真っ黒な組織の裏切り者を片付ける的な存在にTSしてなった 作:しょうげきは
ある静謐とした広い部屋に、何人かの人々が集まっていた。
テーブルを囲み、中央には綺麗なコットンの黒スーツを纏った中年の男が立っている。
その男が静かに言った。
「残念です。あなたには期待していたんですが」
冷えた一言が向けられたのは、椅子に座る若い男だった。
先ほどから冷や汗を滝のように流し、びくびくと肩を震わせている。
やがて耐えきれなくなったのか、必死な表情で立ち上がった。
「俺じゃない!!俺じゃないんだッ!」
「まぁまぁ、最後に冷たいお水でもどうです?」
「いらないッ!」
若い男が必死に手を振り、差し出された水の入ったコップを弾き飛ばす。
そして今度は周囲の人間へ懇願の表情を浮かべる。
「な!俺じゃないよなッ?!」
だが、ここに集まった人間は普通ではない。どれも、裏社会を生き抜いてきた猛者たちだ。
「大人しく水、飲んだらええのに」
糸目の関西風の男がティーカップを揺らしながら素っ気なく。
「情報屋をやってる我々からしたら、何も思わないな」
バンダナを巻き付けたピアスの男が男に視線も送らずに。
「静かにしてちょうだいよ」
豪華な赤色のドレスを纏った女が。
それを聞いた若い男が「そんな……」と膝から崩れ落ちる。
中央の男は濡れた手を拭きながら、小さな溜息を吐いた。
「それでは、お別れですね」
「――ッ!まて俺はまだッ!―――――」
若い男が鼻水を垂らし叫ぼうとしたその瞬間だった。
「がッ――」
突如として背後に顕れた人影が、若い男にドッと衝撃を与え気絶させた。
制御を失った体は、体液に塗れながら地面に倒れ、ドサリと静かな部屋に音を鳴らす。
それをしたのは――ボーイッシュな白短髪の、軍服のようなモダンな服を着た少女だった。
十代後半くらいの、割とがっちりした体格で、目を瞑っており、粛々と男を担ぐ。
そしてスーツの男に一礼した後、部屋を去っていった。
静かになった部屋には、紅茶を啜る音だけが響く。
「……さて、今日のフレッシュな情報から共有と参りましょう」
スーツの男が何もなかったかのように切り出す。
座っていた猛者たちが、立ち上がった。
「了解。今日は俺のとこやと裏組織の狐さんが俺らに情報提供の依頼をしてきたことや」
「僕のところは、政治家の乙名が裏金を始めたってことだな。帳簿はこれだ」
「私は、そう、無事取引が完了したことだわ。これが金ね」
テーブルの上に、ピアスの男からの分厚い紙束と、ドレスの女からの大きなアタッシュケースがドンと置かれる。
スーツの男はそれを確認した後、柔和な笑みを浮かべた。
だがそれは一見柔和に見えるものの、凍るような雰囲気を持っていた。
「確かに。それでは今日はここまでにしましょう。それではまた今度」
そう言ってパチンと指を一度鳴らすと、スーツの男は魔法のように姿を消した。
残された一同が、紅茶をズズと啜る。
「凄いな瞬間移動とか。どんな異能してんのやろ」
「やめておけ。触らぬ神に祟りなしって言うだろう」
「でも気になるんだから仕方ないじゃない」
最後に発言したドレスの女が面白そうに笑みを浮かべる。
「気になるといえば、さっきユダを気絶させていたあの女のことも分からないわね」
その発言に、糸目の男とバンダナの男が同意するように頷く。
「あの人曰く、護衛とかを兼ねてるらしいんやって」
「しかし、あの少女の異能もまたイマイチ要領を得ないな」
異能――それは選ばれた者だけに、固有で発現する未知の能力のことだ。
存在が公になってからというもの、勿論それは犯罪の温床となった。
「ま、基本異能なんてぱっと見で分かる方が少ないやろ」
「確かに、それもそうだな」
「そうね。じゃ、私はこれで失礼するわ。あんまり特定の場所に長居したくないもの」
女がそう言い捨て、ドレスをはためかせながら「さようなら」と場を後にする。
残った二人は面白くなさそうに足を組んだり、腕を組んだりした。
「ここにおる限り安全やろうに」
「相変わらず臆病な女だ」
だが裏の社会において臆病というのは立派な自衛手段でもある、と心の奥底で思うが、それは逃げだと、二人は感じた。
「よいしょ」
先ほど気絶させた若い男をコンクリートの溶解炉にそのまま投げ捨てる。
悲鳴を上げる暇のなく飲み込まれていくのを見届けた俺は、一人満足気に頷いた。
携帯を取り出し、あの方へ「終わりました」とだけメッセージを残す。
耳から話した携帯を握るのは、ザラザラとした手ではなく、白の水蒸気のように滑らかな華奢な手だった。
「今でも信じられないな。転生したなんて」
俺は元々ただの一サラリーマンだった。
働いて働いて働いて働いて働いて参りますをひたすら体現した結果、無事過労死した。
だが俺は転生した。前世とは違い、異能という能力がある世界に、少女として。
驚くべきことに、この世界は俺の性癖とベストマッチのような世界だった。
真っ黒な組織でトップの実行役的な、淡々と命令を執行する役、それになってみたかった。
そして、この世界には真っ黒な組織がたくさんある。
少女の身体でも異能があるため、今ではお望みの役職に就けているのだ。
あの方には信頼され忠実な存在となっている。
最早笑みが止まらない。
「さて、あの方は次になにを命令してくるんだろう。楽しみだなぁ」
俺は誰もいない工場で一人、クククと笑った。
前世の価値観が既にぶっ飛んだことなんてどうでも良い。
ただ俺はやりたいことをやりたいようにやる。
だんだんと笑みが深くなる感覚。
夜が俺に味方してくれているような気しかしなかった――。