結ばれない絆と遠い想いの二人が、ただ楽しげに生きる事 作:曇天紫苑
ほむらちゃんの家、久しぶりに、久しぶりに? 来たけれど、それほど変わっていない。ただ、昔より部屋の内装はシンプルになって、飾りが少なくなっていた。
キッチンの横にある冷蔵庫から、牛乳を取り出してコップに注ぐ。それをレンジに入れて、ううん、取り出して、コップの側面に触れる。
すぐに、コップは暖かくなった。ホットミルクの完成だ。ちょっと飲んでみて味を確認しながら、ほむらちゃんの待つお部屋に戻る。
「ああああぁぁー……」
ほむらちゃんはうつ伏せに寝て、枕に顔を押しつけていた。
「ほ、ほむらちゃん。本当にだらけちゃってるんだね……」
「そうねー、そうかもしれないわねー」
気のない返事が送られてきた。
ほむらちゃんはワイシャツ一枚で、限りなく身体の力を抜いている。完璧だった。いつもきちんと直された髪のセットも完璧に崩れて、今までは無かった寝癖で左側の髪が一部跳ねている。
眼鏡はベッドの脇に置かれていた。ほむらちゃんの意外な一面だった。
「まどかー、牛乳を取ってきて貰える?」
「もう持ってきてるよー」
「あら、流石はまどかね」
いまいち、本気で言っているのかどうかが分からない。
ほむらちゃんは起き上がり、私の差し出したホットミルクを受け取る。
「ありがとう、まどか……あつっ」
「あ、それホットミルクなんだ」
「そう……貰うわね」
両手でコップを持つと、ほむらちゃんは息を吹きかけて冷まし、一口飲んだ。ちょっと熱かったのか、少しだけ口を噤んだけど、すぐ笑顔になる。
「美味しいわ」
「うん、良かった」嬉しくなって、コップに口を付ける。「あつっ!」
コップからこぼれた牛乳の滴が、ほむらちゃんの袖に落ちた。
「ご、ごめん」
「ほら、気をつけないから」
こぼれた牛乳をハンカチで拭うと、ほむらちゃんは心配そうに私の腕を見て、「火傷は無い様ね」と漏らす。
安心したのか、ほむらちゃんがまただらけ始めた。真剣な顔付きから、にへらっ、としただらしない笑みになり、崩れる様に枕へお尻を押しつける。
「こんな風にしてるって、失望した?」
「う、ううん。そうでもない、けど。えと、ビックリした、かな」
「でしょうね。ほら、まどかもだらだらしましょう」
ほむらちゃんがお布団を叩く。そこに座れって言ってるんだ。遠慮せず、対面のお布団に正座する。人肌で温められているから、とても暖かい。
「うん、良い気分っ」
「そうね。良い気分」
ホットミルクを一緒に飲んで、空のコップを机に戻す。
ちらり、と。部屋の雰囲気を感じた。テレビの電源は点いていなくて、最低限の冷蔵庫や電球にだけ、電源が入っていた。
飾りは無くなっていて、ほむらちゃんには趣味も好きな物も無いのかな、なんて失礼な考えが浮かんだ。
「まどか」
「ぇ?」
「何だったら、布団で丸まってみたら? 気持ち良いわよ、一応、お布団は寝心地が良いのを選ん……いえ、とりあえず使って」
「んー? うん、やってみる」
言われた通り、お布団にくるまって顔だけを出した。ふかふかの感触がたまらなくて、気持ちが良い。
「確かに良いね。眠くなっちゃいそう」
「不眠気味だから、ふふ」
ほむらちゃんが手触り柔らかな枕をギュッと抱きしめた。
枕が腕の形に沈んだ所を見計らって、私は話を続ける。
「不眠は良くないよ、寝不足は体に悪いし、授業中も辛いし」
「そうだけど、考え事をしてしまって、なかなか寝られないのよねえ」
枕に頬を乗せて、隈だらけの目を瞑る。でも、すぐに開いた。不健康そうな笑顔のほむらちゃんが見える。
そんな顔で大丈夫なのかな、心配になったけど、ほむらちゃんは元気そうだ。ここまで、ずっと私に付き合ってくれている。
見た目程疲れてる訳じゃないみたい。
「まどか」
「?」
「ねえ、ご飯は食べる?」
夕ご飯のお誘いだった。
お腹は、空いている。でも、ほむらちゃんはカレーを食べた後だ。まだ食欲は無い筈だった。
「その、私は食べたいけど。ほむらちゃんはまだ空いてないよね?」
「いいえ、あのカレー、余りにも辛くて食べた気がしなかったの」
「……太っちゃわない?」
それを聞いて、ほむらちゃんは目を丸くして、すぐに笑い出した。口元を押さえて、愉しい気持ちを抑える様に笑い声が漏れ出ていた。
「まどか、私は何だったかしら?」
「え、使うんだ。魔法」
「ええ、使うのよ、魔法。まどかも出来るでしょう」
意外だった。ほむらちゃんは、そういう事に魔法を使いたがらない方だと思っていたから。
けど、体育の授業で遠慮せず使っていた事も有るし、あんまり遠慮しない方だったかもしれない。記憶を遡って思い直す。
「さあ、何を食べたいのかしら」
「そうだね……えっと……」
「まどかはカレーを食べていないから、もう少し重い物でも大丈夫そうね」
「で、出来ればあんまり重くないのがいいなー」
「そう? まどかは消費カロリーなんて気にする事は無いのよ。今だって」ほむらちゃんは急に私のお腹に触れた。「ほら、十分細いわ」
私より細いほむらちゃんに言われても、説得力は無いけど、言われた事は素直に喜ぶ。
確かにもう人間じゃないから、身体を気にする事は無いって分かってるけど、ほむらちゃんみたいに割り切れない。
「もう遅いし、夜遅くに食べると良くないってどこかで聞いたんだよね」
「でも、食べたいんでしょう?」
返事が出来なかった。恥ずかしくって、頬を掻いてしまう。
「ほら、食べたいんじゃない」
「う、意地悪」
「そう、私は意地悪なのよ。知らなかったの?」
ほむらちゃんが意地悪そうな顔をした。
そこで、良いアイデアが浮かんできた。ほむらちゃんに仕返しが出来て、しかも楽しい事だ。
「じゃあ、私はほむらちゃんの手作りが食べたいなー?」
「……そう、食べたいのね」
冗談半分で言ってみたのに、ほむらちゃんはすぐにやる気を出してベッドから飛び出した。止める間も無くキッチンへ行って、棚に入っている本を取りだして広げる。
追いついて本を覗き込んでみると、料理の写真が載っていた。作り方も、ちゃんと書いてある。
ほむらちゃんは冷蔵庫に材料が無いのを見て、使い魔にお使いを頼んでいた。
「それ、レシピの本?」
「そうよ」使い魔が消えた所で、ほむらちゃんが振り向く。「暇潰しに丁度良いかと思って買ってみたんだけど、面倒で忘れてしまっていたの」
「あ、分かるかも」
何となく共感しつつ、殆ど何も無い冷蔵庫を見る。
本当に、最低限の飲み物と食べ物しか入っていなかった。
「一人だとどうしてもね……もう少し出来る女だと思ってた?」
「えっ、ううん。大丈夫だよ、ちょっと意外だっただけ」
私の返事を聞くと、ほむらちゃんは何だか複雑そうに「そう」とだけ答えて、棚から調味料を取り出した。
台の上に調味料や調理器具を置くと、満足そうに頷いて、脇に置いてあったレシピ本を手に取る。
「さて、作る前にこれよ、これ」
ほむらちゃんはレシピ本を広げて、私が見やすい様に傾ける。
「どれが食べたい?」
「え? 全部、作れるの?」
「やった事は無いけど、きっと平気よ。失敗したら私が食べるわ」
ほむらちゃんの声に返事をしながら、料理とその作り方を見比べる。
美味しそうな料理の写真が載ったレシピに目を通して、迷う。出来るだけ簡単で、美味しく作れそうなのが良かった。
「んー……これ?」
気になった料理の名前を指さすと、ほむらちゃんは私のすぐ横に立って、同じ場所を見つめた。
「これ、ね」ほむらちゃんが顔をそっと窓際へ向けると、買い物袋を持った使い魔が帰ってきた。「ありがとう、一緒に買ってきたアイスはあなた達で食べなさい」
自分の一部なのに、お礼を言っちゃうなんて。何だか結構変わってない。
私がそう思っている内に、使い魔は袋の中からアイスを取り出して、袋ごと一気に食べ始めた。私も食べた事の有る、あの安くて固めのアイス。ほむらちゃんのお財布をちゃんと考慮したみたいだった。
そんな事を考えながらほむらちゃんを見ると、もう調理に取り掛かっていた。真剣そうに食材を見つめる顔は、まるで戦う直前に見える。
「ね、私も手伝っていい?」
「構わないわよ。簡単な料理だから、そんなに手は要らないと思うけど……」少し考えて、答えてくれる。「野菜を切って貰って良いかしら」
「野菜だね、分かった」
袋の中から材料になる野菜を持ってきて、まな板の上に置くと、包丁をゆっくりと握る。
人参を持って、パパに教えて貰った事を思い出しながら、軽く切ってみた。上手くいって、ちゃんと切る事が出来た。
「……」
ほむらちゃんが、何だか心配そうにこちらを見ている。お醤油の瓶を握ったまま、私が材料を切る度に目をほんの少しだけ見開いて、それから安心した様子で、人間の私なら気づかないくらい小さな息を吐いていた。
そんなに不器用だと思われてるのかな。何だか不満になって、ほむらちゃんの顔を見つめる。すると、ほむらちゃんは首を小さく振って、目を逸らした。
「心配してはいけないの?」
「違うけど、流石に野菜を切るくらいでそこまで気にしなくても」
「だって、心配なんだもの」
「そ、そこまで不器用じゃないんだけどなあ……あ、切れたよ」
切った人参をお皿に乗せると、ほむらちゃんはそれをフライパンに盛り付けてサラダ油を手に取った。
レシピを見ると、まだ切らなきゃいけない野菜は有る。勝手にやってしまおうと、袋から材料を持ち出して、もう一度包丁を取る。
「まどか?」
「野菜は私に切らせてね」
フライパン片手のほむらちゃんが仕方無さそうに微笑んで、私の肩を叩く。
気を付けてね、というニュアンスを感じ取った私は、大きく頷いてそれに答えた。
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楽しい食事はすぐに終わる。
私達はキッチンでお皿を洗うと、炬燵の中で対面に座っていた。電気は点けていないけど、二人も居れば十分暖かい。
ほむらちゃんは両肘を立てて鼻先で手を握り、ちょっと怖い笑い顔が際だっていた。
「美味しかったねー」
「ええ……」
狭い炬燵の中で足が絡まっていて、暖かい様な、暑い様な気がした。
「……暑いわね。ちょっとごめんなさい」
でも、ほむらちゃんは暑かったのか、炬燵から出て立ち上がると、その場でストッキングを脱いで、ベッドの上に放り投げた。
どうかと思うくらい適当な態度だったけど、自分の家だから気にしてないんだろう。外だと、昔と同じでカッコいいけど、素のほむらちゃんはもっと普通の子だった。
「ほむらちゃん、ちゃんと置いておかないとシワになっちゃうよ?」
「大丈夫よ、どうせ後で洗濯してアイロンをかけるから」
素足のほむらちゃんはまた炬燵に足を入れて、すっきりした様子で表情を緩める。それから、身体を乗り出して、私に顔を近づけた。
「暑くない?」
「平気平気、大丈夫だよ。結構涼しいくらい」
ちょっとだけ炬燵布団を持ち上げると、ほむらちゃんの足の指がすぐ横に来ているのが分かった。
流石に手入れはちゃんとしていて、傷も、汚れも見当たらない。爪も、しっかり切り揃えられていた。
「……」
「まどか?」
「……えいっ」
何となく、ほむらちゃんの足の裏をつついてみた。
「っ……まどか?」
「あはは、ごめん」
思ったより良い反応が帰ってきて、ちょっと悪い事をした気分になった。
ほむらちゃんは、何だか困っているみたいだった。
「人の足の裏なんて触らない方が良いわ、汚いし」
「そうかな? ほむらちゃん、足の爪もちゃんと切ってあると思ってたら、つい」
「爪の手入れは毎日しているわ。下手に伸ばしていると、戦っている時に折れてしまったりするから」
「そうなんだ……あれ? 今は」
「戦う機会なんか無いわね。まあ、残った癖みたいな物よ」
髪を掻き上げながら答えると、ほむらちゃんは炬燵から足を出して三角座りをした。足先だけを中に入れていて、膝に自分の顔を置いてる。
「面倒だけど、そういう癖って無くならない物なのよね。髪とかもつい頑張ってしまうわ」
「癖っていう事は、やっぱり昔も髪のお手入れは力入れてたんだ?」
「そうよ。ワルプルギスの夜を前にしているのにまだ余裕が有ったのか、それとも……褒めてくれた人が居たからか、かしら」
それが誰なのかは、言われなくても分かる。
だけど、今はそんな話をしたくなくて、私は別な話題に移ろうと決めた。
「褒めてくれる、かあ……ね、ほむらちゃんはさ、ラブレターとか、貰った事は有る?」
「……さあ」
「さあ、って?」
「少なくともこの世界では一度も無いのよ。どうも嫌われているらしいわ、私」
「怖がられてるんじゃないかな」
つい本当に思った事を言ってしまった。しまった、と思ったけど、ほむらちゃんは大して気にもしなかったのか、楽しそうにしている。
「そう言うまどかはどうなのかしら?」
「うーん、私の知る限りだと、残念だけど一通も貰った事無いんだよね。一通くらい欲しいのに」
でも、貰ったって困るかもしれない。
改めて考えると、そういう経験が全然無いから、いざそんな場面になったら慌てるのが分かる。ほむらちゃんは、普通に対応出来るのかもしれないけど、私は全然だ。
仁美ちゃんは大変だったんだと、今更思う。誰かに好きだって言って貰えるのは嬉しいけど、それがもっと重要な意味を持っていたりすると、きっと、困ってしまうんだ。
ほむらちゃんは炬燵の上に置いたみかんを転がせて遊んでいる。告白された経験は有るのかもしれないけど、きっと、あっさり断っちゃったんだ。ほむらちゃんが男の子と一緒に遊んでる姿は、何となく想像が難しかった。
この、ほむらちゃんには孤独が似合う。酷い事だと分かっているけど、でも、誰かと一緒に居る所が、まるで頭に浮かばなかった。
「ふふ、まどかならきっと素敵な彼が出来るわよ」
ほむらちゃんはみかんの皮を剥きながら話してる。私が内心で考えた事は知られなかったみたいだ。
心から断言されて、答えに困ってしまった。善意で言ってくれるのは嬉しいけど、複雑な気分になってしまう。
「そう言っても、私には出来ないんだけどね、ほら、向こうは女の子ばっかりだし」
「それは……確かに、その通りだと思うわ。ごめんなさい、無神経だったわね」
小さく頭を下げながら、ほむらちゃんは切なそうな顔をした。
軽く手を振って、気にしないで、とジェスチャーを送ってから、私はみかんを半分受け取って口に放り込んだ。小さめだけど、甘さは程良く優しい味がする。
前を見ると、ほむらちゃんもみかんをもふもふと食べていた。一つ一つ丁寧に食べていく所を眺めていると、やっぱり男の子にモテそうだと思う。
「ほむらちゃんこそ、絶対出会いが有ると思うんだけどなー」
「私は良いのよ。まどかが在れば、何も要らないから」
素敵な姿が消えたかと思うと、ほむらちゃんは不気味な笑い顔になった。
泣き笑いにも見えたけど、すぐに無くなってしまって、確認は出来ない。追求しようにも、ほむらちゃんは黙ってみかんを食べ初めてしまう。
思わず出そうになった呻きを、堪えた。今も、ほむらちゃんが何をしたいのかが分からない。でも、ほむらちゃんは悪い子じゃないし、今日だって私には前と変わらない所を見せてくれた。信じるしかないんだ。
「はぁ……お互い、恋愛運は無さそうだねー」
「そうね……」
みかんの皮を捨てると、ほむらちゃんは近くのコップとオレンジジュースを手に取った。
「マミさんとか、いつ出来てもおかしく無いと思うんだよね」
「どちらかと言えば、杏子の方が先かしら。何だかんだで彼女は良い人でしょう? 巴マミはほら、深い関係になるのは割と難しいタイプに見えるわ。美樹さやかはどうなの?」
「さやかちゃんは、今はまだ無理かも。吹っ切れたみたいだけど、すぐ切り替えるのはね……」
「初恋、ねえ」
どこかバカにした雰囲気が有ったけど、ほむらちゃんはその気持ちをすぐに消し去ったのか、楽しそうに手を叩く。
「魔法少女と恋愛なんてあまり良い事ではない気はするけれど……それでも支えになれるなら、それで良いのかもね」
ほむらちゃんの腕に鳥の使い魔が乗って、その口に含んだ虹色の指輪を吐き出した。上手く手で受け止めると、ほむらちゃんは指輪の穴を眺めて、首を傾げる。何だか困っている様子で、鳥と指輪を見比べていた。
「どうしたの?」
「いえ、私の使い魔が人の指輪を盗んできてしまったみたいで。カラスみたいな物だから、光り物を集めてきてしまうのよ」
「それ、指輪だよね。ちゃんと返さないとダメだと思うの」
「ええ。同感よ」
炬燵から出ると、ほむらちゃんは部屋の隅に置いてあった鳥の餌を持ち出した。すると、鳥の使い魔は袋ごと餌を持っていき、どこかへ消えてしまった。
「あ、あれ? 指輪はどうするの?」
「あいつは鳥頭だからすぐに忘れるのよ、もう少し信じて使える使い魔に返させるわ」
くい、と手を引くと、どこからか人型の使い魔が飛んできて、ほむらちゃんにトマトを投げつけた。
ほむらちゃんはそのトマトを上手く掴んで投げ返そうとしたけど、手を下ろす。使い魔は私の背中に隠れていた。
溜息を一つ。ほむらちゃんは指輪を放り投げて、使い魔に渡した。
使い魔が返しに走っていった所で、ほむらちゃんは手の中のトマトを一口食べて、小さく頷いた。
「あのさ、そのトマトも、どこかから盗んできたの?」
「いえ……自家製」
「自家製!?」
「使い魔が総出でプランターを使って育てているみたいよ」
理解出来ない真実に硬直していると、ほむらちゃんは苦笑気味に炬燵に入って、トマトを台所へ放り投げた。飛んでいったトマトは上手く野菜置き場へ落ちて、確認してみると、汁は一滴もこぼれていない。
ほむらちゃんは満足そうに結果を眺めてから、炬燵に両手両足を入れた。
「話が逸れたわね。さて……良い出会いが無いっていう話だったかしら」
「……ん、だったね。素敵な出会いなんてそう無いのかなぁ」
「難しいのかもしれないわね」
「んー、それじゃあさ、ほむらちゃんは、どういう人と出会いたい? 例えばの話だよ、例えばの」
ほむらちゃんは黙った。何か嫌な事を言ったかと慌てたけど、そんな事は無かったみたいで、不意に表情を緩めてくれる。
頷きと、笑みが見えた。真剣に考えてくれたみたいだ。ほむらちゃんはちょっとだけ座り直すと、思い起こす様に天井を見上げて、ゆっくりと話し出す。
「まず、大前提として……私より、まどかを……いえ。私が望む事と同じ物を見ていて、同じ事を望む人で、全面的に協力してくれるなら、少しくらい仲良くなろうというくらいの気持ちにはなると思うわ」
誰が聞いても、かなり無茶な条件だった。私にも分からないほむらちゃんの望みに、無条件で協力する人となると、魔法少女しか居ないけれど、魔法少女じゃ彼氏にはなれない。彼女にはなれるかもしれないけど。
そんな無茶を言い終えると、ほむらちゃんはちょっと意地の悪い、けど悪戯っぽい雰囲気で肩を竦めた。ほんのり諦めも見えた気がした。
「ま、そんな都合の良い彼なんて居る筈が無いし、だから私はずっと独り身よ」
「……ほむらちゃんって、理想高いんだ」
「そう、かもしれないわね。でも、これは理想と言うよりは前提だから……」
ほむらちゃんは途中で黙った。何か言いたくない事が有ったんだと思う。
そこが気になるけど、聞く勇気は無かった。何よりほむらちゃんを怒らせたくないし、嫌な気持ちにさせるのもどうかと思ったんだ。折角遊びに来たんだから、お泊まりの時は楽しくしたい。
残念だけど、ほむらちゃんに恋愛は難しそうだと思った。何だか、鬼気迫るというか、一つの事しか見えていないと言えば良いのかも。そういう感じがするんだ。余裕は有るけど、余裕が無い。今のほむらちゃんが溢れさせているのは、そういう、不思議な印象だった。
「それじゃあ、まどかはどういう人が良いの?」
「んー……普通に、優しくて、大事にしてくれる人で、あ、一緒に遊んだり出来る人が良いかな」
素直に答えると、ほむらちゃんは目を輝かせた。そして、あっさりと微笑んだ。
「あら、欲の無い答えね」
「ごめん、あんまりはっきりとは思い浮かばなくて」
「ふふ、まどかはきっとみんなから好かれるわよ」
「そうかなあ……」
自分では自信なんか無いけど、ほむらちゃんは私の事を信じているんだろう。肘を付いたまま、静かにウインクをする。
昔の、クールなほむらちゃんは決してしなかった仕草だったけど、とても似合っていた。改めて、美人だと思う。
「みかん、食べる?」
「あ、うん」
二つ目の蜜柑を受け取って、今度は私が皮を剥く。ほむらちゃんはそんな私の手をじっと見つめて、炬燵の温もりを楽しんでいる風に思えた。
とても機嫌が良さそうで、面白がっている風にも見える。何がそんなに楽しいのか、ちょっとだけ気になってきた。
「ほむらちゃん、何か良い事でも有ったの?」
「いいえ? ただ、こういうのは良いなと思っただけ」
こういうの、が何なのかを聞くより先に、ほむらちゃんは私の前に手を突き出して、説明する。
「ほら、友達と炬燵に入って、他愛のない話をして、みかんを食べて、そういう平和なの、素敵じゃない?」
「ああ、そういう事だったんだ。そうだね、私もそう思うよ」
「でしょう?」
満足そうに頷くと、ほむらちゃんはそのまま身体を倒した。こちらからは姿が消えた様にも見えたけど、ちゃんと乗り出して見てみれば、座布団に頭を乗せているのが分かる。
気持ち良さそうに目を瞑って、少し深めに炬燵へ入っていた。あんまり大きくないから、ほむらちゃんの足が私の側から飛び出てしまっていた。
ほむらちゃんはまだ気づいてないみたいだ。それが何かを期待している様に思えて、私は蜜柑を一気に口の中へ詰め込んで、そのまま立ち上がってほむらちゃんの居る側まで歩いていく。
「まどか?」
「ちょっと狭いけど、ごめんねー」
私の一言でやりたい事を察してくれて、ほむらちゃんは自分の横に炬燵へ入るスペースを作る。人が一人と少しくらいなら入れる大きさで、私の身体くらいなら簡単に潜り込めた。
隣のほむらちゃんの体温が伝わってきて、炬燵で暖められたそれは、生きてない私の身体も暖める。
ほむらちゃんの頭が乗った座布団に、私も頭を乗せてみた。人肌で暖められているから、とっても寝心地が良かった。
「あー……これ、いいねー……」
「確かに、季節的にまだ少し早いけど、炬燵を出して正解だったわ。このまま寝てしまいそう」
「いっそ寝ちゃう?」
「駄目よ。こんな姿勢で寝たら身体に良くないから」
と言いつつも、ほむらちゃんはどこか眠そうだった。それを笑ったりはしない。だって私も眠いんだから。
でも、寝ちゃうと身体が痛くなる気がしたから、欠伸をするのはやめた。
「そういえば」何となくほむらちゃんが喋り出す。「この間、佐倉杏子が授業中に寝ていたんだけど」
「うん」
「涎でノートを汚してね。それ、私が貸したノートだったのよ」
「……うわー、ほむらちゃん、怒ったの?」
「いいえ、別に。ただ、彼女らしいと思って笑っておいただけよ。少し嫌味っぽい笑い方だったかもしれないけど」
何かに成りきっている様な顔だった。辛そうには見えないけど、何かが変で、演技をしているんじゃないかと、そう見える。
でも、基本的に不満な雰囲気じゃなくて、結構楽しそうだった。ほむらちゃんとしては、今の自分に嫌だと思う所は無いみたいだった。
「杏子ちゃんにノート貸してあげたんだ」
「貸して欲しいと言うから。別に、私には必要の無い物だし」
「そっか、ほむらちゃんって頭良いんだっけ」
「いえ? 色々と勉強しなきゃいけない機会が多かっただけよ」
何とも思っていない様子で、ほむらちゃんは部屋の壁に置かれた教科書に顔を向けた。新品同然の本で、ノートも綺麗に並べられている。
その横に、ファッション雑誌が見えた。今のほむらちゃんは前よりお洒落だから、きっとそういうのを参考にしているんだ。
だらけた様に見えて、今の自分を維持する努力は欠かせないんだ。うつ伏せで座布団に頬を乗せる姿からは、想像できないけれど。
「そういえば、あの後杏子にはラーメンを奢らせたわ。ノートにシミを作った罰として……美味しかったわよ」
「そ、そうなんだ」
「美樹さやかもついでに着いてきて、杏子と一緒に払っていたわね」
面白がる調子のまま、ほむらちゃんは顔だけを私の方に向けていた。片目が半分座布団で隠れているけど、人の悪い笑顔なのは分かる。
「あの二人、随分と相性が良い様ね。敵同士だとあんなに険悪な癖に」
「あはは、ちゃんと話せば凄く仲良くなれるから、もったいないよね。ちょっと羨ましいくらい気が合うのにね」
何を思ったのかは分からないけど、ほむらちゃんが目を細めた。
「ああ、もちろんだけど。美樹さやかの一番の友達は貴女よ」
「え、うん」
よく分からないまま答えると、ほむらちゃんが満足そうに頷いて、「分かってるなら良いわ」と言って、また気持ち良さそうに目を閉じる。
「ほむらちゃん、今のって、どういう?」
「いえ、気にしないで」
ほむらちゃんは答えない。だけど、何となく分かった。気遣ってくれたんだ。
ここに来て良かったと、改めて思う。さやかちゃんは幸せそうで話しかけ辛いし、杏子ちゃんも、マミさんも、なぎさちゃんだってそれは同じ。ほむらちゃんは、この世界の事を一番よく分かっている人で、何より私が話しかけても問題のない相手だったから。
消去法で泊まる場所を選んだみたいで何だか嫌だけど、でも、さやかちゃん達には、何も知らないまま幸せに生きて欲しい。
「まどか、何か重い事でも考えてる?」
「えっ……ううん、そうじゃない、けど」
「そう」
ほむらちゃんの安心した顔を眺めて、意識が現実に戻ってきた。
よく考えてみると、ほむらちゃんの家に泊まるなんて何時ぶりだろう。
「んっと、話は変わるんだけどさ」
「ええ」
「思い出したんだけどさ、ほむらちゃんの家って、ベッドは一つしか無いよね」
「そうよ、シングルが一つだけ。一人暮らしだから」
ほむらちゃんが驚きもせずに頷いた。
やっぱり、この世界のベッドも私が知ってる時と同じ大きさだった。
「だったらさ、私はどこで寝れば良い?」
「普通にベッドを使って良いのよ?」
「いや、それは、何だか悪い様な気がするし、ほら、私って寝相が悪いでしょ?」
「それくらい甘えても気にしないわよ。どうしてもと言うならお布団を敷いても良いけれど……」
「お願い出来る?」
「任せなさい」
やっとやる気が出たのか、ほむらちゃんは炬燵から這い出て髪をかき上げてから、厚手のコートを羽織った。すぐに表情が引き締まって、昔みたいに真剣で冷静な顔付きが戻ってくる。
ほむらちゃんは目の前で軽く伸びをすると、炬燵の中で寝たままの私を見下ろした。
「そうね。晩ご飯も食べたし、そろそろ寝る準備の時間かしら。その前にお風呂が良い?」
「うん、何となくあのカレーが残っちゃってる様な気がするし、入りたい」
別に入らなくても大丈夫だけど、外出したんだから入りたかった。それはほむらちゃんも同じみたいで、同意を示してくれる。
「じゃあ、今から準備をするから。まどかは待っていて」
ほむらちゃんは颯爽とお風呂場へ歩いていき、お湯を出して戻ってきた。お湯が流れる音が聞こえてきて、耳元で騒いでいる。
「お湯が入ったら言うわね。私はベッドを整えておくから」
「うん、ごめんね」
「良いわよ、これくらい礼には及ばないわふっ……」
押入からお布団を引っ張り出そうとして、ほむらちゃんは布団に埋もれた。すぐに布団を持ち上げて顔を見せると、ちょっと恥ずかしそうに首を振る。
調子が戻ると、ほむらちゃんはお布団を敷き始めた。ピシ、と端を整えて軽く形を直すと、押入の奥から掛け布団を持ち出して置き、シーツをかけて枕を丁寧に乗せた。
無表情の作業だった。薄笑いとか、嫌味な笑い方よりも、この笑っていなくても機嫌の良さそうな無表情の方が、ほむらちゃんは幸せそうに見えた。
「まどかは枕が柔らかい方が良いのだったわね?」
「そうかも」
「良かった。私も柔らかい方が好きだから、予備を使えるわね」
お布団を敷くと、こちらへ戻ってきたほむらちゃんはニッコリ笑って炬燵の横へしゃがみ込んだ。
どうしたのかと思うと、私の頭を少し持ち上げて、下に枕を置いた。確かに柔らかくて、軽く頭を乗せただけで沈み込む。
「あ、これ、いい感じだね。かなり高そう」
「そうでも無いわよ? この間買った安物だけど、結構使えるのよね、これが」
ほむらちゃんは嬉しそうに私の顔を眺めると、膝を上げてさっと私の横を通り過ぎた。
お風呂場から聞こえていた音が泊まって、ほむらちゃんが顔を見せる。片手にはパジャマが有る。
「お風呂が出来たわ、冷めない内にどうぞ」
空いた方の手は湯気が上がっていた。
待たせるのも悪いから、炬燵から出てほむらちゃんの側へ行く。
「じゃあ、お風呂に入るね。それは、私のパジャマ?」
「ええ、私のパジャマだけど、良かったら使って」
黒の可愛いパジャマを受け取って、お礼を言う。
やっぱり、ほむらちゃんはお礼を受け取らず、ただ曖昧に笑ってやり過ごしてきた。それは、今までより余裕の有る態度に見えた。
「ねえ、良かったらほむらちゃんも一緒に入らない?」
「私の入浴は長いから、駄目よ。まどかがのぼせてしまうわ」
「そうなんだ……もしかして、髪のお手入れ?」
「ええ、その通り。少し時間をかけるから」
ほむらちゃんの髪は、本人はあまり自慢しないけれど、とても綺麗で触り心地も凄く良い。
私もこれくらい綺麗な髪になってみたいと思う。小さい子みたいな髪質とは言われるけど、こういう、ほむらちゃんのサラサラとした手触りには憧れる。
いっそ、洗い方を真似てみたい。身体なんて洗わなくても平気だし、髪は勝手に浄化されるけど、それでも、やってみたいと思った。
「……やってみたいな」
「何の事?」
「ほむらちゃんの髪をいじってみたいの、それで、髪の洗い方を教えて欲しいんだけど、駄目かな」
「それは、駄目じゃないけど……」
何か問題が有るのかも。ほむらちゃんは口を閉じて、小さく残念そうな声を出す。何を言っているのかは聞こえない。
それから、頭を上げたほむらちゃんは静かに首を振って、肩を竦めた。
「お風呂は狭いわ。髪を触りたいなら、お風呂から出た後で幾らでも触らせてあげるから」
「んー……残念」
「後で幾らでも教えてあげるわ。お風呂は一人で行ってらっしゃい」
送り出す言葉に応えて、私はパジャマとバスタオルを握った。
お風呂場は、ほむらちゃんのお部屋から出てすぐの所に有る。場所は聞かなくても分かった。
あんまり大きい家じゃないから、内装が覚えやすい。でも、それはそれでほむらちゃんは一人暮らしだから、寂しいんじゃないかな、と思いながら、脱衣所の扉を開けた。
「うわ」
思わず声が出てしまう。
脱衣所に入ると、そこは一面湯気で溢れていた。お風呂場から漏れたみたいで、もう全面真っ白だった。
鏡は曇っちゃって私の顔なんてちっとも見えない。
パジャマを籠の中に入れて、何となく手で曇りを払った。手のひらが水気を帯びた感触を覚えながら顔を確認すると、見慣れた私の顔がそこに有る。
だけれど、やっぱり目は金色だった。
「まどか、熱くはないと思うけど、もしお湯が熱かったら言ってね?」
脱衣所の外からほむらちゃんが声をかけてきた。
前に立っているのが分かる。入って来ないのは、気遣いかもしれない。そんなの気にしないのに。
「大丈夫だよっ、自分で調整するから」
「そう? なら良いわ、のぼせない程度に楽しむ事ね」
扉を一枚隔てた向こうの声だからか、少し、壁の有る言い方に聞こえた。
今のほむらちゃんとも仲良くしたいと思う私にとって、それは何だか嫌な事で、我慢出来ない事だった。
「ねっ、ほむらちゃん!」
一気に、出来るだけ急に扉を開ける。目の前にはほむらちゃんが居て、私が出てきた事に目を丸くした。
「まどか?」
「ねえ、やっぱり一緒に入らない?」
少し口を閉ざしてから、ほむらちゃんは返事をする。
「だから、私の家のお風呂は狭いと言ったでしょう」
「そのくらいなら、私は大丈夫だよ。ほむらちゃんが嫌ならしょうがないけど……あ、恥ずかしかったり?」
「……いいえ、それは無いわ。何度かまどかと一緒に入った事は有るから。でも、それは貴女の家とか、巴マミの家の話よ。私の家の狭いお風呂はお勧めしないわね」
少しだけ早口で説明する所が、ちょっと、ムキになって話している感じに見えた。
そこに隙を感じた私は、そっとほむらちゃんの手を引いてみる。すると、言葉を途中で止めたほむらちゃんは私の顔を見て、それから鏡を眺めると、諦めた様子で息を吐いた。
「分かったわ。着替えを持ってくるから、先に入っていて」
「うん、髪の洗い方を教えてね」
「そうね」
脱衣所から出ていくと、ほむらちゃんは小走りで自分の部屋に向かっていった。走り方は女の子なんだ。今の印象とは少しギャップを感じる。
ほむらちゃんが戻ってくる前に入っておこう。私は服を脱い……自分でもどういう構造なのかよく分からない服を頑張って脱いで、お風呂場の扉を開けた。
白いタイルのお風呂場は湯気が立ちこめていた。でも、とりあえず前は見える。
先にお湯を浴びていた方が良いかもしれない。そんな気がして、シャワーを手に取った。試しに浴槽のお湯を触ってみると、程良く暖かくて、私の好きな温度になっていた。
気持ち良く入浴出来そうだから、何だか嬉しい。シャワーを浴び始めて、そう思う。
「まどか、入っても良い?」
「うん、どうぞー」
水音の合間から声が聞こえたかと思うと、お風呂場の扉が開いて、ほむらちゃんが入ってくる。
耳元のイヤーカフスだけはそのまま、お化粧も落として穏やかそうになった表情は、どうしても昔のほむらちゃんを思い出させた。
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きっと、一時間くらいお風呂に入っていたと思う。
少なくとも、私はそんな風に感じていた。ほむらちゃんに髪の洗い方を教えて貰ったり、ちょっと狭めのお風呂に並んで入ってお話をしている内に、それくらいは過ぎてしまう。
「まどか、髪にはドライヤーをかけた?」
「うん、ちゃんとしたよ」
「歯は?」
「磨いたー」
「それなら良いわ」
ほむらちゃんは静かに歯磨きを始めていた。私に向かって聞くだけ聞くと、すぐに脱衣所の中へ戻っていってしまう。
「……むぅ」
姿が見えなくなった所で、私はパジャマを軽く摘んだ。大きさはそんなに変わらないけど、ちょっとだけ締め付けられる感じがする。
やっぱり、私の方が太いみたいだった。そう思うと、少し落ち込む。
さっきのお風呂場でも見たけど、ほむらちゃんは細い。羨ましい。
「心配しなくても、まどかは丁度良い体型じゃない」
「あ、ほむらちゃん……見てた?」
「ええ、私の服を見て溜息を吐く所からね」
悪戯っぽく笑うと、ほむらちゃんはどうしてか棚を空けて、中を漁った。
「なにしてるの?」
「ちょっと待って……ああ、有ったわ」
ほむらちゃんは、その手にメジャーを握っていた。
引っ張ったり戻したりしながら、私の側へ近づいてくる。その顔が悪魔っぽく見えたのは、きっと気のせいだと思いたい。
「どう? 一度計ってみる?」
「い、いいよ。太ってたらショックだし……」
「そうかしら? でも、まどかは十分細いと思うから、心配はしなくて良いと思うわよ」
「あ、ありがと」
ほむらちゃんが振り向きもせずにメジャーを背中へ放り投げると、棚の上に上手く落ちた。
パジャマ姿のほむらちゃんはベッドの際に座る。私の座ったお布団はすぐ横に敷かれているから、私達の距離はかなり近づいている。
「ちなみに私は計った事が有るのよ」
「そうなんだ。どうだったの?」
興味が有ったから聞いてみると、ほむらちゃんは何となく顔を曇らせた。答え難かったのかもしれない。
止めようかと思ったけど、ほむらちゃんは小さく笑ってこちらへ近づくと、小声で話してくれた。
「身長は……センチ、体重は……キロよ。ウエストは……センチだったわ」
「それじゃ、バストとヒップは?」
「ウエストと対して変わらなかったのよね」
「あー……うん、大丈夫。きっと成長するよ」
ほむらちゃんはさっと胸元からお腹の下まで手をかざして、苦笑した。
細くて綺麗なんだから、そんなの気にしなくても良いと思う。けど、そう言っても、自分自身じゃ納得できない物なんだ。
「まあ、私の体型なんかどうでも良いわ。まどかこそ、無理なダイエットなんかしない事ね。今のままで十分過ぎるんだから」
「大丈夫だよ? だって、私はもう体型変わらないしっ」
元気良く断言する。ここから太る事も無いし、残念だけど痩せる事も成長もしない。
「……そうだったわね」
ほむらちゃんの顔が一気に曇った。
何か、地雷を踏んじゃったみたいだ。どこが問題なのかが分からなくて、内心で慌てて、言葉が出なくなってしまう。
「そうね。この話は、人間のまどかにした方が良いかしら」
「う、うん。そうした方が良いよ。でも、私だから、ダイエットとかはあんまりしないと思うけど……」
暗くなった空気をほむらちゃんが自分から変えてくれた。
そのお陰で、私はまた喋れる様になる。だけど、ダイエットの話題は、止めた方が良いのかもしれない。
黙っていると、ほむらちゃんは私の肩をそっと押して布団に寝かせた。自分も隣のベッドに潜り込むと、私からは顔だけが見える位置で布団を首まで被った。
「さて、そろそろ寝ましょう」
「えー、まだお話しようよ。明日はお休みだから、ゆっくり出来るのに」
「もう結構な時間だと思うけど」
時計を確認すると、もう十二時だった。人間の私ならとっくに寝ちゃっている頃。だけど、私は大丈夫。久しぶりに友達と遊べたのに、寝るなんてもったいない。
「だって、私達って本当は寝なくても良いんだし」
「でも、寝た方が気持ちとしては楽でしょう。寝なくても平気だからって寝なかったらストレスが溜まるし、気分も良く無いわ」
「ほむらちゃんの隈って、それで出来たの?」
「……」
答える気は無いのか、ほむらちゃんは目を逸らした。でも顔は動かさないままで、目を瞑る。
「……本当に寝ちゃう?」
「ええ」
まだ話し足りないし、遊び足りない。だけど、ほむらちゃんはすっかり寝る姿勢に入っていて、少しずつ、眠そうな目になっていく。
一人で起きてても仕方無いし、他に起きている人も居ない。クラスのみんなは寝ているし、私が会いに行くのも駄目そう。パパやママに会うのは問題しか無かった。
「まどか」
ほむらちゃんが、私に声をかけた。
「貴女は、あの世界に戻る気がないんでしょう」
「それは、そうだけど」
「だったら、また……朝になったら、幾らでも遊べるわ。だから、今は休みなさい」
そのまま、ほむらちゃんは目を瞑った。布団を肩にかけ直しながら、薄目で一度私の顔を確認する。
そして、何か安心した様な微笑みを見せると、そっと目を瞑った。
どこまでが今までのほむらちゃんで、どこからがこれからのほむらちゃんなのか、やっと、分かってきた気がした。
「ほむらちゃん」
「ん……?」
「……何でもない。おやすみ」
はっきりと聞いても、答えは多分貰えない。だから、今はもう寝る事にする。
「おやすみ、素敵な夢を見られると良いわね」
ほむらちゃんの声が遠くから聞こえてくる。
気持ちを切り替えるだけで、眠い様な気がしてきた。もうすぐ眠れる。お布団は柔らかくて、枕はもっと気持ち良い。
眠い気持ちがどんどん強くなっていく。抵抗は簡単だったけれど、それを拒絶するつもりは一つも無かった。
年明け直前ですがここで一つ、本当なら寝起きの所まで書きたかったのですが、間に合いそうもないですね。
さて、今年は一年中ずっと彼女達の事を、鹿目さんや暁美さんの事ばかり考えて過ごしました。生まれて初めてのアニメのBDとDVD購入、PN、インタビューの乗った雑誌集め、グッズ、考察、ファウスト、生まれて初めてのアニメイベント、生まれて初めて見る声優さんの初めて聞いた生の声、初めてのオーケストラ、オーケストラの日の台風とホテル、そして……私の中の私であって私ではないコスモ。
暁美さんへの尊敬に、鹿目さんへの恋なのか愛なのかよくわからないこの気持ち、続編が欲しい様で欲しくない様な、ただ、彼女達の未来が美しくも幸せな物になる事を祈るだけの毎日でした。
今も祈っています。願っています。
さて、今回は結構普通に会話のみで進みました。
短編だと言ったな、あれは嘘だ。
出来るだけ百合っぽくなく、でも鹿目さんらしく、互いへのすれ違いと無理解、だけれど相手を大切な友達として受け止め続けようとする姿勢……その中にも、友達らしさと女の子らしさを持たせたつもりですが、どうでしょうか。割と遠慮せず、でも彼女達の存在を損なわない程度の日常会話に留めたつもりです。