟、と真人はつまらなさそうに答えた。 

 

声に失望感はない。縛りの重要さをそれほど危険視していないのだろう。 

 

真人はとにかくさっさと面倒ごとを終わらせに行こうと急かして、

 

 

「さっさと行こう。ちなみに治してやったらその後はアイツのこと好きにしてもいいよね?」

 

 

勿論と夏油が言うと、真人は彼が所有するの隠れ家から出ていく。 

 

 

「ふっ············できないことはない、か」

 

 

それだけ聞ければ充分だった。

 

実を言うと、真人のようなあんな汚れた手で彼女に触れて欲しくなかった。

 

しかし、真人の持つ可能性、それはあまりに強大で、その術式は人間の構造を変えて全人類を呪術師化させることも可能だ。

 

では。

 

この子の魂の形をこの世界に寄せたら、確実に目覚めさせられる。

 

それを確信した夏油は口を歪める。

 

すでにこの子にはマーキング済みだ。あとは魂を調節し、脳を整えてあげれば良いのだ。

 

先に出ていく真人を見送りながら、夏油は一度愛娘が収まっているポッドに近づき、縫い目のある額をガラスに当ててゆったりと笑った。

 

笑って、愛娘の名前を呟く。

 

 

 

 

 

「すぐ帰ってくるよ──────“アリシア”」

 

 

 

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