産まれてこなきゃ、よかったね   作:歯に優しいケーキ

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産穢(うぶけがれ) 壱

 

 ――少女が生まれたのは、因習の強い村落であった。

 

 白い肌。

 質の良い髪。

 二重で、小顔の整った顔立ち。

 

 それでいて元気で、よく笑い、言葉も覚えるのが早く、

 気づけば村の中に、たくさんの友達ができていた。

 

 誰からも疎まれず、

 誰からも特別視されず。

 ただのどこにでもいる子供。

 

 好奇心旺盛で、

 知らないことを知りたがり、

 どうでもいいことにも首を突っ込む。

 

 

 ある日。

 

 囲炉裏のそばで針仕事をしていた母のもとへ、

 少女はちょこちょこと歩み寄り、

 屈託のない声で問いかける。

 

「ねーねー、かーさん」

 

 母が顔を下げる。

 

「私ってさ。どうやって、生まれてきたのー?」

 

 母は困ったように顔を赤らめ、膝をついて目線を合わせる。

 

「うーん....貴方にはまだ速いけど....」

 

 言葉を選びつつ、答えが見つかると彼女は立ち上がり、自らの腹部を勢いよく音を鳴らしながらパチンと叩く。

 

「そうね、貴方はこのお母さんのお腹の中から産まれて来たんだよ!!」

 

 ――えっへん!!

 と、自信満々に鼻を鳴らす母に、少女は「そーなのかー」と頷き返す。

 

「....じゃあ」

 

 少女は少し考えこみ、聞きたい事を言語化した後、それを口で綴ってみせた。

 

「――わたしがいて、パパとママはしあわせ?」

 

 その問いを聞いた瞬間、母は両手をバチンと勢いよく少女のほっぺたに合わせ。

 

「もっっちろん!!  〇〇ちゃんを産んでから、ママもパパもとってもしあわせなのだーーーー!! ガハハハハハハ!! それそれ~!!」

 

「キャハハッ!! そーなのか~~~」

 

  柔らかなほっぺたを、これでもかと言わんばかりに揉みほぐし、娘も笑いながら、母に身を委ねた。

 

 

 ――そう、これは何の変哲も無い、どこにでも居るような少女のお話。

 

 

 

 ――だが、変異は彼女が四の歳になって現れる。

 

 

 その歳になって、彼女の髪と瞳が変色した。どちらも黒色から、日に日に紫色へと変わっていった。

 

 

 ――この村では、紫は凶兆のしるしという言い伝えがある。

 

 

 最初にに起きたのは、干ばつによる農作物の不作。

 雨は降らず、芽は伸びず、畑はひび割れた。

 それにより村内では食料が不足し、栄養失調になった赤子も居たという。

 

 

 ――答え合わせと言わんばかりに、彼女を訝しく見つめる者が現れた。

 

 

 次に起きたのは、豪雪による冷害。

 例年より早く、例年より重い雪が降り続いた。

 道端は雪に埋もれ、歩くことすら困難となった他、積もった雪で家が倒壊し、そのまま凍え死んだ者も現れた。

 

 

 ――他の子ども達がこぞって彼女をいじめるようになり、大人たちはそれを見てみぬ振りした。

 

 

 次に起きたのは、出所不明の病。

 原因不明の熱に倒れる者が現れ、咳は血を含み、治る者は極僅かであった。

 村医は薬草を試し、祈祷師は札を燃やしたが、どれも効かず、結局自然消失するまで約半年間かかる。

 死者、十名。内彼女の両親が含まれる。

 

 

 ――彼女が集団で面と向かって罵られるようになり、村八分にするよう村長に署名を求める運動まで起きた。

 

 

 最後に起きたのは決定的となった人災。

 彼女が罵られるようになってからも、唯一彼女に優しく接し、遊び続けた心優しき村長の息子。

 

 少年は雪解けの残る川辺で、足を滑らせ、頭を打ち、そのまま帰らぬ人となる。

 

 そして、彼女はその場に居た。

 少年と最後に話していたのは彼女であり、彼の後を追うように川へ向かったのも彼女だった。

 

 

 「「忌み子だ」」

 

 

 その言葉に異議を唱える者は、村の中でもう誰一人として居なかった。

 

 

 数日後。

 身を潜めていた彼女は、ついに村人たちに見つけ出される。

 

 連れて行かれたのは、村の地下深くに掘られた牢屋だった。

 灯りはなく、陽射しも届かない。

 湿った石壁と、大量に蠢く鼠の気配、張り巡らされた蜘蛛の巣だけがそこにあった。

 

 食事も水も与えない。ただ閉じ込め、静かに息が止まるのを待つ。

 斬首や首吊りといった、ありふれた処刑法が選ばれなかったのは、当然彼女への情け等ではない。

 

 むしろ、忌むべき存在には一刻も早く消えてほしい。

 だがそれでいて、己の手で殺すことは恐ろしい事だ。

 

 血を見ず、悲鳴も聞かず、「自分たちは何もしていない」と言い訳できる形で終わらせたい。

 

 そうして導き出されたのが、

 彼女を闇に封じ、死因すら闇に葬るという選択だった。

 

 

 これにより、厄災の原因は排除され、村には平和が戻る。

 村人たちはその事を悦び、祭りまで開いた。

 酒を酌み交わし、歌い、笑い合い、神に感謝を捧げる。

 

 

 ――ああ、これで神の怒りは鎮まった。

 

 

 めでたしめでたし。

 

 

 

 ――厄災は、終わらず。

 

 

 

 その一月後。

 村近くの森に突如、人食いグマが現れた。

 

 夜ごとに村へ降りてきては家畜を喰らい、

 やがて人の味を覚え、躊躇なく人を襲うようになった。

 

 猟師を雇い、罠を仕掛け、討伐を試みるも退治は難航する。

 結果として犠牲者は増え続けた。

 

 死者、八名。

 

 

 ――忌み子は消えたはずだ。

 ――これは偶然だ。

 

 

 村人たちはそうであってほしいと、半ば祈るように呟いた。

 

 

 

 さらに一月後。

 降りやまぬ大雨が続き、山肌が限界を迎えた。

 夜半、大規模な土砂崩れが発生し、そのすぐ下に住んでいた家々が飲み込まれた。

 

 助かった者は少なく、

 道も畑も失われ、復旧の目途はもはや立たなかった。

 

 

 ――これは、おかしい。

 

 

 忌み子は死んだはずだ。

 それなのに、なぜ災いは止まらない。

 村人たちは不安を怒りに変え、口々に村長へと苦情を申し立てた。

 

 不思議に思った村長は、若い漢二人を呼び出し、地下牢を確認するよう命じた。

 

 二人は地下牢に繋がる階段を降り、その扉に手を掛ける。

 

 

「――なんだ、これは」

 

 

 二人が見たのは、屍となった忌み子の姿――などではなく、鼠の肉を喰らい、血を啜って水とし、痩せ細りながらも生き永らえていた忌み子の姿。

 肌は陶器のように白く透け通り、眠る事すら出来なかったのか、眼の下には大きくクマが出来ていた。

 

死んでいるはずの凶兆が、死ぬべき場所で、死なずに在った。

 

 若い漢二人は村長にその事を報告し、その眼で見た異様な光景をありのまま伝えた。

 

 

『やはり直接殺すしかない』

『誰がやるんだよ。呪われるかもしれないんだぞ』

 

 

 村長の側近たちは口々に言葉を重ね、議論を始めた。

 このままでは村が持たない。だが、あのような禍々しい存在に手を下せば、報復として一家、あるいは一族ごと呪われてもおかしくない。

 

 恐怖と責任の押し付け合いにより、場は次第に荒い声が増してゆく。

 

 その時。

 

 村長付きの風水師が、一歩前に出て口を開いた。

 

 

『――その悪魔を、殺してはなりません』

 

 

 一瞬、場が静まり返る。

 

 

『神の怒りを鎮めるには、かの悪魔に然るべき罰を下し、魂ごと穢れを浄化し、神に誠意を示す他ないのです』

 

 

 その言葉に、聞いた者達は面を食らい、眼をキョトンとさせる。

 

 命を断つのではなく、痛みを与え、苦しませ、罰を受けさせる。

 そうすることで、これまでの不敬を詫び、神の許しを請うという理屈だ。

 

 彼らにとって、あまりにも都合の良い解釈。

 だが、村長含め、自らの手を下したくなかった者達は、こぞってその手法に賛同した。

 

 

 

 

 翌日、彼女は地下牢から引きずり出され、村外れの人気の無い石祠へと移された。

 

両手両足を拘束する。

 逃げられぬよう、鉄輪と鎖を用いる。

 食事と水は死なないよう一日一度のみ。

 

 そして、彼女に与えるのは、一日一回の肉体に対する罰。

 

 鞭を打ち、彼女の肌を裂く。

 力を込め、回数は制限しない。

 

 熱した鉄を押し当て、肉体に痕を刻む。

 焼き切るのではなく、痛みが長く残る様繰り返す。

 

 彼女は叫んだ。

 だが、その声は森の茂みに吸われ、村より外へ届くことはなかった。

 

 

 ――それでも、厄災は終わらなかった。

 

 

 ある日、村に居た数名の子供が、いつもの川辺で遊んだまま帰らなくなった。

 

 捜索は行われたが、足跡は途中で途切れ、衣服も、遺体も見つからない。

 

 神隠し。

 村人たちはそう呼んだ。

 

 

 それを見た風水師は声を荒げ、こう叫ぶ。

 

 

『罰が、生ぬるいのです!!』

『神が、まだ納得しておられぬ!!』

『もっと、捧げねば!!』

 

 

 彼女への罰は、一日一回から二回へと増え、二回は三回に、三回は四回へと変わった。

 

 そして、やがては回数という概念すら失い、日替わりで人が訪れ、朝から夜まで、途切れることなく“罰”が与え続けられた。

 

気づけばその行為は、かつて定めた儀式などでは無く、この村の日常となっていた。

 

内容も日に日に獣欲を増し、変質していく。

 

 

『....これは流石に死ぬんじゃないか?』

『....おい!! まだ生きているぞ!!』

 

 

 そのやり取りが繰り返されるたび、蹂躙は質を変え、度を増していった。

 

 ――リンチ。

 ――爪剥ぎ。

 ――皮剥ぎ。

 ――火あぶり。

 ――水責め。

 

 ありとあらゆる暴虐が、彼女の身に加えられた。

 

 だが、それでも厄災は止まらず。

 村人たちもそれを止める事を諦め、代わりに純度100の悪意をもって忌み子への罰を続けた。

あくまで罰という名目を捨てることなく、忌み子への加虐を、ただひたすら加速させ続けた。

 

 

 

 ある日、村に呪術師と名乗る男が現れた。

 旅行がてらに付近を訪れた際、この村に強力な"呪霊"と呼ばれる存在の気配を感じ取ったと言う。

 

「不特定の災いをもたらす呪霊....それもかなり肥大化しているようですね。長い間不可解な現象があったんじゃないですか?」

 

 後ろ髪を団子に結んだ、若い男だった。

 物腰は柔らかく、表情は落ち着いている。

 聞けば、まだ高校生だという。

 

 村長や一部の重鎮は、最初その男を胡散臭いと判断した。

 呪霊だの呪術師だのという話は、彼らにとっては認識の外側にある概念だったからだ。

 

 だが、男は声を荒げることもなく、自分の正しさを主張することもない。

 

 その謙虚な態度と、真面目な受け答えに、村は次第に耳を傾けるようになる。

 

そして――その“呪霊”を祓ってほしい、と依頼した。

 

 

 ――翌日。

 

 

 彼は球状の玉のような物を持ちだし、「これがその”呪霊”です」と述べた後、それをペロリと平らげた。

 

 「原因となっていた呪霊は取り除きました。お代金は要りません。人として当然の事をしたまでです」

 

 そうして、彼は静かに村を去った。

 

 

――もし、この時、彼がこの村のもう一つの"異変"に気付けていれば、未来は変わったのだろうか。

 

 

 ――だが、それは”もしも”という仮定の話でしか無く。現実は常に、気付かれなかったものと、見過ごされたものの上に積み重なっていくのである。

 

 

 

 

 

 その後、村の空は荒れることなく、

 雨は季節通りに降り、風は穏やかに吹いた。

 獣が里へ降りてくることもなく、

 病に倒れる者すらいつの間にか見られなくなった。

 

 畑は実り、川は静かに流れ、子供達が突然消える事も無くなった。

 

 それが約二カ月続き、村人達は厄災の終焉を確信した。

 

 

――もう大丈夫だ。

 ――あの日々とはおさらばだ。

 

 

 やがて村は、祝いの支度を始めた。

 

 そして、灯籠を吊るし、酒の席を設け、口々に語り合った。

 

 「よく耐えた」

 「神も満足したはず」

「あの青年には感謝せねば」

 

 人々は笑い合い、戻って来た平和を祝いに祝う。

 

 これで、全てが終わったかのように。

 

 

 

 ――そう、終わったのだ。

 

 

 

「じゃああいつはなんだったんだよ!!??」

 

 

 一人が堪え切れず、それを口にした。

 

 誰もが気にしつつ、それに眼を向けたくなかった為、口に出さずに居た事。

 

「てめぇ!! こんな時に――」

 

「あいつが忌み子じゃなかったんなら!! なんであれで生きてんだよ!! それにあれが厄災の原因じゃなかってんなら....俺たちは....俺たちは....」

 

「――口を閉ざせ」

 

「....っ!!」

 

 村長の声は低く、しかし逆らいようのない声だった。

 

 全員の視線が、村長へと集まる。

 

「……あの風水師は、昨日崖の下で亡き者となって発見された....ある事無い事を吹き込み、村を混乱させた張本人だ」

 

 その言葉の意味を、村人達は理解した。

 村長の隣に居る、用心棒の大男を見ながら。

 

「....この村に、忌み子など――元より居なかった」

 

 村長は、一人ひとりの顔を見渡しながら、

 ゆっくりと言い切る。

 

「良いな?」

 

 その言葉に、村人達は一人残らず、ゆっくりと首を縦に振った。

 

 

 

 その翌日。

 大男は少女の居る石祠へと向かった。

 呪霊とやらが祓われて以降、誰も来なくなった祠だ。

 

「....フン」

 

 大男は少女を見詰め、軽く鼻を鳴らした。

 ――やはり、生きていたかと。

 

「約2カ月間、岩に縛られ、何も口に出来なかったはずだ。にもかかわらず、貴様は何故生きている?」

 

 大男は少女にかけられた鎖をほどきつつ、口で話し続けた。

 

「村では『間違えてしまった』だの、『呪われる』だの好き勝手言っているが....俺から見れば、お前は間違いなく忌み子....そうでなくとも悪魔の類だ。でなきゃ、その傷と生態に説明がつかん」

 

 その口調は、どこか郎らかで、かつ鎖を解く手捌きもどこかウキウキと楽しんでいるようだった。

 

「この村は数百年間厄災のようなものとは無縁だった。だから、あの呪霊とやらも、貴様が引き付けと考える方がずっと自然だ」

 

 大男は鎖を解く手を若干緩め、彼女の顔を見詰めながら、歯を剥き出しにしてゲス笑いを披露した。

 

「ハハハッ! 偶然か? まぁ、あり得るわな。実際、お前の髪が変色してから、厄災が起きるのには若干の間隔があった」

 

 彼女が元凶ではない。

 その可能性を述べつつ――

 

 

「――でもよぉ、んなもん関係ねぇんだよ」

 

 それが意味のない物であると、はっきりと断言する。

 

 

「お前の髪と瞳が変色し、そのタイミングで数々の不可解な厄災が起きた。捕まったお前は水も食べ物も無いありえない環境の中で生き残った。これだけの事実があって、お前を忌み子じゃないって考える方がおかしいんだよ。....で、万が一。お前が忌み子でない可能性があったとして、その可能性を信じて、今にも死にそうな人間を前に、何もせずにいろってか? .....無理な話だ。お前が忌み子じゃなかった可能性。それが出てきた事自体、俺から言わせてみりゃ――」

 

 一拍を置き、そして――

 

 

「――結果論なんだよ」

 

 

 そう結論づけた。

 

 

「村の奴らを恨んでるなら筋違いだぜ。奴らは奴らのするべきことをしただけ。恨むんなら自分を恨むんだな」

 

 そう言って彼は鎖から手を離し、彼女の肩に触れる。

 鎖を解き終え、彼女を連れて行こうとした所だ。

 

 

「――な...ら.....」

「お!! まだ喋れんのか」

 

 辛うじて虫のような息を吐きながら、小さな声で呟く。

 まさかまだ話せると思っていなかった大男は、子供のように嬉々と耳をその口元へ傾けた。

 

 

「私は....どうすれば....良かった....の....?」

「........え?」

 

 

 命乞い、若しくは自殺嘆願のどちらかと思えば、意外な事に自分に質問をしてきた少女に男は困惑の声を漏らす。

 

「....ん~~」

 

 死にかけの子供から出たとは思えない、そこそこ核心をついた問いに、彼は指を顎に当てながらしばらく考え込む。

 

「....まぁ」

 

 やがて、彼は答えを見つけたのか、これだなと手を降ろし。

 

 ――そして、ニヤリと満面に笑みを浮かべ

 

 

「――産まれてこなきゃ、よかったね?」

 

 

 ――ドゴン

 

 と彼女の腹部に蹴りを入れた。

 

「....」

 

「....あー今ので死んじゃったか? 死んでねぇよな? 呪われるの嫌だぞ? 俺。ギャハハハハ!!」

 

 痛みはあったのか、腹部に手を当てつつ、少女はケホケホと咳を吐く。

 

 だが、その顔はどこか穏やかであり、どこか腑に落ちたような表情に満ちていた。

 

 そして、呟く――

 

「....そー....なの....かー....」

 

 その言葉を最後に、彼女は眼を閉じ、久方ぶりの眠りについたのだった。




あ、まだ生きてますよー。
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