真人と邂逅してから、羂索はすぐに動きを見せることとなった。
時期的には虎杖と七海が学校で対決した後くらいだろう。
いつものように呪霊を祓う任務に出向いたのだが、その日の呪霊は俺に攻撃を仕掛ける素振りがなかった。
付いてくるようにと言わんばかりのジェスチャーをし、背後を見せて歩き出すのだ。
俺は素直に従い、その後に付いていった。
到着した場所は、山奥にある間欠泉だ。
そこには真人が足湯をしながら、やって来た俺へと手を振っていた。
「おーい伏黒。こっちこっち」
「コイツが件の小僧か」
「漏瑚、小僧じゃないよ。俺たちの仲間だよ」
その隣には漏瑚が立っており、訝しむような視線で俺を見ていた。
花御も反対側に位置するように立っており、俺の退路をいつでも断てる形だ。因みにその側に陀艮もいる。
「……コイツが呪霊? ここまで近付いても分からん。本当か?」
(確かに、人間の気配としか思えませんね)
「俺は事実しか言ってないよ漏瑚、花御」
2人をなだめる真人。
そんな彼らの元に、額に縫目のある男が歩み寄ってくる。
「ーーやあ、初めまして伏黒恵。いや、正確には『伏黒恵の体を借りた何か』、というべきかな? 真人から話は聞いてるよ。私に用があるんだってね」
羂索だ。
彼は一歩近づき、間欠泉の縁に腰を下ろす。
真人の隣に自然と座りながら、視線を俺から外さない。
「興味深いね。君のような例は初めて見るよ」
羂索は漏瑚たちを制するように、軽く手を広げた。
「漏瑚、花御、陀艮。少なくとも今この瞬間、伏黒恵は敵じゃない。……少なくとも、私たちにとっての『敵』ではないはずだよ」
再び俺へと向き直った羂索は、目を細める。
間欠泉にて湯気立つ向こうで、羂索の口元がわずかに上がっていた。
「さて、伏黒くん。いや、君の本当の名前は何と言えばいい? それとも『伏黒恵』で通すつもりかい? どちらにしても構わないけど……君がここに来た理由を、私に聞かせてくれないかな?」
穏やかな笑みだが、そこに潜むのは純粋な好奇心と、相手を解剖しようとするような冷徹さ。
だが俺には分かる。
羂索は俺のことが知りたくて知りたくてウズウズしてるだろう。
彼の目的を思えば、それも当然のことである。
だが俺はそれに触れず、本題に入っていくことにした。
「流石は脳味噌野郎だな。意味深に物事を語るのが上手い。俺のことは伏黒でいい」
羂索は呪術廻戦にて宿儺、五条に次いで強い存在だ。
モジュロを除けば、俺はそうだと思っている。
俺としては彼も倒すべき標的の1人として定めているため、敵意を抱かれても構わない。
挑発じみた言動も、自然呪霊組が羂索に対して僅かでも猜疑心を抱く切っ掛けになればと思い、隠していたかもしれない情報を出しているのだ。
「俺の望みは五条先生に消えてもらうことだよ。まあ、他の呪詛師たちと同じじゃないか?」
五条先生と両面宿儺。
どちらから戦うのかはまだ決めていない。
だが両者がいれば戦闘中に現れて邪魔される可能性が高いだろう。
特に五条先生は、蒼の応用で瞬間移動のようなことが出来るので余計に厄介だ。
それならば確実に盤面から除外し、自身のタイミングで戦闘を行えるように出来る五条先生の封印は旨いと言えるだろう。
羂索は俺の話を聞き終えると、ゆっくりと目を細め、口元に薄い笑みを浮かべる。
間欠泉の湯気が彼の顔を柔らかくぼかしているが、その瞳だけは鋭く、内側を探るように光っていた。
「……ふふっ。五条先生に消えてもらうことか。随分とストレートだね、伏黒くん」
軽く首を振って、楽しげに息を吐く。
「私の記憶が正しければ、五条悟は君にとっての恩師であり親代りとも言える存在だったと思うんだけど?」
「そうだな、その通りだよ。けど俺としては邪魔だからどうにかしたいってだけさ」
「へぇ、それは本当かな?」
羂索は指先で間欠泉の水面を軽く叩き、波紋を広げる。
俺は波紋が消えても無言を貫いていた。
結局、痺れを切らしたかのように肩をすくめた羂索は、彼自身が望む本題に入る。
「それにしても……君は随分と私のことを知っているようだね。『脳味噌野郎』だなんて、誰かに教わったのかな? 」
声のトーンが少し落ち、穏やかだがどこか脅すような響きを感じさせた。
「私としては、君がどれだけ『知っている』のか……それが一番気になるところだよ。宿儺のこと、五条のこと、そして私のこと。君の知識は、情報はどこまで及んでいる? そして、それを知った上で、私たちに近づいてきた理由は?」
「どこまで知ってるだとか、どうやって知っただとか、そんなことを答えると思ってるのか? お前は簡単に答えを貰って喜ぶ質じゃないだろ羂索」
その返答に、羂索は僅かに目を見開く。
彼の情報量は多いが、それでも俺の持つ知識がどうやって入手したものかなんて分からないだろう。
かと言って、簡単に納得して終われる訳でもない。
なら、羂索の性質に合わせた返答をするだけだ。
「答えは自分で解けよ。お前の好奇心で十分だろ」
「ははっ、生意気。君の頭の中、覗いてみたいねぇ」
「脳味噌を入れ替えてってか」
周りの温度が下がる。
羂索が殺意を持ったのが俺にも伝わった。
このまま行けば、恐らく殺し合いに発展するだろう。
そしてこの場には自然呪霊組もいるのだ。
俺が最強を目指してると言えど、流石に不利と言わざるを得ない。
「君は随分と物知りだね。私の計画の邪魔になりそうだし……今この場で始末しようかな?」
「俺も呪霊操術の操作対象だってことか? 面白い試みだな。だけど……」
元から相手の敵地に向かうことは分かっていたのだ。
何の対策もせずノコノコと出向くわけもないだろう。
ちゃんと保険を用意した上で、俺はこの場に来ているのだ。
「俺は真人と接触した時点で、獄門疆と夏油傑、そしてお前の情報を記した手紙を高専のどこかに置いてきてる」
その言葉に、羂索の眉がピクリと動いた。
今言ったワードだけでも、とても大きな情報だ。
そしてその情報の流出は、彼の今後の計画の破綻を意味する。
「もちろん生きて帰ればその手紙は処分するよ」
「……なるほど、これは一杯食わされたね」
羂索は軽く肩をすくめて、笑みを深くした。
想定以上の情報を俺が持っていたのだ。
こればかりは1000年以上前から行動していた羂索も予想できないだろう。
少なくとも、それほどの情報を持っているのならブラフとは考えない筈だ。
これによって、この場で俺を殺すという選択肢を完全に消し去ることが出来た。
情報は大きな武器となり、盤面を動かすのに必要なものである。
原作知識様々と言うわけだ。
「仕方ない、話を戻そうか。五条を封印する……それは私にとっても都合がいい提案だ。だが、君のことだ。ただの協力者で終わるつもりはないんだろう? 」
「それで? もしそうならどうなんだ」
「だったら、はっきり言おうじゃないか。君は私たちを利用するつもりかい? それとも……私たちと『本気で組む』つもりかい? どちらにせよ、嘘はつかないでくれよ。私は嘘つきが嫌いなんだ」
ここで言葉を切り、羂索は俺の言葉を待つ。
表情は穏やかだが、目は決して笑っていない。
これだけはハッキリとさせたいのだろう。
「嘘で塗り固めたような存在の癖に嘘つきが嫌いか。面白い冗談だな」
とは言え、ここでおちゃらけた言動や返答をすると羂索は俺と協力せず立ち去るかも知れない。
ここで羂索と関わりを持とうと思ったのも、俺の考えていることが通用しなかった時のための保険を作るためのものだ。
出来れば協力体制を取りたいと言うのが本音である。
「利用するつもりというのは事実だな。けど、五条先生を排除するために協力体制を取りたいと言うのも本音だ」
正直な気持ちを語りつつ、俺は本命の話に繋げる。
「必要なら、縛りを結んでもいい。五条悟を封印するまで、という条件になるけどな」
羂索は俺の言葉を聞き終えると、一瞬だけ目を丸くするような仕草を見せ、すぐにくすくすと喉の奥で笑った。
笑いは静かだが、どこか本気で楽しんでいるように聞こえる。
「……ははっ。嘘で塗り固めたような存在か。君、なかなか面白いね」
間欠泉の縁に肘をつき、俺の顔を見据えた。
「嘘つきが嫌い、というのは本当だよ。少なくとも私自身が嘘をつかれるのは嫌いなんだ。自分が嘘をつくのは……まあ、仕方ない部分もあるけどね」
「仕方ないのかそれ?」
羂索は俺のツッコミを無視し、肩をすくめるだけだった。
「さて、本題だ。縛りを結ぶ、というのは魅力的だよ。君の『五条悟を封印するまで』という条件も、私にとっては都合がいい。なぜなら……私もまた、五条悟を封印したいと思っているからね」
それはそうだろう。
羂索は1000年以上前から、六眼と無下限の抱き合わせに邪魔され続けているのだ。
厄介な因果を断ち切るには、封印という手段が最適解であり、そのための道筋も既に作り上げつつある。
協力者が増えることに歓迎はすれど、残念に思うことはない。
「ただし、縛りは双方向でなければならない。君が私を裏切らない保証も、私が君を裏切らない保証も、必要だ。たとえば……五条悟の封印が完了するまで、『互いに殺し合わない』、『互いの計画を妨害しない』……そんな内容はどうかな?」
そこで俺は悩むような仕草を見せつつ、矛盾したような提案をする。
「それでいいんじゃない? 『五条悟を封印するまで、互いの計画を邪魔しない』で」
敢えて他の条件には触れない。
それは互いの計画を妨害しない範囲であれば、殺し合いを許容するということだ。
だがここでの大きな差は、俺は羂索の計画を知っているが、羂索は俺の計画を知らないということ。
そして俺が計画の保険として使いたいと思っていた縛りのもう一つの条件をつけ足した。
「俺がそちらに求める縛りは『10月31日の23時7分から1分間の間に、漏瑚が俺に対して得意な攻撃を1度行うこと』だ」
話の成り行きを黙って眺めていた漏瑚だが、突然自身の名前を呼ばれ頓狂な反応を示す。
「……なんじゃその内容は?」
「言葉通りだ。それが俺の望む縛りだ」
漏瑚は困惑した表情を浮かべ、相談するかのように羂索へと視線を投げ掛けた。
それとは対照的に、羂索はとても興味深そうな表情を見せている。
「……ほう。なかなか面白い条件だね、伏黒くん」
羂索は軽く首を傾げ、指を一本立てて俺の提案を繰り返すように復唱した。
「『五条悟を封印するまで、互いの計画を邪魔しない』……これだけか。殺し合いについては触れていない。つまり、互いの計画を直接的に妨害しなければ、相手を殺すのはOKということだね?」
くすりと小さく笑い、視線を俺に固定したまま続ける。
「君の考えていることは、だいたい分かるよ。私の計画を知っている君は、私の行動をある程度予測できる。一方、私は君の本当の目的を完全に把握していない。だから、この条件は君にとって有利だ。私が君を殺そうとしても、『五条封印の計画を邪魔する』と解釈されれば縛りが発動する可能性がある……という抜け道を、君は残しているわけだ」
実際はそこまで大層に考えてはいない。
どちらかと言えば、後々に活きれば良いやという保険になりそうな布石を無造作にばら撒いているだけと言える。
活きればいいし、活きなくても支障はない。
そんな程度のものだ。
「それでいて、君は私たちに『漏瑚が10月31日23時7分から1分間の間に、得意な攻撃を1度行う』という、非常に具体的な行動を強制しようとしている」
羂索は深く考えるかのように、顎を手に当てる。
恐らく自身の行動計画と、その示す時間が何を意味するのか考えているだろう。
しかし、考えたところで答えが出るわけもない。
俺の情報と羂索の情報では、大きな乖離があるのだから。
「漏瑚、どう思う? 君の得意な攻撃を、伏黒くんに1度だけ浴びせることになるよ。彼に使われる形になるのは、気に入らないかな?」
「……儂としてはその行動でこちらに不利益がなければ構わん」
「安心してくれ。その縛りは呪霊に対して害を与える目的じゃないし、かと言って計画を邪魔する目的でもない。それも縛りに入れていい。まあ、攻撃範囲内に意図的に入って来られたら流石に知らねえけど」
漏瑚は低く唸り、炎の粒子が一瞬強く揺れる。
悩んでいることが見て取れた。
だが縛りも加えた上で不利益も発生させないと言う以上、断るメリットは何もないだろう。
「良かろう。儂はその縛りを受け入れる」
「そうか。他の皆はどうだい?」
羂索は花御や陀艮にも問い掛け、2人も了承したのを確認する。
因みに真人は笑顔で丸を作っていた。
どうやら俺のことを気に入ってくれているらしい。
「実に面白い提案だよ。君は私の計画の核心を知ってるだけじゃない。私のタイムテーブルまで把握しているようだね」
口元に笑みを深め、しかし声のトーンは少し冷たかった。
「いいだろう。縛りを結ぼう。内容はこうだ」
羂索は指を一本ずつ折りながら、明確に宣言する。
「一、『五条悟が封印されるまで、互いの計画を直接的に妨害しない』
――ここで言う『直接的に』とは、相手の行動を意図的に阻止・遅延させる行為を指す。間接的な影響は問わない。殺し合いも、計画妨害に該当しなければ許可される。
二、『10月31日23時7分から1分間の間に、漏瑚が伏黒恵に対して彼の得意とする攻撃を1度だけ行う』
――攻撃の強度や結果については一切問わない。漏瑚が『本気で』やらない、という逃げも許されない。漏瑚の意思で『得意な攻撃』と認められるものを、1度発動させる」
ここで言葉を切り、俺の目を真っ直ぐに見据えた。
「これでどうだい? 君の提案をほぼ丸呑みした形だけど……私としても、この程度の縛りならリスクは低い。むしろ、君が本当に五条を封印する手助けをしてくれるなら、歓迎だよ」
「それでいい。しばらくの間よろしくな」
縛りの内容は、とても俺に譲歩してくれたように見える。
だが羂索としても、かなり譲歩されたようなものだろう。
何せ明確に示してはいないが、ほぼ羂索の計画内容を俺は答えているのだ。
ここで協力体制を取る意思もなければ、計画が失敗していたのは目に見えていただろう。
それなのにただ漏瑚が特定のタイミングで攻撃するという内容だけで、計画の邪魔をしないという縛りを結べたのだ。
そういう意味では幸運だったと言えるだろう。
まあ、俺としては漏瑚の攻撃さえあれば後はどうでも良いと言える。ほぼオマケだ。
「これで、私たちは『一時的な共犯者』になったわけだ。五条悟の封印までは、互いに邪魔はしない……少なくとも、表向きはね」
だが、俺も羂索も互いに仲良しこよしでやれるとは思っていないのだろう。
最後の文言は、明らかにそういった意味を含ませていた。
とにかく、目的を果たした俺は少しばかり自然呪霊組とも雑談を交わした後に、帰路につくのだった。
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伏黒が立ち去った後、羂索は間欠泉に足を浸からせながら思考を深めていた。
思い返すは、当然ながら先ほどの内容だ。
元々、伏黒に会おうとしたのは興味本位もあった。
この姿である夏油傑ではなく、羂索の名が出た以上、放置は出来ないだろう。
危険度が上回れば始末することも視野に入れていたが、少なくとも情報源を入手する必要はあった。
そして実際に会ってみれば、その異様な情報量に惹かれた。
最初は天元辺りから自身の名を聞いただけの可能性も考えたが、間違いなくそれはないだろう。
計画の詳細を知っているのは、ここにいる自然呪霊組だけだ。
そして彼らが余所に計画を漏らすことはないだろう。
(素直に考えるなら術式だけど……違和感があるんだよね)
伏黒恵には既に十種影法術がある。
ならば件のもうひとつの魂が持つかもしれない術式か。
しかしそれにしては行動が読めない。
今回の邂逅で、今までの計画が意図的にスルーされていたことが分かったからだ。
虎杖悠仁の件に関してが最も著明だろう。
伏黒の強さなら確実に宿儺の指を取り込ませることに失敗していたが、実際には問題なく取り込ませられたのだ。
少なくとも、こちらの計画を邪魔する意図がないことは分かった。
ともあれ、術式であるのならば非常に詳細な未来予知が出来るということになるのだが、幾ら何でも精度が高すぎる。
いや、精度と言うよりは、未来以外の情報もある点が不自然だ。
羂索個人のことを知り過ぎなのである。
未来の情報だけでは説明がつかないのだ。
明らかに過去の経験や、人格まで把握されているように見えた。
この時点で未来予知だけでないことは確定している。
(だけど、面白い展開ではあるね)
羂索は1000年以上生きているが、これは初めての経験だった。
そして初めて見るタイプの存在。
受肉体でないのに魂が2つ共存してるのも面白いし、そんな存在が未知の方法で情報を入手もしているのだ。
今までずっと人類の可能性を見たいと思い行動してきたのである。
ワクワクしない訳がないだろう。
(伏黒恵。君は可能性か? どちらにせよ、解いてみたいね、その謎を)