結ばれない絆と遠い想いの二人が、ただ楽しげに生きる事   作:曇天紫苑

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結ばれない絆と遠い想いの二人が、ただ楽しげに生きる事

 夜風が気持ちいい。

 私の髪が風に煽られて揺れた。草もだ。この丘は高く、風はよく通る。草が擦れる音を立てるのが面白い。

 こうして見ると、見滝原はとても綺麗な町並みをしている。まどかにも見せてあげたいな。少し、そう思った。今の私は友達ではないから、連れてくる事は出来ないけれど。

 今日はもう寝た頃だろう、あの子は早い時間に寝る方だから。それに、あまり遅くまで起きていると身体に悪い。

 私もあまり夜は得意な方ではないけど、今は平気だ。こして人を止めてみると、便利で悪くないと思えた。もう人間ではないけれど、私は最初から私なんだから。

 ローファーを脱いで椅子の上に置き、草の上に立ってみる。急な斜面の前だから、傍目には今にも飛び降りようとしている風に見えるだろうか。ただでさえ暗い顔付きだから、勘違いされかねない。それも面白い。

 土の感触を踏みしめながら、端に立った。後一歩進めば落ちるけど、高い所は苦手じゃない。

 その場に座り込み、足を斜面の先へ投げ出す。フラフラと自由に揺らせて、物思いに耽った。

 唐突に思いつく、まどかは寒いのが苦手なのか。そういえば、私は冬のまどかと一緒に居た事が無い。この間の誕生日だって、私は離れた所からお祝いの言葉を贈る事しか出来なかったから。

 仲の良いクラスメイトに囲まれて、幸せそうな笑顔で誕生日を迎えたまどか。美樹さやかにプレゼントを貰って感謝するまどか。その記憶は、宝物だ。少なくとも今の私を支える物である事に間違いは無かった。

 私は、幸せ者だ。その確信を噛みしめる。

 こうして、離れていようとまどかの姿を眺める事が出来る。あの子が生きて、幸せな人生を送っている。当たり前の様に思えても、それはとても貴重で、あり得ない程の奇跡が重なった為に成し遂げられた事なのだ。

 小さく、伸びをした。大事な大事なまどかの人生だ。これからも頑張らないと。そう、これからも。ずっと。

 立ち上がり、片足だけ一歩前に出す。落ちても怪我はしない。普通に帰るよりも、この方が早いのだ。

 

「ねえ、ほむらちゃん。危ないよ?」

 

 声が聞こえる。そちらへ振り返ると、見慣れた、いや見慣れない人が居る。椅子へ座り、私のローファーを足下へ置いて。

 

「靴、こんな所に置いてたら忘れちゃうよ、ほらっ」

 

 その人はローファーを私の元へ運んできて、すぐ近くに置いてくれる。

 

「ごめん。隣、良い?」

「構わないけど……どうして、貴女は?」

「えへへ、髪を黒にしてみたの。どうかな」

 

 相変わらずの優しい笑みのまま、まどかは自慢げにその髪を撫でた。黒く染まった髪色は、私の罪を現している様で、何か辛かった。

 息を整えて、まどかと対峙する。不思議と驚きは無い。落ち着いて、昔の様に彼女へ返事をする事が出来た。

 

「ごめんなさい。元の色の方が綺麗だと思うわ」

「えー、そんな。凄く良いと思ったんだけどなあ。ほむらちゃんとお揃いの黒。服も黒で統一したんだよ?」

 

 長く可愛らしい黒のフレアスカートの端をめくると、その下に有るストッキングに猫の意匠が施されている事が確認できた。黒だ。

 上着は勿論真っ黒だけれど、蝶ネクタイの間から覗くシャツは流石に黒ではなくて、薄い桃色が微かに見えた。頭の上に乗った小さなシルクハットもまた、白いライン以外は黒一色だった。

 何やら夢の世界から来た様な格好をしたまどかに、私は目眩にも似た気分を覚えた。

 これは、夢ではないだろうか。そうだ、きっと、夢だろう。まどかが、こんな風に私へ話しかけてくれるなんて。いつも、ちょっと怖がっていたのに。

 

「……えい」

 

 唐突に無表情となり、まどかは私の頬を抓った。

 痛みが走るが、声に出す程でもない。まどかの突然の行動に、私は少しの間だけ言葉を失う。

 

「まどか、何を……?」

「痛かった? でも、この通り、夢じゃない」

 

 腕を広げて、自分が此処に居るとまどかはアピールしていた。瞳が金色だった。

 

「何をしに来たの?」

 

 夢ではないと理解して、まどかを見つめる。彼女が何者なのか、朧気に正体が見えてきた。確かに彼女はまどかだろう。しかし、この大地で生きている人間の鹿目まどかではない。

 

「えっと、ほむらちゃん?」

 

 何か反応が有るかと身構えたが、まどかは戸惑うばかりで、何度も首を傾げている。私から目を離さないままだ。

 柔らかな視線に根負けして、私の方から先に話を続けなければならない。

 

「まどか、どうしてそんな顔をするの」

「いや、その、ね。なんだか、想像してたのとは違う様、な……?」

「そう。なら、もう一つ聞かせて。どんな事を考えていたの?」

「えっと、ほら。ほむらちゃんならきっと、私を大歓迎してくれるかな、なんて。久しぶりに会ったし……」

 

 ちょっとだけ恥ずかしがりながら、まどかは答えてくれる。

 期待外れだった様で、申し訳無く思った。反応に困ってしまい、言葉が出てこなくなる。こうやって話せる事が嬉しくない訳は無いのだけれど、素直に喜ぶには唐突過ぎた。

 すると、まどかは目線を下げる。続く言葉に迷いながらも、この子は何を言うかを決めたらしい。

 

「もしかして、迷惑、かな」

「……狡い言い方ね」

「ごめん」

 

 まどかが落ち込んでしまった姿を見て、私は深く後悔した。そんなつもりじゃなかったのに。

 首を振って、迷いを振り切った。今の私には、まどかがまどかであると分かる。そして私は悪魔であり、今までの暁美ほむらとは違う。ただ臆病に足を止めて、ただまどかから遠ざかるだけだった、そんな私とは。

 堂々とまどかへ近づき、少し離れた場所で止まり、笑って見せる。まどかは逃げなかった。心が嬉しさで弾んだ。

 

「迷惑? そんな筈が無いわ。まだ混乱しているけれど、それでも言い切れる。また会えて嬉しいわ。複雑だけどね」

「そ、そっか。ありがと、ほむらちゃん」

 

 気圧されながらも、まどかは私の手を握る。いつの間にか目の前にまで距離を詰められていた。しかし、恐れる事は無い。

 まどかの手を握り返して、疑問を投げかける。

 

「どうして私の前に現れたの? 美樹さやかでも、ご両親でも、相手は居るでしょう」

「あ、ほら。それはさ、あっちにはわたしが居るからね。別に私が会わなくても問題無いかな、って」

「……そう」

 

 それは、きっと寂しい事だ。しかし、人としてのまどかに接触されるのは望ましくないから、曖昧に返事をするしか無い。

 そんな私の表情を、まどかはじっと見つめていた。その純真で明るい瞳が、私を捉えている。彼女には、私がどう見えているだろう。聞いてみたくなったけど、聞けなかった。

 

「ほむらちゃん、今日はね、二人で話をしようと思って来たの」

 

 私が何か言おうとすると、まどかが目前に手を出した。袖から覗くのは、傷一つ無い綺麗な腕だ。

 

「そういうのじゃないよ。ただちょっと一緒にご飯を食べたり、遊んだりしたいだけ」

「その為だけに、此処まで?」

「そうだけど、変だったかな?」

「……いえ。でも、そう。確かに、遊びたいわよね」

 

 嫌な考え方だと思いつつも、私はまどかが来た理由を何となく受け入れていた。だって、彼女と遊べるのは、私だけだ。

 そういう事であれば、と協力する気持ちが沸いてくる。まどかの表情は本当に楽しそうで、悲しさも苦しさも、辛さも感じさせなかった。見ているだけで、気分が良くなってしまう。

 私の背後へ回ったまどかは、そのまま両肩を掴んで丘の端まで押す。そのまま突き落とされるのかと思ったけれど、落ちない程度の所で足を止めると、まどかは機嫌良く笑った。

 

「さって! 空でも飛んで、見滝原を見て回ろっか!」

「あら、今から行くのかしら?」

「うん、今から! ほら、ほむらちゃん。一緒に飛ぼうよ、飛べたよね?」

「飛べるわよ。でも……」

「大丈夫! それよりほら、早く行こうよ!」

 

 一足先にと、まどかはその背中から大きな翼を伸ばす。

 彼女は、私の手を握ったまま勢い良く飛び上がった。その羽は一枚一枚が私を守る様に包んでいる。しかし、それは無用の物だ。

 まどかに視線を送ると、彼女は理解した様子で私を解放した。そして私の背中から黒の翼が浮かび上がった所を見届けると、横へ並んできた。

 

「風が気持ち良いね」

「そうね、確かに……飛んでみると、また違う風が来る物ね」

 

 冷たい風が私の頬を通る。寒い。でも、悪くは無い。

 私達の姿は、普通の人間には捉える事も出来ないから、発見される心配は無かった。自然と視線はまどかの方へ向き、その横顔が楽しそうだと確認した。

 視線に気づいたまどかが私を見て、微笑む。

 

「ほむらちゃんの羽は綺麗だねー」

「まどかの羽だって」

「でも、カッコいいよ。黒だし!」

 

 まどかにとって、黒はカッコいい色なんだろうか。暗い色なのに。密かにそう思いつつも、何も言わない事にした。もっと明るい光、それこそまどかみたいな輝きをカッコいいと言うのではないかと、そう思った。

 本人に言うときっと照れるので、黙っておく事にした。私の沈黙にまどかは怪訝そうな顔をしたが、それだけだ。

 ちょっと外れた気遣いにまどからしさを感じつつ、声をかける。大きめの声にしないと、届かない。

 

「まず、どこに行きたいの?」

「うーん、実は考えてなくて。適当に飛んでみればいいやって思ってたから」

 

 そんな無計画な、と思いながら、酷く楽しい気分になっているのだと自覚した。相手がまどかだからか、計画も何も無く、行き当たりばったりに遊ぶのがまた面白い。

 気づけばまどかのペースに入り込んでいて、逃げられそうも無い。まどかは何度も眼下の見滝原を眺めて、面白そうな場所を探している様子だ。

 

「そうだ、あそこにしよっ」

「あそこって、どこの事?」

「ほらほら、私達の思い出の場所!」

 

 まどかが指さす先は、一つの橋だ。それだけで、まどかが何処へ行こうとしているのかが理解できた。

 笑顔を返すと、まどかは面白がった態度で翼を小さく畳み、一気に橋へと飛び込んでいく。遅れて私もその背を追いかけた。

 数秒もしない内に、橋の側に有る土手へまどかが着地し、僅かな差で私が降り立った。

 

「はい、到着っ! ほむらちゃんは大丈夫?」

「ええ、勿論」

 

 このくらいで何か有る程弱くない。

 そういう気持ちを抱くと、まどかは私の手を取って、橋の下にまで走った。二人とも人間ではないから、とても足が速い。

 一気に駆け上がり、私達は橋の上に立つ。そこでまどかは私から離れて、私へ向かって大きく腕を広げて見せた。

 

「ほむらちゃんなら、分かるよね。ほら……クラスのみんなには、ナイショだよっ!」

 

 ウインク混じりに告げられた言葉で、記憶がフラッシュバックする。特別な思い出を、忘れられる筈が無い。

 したり顔で頷くと、まどかが再び私の手を掴む。当時の色々な気持ちを思いだして、恥ずかしいのと、過去の自分への嫌悪が入り交じった感情が沸いてきた。

 まどかは気づいていないらしく、その場で目を細めている。

 

「ほむらちゃんが魔法少女の私に出会った、初めての場所だよっ。懐かしいなあ」

 

 いつの間にか、足下にドラム缶が置かれている。懐かしい物の存在に、私は自然と過去を思い返した。

 まどかはその手にゴルフクラブを握って、ドラム缶へ向かって構える。

 

「このドラム缶も。えいっ!」

 

 鈍い音を立て、ドラム缶に陥没が出来る。しかし、それだけだった。

 

「うーん、素のままじゃこんな感じかあ。今のほむらちゃんならもっと出来る?」

「そうね、出来るわ」

「じゃあ、やってみてくれる?」

「勿論、そのくらいなら任せなさい」

 

 まどかはゴルフクラブを私へと差し出した。少し残念そうだ。受け取りながらも、楽しい気持ちが止まらない。

 まどかと距離を取って、私はドラム缶の前に立つ。深く陥没しているが、それ以上の傷は見当たらない。古めかしい様でいて、それはまるで今作り出されたかの様に、傷一つ無く経年を感じさせなかった。

 この為に作られたんだろう。ゴルフクラブを深く握り、思い切り叩き上げた。

 鉄が打ちつけられる衝撃音と共に、ドラム缶はボールの様に浮き上がり、天高く飛んだ。あのままだと危ない、そう思うと同時に、鳥の使い魔が十羽程現れて空中のドラム缶を掴み、そのまま何処かへと持っていった。

 

「あ、持って行っちゃった」

「仕方無いわ。私の使い魔ながら、間が抜けているから」

 

 ただ、ドラム缶を回収する手間が省けて良かったのかもしれない。そう思うと、まどかが笑い出した。

 手の中のゴルフクラブが消滅した。やはり、まどかが作った物らしい。こうして物を叩くと、案外すっきりする。

 軽く笑いながら、まどかは私の側へ来る。

 

「ドラム缶が無くなっちゃったね」

「そうね」

「ね、ほむらちゃん。ちょっと髪を触っても良い?」

「……構わないわ、何をするの?」

「折角だから、お互い出会った頃の格好になってみようかと思って」

「……」

 

 提案をしながら、まどかは背後に回り、私の髪を触り始めた。

 あの頃には戻らない。まどかが単に素晴らしい友達だった時期の自分に戻るのは、辛い。でも、まどかがあんなに楽しそうな顔でヘアゴムを持っている所を見てしまうと、断るのも悪い気がする。

 川辺の水に姿が写って、まどかの髪が桃色に戻っている事が分かる。昔に戻る、という意味なんだろう。目の色まで人間だった頃へ逆行していて、完璧に鹿目まどかへ戻っている。

 

「うーん、やっぱり、こうしようかな」

 

 何か考えを変えたらしく、まどかは三つ編みを作る事を止めた。代わりに、白いリボンを私の髪に巻いて、まどかと同じ髪型にする。私では、長めのツインテールにしかならない。

 しかし、まどかは満足げに頷くと、続いて自分の髪を手櫛で解き、三つ編みを作ろうとした。しかし、肩まで伸びているとはいえ、腰まで届く長さの私に比べれば、髪が短いのだ。長さが足りず、何とか作ろうと頑張っている。

 

「それじゃ、作れないわ。私が作っても構わない?」

「うん……私じゃ無理かも。お願い」

 

 位置を移動して、私はまどかの髪に触れた。小さい子供の髪と思う程に柔らかな手触りで、まどかの家で使っているシャンプーの、良い香りがした。

 これくらいの長さなら、出来ない事も無い。素早く編み込み、小さなお下げを二つ、まどかの髪の中に左右対称の形で作る。昔の私とは違うけど、これも立派な三つ編みだ。

 髪を引っ張らない様に注意したつもりだ。まどかも痛がる素振りは見せないので、大丈夫だろう。完成した三つ編みを見て、やっぱりまどかにはまどかの髪型が一番似合うと思った。

 

「出来上がり。まどか、これで良いかしら」

「ほえー……出来ちゃった。ほむらちゃん、慣れてるんだね」

「何度も作った髪型だもの」

 

 自分の髪型だ。数え切れないくらい解いたし、作っている。最近はめっきりこの髪型にしていなかったから、まどかが満足してくれるかがほんの少しだけ不安だったけど、どうやら上手く行った様だ。

 

「うん、こう……これって、いいね。ほむらちゃんはどんな髪型でもかわいいし」

 

 まどかが独り言を口にしながら、自分の髪型を水面で確かめている。嬉しそうな声音だった。

 しかし、まだ少し足りない気がする。そんな気持ちを抱いた私は、自分のカチューシャを取り外して、まどかの頭にはめ込んだ。

 

「んえっ?」

「じっとしていて」

 

 自分の髪で慣れているので、まどかの髪を留めるのは簡単だった。

 まどかの髪が完全に纏まった所で、顔を出して水面を確認する。戸惑いがちなまどかの髪型は、昔の私と長さ以外は殆ど同じだ。背中から両肩を掴み、似合ってる、という気持ちを言葉にする。

 

「ありがと、ほむらちゃん。でも、私にこれを着けて大丈夫? 髪、結構乱れちゃうと思うんだ」

「平気よ。これくらいなら」

 

 普段より前髪が目元にかかりやすく、少しだけ鬱陶しい。でも、魔力で髪型を整えてしまえば何の問題も無かった。

 

「ほら」

「あ、本当だ」

 

 私の髪が自動的に纏まった所を見て、納得してくれた。やっぱり、彼女の髪は桃色が似合う。こちらの方がまどからしい。黒は、何となく違う気がするから。

 少し、川辺に目を向ける。真夜中だから、橋の上は誰も歩いていない。今日は魔獣の気配も無く、平和な夜だった。

 状況に慣れてくる。私は、まどかの手を引いた。

 

「行きましょう。ここは懐かしいけれど、他にも沢山思い出の場所が有るから」

「うん」

 

 同意を得た所で、私はその翼をもう一度発生させて、飛翔した。今度は、まどかが私に付いて来てくれる。

 数秒で橋が遠く離れ、私は夜空を楽しんだ。まだ明かりの灯った建物は沢山有って、その分だけ光が溢れている。まどかは私と手を繋いて、光を見つめていた。

 その視線が、巴マミの家で少しの間だけ止まる。彼女はもう寝た様で、遙か遠くだが、その部屋が暗くなっている所が見えてきた。

 まどかは続いて顔を動かして、美樹さやかの住居を見つける。そちらもやはり寝ているのか、明かりは無い。恐らくは、同じ部屋に佐倉杏子も居るのだろう。

 最後に、鹿目まどかの居る家に、まどかの家に視線が伸びた。ほんの僅かに息苦しい沈黙が訪れたかと思うと、まどかは瞬く間に微笑み、全く違う場所を指さした。

 

「あそこ、駅だね。ほむらちゃんも覚えてる?」

「そうね。忘れてはいないわ」

 

 そこは勿論、忘れられない記憶の一つだ。私達は揃って高度を落とし、駅のベンチを眺めた。

 電車が通り過ぎる。終電が近いからか、中に居る人の数は多く感じた。

 

「駅、ほむらちゃんは何を思い浮かべる?」

「何って、そうね……美樹さやか、を思い浮かべるわ」

「そうだね。私もそう」

 

 少し離れた空から駅を眺めていると、私の中に美樹さやかの姿が浮かんでくる。彼女にも色々と、本当に色々な事が有った。

 まどかも、彼女の事を思い浮かべたのだろうか。仄かに悲しげな微笑で、ベンチを眺めている。

 

「……さやかちゃんは、元気?」

「鬱陶しいくらいにね」

「良かった。でも、ほむらちゃん、さやかちゃんにあんまり意地悪しちゃダメだよ」

「……特に何かした記憶は無いけど」

「それは、分かってるけど」

 

 まどかが何を言おうとしているのか、私には何となく分かる。でも、それに従ってあげる事は出来ない。

 まどかが続きを言う前に、私が口を挟んだ。その方が気が楽だからだ。

 

「そうね。でも、彼女とは相性があまり良く無くて。貴女の大切な友達なのは分かっているけど、どうしても性格が合わない、かしら」

「……まあ、しょうがないよね。そういう事も有ると思う、けど」

「ええ、悪い子じゃないのは、分かってるのよ。色々なしがらみを抜きにすれば多分仲良く出来るでしょうね……でも、今の私とは、ね。ほら、そういうの、だから」

「……うん」

 

 暗くなってしまった空気を吹き飛ばす様に、まどかは手を打った。その音で雰囲気は明るくなり、楽しい気分が広がった。

 

「よしっ、ね、ほむらちゃん。せっかくだし、何かゲームでもしよっか」

「ゲーム? 良いわね、何をするの?」

 

 何も考えていなかったのか、まどかは考え込みだした。少しの間悩み続けながら、空を広く飛んでいる。その悩みを深める姿に、思わず笑ってしまいそうになった。

 私が笑おうとした事に気づいたのか、まどかはほんのりと不機嫌そうになる。そこで考えついたのか、私の目をじっと見つめた。

 

「……じゃあ、さ。私は、ほむらちゃんに意地悪しちゃおうかな?」

「良いわよ、どうぞ? 私もまどかに意地悪な事をしてあげる」

 

 腕を広げつつ、まどかの提案を受け入れる。面白い話だ、勿論受けて立つつもりである。まどかの事だから、それほど厳しい意地悪でも無いだろう。

 どんなルールで、何をするのか。聞きもしなかったが、その辺りには信頼を持っていた。

 

「うん。それで行こっか、降参した方が負けで」

「ええ」

「ちょっとしたイタズラとか、意地悪で、降参させるの。ほむらちゃんはこれで良い?」

「ああ、楽しそうじゃない? 良いわよ、まどかの好きな様に」

「そうだねー……どんなのにしようかな……」

 

 また、次の行動に迷っている風だ。まどかが頭に片手を置いて、じっと考え続けている。

 何度か私の全身を足先から頭の上まで見回して、思いついた様子で手を叩く。

 

「まずは……服かな、服。可愛い服でも着てみよっか」

「あら? それの何が意地悪になるの?」

「うん、ほむらちゃんが恥ずかしがる様な、すっごく派手なのを着せてあげうかなーって」

 

 会得が行った。どうもまどかは私を着飾りたいらしい。そう言われてみると、私もまどかに違う服装を渡してみたくなった。

 

「じゃあ、私もまどかが恥ずかしがる服を用意するわ」

「いいね。服は出せる?」

「ええ、まどかこそ出せるの?」

「大丈夫、出来るよ」

 

 どんな服が良いだろうか。まどかはどんな格好でも可愛く着こなしてみせるだろう。でも、これは意地悪でもあるのだ。まどかが恥ずかしくなる様な、しかし良い服でなければならない。

 普通に可愛らしい格好というだけなら、幾らでも案は有った。しかし、困らせるとなると、難しい。

 まどかも同じ悩みを抱いているのだろう。小さな唸り声を響かせながら、何度も私の姿を見つめていた。きっと、私も同じ様に彼女の姿を見ていた事だろう。

 

「決まった?」

「一応ね……」

 

 同時に頷き、両手を合わせる。そして、目配せをした。まどかは悪戯っぽい目をして、手を開いた。

 それだけで、私達は声を合わせた。

 

「せー」

「のっ!」

 

 同時に手を叩くと、一瞬の光と共に互いの服が切り替わった。

 まどかが下を見て、恥ずかしそうに胸元を隠した。その反応を確認してから、私もまた服装を確認する。愉快さに心が沸いた。

 

「……こ、これ恥ずかしいと、思う……」

「あら、それは私の服装よ。そんなに恥ずかしい?」

「だ、だってこれ。背中とか脇とか、全部出ちゃってるしっ……」

「水着より露出は少ないわよ?」

「そ、それとこれとは全然違うよ! だ、だって、なんか、これはっ」

「そうかしら? ……まどかの感覚って、結構緩いのね」

 

 私の格好をしたまどかが恥ずかしそうに身を隠す。余りに似合わない姿だ。

 もう一度、自分の服を確認する。着物だった。肩が出ているけど、髪はきちんと纏められている。髪留めは和風だけれど、頭にはちゃんとリボンが、白のリボンが纏められていた。

 

「思っていたより地味よね。色合いは派手だけれど……てっきり、もっとこう、猫の着ぐるみとかを覚悟していたわ」

 

 こんな格好をするのは、多分、初めてだ。特に気にする程、恥ずかしくもなかった。むしろ悪くない様に思えるくらいだ。

 私を見つめると、まどかは落ち着きを取り戻した様子で咳払いをした。その姿がちょっとだけ無理をしている感じで、笑い出しそうになってしまう。

 それでも分かりやすい表情だったのだろう。まどかは不満そうな目を私へと向けた。

 

「ゲームは私の勝ちみたいね。まどか?」

「うう、そうだね。ほむらちゃんの勝ち、間違いないよ」

「そう。それで、寒くない? その格好は意外と防寒が弱いのよね」

「……ごめん、実は寒いの」

 

 夜空の中であの格好は寒い。

 震えるまどかに着物を被せてあげると、彼女は腕を抱いて身体を暖めた。風が私達に当たって、寒さが深まる。まどかが顔を上げて、吐息が白くなっていた。

 

「うう、寒っ……ありがと」

「戻しましょう。羽毛が有るわ」

「そ、そうしよっか」

 

 私達の服装が元の形へと戻った。私の翼は鳥の羽らしき物だ。まどかを包み込み、温める。同じ様にまどかの羽が私を包もうとしたが、悲しい事に羽毛ではない。

 ちょっと失敗した。その想いを胸に、まどかの身体を温めながら降りていく。

 誰にも見えない様に姿を隠し、地上に両足を立てた。まどかを横へ下ろすと、彼女はしっかりと立ち上がった。

 

「ほむらちゃんの勝ちだね……二回戦はどうする?」

「二回戦?」

 

 少し考えたが、良い考えは無い。まどかはそれを察してくれたらしく、私の手を掴んだ。

 

「んー……よし、ほむらちゃん。ちょっと行こう」

 

 手を引かれるままに、付いていく。隣にパトロール中と思わしきパトカーが通った。中学生の深夜徘徊だと思われたくて反射的に顔を隠してしまうが、彼らは気づかずに過ぎていく。

 まどかが私を見てにこにこと笑っていた。恥ずかしく思う気持ちを封じ込め、黙らせた。

 手を軽く繋いだまま並んで歩くと、食べ物のお店が並ぶ通りに出た。一番前にシャッターが閉まっているお弁当の店が有り、続いて和風建築の和食らしきお店が有ったけど、明かりは消えている。そして三軒目のカレーのお店に来た所で、まどかは足を止めた。その目は、表に出されたメニューへ向いていた。

 

 そのメニューを確認して、困惑した。「激辛カレー? まどか?」

「……ここにしよっと」まどかは私の方を向き、頷く。「ほむらちゃん、カレーは食べられる?」

「……中辛なら」これは嘘だ。甘口の方が食べられる。 

 

 私の返答に満足したのか、まどかは無言で親指を立てた。それで何となく察して、私は息を吐く。辛味は久しぶりで、少しだけ不安だ。

 

「大丈夫かしら。今は姿を消しているけど、私達の見かけは基本的に中学生、こんな時間に入ったら心配されるかもしれないわね?」

「平気平気。それくらいなら、ちょっと認識を誤魔化せば大丈夫っ。私だって、それくらいは出来るよ」

「……そうね、それなら文句なんか無いわ」

「うん、それじゃあ」

 

 私が納得したのを合図に、まどかはお店の扉を開けた。外からも匂っていたカレーの香りが更に大きくなり、店員の挨拶が聞こえる。

 中に居る何人かの客が反射的に私達を見て、すぐに会話や食事へと戻っていった。どうやら、きちんと認識は阻害出来ている様だ。

 店員の案内で私達はカウンターの席へと横に並んで座った。まどかが私を見て、微笑んでくる。それに対して、私はニヤっとした表情で返した。

 まどかは困った様に眉を寄せながらも、店員を呼び止める。相手は私達が中学生だと気づいていないのか、特に不審そうな目をする事も無く、ただ注文のメモを取りだした。

 

「えっと、すいません。この激辛カレーを一つお願いできますか?」

「後、デザートにこのアイスを二つお願いします」すかさずデザートを注文しておく。

 

 女二人の激辛カレーは辛いだろう。そう思ったのか、店員は私達にカレーがとても辛い事を告げて、重ねて意志を尋ねてきた。

 その時には既に私は注文を断りたい気持ちになっていたが、これはゲームだ。まどかも若干目を泳がせたが、注文を取り下げはしなかった。

 店員が頭を下げて、戻っていく。私達は思わず目を合わせた。大丈夫よ、まどか。私が食べてあげる。

 一人覚悟を決めていると、まどかは先に出されたココナッツジュースを飲もうとしていた。

 

「やめておきなさい」

「え?」

「カレーを食べるんでしょう。それを飲んでしまったら後が辛いのよ」

「あっ、そ、そうだね。でもこのお店、空気だけで辛くって、ちょっと喉が乾いちゃって」

「それなら、お水か何かを持ってこさせましょう」

 

 そっと指示を出すと、素早く店の壁を通り抜け、使い魔が家の水筒を運んできた。受け取ると、使い魔はその場から姿を消す。

 コップを取り外し、水筒と一緒にまどかへと手渡す。

 

「ほら、水よ」

「便利だねー、ありがとう」

 

 水筒を傾けて、コップに水を注ぎ込むと、まどかはそれを美味しそうに、ほんの微かながらに音を立てて飲んだ。

 コップから水が無くなった所で、水筒は私の元へ返された。私もまた同じ様に水を飲んでから、コップの中に入ったココナッツジュースを眺める。

 

「……それにしても、水を出さずにココナッツジュースなんて。相当凄まじい辛さの様ね」

「辛過ぎて食べられなかったらどうしよっか」

「そう……どうしましょうねぇ……」

 

 私が食べる、が、そういう次元ではない辛さだと、耐えきれないかもしれない。

 どれほど辛いのだろう。不思議とまどかも私も口を噤んでしまう。そう考えている内に、店員が恐ろしい香りを漂わせた物を運んできた。想像していたよりも、早く来てしまった。

 店員はココナッツジュースのお代わりが自由である事を告げると、一口食べて無理なら料金は払わなくて良いと言ってきた。そんな不安を煽る様な事を言わないで欲しかった。

 

「……」

「……」

 

 運ばれてきたそれに、私達は目を奪われていた。赤い、いや茶色だけれど、赤い。強烈なカレーの香りと香辛料らしき物の匂いが同居していて、香りだけで舌が刺激されている気がした。

 どうしよう、とまどかに目を向ける。思わず、昔の様にまどかに助けを求めてしまった。しかし、まどかも同じ様な顔をしていた。

 店員は私達の絶望的な顔を見て何を思ったのか、逃げる様に他の客へ向かっていった。

 しかし、私達が戦う相手はこのカレーだ。生まれて初めての激辛カレーが、まどかと一緒に食べるという状況なのは、ある意味救いだった。まだ我慢出来る気がする。

 意を決してスプーンを取ろうとすると、まどかが汗を浮かべながらも、懸命に笑っているのが見えた。

 

「ねえ、ほむらちゃん。同時に、一緒に食べようか。先に泣いた方が負けで……」

「まどか、確認しておくけど、貴女辛味は大丈夫なの?」

「あー、うん。少しは」

「でも、激辛よ? この……これよ?」

「……あはは、うん。でも、勝負だしさ」

「やっぱり」

 

 止めましょう、と言いかけたが、まどかが微妙に真剣な目をしていて、言葉が止まる。これはゲームなのだ。一口くらいなら、という気持ちにもなる。

 ただ、食べようと言う動きがお互いに出てこない。まどかは私の顔を窺っていた。

 

「……どうしよっか。どっちが先に一口行く?」

「私が食べるわ」

 

 まどかが怖いなら、私が前に出るべきだろう。困った声音を聞いた途端、私はほぼ自然に発言していた。

 心配そうなまどかの視線を受けながら、スプーンを持つ手に力を入れる。いつでもジュースを飲める様にコップを近づけておき、カレーライスを掬う。湯気が目立っていたので、そっと息を吹きかけながら、髪にカレーが付着する事は無い様に、髪を耳元で押さえた。

 少し冷めただろうか。何やら荘厳とも言える面持ちでまどかが見守る中、私は一口目を食べた。

 

「……っ」

 

 瞬時に唇を全力で噛みしめ、口元から流れる血を無理矢理に隠す。喉が焼け付く痛みを感じたが、即座に遮断した。ここで必死に水へ飛びついてはいけない。身体の中を直接炙られている様な感覚と同時に、食べてはいけない物を食べた気持ちが沸き出した。これがカレーだろうか。味は、味は食べられる物だ。むしろ美味しい。ただ辛い。ひたすら辛い、目を瞑らなければ涙が出てしまう。痛覚を遮断しても反射的な反応が止めきれず、二口目を食べる事に躊躇した。それでも何とか意志を押し通して二口を食べて、思い切り飲み込んだ。

 

「だ、大丈夫?」

「ええ、問題にはならないわね」

 

 深々と出てきてしまいそうな息を押さえて、平気な風を装った。凄まじい辛さだが、痛みや苦しみに耐えるのは慣れているし、痛みを止めてしまえば問題は無い。辛味を苦手とする身体の不快感は強いが、まどかに食べさせるくらいなら私が全て食べてしまおう。

 しかし、そう思った矢先にまどかはスプーンを構えて、何か覚悟を決めた様に深呼吸をして、私の前に置かれたカレーの皿を自分の元へ移動させた。

 

「そろそろ、私も食べるね」

「まどか、無理をしないで。何だったら全部食べても」

「ううん、私が頼んだんだもん。ほむらちゃんに全部食べさせちゃいけないと思うの」

 

 第一、ゲームなんだから私も食べないと。そう告げて気楽そうに笑いながら、まどかはカレーを掬い、素早く口にした。

 一秒で結果が出た。まどかは青ざめながら赤くなった顔でスプーンをその場に置き、ココナッツジュースを一気に飲むと、店員さんがお代わりを持って来るより早く水筒の水も飲んだ。

 

「これっ、これ……か、からっ、からいぃ……み、水っ、ほむらちゃ、水……」

「ど、どうぞ。まどか」

 

 使い魔に直接家の水やお茶を持って来させて、まどかに渡す。素早く受け取ると、彼女はまた飲み干した。

 小さいペットボトルが無くなると、まどかは何とか落ち着いた様子で、舌を出した。心なしか赤くなっている気がした。

 

「うう、舌がヒリヒリする……」

「大丈夫なの?」

「へ、平気。だけどちょっと想像より凄かったかも……」

 

 空になったコップにココナッツジュースを注ぎながら、店員の目が「だから言ったのに」と告げている気がした。

 確かに、私達にとっては、このカレーは確かに難敵だ。食べ終えるのはかなり厳しい様に思える。

 まだまだカレーは残っている。一人前とはいえ、大人一人分だ。

 

「ど、どうする?」

「そう、ね」

「せっかく頼んだのに、残しちゃうのはもったいないけど……」

 

 まどかは、流石に恐れを成した様だった。そんなまどかの背中をさすりつつ、しかし、残すのも勿体無いという気持ちにもなってしまう。味自体は美味しいのが腹立たしい。

 さて、どうするか。

 そう思った所で、まどかの目に辛さから来る涙が浮かんでいるのが見えた。

 

「ほむらちゃん?」

「……!」

 

 その時、私の心は即座に叫び狂い、感情がスパークした。怒りにも似た感情が爆発し、憎悪とも呼べる物をこの一介のカレーライスへ差し向けた。

 決意も覚悟も要らない。まどかが何かを言う前に素早くカレーを奪い取り、スプーンを握る。そして、味も辛さも無視して、全速力でカレーを口の中へ放り込んだ。強い痛みが舌からその奥にまで伝わっていたが、あざ笑ってやった。

 

「ごちそうさまでした」

 

 一分程もあれば、カレーはすっかり無くなっていた、一気に食べたのでお腹が重く、辛味を一気に接種した為か頭痛もしたけれど、倒すべき敵は倒された。

 まどかの目が丸くなっている。驚いているのだろうか、静かに、妖艶に笑ってみた。

 

「……す、すごかったね。身体は大丈夫?」

「ふふ、ちょっとした強敵だったけど、もう何の問題も無いわね」

「喉は?」

「忘れてたわ。飲まなきゃね」

 

 ココナッツジュースを口にして、精一杯笑顔を維持する。まどかは何秒くらいか私の顔を眺めると、一気に肩を落とした。

 

「ま、また負けちゃった。これで2連敗だね」

「降参した訳じゃないから、勝敗は無しではないの?」

「ううん、殆ど降参したのと同じだと思うし、負けちゃったと思ったから」

「ふうん……」

 

 どうやらゲームは私の勝ちらしい。余り実感の無いまま、店員が空になったカレーの皿を運んでいく。妙に驚かれた。

 今更になって舌が痛み始める。頭の中の熱が冷めていった事で、痛みと道義の辛さが沸き上がってきていた。軽く首を振って振り切ったが、まどかは心配そうにしてくれた。

 

「心配は要らないわ。まどかも、舌が痛いんじゃない?」

「うーん、ちょっとね。でもほむらちゃんの食べた量の方が凄いから」

「あら。確かに酷く辛かったけど、美味しいのは間違いなかったわよ。あれくらいの量なら受け入れられるわ」

 

 そうなんだ、と口にしたまどかを見ていると、何やら幸せな気持ちになってくる。

 そんな私の気持ちを邪魔するかの様に、店員はデザートの大きなアイスクリームを持ってきた。私の握り拳くらいの大きさで、バニラだった。

 店員がまどかを心配しているのか、話しかけている。まどかが平気だと返すと、店員の女性は少し外れた丁寧語で安堵を口にして、私の方へ顔を向けてきた。その目は淀み輝いていた。

 本当に凄いですね、貴女は。店員は私にそれだけを告げて、左耳の虹色をした耳飾りを撫でると、すぐに店の裏側へ消えた。知り合いではない筈だ。

 改めて、バニラアイスを見る。野球のボールよりは間違い無く大きい。店員が黒蜜を置いていったので、これは好みで使えば良いのだろう。辛味の後の甘味は絶対に素晴らしい。

 救われた様子のまどかと共に、ニコリと笑ってアイスを口にする。かなり甘かった。一口で辛味を吹き飛ばす程だ。しかし、苦しみは感じない。

 

「甘過ぎかなと思ったけど、カレーの後だと凄く良いねー」

「ええ、むしろカレー無しだと結構辛い甘さよね」

 

 恐らく、この店のカレーは総じて辛いのだろう。この大きさの、とても甘いアイスを食べるには、その前に辛味を取っておく事が前提の様に思える。

 何にせよ、この味は良い。どんどん食べる事が出来てしまう。

 まどかもそう思ったのか、幸せそうにアイスを食べ続けた。私も、それに合わせる。そうしていると、アイスは素早く消えて無くなった。

 

「うん、美味しかったぁ」

「そうね。良かったわ」

 

 空になったお皿を置くと、背後に店員が通り過ぎる。忙しくは無い様だが、もう食べる物も飲む物も無い。

 

「出よっか」

「ええ」

 

 まどかに合わせて立ち上がり、伝票を片手に椅子をカウンターの奥へ戻す。

 ここの料金は私が払うべきだろうか。そもそも、まどかはお金を持っているのだろうか。持っていたとして、まどかのお小遣いではカレーとデザートは辛い出費だろう。

 

「此処は私が出すわね」

「えっ、でも、少しくらいならお金持ってるから、大丈夫だよ?」

「遠慮は要らないわ。楽しかったから」

 

 そこまで言うと、まどかは納得してくれた様で、財布を仕舞った。カレーとデザートの代金は確認しているので、自分の財布から二千円と少しを取り出しておく。重くも無い出費だ。まどかとの食事はとても楽しい。

 レジも、同じ店員が努めているらしく、のんびりとした足取りでレジに立つ。そして、伝票を確認せずに入力して、代金を請求してきた。

 丁度だ、手元の紙幣を手渡すと、店員はレジの作業を早々と片づけてレシートを渡してくる。一度深々と頭を下げると、まどかに向けてウインクをした様に見えた。

 レシートを持ったまま、まどかを引き連れて店を出る。外からなら、まだ良いカレーの匂いと言える程度で済んでいる。

 少し気になって、まどかに鼻先を寄せた。服に着いてしまったのか、カレーの香りが微かに漂っている。

 

「……匂う?」

「ええ、残念ながらね」

 

 まどかが肩を落とす。

 

「ああー……うん、後で脱臭しないと」

「そんな手間を取らなくても、服を切り替えれば良いんじゃない?」

「あ、そっか」

 

 まどかが両手で柏手を打つと、その服装が薄い水色のシャツを覆う白黒をしたチェック柄のセーターと、ジーンズの組み合わせになった。

 私も、同じ格好をする事にした。シャツの色とプリントだけを変えて、セーターは桃色と白を基調にしたアーガイル柄にする。

 

「似合ってるよ」

「まどかも」

 

 二人でクスクスと笑い合うと、私達は互いの身体に鼻先を寄せて、匂いを嗅いだ。服ごと匂いも吹き飛ばした為に、残っているのはシャンプーの香りだけだ。

 

「匂わない?」

「大丈夫、だと思うわ。私はどう?」

「うん、平気」

 

 まどかは嘘を言っていない様で、安心する。私の髪は無味無臭だと思っていたけど、まどかはその指で何度か撫で回している。くすぐったいが、逃れようとは思わない。

 次はどうしようか。まどかに髪を弄ばれながら、ほんのりと考えた。服の入れ替えに激辛カレーと来て、二戦とも私の勝ちだ。まどかが三戦目をしたいなら、拒む理由は無い。

 やがて私の髪にも飽きたのか、まどかは指を離して私の手と繋ぐ。そう簡単には離れない様に、私達は深く指を絡めていた。暇潰しに爪を手入れしておいて良かった。

 

「ね。二回も負けちゃったんだし、ほむらちゃん」

「どうかしたの?」

「うん。あのね、何かして欲しい事は有る? 罰ゲームとして、聞ける範囲で聞くよ」

 

 お店の並ぶ道を歩きつつ、開いている店の灯りと閉まっている店の暗闇を見比べる。幾らか考えてみたけれど、まどかにやって欲しい事は無い。

 

「そうね……特に、無いけれど」

「無い? うーん、無いって言われると困っちゃうなあ」

 

 そう言われても、私にはまどかに託したい願いは無いのだ。幸せになって欲しい、笑顔で居て欲しい、とは思うけれど、それはあくまで私の目的であって、まどかへの頼み事としては不適切だと思える。

 しかし、まどかの視線は私に期待している様子だった。何か罰ゲームが必要なのだろう。何度か考えて、これは良いと思える答えを出そうとしたが、難しい物で何も思い浮かばない。

 まどかに罰、なんて。それだけでもおぞましい所行だ。私に出来る事じゃない。が、遊びの範疇で、何でも良いからやらなければ。

 

「負けちゃったけど、楽しかったよ。だから、何か無い?」

「……本当に、特に無いのよね」

「そっか」

 

 まどかの雰囲気が何か、変わった。

 

「良かった。ほむらちゃん、平気みたいだね」

 

 私の手を軽く引きながら前に立つと、まどかが両手を掴んで背中の向きへ歩く。転けない様に、彼女の背後に障害物が無いかを確かめながら付いていく。

 まどかの優しさを心地良く思いつつも、笑みは崩れなかった。ただ、彼女が私の前に現れた理由の一つを悟り、溜息を堪える。私より会うべき人が沢山居るだろうに。

 

「心配される程の悩みは無いわよ?」

「でも、ほら。ちょっと気になって」

「そう? そうね、まどかは良い子だから、まあ、しょうがないのかしら……ふふっ」

 

 まどかを引き寄せて、髪を大きく撫でる。ちょっとだけ乱暴な撫で方だけど、まどかは特に嫌がる素振りは無く、お返しとばかりに私の髪の中へ手を入れてきた。

 一気に近づいた距離を、再び少しだけ元へ戻す。ただ、近いのは変わらない。

 

「そう……悩み、ええ。そういえば、最近ね」

「うん」

「寝起きがあまり良くなくて遅刻しそうになるから、どうしてもお化粧とかご飯が適当になってしまうの」

「ほむらちゃんが? なんか、意外かも」

「そうでしょう? 気が抜けてしまったからかしら。最近、家だと眼鏡になったりするのよ。視力の矯正もそれなりに面倒で」

「だらけてるんだねー……」

「ええ、だらだら……ふふふふ、なんてね」

「あれ? 今のって嘘だった? 本当?」

「いえいえ? ご想像にお任せするわっ」

 

 まどかを引っ張ってみる。ふわふわと、ゆらゆらと揺れてみる。人も車も、指図された様に私達から遠ざかる。決して側へ来る事は無く、ただ距離を作るのみだ。

 左右へ、その場で回る。まどかが笑いながら私を引き、無理に抱き寄せた。そしてまた引き離す。

 

「そうだ。ほむらちゃん。こっちに来て」

「ええ」

 

 まどかの空気がほんの少し引き締まる。ここからはもう少し真面目な話なのだろう。

 その足を踏み出した瞬間、私達は魔力を瞬時に稼働させ、誰の目にも止まらない素早さで移動する。足下に綺麗な花が見えて、一瞬だけ彼岸花が一面に広がり、消える。

 足を止めた時には、もう既に別の場所だ。私達は腕を離すと、まどかがその場で、コンクリートの上に寝転がった。

 

「ここ、ここだよ」

「ここは……」

 

 何の変哲も無い道路の上だ。周囲にはコンクリートで出来た小さなビルが並んでいて、通りにはまだ仕事をしている人達が居る。

 しかし、ここを私が間違える筈は無かった。まどかが寝たまま、私を見つめる。私に答えを求めている。

 

「貴女が、死んだ場所」

「正解」まどかは微笑んだ。「大抵、私はここで死ぬんだよ。ワルプルギスの夜の日にね」

「まどか、私は」

「何も言わないで」

 

 起き上がると、まどかは私の前に立つ。そこは確かに私の居場所だった。私が、私になった場所。まどかが、消えてしまった場所、死んでしまった、場所。ただ、それだけの、それだけの所。

 この場に、アレらは居ない。私達をこの結末に導いた、あの忌々しくも鬱陶しく、ただ、しかし、私達を出会わせた、私達を私達にした存在は居なかった。だからこそ、此処には私達しか居ない。

 

「ほむらちゃん、手を出して」

「手を? 良いけど……」

 

 手を伸ばすと、まどかは私の手を取った。改めて触れるまどかの指は、酷く冷たい。生きている人間の物ではない。

 

「ほむらちゃん、ドキドキしてる?」

「ええ、それは、まあ」

「どうして?」

「……」

 

 この場に居る事が、胸をぞわぞわと締め付けてくる。息苦しさがたまらない。過去の間違いも、失敗も、全ては此処に集結していたのだから。

 今の私はそんな物で苦しむ気は無い。しかし、こうしてこの場所にまどかが、しかも冷たくなった身体で存在していると思うと、思考が止まりかけてしまう。

 まどかは私の手の甲を撫でた。滑らかな指が骨をなぞり、手首で止まってまた戻る。

 

「ほむらちゃんの指は、とっても綺麗だね。細くて、肌触りが良くて」

 

 何をされるんだろう。まどかの指が爪先まで届いた所で、疑問が強くなる。

 まどかは、掴んだ私の指をゆっくりと自分の胸へ運ぶ。そして、心臓の位置へ持ってきた所で、そこに私の指を置かせた。

 

「ほら、ほむらちゃん。音、しないでしょ」

 

 胸に触れて、すぐに分かった。まどかの身体は生命活動を行っていない。いや、そもそも彼女は生きた人間ではなく、その身体は全て何かによって構成された別物であって、肉体と呼べる物ではなかった。

 だから、人ではないから、鼓動がしなくても当然なのだ。納得していると、まどかは唐突に私の胸へ手を置いた。

 

「……ほむらちゃんの胸は、音がするね」

 

 嬉しそうに見つめる瞳に、それなりの衝撃を受ける。

 そして、思わず穏やかに笑ってしまいそうになった。まどかは、あまりにもまどかだった。

 

「生きてるんだよ、ほむらちゃんは。だから、自分を粗末にしちゃダメだよ?」

「分かってる。今更、言われるまでもないわ」

「でも、それでもやっぱり心配だったから」

「それは……ええ、ありがとう。素直に嬉しいわ」

 

 心配性だな、とも思う。優しい子で、私の事もちゃんと考えてくれていて、そういう所がまどかの良い所だと、私は知っていた。

 まどかは私の顔をじっと見つめている。その両目がずっと私を捉え続けていて、戸惑いを覚える。

 

「ほむらちゃん、泣かないんだね」

「ええ。リボンを返した時に、枯れるまで泣いたから。もう私は涙を流さないし、もう二度と」

「昔みたいにも、ならない?」

「……そうね。少なくとも、昔の私に二度とは戻らない事は確かよ? 落ち込む事も無ければ、後悔も無いわ。今の自分が確かに自分で、それはって、私は信じられる」

 

 態度くらいなら、お望みとあらば変えるけど。そんな風に言うと、まどかはそれなりの真剣さを持って考え込んだ。

 心から流れる涙が最近めっきり無くなったのは確かだった。不満なら、雰囲気くらい戻しても構わない、まどかがそう望むなら、の話だが。

 

「うーん、でも。今の方がいいかな?」

「いいの?」

「そう思う。昔のほむらちゃんの表情で今のほむらちゃんみたいな事を言われたら、何だか違和感が凄いだろうし」

「ふふ、同意するわ。我ながらイメージ変わりすぎだと思うもの」

 

 でも、本当の所は何も変わっていない。私は昔からこうだった。ただ、自分がどういう人間なのかを自覚しただけで。でも、きっとそれはまどかには言うべきではない。

 

「そっか、ほむらちゃんは……泣かないんだ。でもさ、そう言われてみると、なんだかほむらちゃんを泣かせてみたくなっちゃうね」

 

 まどかが独り言を呟いている。

 

「ふふ、私は強敵よ? 泣かせられる物なら泣かせてみなさい」

「む、じゃあ今度ね」

 

 やる気になったのか、まどかは明るく反応をしてくれる。

 微笑ましく思いつつも、残念な気分だ。まどかは、どうあっても私を泣かせる事は出来ないだろう。もし私が泣く様な事であれば、それを私が見逃す筈は無い。

 そして、今はまだまどかも行動する気が無いのか、その場で立ち続けていた。軽い風しか吹いていない。暴風も、吹き飛んでくるビルも存在しなかった。静かな夜だ。

 まどかの目は相変わらず金色だった。ただ、そこに人間的な様々な感情が渦巻いている様に見えるのは、私の錯覚だろうか。やはり、どんな存在であっても、まどかは人なのだ。私と違って。

 

「ねえ、ほむらちゃん。一つ聞いていい?」

 

 不意に、まどかが問いかけてくる。私に背を向けたまま、声を静かに落ち着けて。自分の死んだ場所で、死ぬ位置で、顔は見えないまま。

 背筋を伸ばした。どんな問いであれ、これはきっと重要な話だ。

 

「何かしら」

「ほむらちゃんは、どうして」

 

 まどかが言葉を切った。何かを躊躇っているのか、それとも考えているのか。考えは読めない。

 暫く、待った。しかし、まどかは何も言わない。顔を見ようと一歩進むと、何故か腕が私の前に伸ばされて、止められた。

 

「ごめん、何でもない」

「……」

 

 何となく、だが。まどかが何を言いたかったのか、分かった様に思えた。

 自然と、笑みが深まる。きっと相当に悪党の表情をしている事だろう。

 背後から、まどかの肩を掴んで引っ張り、前を向かせる。まどかは抵抗せず、若干の戸惑いを宿した顔付きを私に現した。余計に、笑みが邪悪さを増す。

 

「それはね、まどか」

「う、うん」

 

 何か覚悟を決めた様に私の言葉を聞こうとするまどか。

 その、まどかの鼻の頭に指を当てて、とびきり意地の悪い笑顔を見せた。

 

「秘密よ。内緒、教えてあげない」

 

 答えが聞けると思っていたのか、まどかは一瞬意味が分からないと言いたそうに口を開き、また閉じる。その顔はやはり戸惑っていたが、少しずつ、不満が浮かび上がってくる。

 感性も反応も豊かなまどか。そこに、絶望や悲哀が見えなかった所は、私にとって幸いな事だった。

 

「むぅぅー意地悪……なら、自分で考える」

「そうなさいっ。その方がきっと良いわ」

 

 まだ認めた訳ではないのか、まどかはその場へ座り込み、コンクリートの段差へ腰掛けた。

 手招きされて、私もまた同じ様に隣へ落ち着く。

 

「……じゃあさ、ほむらちゃんは、これから、どうなると思う?」

「さあ? 分からないわ。でも、貴女は幸せにならないと」

「……うん」

「そうよ。分かってくれて、嬉しいわ」

 

 そう言ってくれている内は、敵にならずに済むから。

 それは、言わなくても分かってくれているだろうか。

 

「ほむらちゃんは、その、今は平気?」

「平気も何も、今の私はとっても幸せよ? 目指していた事がやっと出来た、そんな気分なの。さっきも説明したじゃない」

「そうじゃなくて……ごめん、やめとく」

 

 言葉を切ると、まどかは空を眺めた。雲が彼女の視線を避けて、微かに青く見える空が姿を見せている。息が詰まる様な、そういった雰囲気がまどかの全身から溢れ出している気がした。

 その空の先に何が見えるか。私の目には、単なる空だ。まどかの金の目が光っている様に見える。

 思わず、背後から抱きついた。反射的に、こうしなければいけない気がして。

 

「へうっ、ほむらちゃん?」

 

 まどかの目に秘められた金色の輝きが、瞬く間に小さくなる。この反応に安心を覚えた。非人間的な美しさは、気のせいだった様に見えなくなっている。

 抵抗も、嫌がりもせず、まどかは背中越しの私を軽く叩いた。分かってるよ、大丈夫だよ、そんな言葉が、聞こえてきた。分かっていないだろうに。

 あまり近づき過ぎると暑苦しいだろう。二歩程離れると、まどかは楽しそうに笑って、続いて困り顔になった。どうしてか、私の背後を見ている気がする。

 振り返ったが、そこには誰も居ない。まどかは、「気にしないで」と言って、立ったまま、後ろに両手を回す。

 

「えっと……実はさ」

「え?」

「ごめん、泊めてくれないかな?」

 

 改まって、まどかが頭を下げた。

 突然の頼みに、微かな混乱を覚える。だけど、私の返事は即座に決まっていた。

 

「勿論、構わないけど」

「良かったっ、ありがと! 今日は帰れないみたいだったから、迷惑かけちゃうね」

 

 顔を上げたまどかが、嬉しそうに私へ抱きついた。

 懐かしくなる物だ。相変わらず、まどかは調子が良いとすぐにこういうリアクションを取る。

 昔と違って体温は無いけれど、代わりに、まどかという存在の重みと暖かさが、より深く感じられた。こんなに変わり果てた私にも、変わらず抱きついてくれる。まどかは素直で、本当に素敵な子だ。

 

「あ、せっかく、お泊まりなんだからさ、ほら、さっき話してくれたのが見たい。ほむらちゃんのだらけた所」

「……見たいの?」

「うん、そうなの。見たい」

 

 困った提案だ。まどかの興味を引いてしまったのが、よく分かる。

 まるで小悪魔か何かの様だ。まどかのにこやかな笑みを見ていると、そう思……いや、これは、実際に悪戯なのだろう。私を困らせる為の。これで、私の一敗だ。

 負けたままではいられない。いっそ思い切りだらけて、逆に困らせてあげようかしら。そういう気持ちまで沸いてきた。

 

「まあ、それは、家に来てから検討するわ」

「あ、ほむらちゃん。逃げようとしてる」

「違うわよ? ちゃんとだらけてあげる」

「ちゃんと、って……だらけちゃうのにちゃんと、って」

 

 私達は笑っている。良い夜で、良い時間だ。人間のまどかは良い夢を見ているだろう。

 手を繋いだまま、私達は軽快に走り出す。そこで翼を出す必要は、まるで無かった。




 遠い様で近く、近い様で、本当は、遠い。
 鹿目さんは、暁美さんを理解できるだろうか? そして、暁美さんは、鹿目さんを理解できるだろうか? 距離は近いのに、相手を大切にする気持ちは有るのに、その気持ちの方向性はまるで違って、こんなにも、遠い。鹿目さんにとっての、友達の一人である暁美ほむら、暁美さんにとっての、唯一の全てである鹿目まどか。見ている物の違いが、気持ちの違いが、心の違いが、致命的な溝となって。

 ああ、どうか、あの尊く美しく愛らしく愛おしい彼女達の前に、幸せが待っています様に。私には、祈る事と、精々こうやって、こうする事しか出来ないのですから。
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