結ばれない絆と遠い想いの二人が、ただ楽しげに生きる事   作:曇天紫苑

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 それが、人間では?


嫌われるのも嫌で、だから結論を先送りにして仲良くする

「おじゃましまーす……」

 

 やけに声を潜めて、まどかは美樹さやかの部屋へと進入を果たした。

 遅れて身体を入れてみると、そこはずっと昔に見た記憶の有る部屋と大した違いは無かった。多少の違いが有るとすれば、佐倉杏子の食べたお菓子の箱が幾つか置いてある所だろうか。

 オルゴールに、バイオリンの写真なども有った。棚にはクラシックと思わしきCDが漫画と教科書の間に挟まっていて、足下には靴下が転がっていた。

 

「……」

「よっぽど疲れてたんだね、さやかちゃん」

 

 言いながらも、まどかはしゃがんで靴下を畳み、床の隅へ丁寧に置いた。

 改めて私達がベッドの前に立っても、美樹さやかは小さな寝言を口にしながら眠っている。何を言っているのかは知らない。

 まどかが布団を軽く持ち上げ、その顔をしっかりと確認すると、小さく笑いだした。

 

「ほらほら、さやかちゃんが面白い顔で寝てるよ」

「それは、まあ、確かに……」

 

 面白い、面白い? 寝顔だった。

 

「さやかちゃーん、おはよーございまーす……ダメだね、完璧に寝ちゃってる」

 

 まどかは愉快そうにその頬をつつき、耳元で囁いている。しかし、美樹さやかは起きようとしない。

 生きているのは間違いないが、よほど深く眠っているのだろう。私達がすぐ側に居るというのに、まるで気づかない。魔法少女として、いっそ情けないくらいだ。

 

「ほむらちゃん、ほら、起こしてみなよ」

「……それはちょっと、私と彼女は仲が良い訳ではないし」

「んー、そっか」

 

 まどかが部屋に置いてあった写真を一つ取った。何かの集合写真の様だ。

 その中の何人かを指でなぞると、同じ場所へと戻した。思わず写っている人間を確認しようと目を向けたが、まどかが片手で隠してしまう。

 

「?」

「さて、さやかちゃんの目覚ましはどこかなー?」

 

 写真を手に持ったまま尋ねられ、私は疑問に思いながらも時計を指さした。美樹さやかが寝ているベッドのすぐ横に置かれる、シンプルなベル付きの時計だ。

 良い音が鳴りそうな目覚まし時計を掴むと、まどかはベルの時間を一分後に設定した。置く場所は美樹さやかのすぐ側だ。

 

「静かに、静かに出よっか」

「え、ええ」

「静かにねー」

 

 指示通りに口を閉ざしたまま、その背を追った。来た時と同じく窓から身体を乗り出して一気に距離を取ると、そこにはまどかが待っていた。

 目配せをすると、その視界は大きく広がり、感覚が美樹さやかを見つけた。やはり寝ている。

 まどかが片手で指折り確認をして、秒数を示した。後、十秒は余裕が有りそうだ。その顔が余りにも楽しそうで、とても可愛らしい。

 また、その表情が見れて良かった。感慨に浸っていると、広がっていた感覚が目覚ましの音を捉えた。

 美樹さやかは酷く驚き、ベッドから飛び出した。周りを何度も見て、そこに置かれた目覚まし時計を慌てて手に取り、何度もまばたきをした。

 

「あははっ、さやかちゃん驚いてるねっ」

「そうね」

 

 上手く行った事に喜び、ちょっと悪戯っぽい笑い方をするまどか。ずっとはしゃぎ通していて、まどかのテンションが思ったよりも高い。

 美樹さやかを横目で見ると、どうにももう一度寝ようとしていた。

 しかし、目覚ましの音で叩き起こされた佐倉杏子が部屋の中へ飛び込んできて、二人は騒ぎだす。喧嘩、ではない様だ。

 

「二人とも起こしちゃったね、でも、二人一緒で楽しそう。ほむらちゃんは私と居て楽しい?」

「……ええ、とても」

「そっかぁ……ほむらちゃんは、楽しいんだね」

 

 さりげなく尋ねられた事が気になったが、やはりまどかは自分の言葉を忘れ去った様に美樹さやかと佐倉杏子の姿を眺めている。

 

「……まどか?」

「なんちゃってっ!」

 

 私の方を向いたまどかは、底無しに明るく、辛い事なんか一つも無いと言わんばかりに腕を広げて笑っていた。

 

「さ、次は何処に行く?」

「次?」

「うん、次だよ?」

 

 言いつつまどかは何処からか黒猫を取り出した。余りにも唐突な行動に、どう反応すれば良いのかまるで分からない。

 

「あー、えっと、そう、この子の背中を撫でてあげて?」

「?」

「じゃ、じゃなくて。うん、紙、紙だったね」

 

 猫を「じゃあね、エイミー」と逃がし、代わりに何枚もの紙を取り出した。名前の書かれた紙だ。これを選んで、次へ行くのだろう。

 何枚もの紙が空中に浮かび上がり、その場で何度も周り狂った。ある種のルーレットではないかと思えた。紙が舞う中で佇むまどかの笑みは、どこか乾いている様な気がした。

 紙が並び、一つずつ消えていく。でも、そこには沢山の紙が残っていた。

 

「指さして?」

「指せば良いのね?」

 

 数少ない紙の中から、何となくで一つを選んだ。

 まどかの頭上に有ったその紙は、私が選ぶと同時に浮力を失って、まどかの手の中に舞い落ちる。紙は開かれ、その名前が明らかになった。

 

「んー……あ、この人かあ」

「この人?」

「そう、この人だよ」

 

 表になった名前は、呉キリカという物だった。

 

「……ああ、呉キリカ。そんな人も居たわね」

 

 誰の名前だったか、思い出す事に少し時間が必要だった。そういえば、昔、そういう名前の魔法少女を見た様な気がする。

 いや、美国織莉子の事はすぐに頭へ浮かんできたが、片割れは印象が薄くてどうにも残っていなかったらしい。連中が何をしようとまどかを傷つける事は出来ないので、そこは安心する所だ。

 それにしても、まどかは何を考えてこの名前を書いたのだろう。黙って考えていた為か、まどかが私の目を覗き込んでいた。

 

「あの、ほむらちゃん? 嫌だった?」

「いいえ、別に。そんな事は無いわ」

 

 少なくとも、今は敵ではない。むしろまどかはそれで良いのだろうか。顔色をじっと見つめても、まどかは首を傾げるだけだ。

 呉キリカ、呉キリカ。どこに住んでいるのかを私は知らない。ただ、まどかはどうにも知っているらしい。流石は、と言った所だろう。

 

「ほむらちゃんは呉さんの事、あんまり好きじゃないよね」

「それは、まあ、印象が悪いのは確かね」

「分からなくもないけどね」

 

 珍しく、まどかは良い顔をしていない。いや、普通は好きになれなくて当然だ。

 

「自分を殺す計画を立てた人間を好きなんて言ったら、その方が変よ」

「うーん、それはそうなんだけど。それは私じゃないんだよね、一応は」

 

 まどかの目は私ではなく、どこか別の場所を捉えている。それが分かる。何を見ているのかも、直感の囁きが教えてくれた。

 後に乗る形で、視線を合わせる。やはり呉キリカの自宅だ。しかし、そのベッドは空で、居るべき人間がそこに居ない。もう起きているのかと思ったが、しかし家の中に呉キリカの姿は無い。

 まどかと二人で疑問を共有した。彼女はどこへ消えたのだろう。関心の無い相手だが、気になり出すと止まらない。

 何度か姿を探し、呉キリカを見つけようと視界を広げた。まどかも私と一緒に探している。いや、もう見つけているのか。

 

「居た、呉さんは風見野に居るよ」

「もう見つけたの。早いわね」

 

 まどかは照れる様に髪を掻き、いつの間にか側に有った石鹸で手を洗い、流れる水を出現させて手を綺麗に洗った。

 一応は私の世界だ。あまり好き放題されても困る。手の中にタオルを現して手渡すと、まどかは悪戯好きの子供の様な顔をした。

 

「ありがと」

「どういたしまして。でも、どうして急に手なんか」

「ほら、私は良いけど、ほむらちゃんは嫌かと思って」

 

 拭き終わった手を伸ばされて、それを掴む。するとまどかは「分からないなら気にしないで?」と言い、ゆっくりと浮き上がった。

 目指すは呉キリカの居場所だ。万が一が無い様に深呼吸をして身構えたが、まどかは自然体で気にもしていない。

 心配した自分が馬鹿らしくなってくる。このまどかが見た目よりずっと凄まじい物なのは分かっている。私が対応に悩むのに、彼女達がどうにか出来る筈も無かった。

 

「よしっ、それじゃあ次、行ってみよう!」

「そうね」

 

 まどかと一緒に飛び上がりながら、感覚を美樹さやかへ少し戻す。彼女の側には佐倉杏子が居て、朝食を始めていた。

 会話を聞けば朝の事で美樹さやかはまだ佐倉杏子を疑っている事が分かる。だが、それでも食事中の彼女達は幸せそうだ。思わず口元が釣り上がった。

 

「?」

「何でもないわ」

 

 振り返ったまどかに手を振りながら、もう一度だけ美樹さやかを見る。私に言った事は何だったのか、とても素直に二度目の人生を楽しんでいる。

 それでいい、それで良いのだ。

 

+

 

 ほむらちゃんと飛んだ先に、呉キリカさんは確かに居た。ベッドの中で少し寒そうに布団を被って、パジャマ姿の呉さんは幼い様に見えた。

 ショートヘアの綺麗な髪が腕枕に押しつけられていて、軽く布団の中を見れば、そこには可愛い白熊さんプリントのパジャマが有る。

 

「おはーよー、ございまーす」

「駄目よ、まどか。美樹さやかと違って完全な他人なんだから」

「えへへ、ごめんごめん」

 

 ほむらちゃんが呆れ気味に息を吐いたのが聞こえた。

 ちょっと迷惑かと思うけど、それでも楽しい物は楽しいんだからしょうがない。ほむらちゃんもそれほど気にしていないのが分かるから、余り深刻に捉えない様にする。

 やっぱり呆れているのか、ほむらちゃんは笑顔混じりの微妙な表情でベッドに目を向けた。

 

「……それにしても、美国織莉子も一緒とはね」

「仲良さそうで素敵だと思うよ?」

 

 呉さんに腕枕をして寝ているのが、この家の持ち主。美国織莉子さんだ。やっぱりパジャマ姿で、呉さんを抱き締めている。

 美国さんも安らかな笑顔で寝ていて、私達には気づいていない。気づかれない方が嬉しいけど、少し寂しい様な。

 

「この二人組が好きか嫌いかで言えば、正直に言えない程度の気持ちだもの」

 

 二人の幸せそうな寝息を聞いていると、ほむらちゃんが少し不機嫌そうに呟いた。

 そっと、ほむらちゃんの顔色を見る。今でも嫌いな相手なのは変わっていないのか、ちょっと目が怖い。私が見ている事に気づいてからは、何かを押し殺す様に黙ってしまった。

 

「あはは、ほむらちゃん。もっと軽く考えようよ。平気平気っ、この人達はもう敵じゃないし」

「……そうね」

 

 深く息を吐くと、ほむらちゃんは少しだけ嫌悪の雰囲気を緩めた。

 それ以上は態度を変えられそうもない。諦めて、私は美国さんと呉さんの寝顔に意識を戻す。

 

「寝顔が可愛いね」

「この二人、魔法少女だと思って良いのかしら」

「その筈だよ?」

 

 ほむらちゃんはじっと呉さんと美国さんを見つめていた。また少し不穏な空気を纏っているのが感じ取れた。

 

「ここで殺しておいた方が、なんて思ってない?」

「…………そんな事は、考えていないわ」

「そっか、うん、なら良いよ」

 

 長めに言葉を詰まらせた事が気になるけど、あんまり深く聞かない様にする。

 その間にも、呉さんと美国さんの二人は幸せそうに眠っていた。指にソウルジェムが有って、どちらも綺麗に輝いていた。

 

「うーん、何かしようかと思ったけど、ちょっと悪い気がして来ちゃったかも……」

「顔に落書きでもしておきましょうか」

「い、いや。それはちょっとどうかな……あ」

 

 ほむらちゃんを止めていると、呉さんが勢い良く起きた。

 周囲を何度か見回して、誰かを見つけようとしている。私か、ほむらちゃんか、それとも別の誰かか。

 結局は見つからなかった様で、目を一度擦ると、欠伸混じりに美国さんの側へ戻った。今度はお腹の方へ顔を乗せて、枕代わりにしていた。

 

「気づかれちゃったかと思った」

「私達の存在に気づいたのではなさそうね」

 

 呉さんが寝息を吐いていた。もう寝ちゃったらしい。

 ちょっと困ってほむらちゃんと顔を見合わせる。私としては、あの二人に悪戯をするのは何だか気が引けた。

 ここへ来たのは失敗だったかも。

 早く次へ行こうかと迷っていると、ほむらちゃんが小さく首を倒した。

 

「今度は美国織莉子が起きたわ」

「あ、ほんとだ」

 

 美国さんがベッドから起きようとして、お腹の上の呉さんに気づいた。

 困った風な笑顔で呉さんを揺すっているけど、呉さんは一向に起きようとしない。美国さんは仕方無く呉さんを退けてベッドから出ると、パジャマに上着を羽織って冷蔵庫を開けた。

 中から出てきたのはマシュマロだった。美国さんは棚から竹串を持ってくると、手早くマシュマロを通した。

 コンロで火を点けると、マシュマロを焼き始めた。甘い香りが漂い出すと、途端に呉さんが体を起こす。

 

「何故、マシュマロを焼いているの?」

「あ、ほむらちゃんはやった事無いんだね。マシュマロを火で炙ると美味しいんだよ」

「そうなの?」

 

 ほむらちゃんが「まどかが好きなら今度やりましょうか」と言っている間にも、美国さんはマシュマロを焼いていった。

 マシュマロに丁度良く焦げ目が出来ると、美国さんがベッドに戻った。寝ぼけた顔の呉さんは、マシュマロをじっと見つめている。

 面白がりながら美国さんが竹串を差し出すと、呉さんは先端の一つを食べた。一緒に手渡された紅茶を飲むと、もう眠そうな顔はしていなかった。

 幸せそうな笑顔になると、呉さんは輝いた目のままマシュマロを全部食べた。その顔は小さい子みたいだ。

 美国さんは呉さんの頭を撫でると、呉さんを連れて私達の視界から消える。

 

「うーん、歯磨きと着替えかな?」

「の、様ね」

「二人とも仲良さそうでいいなあ」

「……分からなくもないわ。幸せそうだから、なのかしら」

「ほら、魔女の事とかも無くなってるから、二人とも凄く気楽なんだと思うな」

「そう?」

「そう、だってほら。やっぱり、相手が魔獣の方がやりやすいだろうし、私の事を殺す必要も無いから。戦いは辛いかもしれないけど、あの二人なら絶対に大丈夫だと思う」

 

 姿は見えなくても、美国さんと呉さんの会話は聞こえてくる。

 今日はお泊まりの日だったらしくて、呉さんはとても幸せそうに甘えて、美国さんも同じくらい幸福そうに受けれていた。

 二人とも魔法少女だけど、悲壮な言葉は一つも出ていなかったし、何より毎日を楽しんでいるのがすぐに分かる。自分のした事がこういう形で実を結ぶのを見ていると、凄く嬉しくなった。

 

「うんうん、やっぱり、円環の理を作って良かったあー……いっ!?」

 

 いきなり、ほむらちゃんが私の手を思い切り強く握った。

 

「あっ……ごめんなさい」

 

 慌てて手を離すと、ほむらちゃんはとても申し訳なさそうに謝ってくる。

 

「手は大丈夫? 結構強く握ってしまったから、怪我は無い?」

「い、いや、大丈夫だよ」

「そ、そう。良かった」

 

 ほむらちゃんは両手を胸の前で握って顔を伏せると、私から少しだけ距離を取った。

 カチューシャが取れて、ほむらちゃんの長い髪が前にかかってくる。目元が全く見えない。

 

「急に、どうしちゃったの?」

「……それは、まどかが」

 

 顔を見ようと近づくと、ほむらちゃんは急に顔を上げた。取れたカチューシャを慌てて拾って髪を留め、ぎこちなく微笑んだ。

 

「……何でもないわ。秘密よ、秘密」

 

 それが作り笑いなのは分かりやすかった。だって、目が潤んでいたんだ。

 絶対に何かが有るのに、ほむらちゃんはそれを隠した。気になったけど、ほむらちゃんは作り笑いのまま、呉さん達の居る方を向いた。

 

「戻ってきたわよ」

 

 言われてみると、美国さんと呉さんが戻ってきている。

 呉さんはテラスの丸椅子に座ると、両手でフォークを握ってそわそわと待った。

 話を聞いている限り、朝からケーキを食べるみたいだ。

 ただ、美国さんは晴れない顔をしていた。

 

「手作りケーキいいなあ、私も作ってみようかなぁ」

「私もそういう経験は殆ど無いわね。でも、まどか。貴女は確か、巴マミから教わった事が有ったでしょう?」

「そうだけど、私一人で作った事って無かったから」

 

 私もよ、とほむらちゃんが返してくれる。

 確かにあんまりケーキとか作ってるイメージは無いかも。少し失礼な気がしたけど、そんな風に思う。

 私に笑いかけていたほむらちゃんは、美国さんに視線を戻して愉快そうな顔になった。

 

「あら、彼女はケーキ作りに失敗したらしいわね」

「え? あ……」

 

 確かに、言われてみれば美国さんの持ったケーキはかなり不格好だった。

 どう見ても形の崩れた失敗作のケーキ。それを置いた時の美国さんの表情は、なんだか恥ずかしそうだった。

 

「意外かも。結構何でも出来る凄い人っていう感じだったから」

「巴マミだって何度か失敗しているわ、それと同じだと考えれば普通の事よ」

 

 私達が見守る中、美国さんは心配そうにケーキを眺めていた。

 だけど、呉さんは一つも気にせず、心から嬉しそうにフォークを刺した。

 呉さんが大きく口を開けてケーキを一気に半分食べると、ちょっと口を動かして飲み込んだ。もう半分を食べると、続いて次の一切れをお皿に写してしまう。

 今度は少しずつ切って、惜しむ様に食べていた。美国さんが驚いている間に、呉さんは二切れのケーキを食べ終えていた。

 その様子を美国さんは戸惑いがちに見ていたけど、やがて明るくなって、同じ様にフォークを掴んだ。

 少しだけ、見ているのが悲しくなってきた。とても嬉しくはあるけど、その中に、少しだけ。

 

「……もう行こっか」

 

 急な提案だったからか、ほむらちゃんが首を傾けた。

 

「もういいの?」

「うん、きっとね、呉さんにとっても、美国さんにとっても、見られて嬉しい物じゃないと思うの」

「……早く気づくべきだったわね」

「私も、そう思う」

 

 深刻そうな顔をすると、ほむらちゃんは私を掴んだまま飛び上がった。空を駆け上がった私達は、瞬くより早く呉さんと美国さんを視界から外して、大空まで到着する。

 あの二人が完全に視界から消えると、ほむらちゃんの気を緩めた様な息が聞こえた。

 

「ふ、二人とも幸せそうで良かったね」

「……そうね」

 

 ちょっとの間は気にしない事にした。

 ほむらちゃんは私からそっと目を背けて、代わりに視界へ飛び込んできた朝日を眺めていた。

 朝の日を浴びるなんて、私にとっては久しぶりなのか、それとも昨日にはもう見ていたのか、私の中の記憶では、どちらもだった。

 

「朝日ってこんなに綺麗だったかしら。まるで、このまま何もかも溶かしてしまいそう」

 

 ほむらちゃんの独り言が妙に耳に残った。とても綺麗な横顔で、切なそうな顔が印象的だった。

 

「うん、確かに今日は太陽がとっても綺麗だね」

 

 雲を背景に溢れる太陽は、私達の肌に照りつけてくる。けど、不思議と眩しく無いし、暑さも感じない。

 日の光に当たって、ほむらちゃんの目が光っていた。私が見ている事に気づいて、ほむらちゃんはちょっとだけ嬉しそうに微笑んだ。

 

「じゃあ、折角の朝だから、朝日でも眺めましょうか」

「そうだね、良いと思う」

 

 もう朝日は眺めているけれど。

 ほむらちゃんは私の手を握ったまま、ゆっくりと降下した。雲の中を通り、横切る鳥に手を振りながら、近くに建っていた鉄塔へ向かって下がっていくのだった。

 

+

 

 鉄塔には丁度良く人の座る事が出来るスペースが有って、私達はその場に腰掛けた。改めて下を見るとちょっと怖かったけど、落ちても平気だし、ほむらちゃんが掴んでくれるだろう。

 太陽はさっきよりも小さく見えた。日の光は変わらない様に見えて、少し冷たくなった気がした。

 ただ、それでもやっぱり太陽の光は眩しい。ほむらちゃんも片手で目元を覆っていた。

 

「日焼けが凄くなりそうだね。ほむらちゃんは首筋とかに日焼け止めを塗っておかないと、焼けたら痛いよ」

「平気よ。私も一応、人ではないわ」

「そうだね……って、それ、そんなに関係有るのかな?」

 

 基本的に身体は人なんだから、日焼けはすると思う。

 ほむらちゃんはよく分かっていなくて、首が傾いていた。

 

「焼けちゃったら良くないし、何かで覆える?」

「ええ、それくらいなら」

 

 ほむらちゃんの周囲に何かが浮かんで、その肌を守った。普通の人には見えないけれど、私にはちゃんと分かっている。

 これなら、日焼けをする心配は無い。ほむらちゃんが私を見ていたので、小さく頷いて見せた。

 

「ほむらちゃんは肌白いもんね、あんまり日に当たると後が大変だと思うんだ」

「気遣ってくれたのね、ありがとう」

 

 太陽を背にほむらちゃんは顔を斜めにして薄く笑った。

 よく見ればその周りに黒色のケープがかかっていて、ほむらちゃんを太陽から守っているのが見えた。

 

「それ、触ってみてもいい?」

「良いわよ。どうぞ」

 

 ほむらちゃんの許可を貰って、手を近づけてみる。すると、静電気みたいな衝撃が手に走った。

 

「っ?」

「どうしたの?」

「いや、今何か……」

 

 もう一度触ろうと手を伸ばすと、指が後少しの所でまた静電気が来た。弾き返されて、手を引っ込めてしまう。

 

「まどか?」

「んー……? ほむらちゃん、それ、私は触れなかったりするのかな」

「そんな筈は無いんだけれど……」

 

 知っていてやっているんじゃないかと思ったけど、ほむらちゃんは全く知らない様だった。

 

「どうしてだろ。ほむらちゃん、何かした?」

「いいえ? ただ太陽の光で肌が焼けない様に」

 

 そこまで言うと、ほむらちゃんは「ああ」と呟いた。何か一人で頷くと、ぎこちない笑顔となっている。

 

「気にしないで」

「えー? 理由くらい言おうよ」

 

 少し頼み込んでみると、ほむらちゃんは考え込んだ。そして、軽い調子で口を開いた。

 

「そうね、私にとって」

 

 ハッ、とした顔になると、ほむらちゃんが口を噤む。

 私に向かって首を振り、顔が傾いて逸らされてしまった。

 

「いえ、やめておくわ」

「えー?」

「ふふ、今のは忘れてくれないかしら?」

「……しょうがないなあ」

 

 どうしても言いたく無さそうなほむらちゃんに、私は妥協をする事にした。聞いて怒らせると嫌だし、喧嘩もしたくなかった。

 

「そうね、私は、うん。やるべき事をしているの、やるしかないのよ」

「?」

「今のはただの独り言。それよりほら、次の行き先を決めましょう」

 

 ほむらちゃんはもう太陽を見ていない。私を眺めながら、足下に広がる見滝原の風景を指さしている。

 朝日の差し込んだ見滝原は、私が知っているよりもずっと綺麗だった。所々にほむらちゃんの影響が見えたけれど、それは見なかった事にする。

 よく見れば、町中には人が沢山歩いている。顔見知りは居なかった。

 

「うーん、あんまり覗きは良くない気がするし、わたしにも会ったし、さやかちゃんは見たし、呉さんも見たし、マミさんを覗くのは気が引けちゃうし……」

「ここまでやったんだもの、巴マミを見るくらいは問題ないと思うけれど」

「んー、やっぱりやめておこうかな」

「そう?」

「そう」

 

 ほむらちゃんが黙ってしまい、私も何も言えなくなる。

 よく考えてみると、やる事がない。私はこの世界と関係が無いから、宿題は無いし、買い物はこの世界の私や知っている人と鉢合わせするかもしれないから、やめておいた方が良いと思う。やっぱり、やる事が無い。

 

「見滝原の外へ出てみましょうか」

「いいね」外と聞いて、頭の中に一つ思い浮かんだ。「それならさ、海なんかどう?」

「海? そういえば昔、皆で海に行った事が有ったわね」

「あ、それ知ってる。杏子ちゃんがナマコを投げてたの」

「見たの?」

 

 頷くと、ほむらちゃんは「そう」と言って目を伏せた。

 記憶の中のほむらちゃんを浮かべてみる。眼鏡で幸せそうに笑っていた頃の姿だった。今とは一つも同じ所が無かった気がした。

 

「あの時のほむらちゃんは、今とはちょっと違ったよね」

「違うというか……まるで違うのではないかしら」

「うーん、確かに。昔のほむらちゃんはさ、海を見たらテンション上がって歌い出しちゃう様な子だったもんね」

「ま、まどか。昔の話はやめて」

 

 腕を振ったほむらちゃんが、恥ずかしそうに言った。

 表情が柔らかくなったからか、少し話し難かった空気はすっかり消えていく。こうして見ると、ほむらちゃんの雰囲気は変わってしまったけど、外見は殆ど変わってないのが分かる。

 いや、あのほむらちゃんと今のほむらちゃんの身体はほぼ同じなんだから、当然なんだけど。

 

「それにしても、海かあ。いつぶりだろう」

「私も随分と前になるわね。ほら、身体が弱かったから水泳とかは苦手で。海にも行かなかったのよ」

「そうなんだ。ちょっともったいないね」

「ええ。まどかは?」

「私は、さやかちゃんや仁美ちゃんと一緒に行ったかな。家族でも行ったけどね」

 

 昔の事を思い出して、楽しくなってきた。

 

「初めて海に行った時は日焼けしちゃってね、一週間は首筋が痛かったんだよ。小さかったから結構辛かったなあ」

「私は……どうだったかしら。よく覚えていないわ」

 

 頭を押さえながらも、ほむらちゃんは首を振った。腕を組むと、太陽の明かりをもう一度眺めて、小さく手を叩く。

 心なしか太陽の光が弱まった様に思えた。でも、ほむらちゃんの表情はまるで変わらないままだった。

 

「まあ、良いわ。それよりまどか、海へ行きましょうか」

「ん、分かった。この近くで遊べそうな海は……あっちかな」

 

 昔行った事の有る海辺を思い出しながら、その方向を指さした。すると、ほむらちゃんは一度地図を確認して、私の腕を掴む。

 

「また飛びましょうか」

「んっ、見えない様にね」

 

 足下の人達には見えない様に細工をしながら、私達は飛び上がった。近くを飛ぶ鳥と同じくらいの早さで、それはもうゆっくりとした浮き上がり方になっている。

 私達は太陽に目を向けて、その方向へ翼を進めた。

 




 このくらいの距離が、丁度良い気がします。
 鹿目まどかに暁美ほむらは理解できないけれど、でも、友達だから仲良くする。嫌われるのも喧嘩をするのも嫌で、だから真意を聞けない。
 暁美ほむらは鹿目まどかを理解したつもりだけど、でも、やっぱり仲良くしているのに、それを壊す様な事は言いたくない。だから、結論は後回しにして、今はただ一緒に仲良く楽しむだけ。
 この作品は、そういう感じです。二人が敵になるのか味方になるのか、幸せになれるのかなれないのか、それを私は描きません。描けませんから。
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