結ばれない絆と遠い想いの二人が、ただ楽しげに生きる事 作:曇天紫苑
誰かの、声が聞こえた。
「……ふぇ?」
目が覚めた。時間は三時で、外はきっと真っ暗だ。
急に起きてしまったけど、頭はすっきりしなくて、もう一度眠り直そうかと思う。人じゃなくても、やっぱり朝までは寝ておかないと。
「まど……」
すぐ隣のほむらちゃんが、寝言を呟いていた。
起きていても寝ていても私と一緒なんて、凄い事だ。そして、ほむらちゃんが寝言を言うタイプだと知って、面白く思った。
それは良いとして、寝直さないと。後四時間は眠れそうだし、ゆっくり出来る。
「ま……どか……やめ、て……」
もう一度寝ようと枕に頭を乗せた時、ほむらちゃんがまた呟いた。
追い詰められた様な声で、どうしても不安になる響きが有った。気づけば、私は頭を上げて、ベッドの上の顔を見つめている。
「だめ……そんな……」
ほむらちゃんは酷くうなされて、枕を強く握り締めていた。
今にも血を吐きそうな、酷い表情だと思う。寝ているのに、一つも安らいでいない。むしろ、寝ている時の方が苦しんでいる様だった。
その様子を驚きながら見ていると、やがてほむらちゃんは私の腕を掴んで、その爪が食い込むくらいに強く握ってくる。痛くは、無かった。
「まどかぁ……だめ、だめよ……あなたは、ずっと……」
ほむらちゃんの両目から涙が溢れ出した。苦しそうな顔はどんどん悲しげになって、枕には破く勢いで力が入れられていた。
涙はほむらちゃんの耳の下を伝って枕を濡らす。ほむらちゃんは小さく呻いた。なのに、私の腕だけは痛みが無い。
「ごめん……ごめんね……まど……私……」
「ほむらちゃん」
今のほむらちゃんは、壊れてしまいそうで、儚く見えた。
だから、かもしれない。私は、気づいた時にはベッドに潜り込んで、ほむらちゃんをそっと抱き締め、背中をさすっていた。
「きっと、怖い夢を見てるんだよね」
「あ……」
「でも、大丈夫だよ。私は、ずっと、みんなの側に居るから。ほむらちゃんは、一人なんかじゃないんだよ」
そのまま背中を何度かさすって、頭を、髪を撫でた。
少しずつ、ほむらちゃんの息が整っていく。私の腕を掴んでいた力は無くなって、私達は代わりに両手を握り合った。
「ほむらちゃん、大丈夫だよ……」
何が大丈夫なのかは自分でも分からないけど、でも、大丈夫。
ほむらちゃんの寝息が規則正しく穏やかになって、表情も安らいだ寝顔に戻っていった。
「ちょっと、ごめんね」
もう一度、ほむらちゃんを抱き締める。悪い夢から守ってあげないとって、何時になく弱いほむらちゃんの姿に、そんな気持ちが出てきてしまう。
体温とお布団の暖かさが私を包んだ。ゆっくりと目を瞑ると、吐息がすぐ近くに聞こえる。寝言は無い。
安心して、寝直す事にした。
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頭が少し起きてきた。目覚ましは鳴っていなかったみたいで、ちょっと薄暗い。少し早く起きてしまったのかもしれない。
時計を探してみたけれど、どうしてか、いつもの場所には無かった。
まだ少し暗いし、もうちょっと寝ても大丈夫かも。寝直しでぬいぐるみを強めに抱くと、何だか変な感じがした。髪みたいな感触で、人肌みたいに温かい。
「あれ?」
もう一度抱き締めてみると、ぬいぐるみが服を着ている様な気がした。気持ちの良いぬくもりだったので、その服に顔を押しつけて、そのまま寝てしまおうとした。
そこで、やっとぬいぐるみがほむらちゃんだと気づけた。吐息が耳に届いたから、すぐに分かった。
「ふぇ? ほむらちゃん、なんで?」
「覚えてないのね」
ほむらちゃんは目を擦り、少し起き上がった。ちゃんと眠れたから、何だか視線が柔らかい。
「昨日の夜、寝ぼけた貴女が自分の家と勘違いして私のベッドに入ったみたいよ」
「そ、そうだっけ?」
話を聞いている内に、少しずつ思い出してきた。三時、うなされたほむらちゃん、弱々しい声、抱き締めて、一緒に眠って。
ほむらちゃんは私が目を逸らした事には気づかず、大きく頷いていた。
「ええ、私の事を抱き枕かぬいぐるみと勘違いしている様だったわ。私が気づいた時には、貴女はすっかり寝てしまっていて……」
ほむらちゃんは、何か勘違いをしている様子だった。
でも、訂正するのはいけない気がする。眠りながら、寝言を繰り返しながら泣いていたと教えるのは、やってはいけない事だ。
考え込んでいると、ほむらちゃんが首を傾げた。微かな角度で傾けていて、完璧だった。
全く平気そうだけれど、一日中抱き枕として扱われていたのは、ほむらちゃんにとってはどうなんだろう。
「やっぱり、痛かった?」
寝ている間は全く気づけなかった。
ほむらちゃんは平気そうだ。少し肩を回して、首を左右に回すと、ちょっと明るめな表情を見せてくれる。
「いいえ、特には」
「……起こしてくれれば良かったのに」
「幸せそうな寝顔だったから、どうしてもね」
「もう」
悪戯っぽいほむらちゃんの言葉を受け止めながらも、どこか恥ずかしい気分だった。寝相の悪さを知られてしまったのが、何だか居心地の悪さを覚えてしまう。
私の顔を何度か観察して終えると、ほむらちゃんはベッドから降りた。近くに有る鏡で髪型を確認すると、そのまま洗面所の方へ歩いていった。
一人になると、お布団の誘惑が迫ってくる気がした。部屋は十分に温かくて、カーテンは締められていたから、まだ暗めで眠くなってしまう。もう一度寝てしまおうかと思ったけど、流石に起こされてしまうだろう。
でも、ちょっと逃れられない気持ち良さだった。ちょっとだけ、と布団に潜り込んで頭まで被り、お布団から顔の前だけを出した。
すると、ほむらちゃんが戻ってきて、私の事を意外そうに見つめた。髪もすっかり普段通りで、顔はしっかり洗われている。
「まどか、何をしているの?」
「うーん、お布団が気持ちいいと思って」
顔だけを出して話していると、何だか呆れられてしまった様な感じがした。
ほむらちゃんは私の事を少しの間だけ見つめて、微笑ましそうに口元を緩ませた。
「歯磨き、私はもう済ませたから。まどかも行ってらっしゃい」
「うう、お布団ー……」
「そう? 良いわ、後で起こしてあげる」
「んー……それは助かるんだけど……」
折角のお泊まりなんだから、もったいない。ちょっと後ろ髪を引かれながら、お布団を持ち上げる。冷気が流れ込んで来たけれど、それほど寒くは無い。
鏡で見ると、髪が思い切り跳ねていた。早く整えないと。場所は分かっているから、そのままほむらちゃんに一声かけて走る。
先に歯磨きをしなきゃいけない。すぐに口の中を濯いで、きっちり歯磨き粉を使った。ミントの味がした。
いつも通りに歯を磨いて、歯が汚れていない事を確認する。そして、ドライヤーと櫛で寝癖を直した。脇に置いてあったリボンで髪を留めたら出来上がりだ。
ちょっと伸びをした。パジャマのままで、考えてみるとほむらちゃんの物だから少しだけ違和感が有る。
着替えをしなきゃ。そう思っていると、脱衣所の所に私の服が置かれているのが分かった。ほむらちゃんが置いてくれたみたいだ。
後でお礼を言っておかないと。着替えながらそう考えて、忘れない内にとほむらちゃんの元へ出る。
「ほむらちゃん、着替えを置いてくれたんだね。ありがと」
「礼には及ばないわ。それより、まどかって、朝ご飯はパン派だったわね?」
「うん、パンの方が多いかな。あれ、教えたっけ?」
「ずっと前に聞いたのよ」
この世界ではないだろうな、と思った。
「……そういえば、食パンは切れていたのよね」
袋の中を探り終えると、ほむらちゃんは困り果てた様子で顔を上げた。そういえば昨日、余っていた食材を色々と使ってしまった気がする。
顔を見合わせると、殆ど素の調子のほむらちゃんが溜息を吐いた。
「困ったわ。お店も空いてないし……昨日の残り物は……無いわね」
冷蔵庫を開けて見ても、確かに中身が殆ど入っていない。
ご飯だけでも大丈夫だと思ったけれど、ほむらちゃんは無言で首を振った。お米も無いらしい。
「まどか、ごめんなさい。少し考えさせて」
そう言って、ほむらちゃんは考え込み始める。懐からお財布を出して中を確認し、困り顔となっていた。
「コンビニじゃ、駄目なの?」
「それは、確かにそうだけど。何となく釈然としない様な……出来たらもっとこう、朝ご飯らしい物が食べたいのよね。まどかはどう?」
「うーん、そうかも……どうする?」
「そう……どうしましょうか」
二十四時間のお店へ買いに行くのも良いと思う。
ほむらちゃんも同じ様に考えたのか、上着を纏って裾を伸ばす。外へ出られる格好になると、隅に掛けてあった帽子を手に取り、目深に被った。
慌てて私も準備を整えて、その背を追いかける。そこで、ほむらちゃんが何故か振り返った。
変な感じがして、同じ方を見てみると、そこにはほむらちゃんの使い魔が全員立っていて、窓を開けて部屋へ入り込んでいた。
何をしに来たんだろう。ほむらちゃんは自分の使い魔に近づき、首を傾げた。
そうしていると、使い魔達はほむらちゃんを素通りして、全員揃って箱を取り出し、私の前に持ってきた。
「くれるの?」
使い魔達が揃って頷いた。
差し出された箱は小さめだけど、数が多い。その中の一つ、一番前に居た子の持っていた物を開けてみると、中には食パンが丸々一つ入っていた。
「あれ、この子達……ほら、パンを持ってきてくれてる」
「気が利……こんなに買う事は無いじゃない」
全員の持っている箱の中身が分かって、ほむらちゃんが余計に困った顔をする。
箱一杯に詰まった食パンなんて、絶対に食べきれない。この子達がどうしてこんなに持ってきたのかは分からなかった。
私に箱を手渡すと、この子達は一斉にトマトを持って、ほむらちゃんに投げようとする。
そっとほむらちゃんの前に出ると、この子達はピタリと動きを止めて、トマトをどこかに収納した。
「……何でトマトを投げられるんだろうね」
「……さあ?」
ほむらちゃんの使い魔なのに、分からないんだ。
不思議に思っていると、一人が私に理由を教えてくれた。
「うん? うんうん」
「まどか、誰と話しているの?」
「この子達かな」
ほむらちゃんには聞こえない様に、耳元で内緒話をしてくれる。
気取り屋にトマトをぶつけるのが好きだから、この子達はほむらちゃんにトマトを投げるみたいだ。
「私の事は? うん、そうなんだ」
「……まどか?」
そして、この子達はマドカが好きだけど、円環はイマイチ、恋する人魚より、孤独なカボチャの話が好きらしい。ほむらちゃんの事は別に、と返ってきた。
あなた達のお名前は? と聞くと、この子達は勢揃いで姿勢を正して、一人ずつ名乗りを上げてくれた。
その後にちょっとだけ補足が付いていて、そこから何となく、ほむらちゃんの内心が伝わってくる。
「そう……」
「まどか、何、その目」
「いや、うん。ほむらちゃんはそうなんだーと思って」
「こいつらから何を聞いてるのよ」
「私の知らない事?」
あの子達は、私の質問が終わると同時に窓の外へ飛び出していった。何人かが私の服の裾を掴んでいたけれど、他の数人に引っ張られて、消えてしまった。
すっかり静かになった部屋の中で、ほむらちゃんは私を見つめた。だけど、すぐに困った様子で箱を眺めて、その中のパンを手に取った。
「不安になるけど、まあ良いわ。それより、これだけのパンをどうするか、よ」
「だよね……」
沢山の箱に詰め込まれたパンの数々を、二人で眺めた。二人で食べるには、ちょっと……かなり多すぎて、食べきるには一ヶ月はかかりそうだった。
毎食毎日パンじゃ、幾ら何でも辛い。どうしようかと揃って悩んで、お互いに相談する。
「あの子達に食べさせるとか?」
「小食だから無理よ。一日ザクロ一つで足りる程度しか食べないから」
「うーん。そうなんだ……他の使い魔はどうなの?」
「鳥の方の使い魔なら良いかもしれないけど、あいつらはパンくずで十分なのよね」
「ダメかー……ほむらちゃんって、そこまで食べられる方?」
「無理ね、この数は厳しいわ。クリームでも詰めればもう少し食べられるかもしれないけれど……」
「作ってみる?」
「全部頑張って料理したとしても、全部食べる前に先に痛んでしまうわ。一度に沢山食べるのは辛いのよね。まどかは食べられる?」
「厳しいかも。誰かにお裾分けする?」
名案だとばかりに、ほむらちゃんが手を叩いた。
「……良いわね。そうしましょうか。まどか、あなたの知り合いで一番パンを消費するのは、どこ?」
「マミさんだと思う」
直感で言ってみると、そう間違っていない気がした。
ほむらちゃんは表情を曇らせて、パンと私を見比べている。
「巴マミ……」
「気乗りしない?」
「いえ、別に……でも、私とはあまり接点が無くて。ほら、上級生だから」
「それじゃダメだね」
知らない下級生にパンを渡されたら驚くに決まってる。これは没になった。頭の中でさやかちゃんや杏子ちゃんの姿が浮かんだけれど、ほむらちゃんが良い顔をしない様な気がしたので、やめておく。
他にも何人か、この見滝原の魔法少女関係者を頭に浮かべたけれど、ほむらちゃんとの接点が少なすぎて、余り物を渡せる関係の人はそうそう居ない。
「そうだ」
……ううん、一人居た。
「それなら、こういうのはどう?」
「他の人を思いだしたの?」
ほむらちゃんはパンを並べながら話を聞いてくれる。
「うん。私の家とか、どう?」
「あなたの?」
やっぱり、ほむらちゃんは驚いていた。腕の力が抜けたのか、パンが落ちそうになる。だけど、驚愕から抜け出すと、すぐに冷静な表情へと戻って、パンを掴み直した。
「まどかの……そう、ね。確かにまどかの家はパン派だもの。家庭が有るし、四人家族だからこの量でも消費するでしょうし……」
条件としては問題ない所だと思う。けれど、ほむらちゃんには引っかかる所が有ったのか、顔を少し上げて私を見つめた。
何だろう。何も問題は無いと思っていたので、気になってしまう。
「でも、良いの? まどか、貴女……」
「私は良いよ? ほむらちゃん、確か私の連絡先は知ってたよね? ちょっと連絡入れて貰える?」
「え、ええ。でも、彼女は私を苦手に思っている筈だから」
「大丈夫だって! だってさ、私だよ? 平気平気」
肩を何度か叩くと、ほむらちゃんは困り顔のまま電話を取り出した。手早く操作して私の、というか鹿目まどかの番号へ繋ぐと、そっと耳を当てている。
何回か音が鳴った後で、電話が通じた。よく聞いてみると、それは私の声だった。
「もしもし……まどか? ええ、ほむらよ。今、大丈夫?」
電話の向こうの私は、ちょっと驚きながら返事をした。
「そう。朝からごめんなさい、貴女の家って、パンはよく食べる方なの?」
「食べる方だよー」
私が代わりに言ってみると、ほむらちゃんが人差し指を立てた。私の声を聞かせたくないみたいだ。
ちょっと拗ねたフリをすると、何だか慌てた様子でほむらちゃんは手を振った。私が首を振り返すと、安心したのか、電話に集中してくれた。
「ええ、食パンを貰い過ぎてしまったの。貰ってくれないかしら……ありがとう、今から行っても良い? ……ええ。それじゃあ、また後で」
電話を切ると、ほむらちゃんは軽く息を吐いた。
返事は聞こえていたけれど、あえて尋ねてみる。
「どうだった?」
「問題無いそうよ。欲しいって」
ざっと並んだパンを眺めると、ほむらちゃんはその中から半分くらいを手に取って、袋の中に入れた。同時に鏡で身だしなみを確認して、服の皺を寄せている。
私も一緒に行こうとして、服を軽く整えた。すると、振り返ったほむらちゃんが首を傾げ、頭の上に疑問を浮かべてくる。
「一緒に来るつもり?」
「そうだけど……どうしたの?」
ほむらちゃんは息を吐き、顔を押さえた。何度か首を振って、私に呆れた目を向けてくる。
「この世界のまどかと接触するつもりは無いんでしょう」
「うん、そうだけど。隠れて見てるだけなら平気だし、それにほら、ちょっと変装すればきっと大丈夫!」
「……大丈夫ではないと思うのよね」
どうも心配されている様だったけど、強く止められたりはしなかった。ほむらちゃんとしては、別にどちらでも良いんだろう。
ほむらちゃんの隣に立っても、やっぱり止められはしない。ただ、物憂げに私を一瞥して、パンの袋を軽く握っている所が見えた。
+----
インターフォンを押すと、まどかはすぐに姿を現した。
もう着替えは済ませている様だけれど、頭には寝癖が少し残っていて、まだ起きて間もなかったんだろう。朝は気分が良いのか随分と元気そうで、そこは嬉しい物だった。
「おはよう、まどか」
「あ、おはよう、ほむらちゃん」
軽く手を挙げると、まどかも同じ様に返してくれる。些細な事だけど、それがまた重要だ。
「夕べはよく眠れた?」
「普通かな。ほむらちゃんは?」
「少しだけ夜更かしをしたわ。友達が泊まりに来ていたから、それで」
「へぇー、ほむらちゃんの友達かあ、どんな子?」
「素敵な良い子よ」
そうなんだ、とまどかは相槌を打ってきた。
視界の端へ少し視線を移し、木の陰に隠れてこちらを窺うまどかの姿を確認する。あれほどの存在だ、私達の会話は聞こえているだろう。
「わたし、その子に会ってみたいかも。ちょっと興味が有ったりして」
「そう? まあ、考えておくわね」
実際にはあり得ない事だ。内心で謝りつつ、まどかの現状を再度確認する。
髪は跳ね気味だが概ね整っていて、目元は健全な元気さを表していた。特に不安そうな素振りも見られず、辛そうな雰囲気も無い。無理をしている風でもなかった。
まどかの身に問題は無い様なので、挨拶もそこそこに手早く箱を置いた。結局はこんな段ボール箱で持ってくる事になってしまって、量だって結構な物が有った。
「これがその」箱をまどかの前に出して、中を見せる。「パン詰め合わせよ」
中身を確認して、まどかの表情が驚きを示した。
当然だろう。私だってこの数を見た時は驚き、思わず困り果てたのだ。
「お、多いね」
「家にはまだ半分も有るのよ」
残りはどうしよう。幾らか考えてみたけれど、良いアイデアは思い浮かばない。
何とかして食べてしまった方が良いだろうか。考えている内に、まどかが箱を家の中へと持っていき、戻ってくる。
「ありがとう」
「余り物だから、気にしないで」
まどかが私の顔色を窺っている様だった。どういったつもりなのかは分からない。
言葉に迷い、私は口を閉ざした。それが余計に気まずい空気を作ったのか、まどかは何度か目を逸らし、私の顔と地面を見比べている。
話のやりにくい雰囲気に、木陰のまどかが何やら口を動かしているのが見えた。私から、率先して話しかけろと言っている気がする。そう言われても、私には告げるべき事が思い浮かばない。
迷っている内に、まどかが顔を上げた。意を決して、会話を続けようと近づけてきた。
「そ、そうだ、上がっていく?」
「……遠慮しておくわ」
祝日とはいえ、まだ朝だ。ご両親にも迷惑だろう。
まどかは残念そうに俯き、また言葉に詰まっていた。
「そ……っか」
「ごめんなさい」
「い、いや。良いよ、しょうがないもん」
心なしか、まどかとの間に少し距離を感じた。だけど、別に構わない。パンは無事引き渡した。私の使い魔も、まどかの役に立つなら決して文句は口にしないだろう。
木陰のまどかが、「ほむらちゃん、ファイト」と言ってきた。何をファイトするのかが分からず、首を傾げてしまう。
「どうしたの?」
「いえ……」
首を振って、何でもない様に見せかける。木陰のまどかは親指を立てて、ガンバレ! と合図をしてきた。何をどうしろと言うのか。
用事は終えた事だし、ここはひとまず撤収するべきだろう。素早く決断してまどかに向き直り、さっと頭を下げる。
「この辺で失礼するわ、また明日。学校で」
「え? あの、うん。パン、ありがとう」
「余り物よ」
背を向けて、木陰のまどかの元へ歩んだ。どうにも呆れられている様に感じた。
何か私が問題を起こしたのだろうか。尋ねようと思い、少しだけ足早に歩む。そこで、背後からまどかの声が、私を呼ぶ声が聞こえてきた。
「ほむらちゃん」
呼び止められて振り返ると、まどかは何かを言おうと口を開け閉めして、意を決した様子で前に出た。
何を言われるかと、身構えてしまう。私の反応を見て取ったまどかが気まずそうに目を逸らしたけど、すぐ勇気を抱いた面持ちとなって、綺麗な両目で見つめてきた。
「えっとね……今度、どこかで遊ばない?」
「……ええ、良いわね。それじゃ」
「うん、またね」
突然のお誘いを私は断れなかった。流されるままに承諾してしまい、気づけばまどかと遊びに行く事が決定していた。
まどかが私の背中を見つめている気配を感じる。しかし、振り向く事はしなかった。木陰のまどかが少し身体をだしていたからだ。
前と後ろ、両方からまどかに見つめられ、どちらを見るべきか迷っている間に、私はまどかの元へと到着していた。
「お待たせ、手間を取らせたわね。これで心おきなく朝ご飯が食べられるわ」
「良かった、私はどんな感じだった?」
「元気よ……久しぶりにあのまどかと話した気がしたわ」
「私とばっかり話していたもんね」
周囲に知った顔が居ない事を確認して、まどかは隠れるのを止めた。荷物が無くなった事で私達は身軽となって、そのままの足で帰路に着く。
「もういいの?」
「ええ、特に用事が有るわけではないから」
「ふーん」
並んで歩くと、まどかはどこか楽しそうに鼻歌を鳴らして、小さく伸びをした。
朝の光に包まれていると、何か気分も明るくなる。清々しいくらいの快晴を浴びながら、私達は坂を駆け上った。
「さ、朝ご飯にしましょう。まどかは何にしたいの?」
「普通で良いかな。目玉焼きと、パンで。後は牛乳とか?」
事前に準備してあったのか、答えは素早く返ってきた。
「王道ね。卵はまだ有ったから、それで行きましょう。まどか、焼き加減はどうするの?」
「うーん……どっちかって言うと半熟?」
「私もよ」
軽い雰囲気で会話を楽しみつつ、その道を歩く。まだ朝だからか人は少なく、邪魔をされる事も無い。私達はただ、楽しく会話をする事が出来ている。
早朝の辛さを殆ど感じる事も無く、私はそのまま歩き続けられる。やっぱり、いつもよりずっと気分が良かった。
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こぼれそうな目玉焼きを唇で掴んで、パンと一緒に食べた。
口元に少しだけ着いた黄身をパンが絡め取って、それがパンに味付けをしている。牛乳を一口飲むと、その味に彩りが加えられた。
ほむらちゃんが私を見ている。感想を言うべきだという直感が有った。
「うん、美味しく出来てるよ」
「一人暮らしの経験が役に立ったわね。あまり自炊はしないけど」
「お総菜で済ませちゃったり?」
「そう。自分しか食べないなら作る必要も無いと思って。結構、面倒なのよね」
自分のパンを一口食べると、ほむらちゃんはその上にバターを塗り始めた。目玉焼きは別のお皿に載せられていて、醤油がかけられていた。
私の方が、幾らか食べるのが早い。ほむらちゃんの口が小さいのか、食が細いのか、ゆっくりと、少しずつ食べている。
食べるだけじゃ会話が上手く行く筈がない。そう思った私は、パンをまた一つ食べて飲み込み、話を振った。
「今日は何しよっか」
「特には考えていないのよね」
向かい合ってみると、ほむらちゃんは何度か私を見ながら食事を進めている。
卵の黄身を割って白身と混ぜると、お箸で少し切ってから口へ運んで、満足そうに頷いた。確かに良い具合の焼き加減で、ちゃんと半熟で作れていた。
「逆に聞きたいのだけれど、まどかは行きたい所が有るの?」
「そうだねー……そう言われると、ちょっと無いかも。あ、でもね。私の意見はあんまり参考にしない方が良いと思うな」
確信を籠めて告げると、ほむらちゃんは意外そうに目を見開いた。素早く普段の冷静さを取り戻していたけど、驚いた瞬間が恥ずかしいのか、目を暫く閉じている。
そこまで驚かれるとは思えなくて、私だって衝撃的だった。私もそれを見せるのが恥ずかしいから、黙っているけど。
誤魔化そうとしたのか、ほむらちゃんは牛乳に手を伸ばす。
「……どうして?」
「え? ああ、あのね、私とあの私が正面から会うと、何が起きるのかは私にだって分からないの。だから、出来れば避けた方が良いと思うんだ」
「……まどかに今日の予定を聞いておくべきだったのかしら」
理由を説明すると、ほむらちゃんはそれなら仕方ないとあっさり納得してくれた。
ただ、すぐに疑問を持ったのか、私をじっと見つめてくる。
「でも、さっきは着いてきたのに」
「見つからない自信が有ったからねー。でも、流石に、ほむらちゃんと遊びながら隠れるのは大変だよ」
話していると、ほむらちゃんが今、どういった物なのかを思い出した。
何も分かっていない顔で牛乳を飲んでいる所を見ていると、一つもそんな気はしないけれど、そういえば、ほむらちゃんは人ではなかった。
「忘れてたけど、ほむらちゃんって、その気になったら私とかみんなが何処に居るのかは分かるよね。それで決めるのはどう?」
「それは……有効だとは思うけど」
イマイチ乗り気でない所を不思議に思っていると、ほむらちゃんが居心地の悪そうな様子で顔を逸らす。言い難そうに開かれた口は、何だか恥ずかしそうだった。
「いえ、その。やっぱり、まどかのプライバシーは最低限くらいでも守るべきかと思って」
「うーん、そうかな?」
「貴女はまどか自身だから気にしないでしょうけど、私は違うもの。それに、流石に貴女を気にしながら、あちらのまどかの姿を見つめ続けるのは難しいわ」
お箸で卵焼きを食べながら、ほむらちゃんは自分の力量を嘆く様に話している。
表情は暗くない。むしろ、朝ご飯を普通に楽しんでいる様な風だ。そこまで気にしていないみたいで、そこは良かった。
ただ、このままじゃ今日の予定が埋まらない。残っていたパンの半分を手で切って口へ運ぶと、言葉がスラスラと口から出てきてくれる。
「それじゃ、とりあえず他の誰かに会わない様な場所へ遊びに行こうか」
「それ、何処の事?」
「今から考えるんだよ、ほむらちゃんも、ほらっ」
手近な地図を取って渡すと、ほむらちゃんは真剣そうな表情でその中に書かれた建物の名前を追い始めた。その目つきは酷く真面目で、そこまで身を乗り出して考える物ではないのにと思った。
「……考えてみるわね」
地図と牛乳を入れ替わりにしながら、ほむらちゃんの目は光っていた。
私も頭の中に地図を思い浮かべて、面白そうな場所が無いかを探る。その間に、パンは無くなっていた。
「んー、遊園地とかどう?」
「……まどかが遊びに行く可能性は十分有ると思うわ」
「ゲームセンター?」
「遊びながらだと隠せないわ……佐倉杏子との鉢合わせは止めておきましょう」
ほむらちゃんとしては、不満の有る選択肢だったらしい。却下されたのは少し残念だったけど、そう感じている間にほむらちゃんが続いて地図を指さしてくる。
「動物園」
「私、結構好きなんだよね」
「……猫カフェ」
「……そういうのも私の好みかも」
出された提案を却下していくと、ほむらちゃんはどこか不安そうに私の顔を一瞥して、正気に戻った様に目を地図へ戻す。
他に、まどかが行かない様な面白い場所が無いかと探ったけれど、そこでふと、自分が鹿目まどかなのを思い出した。
「ねえ、ほむらちゃん」
「どうしたの? お塩がもう少し欲しい?」
「あ、ううん。目玉焼きは大丈夫……じゃなくてさ、ほむらちゃんが考える様な場所が良いかな。私が考えると、こっちのまどかとか被っちゃいそう」
私の言う事をほむらちゃんはイマイチ理解していないのが分かる。深く首を傾げていたからだ。
でも、私と地図と牛乳を見比べると、やっと理解したのか「確かに」と言ってくれた。
「難しいわね、それ」
「ほむらちゃんならもっとこう、凄そうな場所を知っているかもと思ったんだけど」
「残念だけど、期待には応えられそうも無いわ」
「そっかー……、もしかしたらと思ったんだけど」
「ど、どうしたの?」
「ええ、その。ほら、私の経歴は知っているでしょう? つまり、そういう事なのよ。力になれなくてごめんなさい」
今度は私がよく分からない気分になる番だった。ほむらちゃんは、話すだけ話して満足してしまった様で、もう地図に戻ってしまう。
でも、さっきまでより目つきが悪い。ちょっと唸りつつ、ずっと探し続けている。
話しかける隙が無かった。
目玉焼きの最後の一切れを食べて、牛乳を飲み干す。ほむらちゃんは私が朝ご飯を食べ終えた事に気づいて、パックから牛乳を注いでくれた。
ありがとう、と言って、私はもう一度コップに口をつける。ほむらちゃんは夢中で考え込んでいる様子で、何か無いかと探していた。
私も何か良いアイデアが無いかと考えていると、ほむらちゃんの顔を見て思いつく事が一つ有った。
「そうだ!」
急に手を叩いたから、ほむらちゃんがビックリして顔を上げた。
そのままほむらちゃんの手を握り、一緒に立ち上がる。
「今日はみんなの行動を観察しよう!」
「見つからないかしら?」
「大丈夫、遊ばなかったら誤魔化せるよ!」
隠れながら眺めるだけなら、絶対に気づかれない。多少悪戯をしても絶対に私達だとは分からない。
ほむらちゃんを説得すると、分かってくれたみたいで、小さく頷いていた。
「それにしましょうか」
ほむらちゃんは私と自分のお皿を片づけると、もう一度牛乳を飲んでコップも台所に置いた。
手で座っていてと指示されて、その通りに座り込む。遅れてほむらちゃんが椅子に腰掛けると、私達は顔を付き合わせる事になった。
私が話すのを待っているのか、ほむらちゃんは黙っている。
「そ、それじゃ、最初の一人は……私がこの辺りに居る魔法少女の人の名前を書くから、ほむらちゃんは目を瞑って紙を取ってくれる? そこに書いてある人の所へ行こうと思うんだけど、良い?」
「構わないわ」
手近な紙を切ると、ペンと併せて渡してくれた。おまけで、ハサミもだ。
お礼もそこそこに、ハサミで切った紙に名前を書いた。
「あ、これ書きやすい」
「お気に入りなの」
意味のない会話をしながら、ちょっとした悪戯気分で色々な人の名前も書き、二つに折って手の中で混ぜた。
ほむらちゃんの前に出すと、何も言わなくても私の両手の中へ指を入れて、紙を一枚取っていく。無言で開くと、ほむらちゃんは私を見る。
「最初の一人は……まどかも知っている人の様ね」
「誰?」
「美樹さやか」
紙を開いてみせると、そこには確かに私の字でさやかちゃんの名前が有った。
「さやかちゃんかあ、今はまだ寝てるみたいだけど」
「まだ起きている時間じゃないのね?」
「うん、さやかちゃんは結構朝強い方なんだけど、昨日遅くまで遊んでたのかな」
「……そう」
軽く覗いてみると、さやかちゃんは布団を顔まで被って寝ていた。
起こしに行ってあげよう。何だか楽しくなってきた。
「それじゃあ、モーニングコールに行こう!」
「……そうね」
ほむらちゃんが微妙にノリの悪い対応をしてきたので、背中を軽く叩いて手を繋ぐ。
そっと手を引きながら歩くと、ほむらちゃんは背中に着いてきてくれる。行く先は窓の外、玄関から出るつもりは無い。
ほむらちゃんに目配せをしてから、背中にちょっとした翼を作った。視界の先にさやかちゃんの家がきちんと見えている。
振り返ると、ほむらちゃんの背中にも翼が有る。準備は万端だ。周りの人は私達の姿が見えていない。
思い切って窓から空へ飛び出した。ほむらちゃんの手の感触は離れず、羽ばたいていた。
皆さんPNは読んだでしょうか。私は読んでいます。
言うまでもないのですが、おすすめですよ。
このままグッズ情報を垂れ流しても良いのですが、私はほぼ本編にしか興味が無いという状態なので、あてになりませんね。
さて、今の所、本編に関しては何ら新情報の無い状態となっています。きららマギカは新編公開以降は全て買っていますが、どこにも情報無しですね。今年中に何かしらの動きは有ると睨んでいるのですが……
まあそれはそれとして。私は最近、この作品を書き始めた辺りから色々と思う所があって、鹿目さんを書く時の雰囲気が若干変わってきています。鹿目まどかという人格の良い所も悪い所も受け入れられる自分で居たいな、と。だって人間なんですよ、悪い所くらい有りますって。