『死刑執行猶予中・虎杖悠仁、未登録の特級呪物と共に行方不明─────』
呪術高専内、総監部の一室。六枚の障子の奥から響く老人達の声。一日前、秘匿死刑が決定して執行猶予付きの呪術高専一年、虎杖悠仁が特級呪物と共に行方がわからなくなったことに対して議論が繰り広げられていた。
そして。
乙骨と虎杖を死刑にさせないため説得するように話し合った時のように、五条はその部屋の中心で己を取り囲む六枚の障子と対峙していた。
議題は、虎杖悠仁と未登録の特級呪物と共に行方不明について。
『·······このようなことが起こらないように君を常に虎杖と一緒にいさせたというのに、五条悟』
「返す言葉もありませんね~」
『未登録の特級呪物が行方不明なのはともかく、宿儺の器、虎杖悠仁までもが行方不明となれば、申し開きの余地はないぞ』
「まあ、元々言い訳なんてするつもりないですし」
重苦しい空気の中でも、五条という人間は恐れることはない。黒いアイマスクの奥に浮かべている表情は、相も変わらず軽い調子だ。だが、流石にそのふざけた様子が気に障ったのか、別の障子の向こうから荒らげた声が飛んでくる。
『未登録の特級呪物だけでなく、宿儺の器までもが行方不明なのだぞ!? このままでは街が一つ消えるかもしれぬというのに、何だその態度は!?』
「故に、必死で捜索しているんじゃありませんか。悠仁のクラスメイトである恵達にも二年生達にも補助監督達にも、更には京都高の方も彼を見つけるために総動員して探してるんです」
五条はそんな声すらも弾き返してしまうのか、冷静な態度で応えた。
事の重大さを理解しているのかわからない総監部の者達は、そんな五条に対し、障子の向こうから鋭い言葉を投げつける。
『もしこのまま宿儺の器が見つからぬ場合、五条悟、君の死罪を認定させてもらう』
「随分と気前がいいですね。その程度で納めて貰えるなんて」
そうさっさと話を切り上げて出口へ向かう五条。老いてはいても、そこに集まるのは呪術界の有力者達。そんな彼らに五条はアイマスクを片方だけ上げ、青い瞳を見せて障子の向こうを睨む。
「心配しなくても、すぐ見つかりますよ。だから暫く放っておいてください」
綺麗な瞳の奥に殺意が宿る。
その瞳が開かれたということの意味を理解できぬほどの暗愚な者はいない。
脅しを脅しで返す、強者故の余裕。
彼の視線は、それだけで強い警告となる。思わず黙る老人達を一瞥して、五条は自分の担当するクラスの教室へと戻っていく。
◇◆◇◆◇◆◇
夕暮れの商店街をのんびり歩いていく伏黒恵。下校時刻を過ぎても彼らの活動は終わらない。『夜遊び防止』とのことでゲームセンターも基本的に午後六時以降は未成年は立ち入り禁止になる。娯楽を少なくすることで、深夜の外出を抑えているのかもしれないが、生憎こちらはそんなのは関係ない。
あと一日、まだ一日。
とにかく彼は今何よりも優先しなければいけない任務に当たっている。
虎杖悠仁の捜索及び未登録の特級呪物の回収。
それが終わるまで彼ら呪術師には休みはない。土日だろうと外に出なければならないのだ。伏黒は夕暮れの帰り道を歩いていく学生やサラリーマン達とは逆方向の道を進んで、待ち合わせ場所まで歩いていく。
「おい」
「お、来たか」
伏黒は人込みの中に見慣れた後ろ姿があることを発見すると、そいつに近づいて声をかける。東京都立呪術高等専門学校の制服を着た茶色い髪の同級生、釘崎野薔薇だ。
「そっちは? 成果あった?」
「何にも·······その様子じゃそっちもみたいだな」
「もう今は疲れてるから返す気力もないわ」
「だろうな」
釘崎は小さく舌打ちして、
「あの野郎·······一回死んだフリしといて今度は行方不明とか、ふざけるのにもほどがあんだろ」
「それについては同感だ。どこまで迷惑かければ気が済むんだ」
と、釘崎は僅かに目を細めて、
「ってか、あの特級呪物が発見された自然公園周辺を探しても見つからなかったんでしょ? しかも今回の呪物の効果を聞く限りじゃ、不特定多数の漁師の行方不明者が続出したらしいじゃない。だからあいつもそれに巻き込まれたんじゃないの?」
「五条先生もそう睨んでいる。けど、まだ確信を持てた訳じゃない。あの人の目を以てしても、呪いの残穢を追えなかったんだ。それにアイツの死刑を延ばすために先生が懸命に動いてるらしい」
「具体的にどんな?」
「さあな。あの人にはあの人なりの考えがあんだろうけど、俺達が出来るのはそれまでの時間稼ぎ。虎杖の行方を懸命に探してるということをアピールして死刑を延期させてるってところか」
「ふ~ん」
と、そんな感じで伏黒と釘崎は表通りを歩いていく。表通りにはたくさんの店が並んでいる。東京都は他の県と比べると極めて小さく見える。たとえはやや微妙だが、ほとんど電車で東京都を一周できるくらいだと、伏黒は考えている。空から見れば良く分かるだろう。いくつものビルが細い道を束ね、蜘蛛の巣のように張り巡らされている。お互いの蜘蛛の巣は複雑に絡み合い、無数の交差点を築き上げている。故に、東京都の道路幅はそこまで広くない。元々限られた土地に次々と商業施設を増築したおかげで、その隙間を縫って細い道が迷路のように走り回っているのだ。
東京都は若者の街、眠らない街などと呼ばれている。喫茶店や洋服店といった生活必需店舗がいくつも揃っている。
そんな必要なものを必要なだけ詰め込んだ街を伏黒と釘崎は歩いていた。
何故そこを歩いているのか、それは虎杖の性格を考えた結果だからだ。
まず、彼の趣味は映画鑑賞。名作からC級ホラー、地雷のフランス映画まで、広い範囲で作品を見ている虎杖はその劇場でしかやっていない映画を観に行くために時々出向いている。
迷路のように入り組んだ小道の脇に小さな劇場がある。
伏黒はそれを見つけるとすぐさま入って彼の捜索をしていた。釘崎も虎杖の性格を大体分かっているつもりだ。釘崎はそんな虎杖の性格に、やや呆れたため息をついて、
「あいつ一体どんな趣味してんのよ。だぁ~れも見ないような映画まで見るとか、本当に変わってるわあいつ」
「俺も流石に疲れた。観る気もないのに映画館に立ち寄って、いなかったらまた違う劇場に行く。それを繰り返していたら精神的にも疲れが出てきた」
こぢんまりとした映画館の中には安っぽいポスターが貼られており、低級予算で作ったかのような作品ばかりが並んでいた。地下に映画館を作って、まるで演劇部が必死で考えて作った学園祭の発表会を見ているような気分。映画を見てないのに、ポスターだけでそれが伝わってくるほど、あまりにも酷かった。
虎杖の行方を追って街中を歩いていた時、ふと伏黒が視線を上げると、ビルの真ん中にくっついたエキシビションに、明日の天気はなんて平凡なニュースを流している。
明日の天気を聞いたところで何も好転はしないと伏黒は考えていたが、釘崎がポツリと呟いた。
「ったく·······どこほっつき歩いてんのよ·······あいつは!!」
「········」
「こちとら死なせないように一日でも早く見つけるために一生懸命探してやってるってのに·······ッ!!」
何か忌々しそうなモノを吐き出すように、釘崎は静かにそう言った。伏黒はただ静かに、明日の天気予報を流しているエキシビションから釘崎に視線を移した。釘崎の顔におかしな所はない。よくて、唇が僅かに震えているくらいだ。
伏黒は夕空から夜空へと変わりかけている空を見上げてぼんやりと考えた。こうしている今も、虎杖の死刑は近づいている。明日の天気とか気にしている場合ではないのだ。
「········」
伏黒は答えず、釘崎の顔をもう一度見たが、
「あー!! もうやってらんないッ!! 伏黒ッ!! ザギンでりっぱ寿司食いに行くわよッ!!」
「はあ? なんで?」
「疲れたからに決まってんでしょ!? バッカじゃないのッ!? あんたの奢りね、ハイ決まりッ!!」
「痛ッ!?」
ずびし、と釘崎は理由なく伏黒にチョップする。
そこにいたのはやっぱり活発で生意気で自分勝手な釘崎野薔薇という女だった。
「おい、何なんだよッ!? ていうかなんで俺が奢ることになってんだよ!?」
「男が女にお金を出させる気!? それくらい払ってみせなさいよッ!!」
「割り勘とかの選択肢もねぇのかよ·······」
「ふっざけんじゃないわよッ!! クラス一のマドンナが割り勘!? そんなことするくらいなら死んだっていいわ!!」
「んなことに命賭けんなよ!! っていうかクラスって三人しかいねぇだろ!?」
伏黒の叫びなどお構いなしに釘崎は道路を走っているタクシーを捕まえると、彼を強引に乗せ、有無を言わさず銀座にあるりっぱ寿司まで走り去っていった。
◇◆◇◆◇◆◇
「ヘックシ!!」
と、現在行方不明扱いになっている虎杖悠仁は、そんなことも知らずに時空管理局という異世界にある要塞施設にて少女達と共に地球に戻るための転移装置の元まで歩いていた。
「あれ? 誰か噂してる?」
虎杖は好き勝手言われて吹き荒れる殺気を感じた気がした。前では先程名を名乗りあった高町なのはとフェイトとユーノとアルフの四人が歩いている。
と、元の世界では一体何が起きているのか知らずに呑気に歩いている虎杖だったが、不意にポケットに入れておいたスマホの着信メロディが鳴り響いて両者の耳に侵入してきた。
虎杖は、なのは達が持つガラケーとは違う携帯電話を取り出して、
「悠仁君のそれって異世界の携帯電話? 画面だけって面白いね」
「スマホって言うんだ。そのうちこの世界でも流行ると思うぜ」
虎杖は力のない笑みと共にスマホの画面を操作した。虎杖の持つスマホは、この世界ではまだ開発、発表さえされていない通信器具だった。
虎杖はなのはに背を向けて画面を眺め、それから本体を耳に当てる。
番号は登録させられているものだった。
画面に表示された文字は時空管理局執務官補佐エイミィの連絡先。虎杖は常に監視されているため、未知なる通話器具でも携帯電話であることには変わりないので、強引にスマホの中に管理局の連絡先を入れられた。
「はい、もしもし~?」
『あ、虎杖君? ユーノ君から非魔導師用のデバイス、貰えた?』
「おう、バッチリ!!」
『そう、よかったぁ。今なのはちゃん達もそっちにいると思うけど、もしかして一緒?』
「うん、すぐ隣にいる」
『丁度よかった。それじゃあ急いでこっちに戻ってきて貰える?』
ふと、エイミィの台詞に違和感を覚えた。
虎杖はエイミィのその台詞が気になったが、すぐに何故違和感を感じたのかわかった。エイミィがすぐさま要件を伝えたからだ。
『丁度今、今回の事件の容疑者達と接触中でね。クロノ君が先行しているからみんなも急いで応援に向かって!!』
少年は疑問を抱かなかった。
ただ、彼女の言葉を先に促した。