呪術廻戦リリカルなのは   作:織姫ミグル

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第三章

 

 

その空間には禍々しさしかない。

 

牛の頭骨の山。

 

血の池。

 

巨大な肋骨。

 

まさに地獄絵図、そのものと云える特殊な空間に、『一人の呪い』が足を組んで頬杖をついて現在起こっている状況を見て愉快そうに嗤っていた。

 

仮想の鬼神。

 

この世界ではそう呼ぶのが正しいのだろう。

 

だがしかし、『そいつ』はたしかにそこに実在している。

 

呪いの全てを極め、その頂点に立つに相応しい存在。

 

本来、『そいつ』はここにいるべきものではない。

 

『ここ』というのは『この空間』ではなく『この世界』の事だ。呪いのなんたるかを迷信で片付けてしまうような世界に降り立つこと自体、『その本人』も想定していなかったろう。

 

そんな、いるべきではない『存在』がここにいるのには訳がある。

 

『この小僧』が、勝手にその世界に迷い込んだのだ。

 

 

「·······ケヒッ、ヒヒ······ッ!!」

 

 

今の『そいつ』はその世界対してはイレギュラーな存在であり、そしてその世界そのものの常識を覆してしまう『呪い』なのだ。もっとも、『そいつ』自体想定していなかった事態のため、さすがに驚いているようだった。

 

『そいつ』は人を殺すことに躊躇いを覚える存在ではない。

 

生きたまま人間を屠る事さえ迷いはしない。

 

空間の中央にはいくつもの牛の頭骨が山のように複雑に絡み合い、この空間の中心点とも言える場所で『そいつ』は嗤っていた。

 

白い着物を着て、身体中の至る所にいくつもの刺青のような印が刻まれていた。

 

それはまさしく、『少年』と瓜二つだった。

 

しかし彼とは違って、前髪を頭の上にあげて額にある紋章まで見せつけている。

 

 

「面白いことになっているなぁ」

 

 

全ての存在としてあらゆる可能性を秘めた『そいつ』は、『人間』としてのあらゆる可能性を捨てたか、あるいはその可能性すらなかったことにしてしまうほどの異質な存在だった。

 

その可能性すら読み取れない存在は、新たな可能性を見てそれはもう楽しそうに嗤い声を溢していた。

 

それは懐かしく、しかし彼自身は見たことがなかった。

 

 

『魔法』

 

 

あの『縫い目の女』に言われた言葉がまさかここで蘇ってくるとは。

 

 

『きっと楽しいよ、君の呪いの力を超えるほどの別の力と戦えたら。その味を知ったらもう引き返せないだろうね』

 

「これがそうか··················“羂索”?」

 

 

確かにこれは魅力的。

 

本来『そいつ』さえ持っていない可能性を秘めた世界を見て、その口は三日月のように広く口を開けて嗤う。

 

 

「いい世界に来たものだな。女も子供も、『俺のいた』世界よりもより新鮮だッ!!」

 

 

それは楽しい。新たなる可能性を秘めた新世界が故に。

 

『そいつ』はその空間で木霊するほど、絶え間なく嗤い声を上げ続けている。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「······『闇の書』······?」

 

 

虎杖は訳がわからなかった。

 

とにかく、目の前の相手が『人間』である以上、それは少年の敵ではない。相手に値するという意味ではなく、してはいけないのだ。

 

聞いたことのない単語に一瞬抱えている少女を落としそうになるも、ふるふると首を振って力を込め直す。

 

どう見ても子供にしか見えないが、ビルを破壊できるほどの力を持っていることだけは確信している。だが、敵対する存在ではない。少年はそう結論付ける。

 

虎杖はちょっと冗談かもと思ったが、現実はそう甘くはない。

 

 

(何だか訳がわかんねぇけど、さすがに子供相手に殴るわけにはいかねぇし·····それに────)

 

 

少年は抱いている少女に眼を向ける。息が乱れ、今にも死にそうなほどの膨大な汗が額から噴き出ている。

 

 

(こいつら、この子を狙ってんだよな·······今にも死にそうなやつを放っとくわけにもいかねぇし)

 

 

だとしても、相手は敵ではない。何者なのかまだわかっていない以上、手を出してしまうのは少年に課せられたルールに反する。

 

 

(·······だったら)

 

 

やるべきことはわかっているはずだ。

 

奥歯を噛み締めるのを、間近で空中浮遊している少女に気付かれないようにしながら。

 

 

ダッ! と。

 

 

虎杖は意識を失った少女を抱えてビルから飛び降りる。

 

 

「······は?」

 

 

思わぬ行動に呆気を取られる赤い少女。彼女に背を向け、およそ二十階はありそうなビルの屋上からなんの躊躇いもなく飛び降りたのだ。

 

だが単に飛び降りたわけではない。

 

ビルの壁に手と足を付けながら僅かな摩擦を生み出し、着地の衝撃を和らげようと試みている。普通の人間なら即死の行動。しかし、少年の身体能力を甘く見てはいけない。その足元に傷の一つも負わず、ただ真っ直ぐ滑り落ちて問題なく地面へと着地した虎杖は、右手で抱えていた少女を両手で固定して、先程まで居た場所から飛び出すように走っていた。

 

虎杖は明確な目的があるわけでもない。どこかの目的地を目指して疾走しているわけでもない。

 

逃げるために。

 

ただただ、目の前の敵ではない存在から逃れるために、傷だらけの少女を抱えて逃亡のために走っていた。

 

それも、車並みのトップスピードで。

 

 

「······ッ!! 舐めやがってッ!! っのヤローッ!!」

 

 

虎杖は背後に迫り来る少女を気にも留めず、息一つ乱さずに街中を走り抜けていく。

 

 

「『グラーフアイゼン』! ロードカートリッジッ!!」

 

『Explosion』

 

 

するとヴィータのハンマー、『グラーフアイゼン』と呼ばれた武器から薬莢のような物が射出されると、ヴィータの纏う『力』が跳ね上がった。

 

 

「アイゼン!」

 

『Schwalbefliegen』

 

 

彼女の五本の指の間にある四つの球体が空中へと放り投げられると、それをゴルフボールのようにしてハンマーで叩きつけて虎杖に向けて放たれる。

 

ゴンッ!! という叩きつける音が背後から聞こえてきた。

 

数センチ程度の小さな球体が音速を僅かに越えた程度の弾丸のような速度で射出された音だった。

 

なのにそれを。

 

 

「おっと!」

 

 

少年は首を傾けるだけでそれを避け、そして残りの三つを身を捻ってフィギュアスケートのスピンジャンプをするようにしてグルグルと回転して無事に着地したあと、そのまま何の問題もなく走り続ける。

 

 

「なッ!?」

 

 

死角からの攻撃、しかも弾丸並みのスピードで放ったというのに、少年はまるで予見していたかのように平然とした態度で躱しやがった。

 

これはさすがの少女も予測していなかった。

 

だからこそ、ムカついた。

 

 

「·······ざけやがってッ!!」

 

 

少女の性格はおそらく短気なのだろう。そんな些細なことでもすぐ怒るなど気性が激しく、気付いた時にはその後を追いかけるように宙を進んでいた。

 

突きつけられた答えはとてもシンプルなものだった。

 

逃げるのなら追えばいい。

 

彼女はその一択しか考えられないほど、頭に血が上っていた。

 

だからこそ、注意散漫だったのは仕方なかったのかもしれない。

 

彼女は背後から迫り来る緑の魔法陣の輪っかを通り抜けてしまい、その直後に両手両足が鎖によって固定されてしまった。

 

 

「しまッ!?」

 

「追わせないよ」

 

 

極めて金色に近い茶髪の少年の存在を忘れていたヴィータは、文字通り鎖で絡め取られて動きを封じられていた。

 

それを確認したユーノ・スクライアは少女を抱えて走っている少年の頭に手を向けて念じ、叫ぶ。

 

 

『そこの人! どなたか知りませんが、どうかなのはをこの結界外へお願いしますッ!!』

 

「·······」

 

『······あれ?』

 

 

少年は特に応答もせず、一瞬ぐらりと眩暈のように体のバランスを崩そうとしていたが頭にハテナマークを浮かべたくらいでそのまま走っていってしまう。

 

 

『えっ!? ちょっとッ!? 聞いてますッ!?』

 

 

ユーノの顔が力むように赤くなった途端、付近で戦っていたフェイトとアルフが同時に『ユーノ?』『どうしたんだい?』と語りかけてくる。

 

彼女達はユーノを見ているが、彼は今街中を走り抜けていく少年に力一杯語りかけている。

 

念話。

 

可聴域外の低周波音声のようなもので、近いもので言うと糸電話に近い。空気の振動の伝達率を変動することで見えない『糸』を作り出す念話魔法。空気の振動をパイプ状の『コード』の中を通し、その先の出口のみに『声』を伝える。見えないものであるためその『糸』がどういう順路を辿っているのか常人には確認できないが、魔力を持つものならそれが見えて『声』が届くはず。

 

ということはつまり、

 

 

(あの人、()()()()()()()()!?)

 

 

相手に伝わっている様子はない。

 

だからつまりはそういうことなのだろう。

 

なのにあのスピード出してんの!? と驚愕の表情をして、そのまま消え去ろうとしている少年の後を追う。

 

そして何度も今貴方に語りかけていますと言うかのように手を向けて念じても芳しい結果は得られなかった。

 

念を送る、応答なし、キョトンとした顔、のスパイラル。

 

魔法に対してかなりの実力を持っているユーノの声すら届けられない。さすがのユーノもこれには驚きだ。魔法を一切使わず、素の力のみであそこまでのスピードを出せている。

 

でも確かにあの時、あの赤い服を着た少女はあの少年から妙な魔力を感じたと言っていた。

 

虎杖も何か不思議がる様子を見せているに、ちょっとは効果があるようだが、それも忘れ去られてしまうくらいの音にしか聞こえないのだろう。

 

だったらもう、こうするしかない。

 

 

「あ・の・ッ!?」

 

「!」

 

 

ユーノはついに最終手段、大声で叫ぶというとても単純な手段を使って少年に声を届ける。

 

 

「そこの人ッ! 今貴方が抱えている女の子を結界外へ出して頂けますかぁぁぁぁあッッッ!!???」

 

 

ぜぇ、はぁ。

と、肩で息するほどの力で叫んだ少年の声はようやく虎杖の鼓膜を振動させる。

 

それを聞いた虎杖はこう返す。

 

 

「『結界』ってどれ~?」

 

 

ズコォ、と。

 

宙に浮きながらも体勢を崩してしまったユーノはつい心の中で『そこからかよ』と呟いてしまう。

 

どうやら魔力が僅かしかないからなのかもしれないが、見えてないらしい。彼にはただの夜の風景にしか見えないのだろう。ユーノはまた息を吸い込んで、肺にいっぱい酸素を取り込んで喉が千切れそうなくらいの大声で叫び返す。

 

 

「とりあえずそのまま真っ直ぐ進んでくださいッ!! そのうち結界の端っこにたどり着きますのでッ!! それまではこちらで時間は稼ぎますからッ!!」

 

「了~解~ッ!!」

 

 

言われた通りそのまま真っ直ぐ突っ切る虎杖。

 

たとえ前に障害物のビルがあろうと彼はその拳で容赦なく粉砕した。そしてそのまま次々と遮蔽物を壊し、本当に言われたまま直線で走っていく。

 

 

「「「·······」」」

 

 

それを見たユーノにフェイトとアルフは、人間離れした彼の身体能力に唖然としてしまう。

 

敵対していた謎の襲撃者達も同様。

 

馬鹿げた行動に眼を見開いていた。だがいつまでも動きを止めたままではいられない。このままでは折角蒐集しようとしていた『餌』が逃げられてしまう。

 

ピンク髪のロングストレートの髪をポニーテイルにくくっている凛々しい美女、“シグナム”は先ほど攻撃を喰らったであろうシャマルへと念話を送る。

 

 

『シャマル、無事か? 魔力の蒐集は?』

 

『け、怪我の方は平気·······だけど途中で止められちゃったから、まだ十ページしか埋まってないわ』

 

『チッ! あのヤローッ!!』

 

『落ち着けヴィータ······シャマル、【旅の鏡】は使えそうか?』

 

『えぇ、でもあの男の子が凄い速さで逃げていくから中々狙いが定まらないッ!!』

 

『それについては我等で何とかしよう·····お前は再びあの少女の魔力を奪うことに専念していろ。この者達を片付けたら我等も向かう。状況は、実質三対三······やれるか、ヴィータ、ザフィーラ?』

 

『ったりめーだッ!!』

 

『無論だッ!!』

 

 

その声を聞いたヴィータは体を拘束している鎖を無理やり引き千切ると、ハンマーを構え直して大声を出していたユーノに向かって振りかざす。ザフィーラと呼ばれた青い毛皮の狼は『人型』へと変身し、アルフという橙色の狼に拳を振り下ろす。

 

 

「「ッ!!」」

 

 

二人は油断はしていなかった。

 

それぞれが自分の手前に魔法陣を展開し、呪文を同時に唱える。

 

 

「「ラウンドシールドッ!!」」

 

 

大気に存在する魔力を集めて防御力を引き上げた魔法陣を展開することで攻撃を受け止める二人は、見た目の破壊力で言うならめちゃくちゃ強そうなヴィータとザフィーラの一撃を見て表情を歪める。

 

 

「ユーノッ!! アルフッ!!」

 

 

金髪のツインテールの少女フェイトが二人の心配をするが、

 

 

「余所見とは感心しないなテスタロッサ」

 

「ッ!?」

 

「·····『レヴァンティン』、叩き斬れッ!!」

 

『Jawohl!』

 

 

彼女の持つ剣が応えると、その刃に炎が灯される。それはまさに破壊が込められた炎の渦、フェイトは武器を構えていたのにも関わらず根本から粉々に破壊され、さらにフェイトの体までも薙ぎ払った。

 

 

「アァァァアッ!?」

 

 

彼女の小柄な体が数十メートルの距離をノーバウンドで飛び、ビルの壁を突き破って部屋へと突っ込んでいった。

 

それを確認したシグナムは、すまない、と小さく告げた。

 

 

「追うぞ、『レヴァンティン』ッ!!」

 

『Jawohl!』

 

 

数百メートル先まですでに逃げていた少年を追うシグナム。全速力を出して空中を飛ぶシグナムは虎杖の後を追うも、その速度は圧倒的で彼女でさえも追い付けなかった。

 

 

(ありえない······何なのだアイツは!?)

 

 

その背後を追う標的は、ある意味において『闇の書』と呼ばれたシステムの一部、自らの意思と実体を持った無限再生プログラム『守護騎士ヴォルケンリッター』の最強の騎士であるシグナムの常識を一撃で揺さぶるほど、圧倒的に恐ろしすぎた。

 

だが逃がすわけにはいかない。

 

今ならまだ間に合う。

 

一度蒐集した者からは魔力は奪えないが、まだ途中であるから再開できる。魔力が回復してしまったら、闇の書が蒐集した情報が上書きされてバグが生じてしまうこともあって使い物にならなくなる。

 

だからまだ回復せず、余計な情報まで抜き取らない今がチャンス。

 

バヂッ、という紫電の弾ける音が彼女の武器から聞こえてきた。

 

そして無駄のない動きで剣を鞘に納める同時にカートリッジをロードし、再び抜刀した。

 

 

『Schlangebeißen!』

 

「ふんッ!!」

 

 

抜刀された剣は鞭のように伸び、虎杖へと向かっていく。放たれた『シュランゲバイセン』は不規則な軌道を描いていくが、

 

 

「ったく、しつけぇなぁッ!!」

 

「ッ!?」

 

 

彼は持ち前のスピードを使い、更に速度を上げて見事に回避する。

 

 

(まだ上がるのか!?)

 

 

何もない虚空へと鞭が取り残されたのを見てシグナムは驚愕に眼を見開く。背筋に僅かな痛みを発した。緊張に応じて、ストレスと憤りに似た感覚が同時に強いパルスを脳内に流され、奥歯を噛み締める。

 

今までどんな相手も捉えてきた自分の相棒がこんな風に躱されてしまっては、さすがの彼女もこめかみに青筋を浮かべるようだ。

 

だが彼女は表情には出さない。

 

思わず怒りを覚えたが、そんな余裕はない。すぐさま冷静さを取り戻したところで、彼女の脳内に声が送られてくる。

 

 

『見つけたッ!!』

 

『『『ッ!!』』』

 

『あの子のリンカーコアを見つけたわッ!! これで捕まえられるッ!!』

 

 

その声は先ほどから集中していたシャマルの物だった。彼女は仲間達にそれを伝えると、目の前に出現させている鏡へと手を勢いよく差し込んだ。

 

これでまた蒐集が再開される。

 

 

『取ったッ!!』

 

 

その言葉を合図に、シャマルの腕が何かを掴む。

 

しかし、

 

 

「が······ッ!?」

 

 

ガクン、と。

虎杖のスピードが一気に落ちる。

 

腕から力が抜ける。支えていたはずの、小さな少女の体が宙に浮く。

 

高町なのは。

 

虎杖が構っていたはずの少女の温もりが、汚い道路へと吹き払われていく。

 

 

「が、あ······ッ!?」

 

 

代わりに、少年の声にならない絶叫が響く。

 

虎杖は手を差し伸べる事もできなかった。心臓を鷲掴みにされたような感覚に体のバランスを崩し、まるで転がるような格好で少女と同じように道路へと膝を付く。

 

 

『しまったッ!? 間違えちゃったッ!!』

 

 

標的を間違えたシャマルがそう言うも、虎杖は自分の胸に生えている腕に普段の思考パターンが成立していなかった。

 

だかしかし、

 

 

『構わんッ!! そいつの魔力を奪い取れシャマルッ!!』

 

『え? でも······ッ!!』

 

『一ページでも惜しい。【我等が主】のために少しでもページを埋めるんだッ!!』

 

『ッ!!』

 

 

シグナムの言葉が刺さる。

 

声色は同じ。だが込められた感情がいつもの彼女から感じ取れるものとは圧倒的に違いすぎる。

 

いずれにしても彼女らの目的は達成していた。少年にも僅かながら魔力があると確信した彼女は、その少年の『赤黒い球体』を掌に包み込む。

 

 

ドックンッ!!

 

 

『·······ハッ!?』

 

 

その瞬間、謎の鼓動音と共にシャマルの瞳が限界まで開けられる。

 

刹那、彼女の瞳孔が真っ黒に染まる。

 

彼女の顔に理解できない『モノ』に対する空白のようなものが浮かんだ瞬間、

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「ふむ」

 

 

『そいつ』は自分の領域内に侵入してきたシャマルを眺め、

 

 

「醜女如きが『()()()』に触れる、か」

 

 

牛の頭骨の山の上から見下ろす『ソイツ』は戦慄するシャマルを睥睨し、己の存在を圧倒的に象徴するように低い声で呟く。

 

そこにいたのは、『人間』。

 

いや。

 

正真正銘の『化け物』だった。

 

しかし、そんな彼でさえ目の前の光景を愉快そうに見つめていた。

 

『それ』は続ける。

 

 

「だが、久々の女だ。それに面白い余興を見せてくれた礼だ·······()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

『······ッ!?』

 

「はい、い〜ち」

 

 

平淡な声でそう呟くと、『それ』は指を上へとスッと上げただけで、

 

 

ザシュッ!! 

 

 

言った瞬間。

 

『それ』の赤黒く染まった指先から放たれた『不可視の何か』が、彼女の左肩にザックリと刺し込まれた。

 

ぐちゅり。

 

という赤い果実を抉るような音と共に彼女の体が激痛に強張る。

 

 

「分を弁えろ······」

 

 

『少年』に瓜二つな『ソイツ』は残酷に嗤い、

 

 

「痴れ者が」

 

 

天上天下唯我独尊。

 

己の快、不快のみが生きる指針。

 

 

『········ッ!?』

 

 

シャマルはその先が言えなかった。

 

ただただ、

 

襲い来る謎の痛みを両手で押さえているのだが、その両手が妙に肩の奥まで潜っていた。

 

切り裂かれたからだ。

 

その手をどければ、内側にある骨がズラリと並んでいるのがわかるはずだ。

 

『そいつ』は自分の頬に付着した彼女の返り血に舌を動かして口に含み、唾液と共に咀嚼する。

 

 

「ほう·······かなりの年代物だな、中々に良い味だ」

 

『が、あ········ッ!?』

 

 

シャマルは戦慄した。

 

目の前の『化け物』は、自分達の知る知識では理解出来るものではない、と断言できるものだった。

 

果たしてこの『化け物』にとってはどこまでが『生き物』で、

 

果たしてこの『化け物』にとってはどこからが『怪物』なのか。

 

 

「·······だが」

 

 

そんな『化け物』は言った。心底どうでもいいのか、つまらなそうに眼を細めて等しく真顔の表情を作り、そう言った。

 

 

「お前が死のうと─────『ヤツ』以外は俺には関係ないことだ」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「ぁ、あ········ァッ!?」

 

 

びしゃびしゃと流れ出るものの色彩は赤、どんなものよりも真っ赤で栓が外れたように傷口から液体が撒き散らされ、それに気付いた仲間達とフェイト達は、共に半ばパニック状態になる。

 

 

『『『シャマルッ!?』』』

 

「「「········ッ!?」」」

 

 

どこかでクスクスと嗤っている声がした。

 

だが聞こえたのはおそらく一人だけ。ブツン、と虎杖悠仁の体から全ての力が抜けた。体力も消え、それと同時に展開されていた封鎖結界もなくなり、虎杖は誰かの嗤い声を聞いたような気がした。

 

 

『フフッ······ハハハッ!!』

 

 

よく見たら、少年の目の下、涙袋の丁度下辺りにある亀裂から『瞳』と『口』が現れ、愉快そうに嗤っていた。

 

そして消える。

 

今度の今度こそ、悠々と闇の中に引っ込むように、その亀裂は閉じられる。

 

 

「「「ッ!!」」」

 

 

三人は迷わなかった。

 

最高で最強のバックアップ能力を持つシャマルがやられてしまったことに対して気付いた時にはすぐに動いていた。

 

 

「シャマルッ!!」

 

「おいシャマルッ!!」

 

「ッ!!」

 

 

彼女らはシャマルの方へと飛んでいく。

全ての戦闘を捨ててでも、つまらない一本道のどうやったって勝てないと最初からパラメータを設定されている戦闘を敵側であるフェイト達に預けてでも。

 

 

「待·····ッ!!」

 

 

フェイトは叫んでいた。

 

無駄だとわかっていても。

 

そしてこれまでの冷静状態だったシグナムでさえ、もはや剥き出しの怒りを抱いて、彼女から出た声色には明らかな怒号が詰まっていた。

 

 

「この勝負預けるぞッ!! テスタロッサッ!!」

 

「!?」

 

 

その言葉を最後に、四人は消えた。

 

その実体を疑いたくなるほど無音で、夜の闇へと消えていくように。

 

 

「「「·······ッ!!」」」

 

 

もはや追いかける手段はなかった。

 

気配すら消えてしまい、どうしようもなく速いスピードで何処かへ転送していった。

 

虎杖はそれを見ることは出来なかった。胸を貫かれて心臓を抜き取られたかのような感覚に耐えきれず、全身の、指先一本に至るまで、たった一撃で全ての力を失った。

 

虎杖は、同じように倒れている高町なのはと互いの顔が見合うように倒れ込んだ。

 

虎杖悠仁は、気を失ってでも守りたかったのかもしれない。

 

彼はまるで最後の悪あがきのように、少女に手を伸ばして倒れていた。

 

手を伸ばしながら、その指先は動かなかった。

 

 

この日。

 

 

『魔法』という空想が当たり前の少女達の世界に。

 

 

『新たなる空想』が少年と共に降り立った。

 

 

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