呪術廻戦リリカルなのは   作:織姫ミグル

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第三十五章

 

 

「なるほど、じゃあこれに願いを込めたらもう一度使えると」

 

「はい。ですがそのロストロギアは特性上願いを歪に叶えますから、まともに使えるかどうかはわかりません。何より、それは次元干渉型のエネルギー結晶体。流し込まれた魔力を媒体として次元震を引き起こすことのある危険物ですので、使ったら暴走してしまう危険性もありますよ」

 

「あぁ、その辺のことなら大丈夫。こっちの世界に来る時に“帳”を下ろすことで無事にやって来れたんで。それをまた下ろせば周囲からは見えないし、たとえ暴走しても被害は抑えられるでしょう」

 

 

誰にも知られない場所で密会している五条とリンディ。

 

一応はお尋ね者扱いなのでアースラみたいな管理局の息がかかっているような公の場には顔を出すことはできず、路地裏の湿った陰気な所で話し合っている。ここなら誰にも気付かれないし、何より誰も近づこうとはしないので結構バレにくい。

 

五条はここに来る際に拾った特級呪物のことを詳しく聞き、その特性を理解するとポケットにしまって立ち去ろうとする。

 

 

「それじゃあ待ち合わせ時間になったら指定された場所にあの子達を連れてきますから、準備の方をよろしくお願いします」

 

「えっと·········本当によろしいのですか?」

 

「何が?」

 

「本当に············()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「うん」

 

 

その言葉に五条は呆気なく頷いた。

 

リンディ達の立場からすれば厄介者がいなくなって万々歳のはずなのに、何故か名残惜しいみたいな雰囲気を醸し出している。

 

つまり。

 

彼女達は彼らのことを悪く思っていなかったということだ。

 

『闇の書事件』での一件で、褒められたことではないがあの両面宿儺によって闇の書の呪いは取り除かれ、そしてそんな怪物を取り押さえてくれたのも五条達がやって来てくれたからだ。自分達だけではかなり手を焼くようなこともあっさりと解決してしまう彼らは確かに脅威ではあるが、言い換えればそれだけ頼もしいということでもある。

 

もし良い関係を築けたら、共に手を取り合っていけるのではないかと思ったが、それは難しいと五条は考えていた。

 

 

「何を考えているかお察ししますが、僕達と貴女がたとでは生きる世界が違います。言葉通りの意味もありますが、魔導師と呪術師、ロストロギアと特級呪物、それらはどこか似ているようでも、その本質は全然違う。魔法は謂わば聖なる力を持った表の存在であり、僕ら負から生まれる呪いの力は裏。プラスとマイナスを掛け合わせると符号は必ずマイナスとなるように、決して交わることのない関係なんですよ」

 

 

五条はできるだけオブラートに包んだ言い方をしたつもりだ。

 

実際、魔法と呪術ではその力の使い方は異なっており、関わっていても良い結果にはならない。そもそも魔法と呪いという単語だけで、その力の本質がどれだけ掛け離れたものなのかわかるだろう。

 

御伽話に出てくるような魔法という力は人々を幸福にし、だが呪いはどこまでいっても負のエネルギーであり、その力の本質は人を不幸にするためのもの。呪術によって呪いを祓うということをしているが、呪いというのは人を呪い殺したり、アイツが不幸な目に遭いますようにと願ったりという、邪悪な一面が一般的に知れ渡っている力だ。

 

魔法の力が人を幸福にしたいという聖の結晶ならば、呪いの力は人を怨み憎しむという邪の結晶。

 

全くもって正反対の性質。

 

どれだけわかり合おうとしても無駄である。

 

だからこそ。

 

五条は笑って。

 

 

「魔法という力があるこの世界では、僕らみたいな異分子は不要な存在です。長く居続ければそれだけ良くないことになる。実際、管理局の方々は僕らを厄介者扱いにしているようですしね」

 

「·········」

 

「だからできるだけ早くここから立ち去った方が良いんです。お互いのためにもね」

 

 

それじゃ、と五条は手を振って立ち去っていく。

 

その後ろ姿を、リンディは黙ったまま見送った。納得はできなかったものの、五条悟が言いたいことも尤もなことだった。

 

住み分けするべき。

 

互いに歪み合わず、時には分かり合おう──────そんな想いはいずれ牙を剝く。

 

戦争が世界中からなくならないのと同じ。

 

手を取り合うことはできても、それは所謂不可侵条約というものであり、完全に分かり合ったわけではない。互いが納得し、ちゃんと受け入れられる条件を出し合い、そこで初めて“縛り(誓約)”が結ばれる。だが、呪術において“縛り(誓約)”はどれだけ相手の心の隙につけ込むかが鍵となり、上手く科せられても相手の願いを聞き入れられないこともある、一種の詐欺的行為に近い。

 

魔法の契約なんてものは呪いには通じない。

 

呪いはどこまでいってもそういう卑劣な要素が付き纏う。

 

だから。

 

魔導師は魔導師の、呪術師は呪術師の。

 

それぞれを領分を定めておかなければ何度でも同じ事が繰り返される。

 

それが闇の書での一件で証明された。虎杖悠仁の中に住まう両面宿儺という呪いの王が魔法の世界に紛れ込んだせいで、魔法の力を極めた者達の誰もが脅威と感じた。管理局のトップだけでなく、どんな強者も、あの力には勝てないと思っただろう。

 

よく子供向けのヒーロー映画や魔法少女のアニメでも聖なる力で悪を浄化するようなシーンが描かれるが、数学的に考えると実際はそうはならない。

 

五条の言った通りの法則なら、プラスとマイナスを掛け合わせると符号は必ずマイナスとなるように、魔法の力では呪いの力には対抗できない。

 

だから五条の言いたいことは理解できる。

 

でも。

 

納得ができない。

 

しかし。

 

仕方ない。

 

そう思うしかないのだ。

 

 

「生きる世界が違う········か」

 

 

リンディは五条の言った言葉を口にして沈黙する。

 

ふと、彼女は視線を上に向ける。

 

空を見上げると、この世界は凄まじく広いのだと実感できる。この世界だけでなく、その先にある宇宙という空間も存在し、幾つもの次元にある世界もあり、そこには自分の知らない世界が広がっている。

 

だが。

 

その全ての世界に共通しているルールがある。

 

正と負は共存できない。

 

どちらかが存在している限り、流れる力は全てマイナスとなる。

 

それが。

 

全ての世界においての共通の掟だ。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

アースラ。

 

そこにフェイトはいた。もう午後の五時を過ぎており、学校から帰って来たのであればフェイトのような幼い歳の子供は家にいないといけない。だがフェイトの意思を尊重してか、もしくは彼女自身が時空管理局での保護観察対象であるためか、どちらにしても管理局の息がかかっている施設では案外優遇されている。管理局にいれば同時に監視できるし、何か問題を起こさない限りは見逃されている。

 

しかし、少し歩くだけで管理局の者達が必ずと言って良いほど視線を向けてくるのはあまり良い気分じゃない。

 

皆愛想良く挨拶してきても、その瞳の奥にある監視という感情が嫌でも見えてしまう。気のせいでなければ、廊下に設置されている監視カメラも自分が通る時に追うように動いている。

 

やはりまだ、“かつて母が引き起こした事件”についての印象がまだ定着しており、フェイトは無罪となったがそれでもまだ不信感を拭えない者も複数いる。この世にいる全員に好かれることはないということはわかっている、だから彼女も全力で罪を償うために管理局に所属したのだ。

 

それは置いておいて。

 

今歩いているフロアは怪我人や病人が入院している場所であるためか、局員を見ることはごく少ない。やがて突き当たりに、病人達が入院している扉が見えてくる。そのうちの一つに足を止める。

 

すぐ横の壁面には、電子同士がぶつかることによって輝くネームプレートがある。

 

個室であるため一人の名前しかなかったが、そこに表示されているのは“アルフ”という文字。

 

彼女に残された、最後の家族。

 

闇の書の事件での怪我によって未だに目覚めることはなく、解決後もずっと眠っており、目覚めないかもしれないし奇跡的にも目を覚ますかもしれないと言われ、それ以来ずっとここに来ている。

 

 

「今日も········ダメかな」

 

 

正直、こんな希望を持つこと自体無駄なのかもしれない。

 

自分の使い魔が負った傷はただの傷じゃない。なんとなくだが、アルフが目覚めないのは“呪い”のせいなのではないかと思ったこともあるほどだ。

 

両面宿儺。

 

鬼神の如き力を秘めた、呪いの王。

 

その力は負のエネルギーから生まれる呪いであり、その邪気に蝕まれているせいで彼女が目覚めるのを妨げているのかもしれない。

 

これが普通の敵に襲われて負った傷であったら、あの頑丈なアルフも数日のうちに回復して目覚めていただろう。

 

しかし、今回は呪術師。

 

それも呪いというものを極め、頂点に立つに相応しい存在である両面宿儺によって付けられたものだ。

 

それだけで、彼女の負った傷がどれほどの規模であるかの印象が違ってくる。

 

なのはやフェイトでも、魔法の世界では最高戦力と言われるほど強いが、まだ第三者が『凄く強い』で終わらせられる程度である。しかし両面宿儺は別格であり、全ての人間が『ありえないほど恐ろしく強い』と感じてしまうほど規格外なのだ。なのはやフェイトと戦って倒される敵も『負けた』と潔く認められるだろうが、あの異質な存在に倒されるとなったら、皆現実を受け止められず『死にたくない』と泣き叫ぶだろう。

 

つまり許容できないレベルなのだ。

 

なのはとフェイトは天上の位置に行けるほど強いが、両面宿儺はそのさらに上を行く。

 

そんな奴にかけられた呪いは、自分達の魔法では到底祓うことはできない。

 

でも。

 

少女はそれでも希望を捨てるわけにはいかなかった。

 

フェイトは扉の前に立つと、センサーが反応してかすかな電子音と共に扉が横にスライドする。

 

一歩踏み込むと、涼やかな花の香りが包んだ。

 

フェイトが定期的にお見舞いに来て、その時に飾った色とりどりの生花の香り。

 

─────それを嗅いでいる、“自分の使い魔”。

 

 

「え─────?」

 

 

フェイトの喉から短い声がこぼれる。

 

ベッドから上体を起こし、興味深そうにフェイトが置いていった花の香りを楽しんでいる。こちらに背を向けて、その見慣れた赤毛の髪が目に入ってきた時、フェイトは信じられないような顔をしながら、彼女の名を呼ぶ。

 

 

「ア·······アルフ?」

 

「!」

 

 

主人の声に振り返るアルフ。

 

犬としての嗅覚は花に捉えられ、声を聞いてようやく主人が自分と同じ空間にいることに気がついたらしい。

 

 

「あ、フェイト」

 

 

呆気なく、主人の名を呼んでくれた。

 

首元にはいつもの首輪型チョーカーではなく大量の包帯が巻かれており、そこをあの怪物に斬り裂かれたせいで話せなくなっていたのに、彼女は平然として声を発した。

 

 

「あ··········あぁッ!!」

 

 

フェイトは体を小さく震わせる。

 

何度この時を夢に見ただろう。何度この時が来るようにと祈っただろう。

 

フェイトは嗚咽を堪え、しかしどうしても湧き出てくるこの感情には逆らえない。

 

家族が目を覚ました。

 

ずっと目を覚まさなかった、唯一の家族が。

 

 

「ッ!!」

 

 

フェイトは自分が病室にいるということを忘れて駆け出していた。

 

歓喜のあまり思わず飛び付いて、それでもアルフはいつもと変わらないようにフェイトを受け止めていた。泣きじゃくるフェイトの背をアルフが撫でる。その手から温かさが伝わってきて、涙で濡れる瞳でちゃんと彼女の顔を見る。

 

いつもと変わらないアルフの姿。

無事に目を覚ましたアルフの姿。

 

どうして目を覚ましたのか、いつ起きたんだとか、そんな疑問を感じる暇もない。

 

どんな魔法を使ったのかなんてこともどうでもいい。

 

こうして無事に目を覚ましたのだ。

 

フェイトは家族との再会に涙し、そんな彼女をアルフは笑って抱きしめていた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

一方で。

 

同じアースラに守護騎士四人組もやって来ていた。

 

たった今目を覚ました病人がいる病室のエリアより少し離れた場所、そこにもう二人いた。場所はアースラ職員が利用する食堂、というかレストランだ。

 

 

「はやて!! リイン!! これ!! お見舞い!!」

 

「まあ、ありがとうヴィータ」

 

「いつもすまないな」

 

 

本当ならば彼女達も入院患者であるためこんなところにいてはいけないのだが、いつまでも病院食だとストレスが溜まる。患者の健康に気を遣って調味料なども最低限にするのは結構だけども、生き物には味覚という食欲を増幅させる器官があるので、いつまでも味が薄いと家で普通に食べていたようなものが恋しくなる。

 

だから。

 

見舞客が持ってきてくれる果物や弁当に甘えてしまうのは仕方のないことだ。

 

無論、そんなものを食べたら後の検査ですぐにバレるのだが、彼女達は別に内臓が悪いというわけではなく外傷の方が問題であり、でもはやては闇の書の呪いで全身麻痺の影響がまだ残っているから消化に悪いものはNGである。

 

だから必然的にリインフォースのみ炭水化物系統の食事を与えられ、はやてはポタージュスープ、またはフルーツゼリーやプリンが主に提供される。

 

おかゆや雑炊ではないことだけが唯一の救いか。

 

でもはやては文句どころか感謝の言葉しか言わない。

 

こういう子が上司になってくれたら、どれだけ厳しい環境となっても皆がどこまでもついていきますと言ってくれるだろう。

 

 

「二人共、それだけ食べれれば後遺症とかなさそうね」

 

 

守護騎士の中でもバックアップに特化し、回復魔法はお手の物であるシャマルが二人の様子を見てそう言うと、はやてとリインフォースは互いに見合って微笑む。

 

 

「うん、まだ足の麻痺が完全には取れてないけど、このまま様子を見てリハビリを続けていけば歩けるようになるんやて。リインフォースの言った通りやわ」

 

「でも、あまり無理をなさらぬよう、我が主。闇の書の呪いが解かれたとはいえ、まだ日が浅いのですから」

 

「心配してくれてありがとうな。けれど私も早く歩きたくて仕方ないんや。多少は頑張ったってバチは当たらへん」

 

 

そう言いながらはやては手のひらを広げて膝をパンパンと叩いてみせた。

 

闇の書の主になってからその影響で体が蝕まれ、歩くという当たり前のことができなくなった彼女は相当苦しかったはずだ。ずっと呪いによって縛られ続け、車椅子生活を余儀なくされた挙句に傍で支えてくれる家族もいなかったわけだし、彼女の心は強いと言っても我慢にも限度がある。

 

だから、呪縛から解き放たれたのにまだ車椅子生活をしていて、流石に飽きてきただろう。

 

一秒でも早く歩けるようになりたいと、彼女は精一杯頑張っていた。

 

だが、主人の身を案じる者達からしたら、今はとにかく休んでいて欲しいというのが本音だった。今からやっても問題ないとはいえ、松葉杖なしで歩けるようになるには相当過酷なリハビリが必要となる。

 

守護騎士達は見守ろうと決めていたものの、歯を食い縛って涙を滲ませながら歩行訓練をするはやての姿には我が身を切られるような痛々しさを感じた。

 

そんな彼女の努力する姿を思い出し、隣にいるリインフォースは、そっと何度も何度も彼女の膝を撫でていた。

 

 

「もう、我が主には二度と苦しい思いはさせません」

 

「リインフォース?」

 

「今はまだ呪いの影響が残っているためお辛いでしょうが、今後我々が傍で支え、主を幸せにしてみせることを誓います」

 

 

そう彼女が言うと、目の前に座っている他の守護騎士達も同意するように頷いた。

 

 

「呪縛から解き放たれ、平穏の時を手に入れた今、我らにとってあなたが最後の主」

 

 

シグナムが笑顔見せると、

 

 

「はやてちゃんと一緒に、同じ時間を過ごしていけるこの幸せ」

 

 

シャマルがつられるように微笑み、

 

 

「この命が尽き、我ら守護騎士は最後まで」

 

 

ザフィーラが堅苦しくも嬉しそうに、

 

 

「一緒に生きていこう!! はやて!!」

 

 

ヴィータが元気よく叫ぶ。

 

愛する家族達の笑みを見ると、はやても日だまりのような笑みを浮かべ、一粒の涙を零した後、みんなに言った。

 

 

「ありがとう、みんな」

 

 

必死に涙を堪えようとしていても嬉しさのあまり泣きたくなる衝動を抑え切れないのか、彼女達の主人として情けない顔を見せたくないのかすぐに俯いてしまう。

 

そんな彼女に、少女の家族達は隣にやって来て、そっと肩に手を置いた。

 

当たり前の幸せを奪われていた少女は、それだけで報われた気がした。

 

ずっと自分たちの幸福を奪っていた呪いが祓われたのだから、多少みんなで頑張っていくのも悪くない。

 

─────その時だった。 

 

はやてのスカートのポケットから、携帯電話の着信メロディが鳴った。みんなが隣で見守る中、彼女はポケットから携帯電話を取り出して誰からの電話なのかも確かめずに通話ボタンを押した。

 

耳に当てると、これから自分にとって先輩となるであろう聞き慣れた少女の声が飛んでくる。

 

 

『あ、はやてちゃん?』

 

 

聞こえて来た声にはやては応える。

 

 

「どうしたんなのはちゃん?」

 

『うん、ちょっと急で悪いんだけどね─────』

 

 

聞こえてくる声の感情からして、本当に急なようであった。

 

どこか落ち着きや余裕がなく、自分もたった今聞いて情報処理が追いついていないような、だが他の誰にも聞かれないよう内緒話をするかのような静かな声。

 

そんな感じの声を出す彼女から出てきた言葉。

 

それは。

 

はやてにとっても、リインフォースにとっても、守護騎士達にとっても。

 

関わった全ての人達にとって、とても重要な用件だった。

 

 

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◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「あ、ただいま悠仁君」 

 

 

時を少し遡って。

 

店の前を掃く虎杖悠仁を見て、学校から帰ってきたこの店の看板娘の一人である高町なのはが笑いながら言う。

 

喫茶店『翠屋』で働きだして数日、虎杖は相変わらず掃除に明け暮れていた。

 

 

「おー、おかえりなのは。今日も学校お疲れ様」

 

「悠仁君もいつも掃除してくれてありがとう! やっぱり悠仁君の掃除っぷりにはいつも助かってるから、塵一つないお店の中で飲むコーヒーは美味いってみんな言ってるよ!!」 

 

 

真冬のこの時期といえば、沿道の木から落ち葉が落ちまくっているものだが『翠屋』の周りには葉っぱ一つ落ちていない。

 

もちろん美しいのは店の前だけではない。なのはの言った通り、店の中は虎杖悠仁のハイパーゴージャスエキゾチックオブスペシャルクリーニングパワーによって埃一つない状態だ。 

 

ここの店長であり、なのはのお父さんの高町士郎に掃除を全面的に任された時はなんか納得がいかなかったものの、今では塵一つ見逃さないほどに成った。狙って出せる技ではない“黒閃”を凄まじい集中力によって連発させた虎杖は、少しでもコツを掴むと呼吸するように自然と適応できる。

 

かつて、親友を通り越して勝手に兄弟認定にしてきた東堂という男が言っていた。

 

自分は今まで口に入れたことがない食材をなんとなく鍋に入れて煮込んだ状態だったが、味を理解すれば一流として、別次元の場所に立てるという。

 

極めれば極めるだけ、虎杖悠仁は強くなれる。

 

よって。

 

ずっと掃除し続けていた虎杖はいつしか家庭で戦う主婦レベルを超え、清掃業者どころかスパイ映画や殺し屋映画なんかに出てくるような証拠隠滅業者なんかも顔負けのスキルを持つようになったのだ。

 

 

「最初にここに来た時のことが噓みたい。掃除の仕方もわからずモップを乱暴に振り回していた頃とは大違い」

 

「ふっ·······才能ってやつは、隠しても滲み出るもんだからな」

 

「いや、単にお父さん達の指導のおかげだと思うよ」

 

「なのはにも見せたかったなー、俺の華麗な掃除テクニックを」

 

「もう! 調子に乗らないの!!」 

 

 

なのはの言葉自体は辛辣だが表情は明るい、虎杖との会話を楽しんでいるように見える。

 

 

「·······」

 

 

それが虎杖はとても申し訳なく思えた。

 

虎杖は自然と、宿儺が自分の体を奪って、なのはを傷つけた場所を見る。

 

─────あれだけのことがあっても、彼女は変わらずに虎杖と仲良くしている。

 

普通の人間にはできないことだ。あんな怪物を体に宿した奴の傍にいるなんて、常人では耐えられないだろう。隣に立つことも恐ろしいはずだ。だが、なのははそんな事情を知っていても虎杖から遠ざかる様子を見せない。

 

お人好しなんてレベルではない、それはまさしく『狂気染みた救うと言う信念』

 

以前からそのことは虎杖も感じている。

 

それがなのはの力の源であり、だが同時に危うさでもある。

 

こう話していると優しい女の子でも、その中に秘めている『異常な勇気』はあの両面宿儺をも黙らせたほどだ。

 

普通なら泣いて逃げてもおかしくないのに、この少女はそう言う場面になっても平気で飛び込んでいってしまう。

 

自己犠牲でもない、助ける意思という表現でも生温い。

 

言葉では言い表せない、『心の深刻な欠損点』のようなものが彼女にはあり、それがいずれ取り返しのつかない大怪我を負うような大事故に繋がらないか虎杖は心配であった。

 

自分でさえ死が目の前に迫ってきたら泣いてしまったのに、彼女は泣いてはいたがそれでも両面宿儺を前に一切退かなかった。

 

そんな彼女であるが、このまま成長していけばいずれ自分達を追い越すほどに強くなれるほどの才能を持っている。両面宿儺という怪物に屈することなく、最後まで勇敢に挑んだ彼女はそれだけで自分よりも強い。

 

だから虎杖も、彼女に追い越されてもすぐに追い抜けるように強くなろうと改めて誓った。

 

もう誰も、傷つけないように。

 

 

「お、悠仁!! 今日もよく働いてるね!!」 

 

 

と、そんな二人の後ろからあの最強を自称する男の声が飛んでくる。

 

仕事の手伝いは生徒のみんなに任せて、自分は呑気に観光でもしていたのかってくらいにしばらくみんなの前から姿を消していた五条悟。

 

 

「押忍! 五条先生!!」

 

「調子はどう悠仁?」

 

「なのはにも言ったけど、俺の掃除っぷりにほこりも恐れをなして全然姿を見せなくなったよ」 

 

 

フフン! と得意気にドヤ顔を決めて大袈裟に語る虎杖だが、五条は教育方針的に生徒を褒めて伸ばすことをモットーにしているため、そっかそっかぁ!! と肯定するように頷いてくれた。

 

 

「あ、君も今帰って来たところ?」

 

「あ、はい」

 

 

五条がなのはの存在に気が付き、気さくな態度で挨拶してきた。

 

 

「いやぁ、ごめんね。ウチの生徒が迷惑かけて」

 

「ちょっ!? 五条先生!?」

 

 

さっきの肯定的な反応はなんだったのかってくらいに五条は申し訳なさそうにして、なのはの目線に合わせるように中腰になってそう言った。

 

なのはは五条とまともに話すのはこれが初めてだったため、少し緊張している。

 

いつもなら平然と接することができただろうが、宿儺と同じかそれ以上に強い『何か』を感じ取ってしまったのか、いくらなのはでも五条悟という男を前にしたら言葉を失ってしまうようだ。

 

最強を自称しているだけはある。その異質な強さは、あの高町なのはでも動揺してしまう。

 

それでも、すぐに切り替えるように首を振ると、

 

 

「悠仁君が毎日綺麗に掃除してくれるから、隅々までピカピカになって助かってますよ」 

 

「本当〜? 素直に言っちゃっても誰も責めたりしないよ?」

 

「いや·······本人が目の前にいるんスけど?」

 

 

虎杖が悲しそうにツッコンでくるが、なのはは本心からそう思っているように言ってくれた。

 

 

「むしろこのまま本格的に雇ってもいいんじゃないかって、お父さん達も言ってましたよ。清掃員の枠がちょうど空いていますし、悠仁君ならそのリーダーにしても任せられるって」

 

「なのは······それ擁護しているように聞こえっけど遠回しに戦力外通告してるからね?」

 

 

清掃員限定って。

 

喫茶店なのに接客とは無縁の清掃員として採用を検討していることに、虎杖はちょっと心が傷ついた。

 

 

「そっか」

 

 

五条はそれだけを言うと元の体勢に戻り、落ち込んでいる虎杖の方を向いて、

 

 

「恵達は?」

 

「え? あぁ、中にいるよ。そういえば客が少なくなって来たから、二人とも暇潰しになのはの父ちゃんにコーヒーの淹れ方を教えてもらってた」

 

「ちょうどいいや、みんなに話があるから悠仁も中に入って」

 

 

他の生徒二人がどこにいるのか聞いたらみんな揃って喫茶店『翠屋』の仕事の手伝いをしているということなので、五条は虎杖に掃除をする手を止めさせて店の扉を思いっきり押し開ける。

 

カランと響くベルの音。

 

それに重なって五条はいつも通りの態度で中にいる伏黒と釘崎に挨拶をする。

 

 

「お疲れサマンサ〜!! 二人ともちょっと話があ─────ってどうしたの?」

 

「う·······っ」

 

「··············」

 

 

虎杖の華麗な掃除テクニックで綺麗になっている店内だが、その空間の空気はとてつもなく冷たかった。カウンターの机の上で言葉にならない奇声をあげて苦しんで突っ伏している伏黒に、この店の店長である高町士郎は燃え尽きたように肌を真っ白にしている。

 

視線を感じたのだろうか、カウンター奥にいる釘崎がなんだか不快そうにしながら五条の方を見つめ、

 

 

「あ、帰って来たんだ」

 

「く、釘崎·········これ一体どゆこと?」

 

 

虎杖でさえこの異様な光景には引いており、釘崎はおでこに手を当てて呆れるように首を横に振っていた。

 

 

「いや、コーヒーの淹れ方教わって。それで伏黒と店長に味見してもらったんだけど、なんか飲んだ瞬間に二人ともこうなった」

 

「·········」

 

 

よく見たら二人の前にあるコーヒーカップの中の液体は半分もいっていないところで途切れている。一見すれば普通のコーヒーにしか見えないが、二人はそれを飲んだ瞬間にこんな風になってしまったらしい。

 

一体どんな味なんだ、と虎杖達が思っていたら。

 

コトン、と。

 

釘崎が虎杖の前にコーヒーを差し出した。

 

 

「どうぞ、ご堪能あれ」

 

「え·········あ、いや。俺別にいらな─────」

 

「どうぞ、召し上がれ」

 

「あ、ハイ」

 

 

すぐに断ったものの、そんな虎杖に釘崎は殺意の篭った眼光を向けてきて、飲まねぇとコロスと言外で警告して来たので渋々頂戴する。

 

手に持ってまずは香りを確認してみる。

 

立ち上る湯気と芳醇な香り。ちゃんとコーヒーらしい美味そうな匂いがする。

 

虎杖はカップにそっと口をつける。

 

コーヒーが彼の唇を濡らし、ゆっくりと飲みこまれていった。

 

釘崎が淹れたコーヒーが虎杖悠仁の舌の上を通り抜けていくと、

 

 

「─────ッ!!!??」

 

 

突如。

 

虎杖の脳内に溢れ出した。

 

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◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

『観念しろぉい!!』

 

『いやぁ!! 誰か助けてぇぇぇぇえええええッ!!!??』

 

 

薄暗い路地裏。

 

そこで怪しい人影が一人の美女を追い込み、連れ去ろうとしてその手にナイフを握っている。

 

そこに。

 

 

『そこまでだ!!』

 

『『!?』』

 

 

二人は唐突に聞こえてきた声に反応し、上を見上げる。

 

ビルの屋上に謎の人影あり。

 

それは二人の間に降りてきて、

 

 

『ドーモ、誘拐犯=さん。ニンジャです!!』

 

『アイエエエ!! ニンジャ!? ニンジャナンデェッ!?』

 

 

と、急なクソ展開に困惑した誘拐犯はカタコトまみれの断末魔を上げてしめやかに爆発四散したのだった!!

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「おい、なんか味の感想とか言いなさいよ虎杖」

 

「─────はっ!?」

 

 

と、目の前から釘崎の鋭い声に正気を取り戻した時、なんか頭の中にそんな映像が流れた気がした。

 

B級映画でもこんな展開は中々ない。期待と現実のギャップを感じて戸惑いや不安を感じる状態に陥った虎杖は、今脳内で起きたことが理解できていなかった。

 

強烈な生臭さが口から鼻へ突き抜け、一拍を置いてお腹の中に壮絶な刺激が落下してきた。あまりの不味さに目が眩み、虎杖は思考を塗り潰される。外から見たら、きっと顔色が青から白へ、白から妙な色へとコロコロ変わっただろう。

 

空前絶後、問答無用、絶体絶命のとんでもない味だった。

 

それを言ったら殺されそうな気がしたので、虎杖はできるだけオブラートに包む言い方で感想を述べる。

 

 

「独特な世界観があるね」

 

「バカにしてんな?」

 

 

結局は不快にさせてしまったようで、釘崎自身もわかっていたようにイライラしながら店のエプロンを脱ぐとカウンターに置いた。

 

 

「コーヒー淹れるだけなら私でもできると思ったけど、結構高度なテクニックが要求されるみたいね」

 

「これテクニックどころの話じゃないと思うんだけど」

 

 

豆の煎り方、お湯の注ぎ方。

 

一つ一つの手順に意味があり、それら全てがコーヒーを旨くする。それは祖父が入院でいない中で一人暮らしをすることが多かった虎杖でさえも知っていることだが、釘崎の場合は壊滅的だった。

 

こんな味ならいつもブラックを嗜む伏黒でさえあんな状態になるだろう。

 

店長の士郎も真剣に指導してこんなコーヒーだったら自分の何がいけなかったのかと自問自答して虚空を眺めてしまうのも無理はない。

 

釘崎のコーヒーによって状態異常に陥ってしまったみんなを見て、五条は苦笑しながら、

 

 

「いやぁ、やっぱりみんなといると退屈しなくていいね!」

 

「あ、先生も飲む?」

 

「いや遠慮しておくよ。それよりも、みんなに話があるんだ」

 

 

釘崎の殺人コーヒーが提供される前にあっさりと断った五条悟は。

 

みんな揃っていることを確認すると。

 

教師らしく遠足に連れてきた子達に注意するような口振りでこう告げる。

 

 

 

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