結ばれない絆と遠い想いの二人が、ただ楽しげに生きる事   作:曇天紫苑

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魂が焼け付くほどの幸せと幸せと幸せが、彼女達の人生をゆがませる

 

 季節外れの海は少し肌寒い。私にとってはそうだろうが、まどかは楽しそうで、海岸をゆっくりと進んで砂の感触を確かめていた。

 砂は踏みしめる毎に小気味良く沈み、小さな音を立てる。不思議と楽しい気持ちにさせられる感覚だ。まどかも、これを楽しんでいるのだろうか。

 不意に、まどかは胸元で腕を組んだ。

 

「うーん、ちょっと寒いかも。ほむらちゃん、ちょっとこっちに寄ってくれる?」

「ええ」

 

 今までよりも少し肩を寄せて、まどかが寒くない様に上着を被せた。

 まどかは私の様子を伺って、首を傾げている。

 

「いいの?」

「ええ。私は平気」

 

 少しだけ寒いけれど、特に問題ではなかった。まどかが気分良くしてくれるなら、そちらの方がずっと嬉しいのだから。

 私の期待通りにまどかは上着を羽織り、温かそうな息を吐いた。温かいココアでも買ってくるべきだろうか。海から来る冷たい風を感じていると、無性に飲みたくなってくる。

 

「水着を持ってきた方が良かったかもって思ってたけど、無くて正解だね。風邪ひいちゃう」

「というか、今のシーズンは遊泳禁止よ」

「あれ、そうだっけ? うーん、残念。暖かい時期に来た方が良かったかな」

「確かに泳ぐのは楽しいけれど、浜辺を歩いているだけでも十分良い物よ」

「あはは、そうかも」

 

 丁度良い所に自動販売機が有った。運の良い事に温かいココアがそれ相応の値段で売られていて、目に付いた。

 まどかを少し待たせてココアを買う。ペットボトル型に近い形のアルミ缶で、熱が手によく伝わってくる。

 

「まどかもどうぞ」

「ありがとー!」

 缶に触れると、まどかは少し手を引いた。

「とと、これ、思ってたより熱いね」

 

 驚いた様だけど、次は両手で缶を持って熱さを分散させている。

 防波堤の上に座ってキャップを開けると、気づいた時にはまどかはもうココアを飲んでいた。遅れて口にすると、控えめな甘さと、控える気の無い熱さが口の中にとけ込んできた。

 甘味に濃さが足りない気もするけれど、身体を暖める分には気持ち良い甘さだった。

 

「結構好きな甘さかも」

「そうね。嫌いじゃないわ」

 

 少しずつ、熱さを誤魔化しながら飲んだ。控えめな甘さが口に残り、爽やかな気分になってくる。

 飲み干した時には、手も口の中もすっかり温かくなっていた。冷たい風は気づけば忘れる様になっていて、今はもう寒くは思わない。

 まどかの様子を窺うと、温まった両手を頬に当てていた。

 

「あったかーい……ねえ、ほむらちゃん?」

「何かしら」

「えいっ」

 

 私が顔を向けた途端、まどかは私の頬に手を当てた。血液の流動は全く感じられないが、体温が伝わってくる。

 

「あったかい?」

「……ええ」

「えへへ、良かった」

 

 返事をすると、まどかはあっさりと手を離す。私の上着を纏ったまま、その場で笑っていた。

 海の水音が聞こえてくる。鳩が何羽か私達の側を通り過ぎて、背後では白い猫が歩いていた。振り返ると、それは白と黒のブチ猫で、桃色の首輪に紫の飾りが付けられている。

 猫が私達の側に近寄ってきた。私が手を伸ばすと、猫は想像より素早く逃れてしまい、まどかの膝の上に収まった。

 

「わ、可愛い! ……あ、飼い猫だね」

「……そうね」

 

 猫はまどかの膝で転がったかと思うと、お腹を出して寝転がった。まどかが撫でる事で、嬉しそうに鳴いていた。

 少しだけ、羨ましい。猫を眺めていると、まどかがちょっと笑った。

 

「ほむらちゃん、触りたいの?」

「それは、その、まあ……ええ」

 

 頷くと、まどかは両手で猫を持ち上げた。少しだけ抵抗したけれど、猫はすぐに大人しくなり、私に突き出された時には、何かを諦めた様子となっていた。

 触れ、という事らしい。背中を撫で回してみると、想像より少し柔らかく、肌触りの良い毛並みをしている。

 

「可愛いのね。とても」

「うんっ」

 

 首輪を確認すると、そこには住所が書かれていた。この猫が普段住んでいる家らしい。家出をしたのか、それとも単なる散歩なのだろうか。

 にゃんと鳴く所からはのんびりした印象しか受けない。あまり家から逃げる類の子には見えなかった。

 一通り撫でてあげると、この猫はされるがままになっていた。かなり人に慣れているのだろう。

 

「うーん、かわいいねー……」

 

 お腹を出した猫を膝の上に乗せて、まどかは猫のお腹を撫でた。

 猫は不意に私を見た。少なくとも、そんな風に感じた。警戒されている、という事では無さそうだ。

 横から手を伸ばして触ってみると、猫は私をもっと深く見つめた。特に威嚇する仕草も見せないので、触っても大丈夫なのだろう。

 遠慮無く触らせて貰った。かなり丁寧に毛を整えているのか、素晴らしい毛並みだ。鳴き声も可愛らしい。

 私も家で飼ってみようかと思った。少なくとも気張らしにはなりそうだ。

 

「凄く大人しい子だね。やっぱり相当大切にされてるんだろうなあ」

 

 そこまで考えた所でまどかの言葉を聞いて、ハッとさせられた。

 私の様な考えで生き物を飼うなんておかしいだろう。何時居なくなるとも知れない私が猫を飼うなど、間違っているのだ。

 そう思うと、何かこの猫に触るのが悪い様な気がしてしまう。向こうも私の気持ちを察知したのか、まどかの腕から離れていった。

 

「あ、行っちゃった」

 

 私達から離れた猫は、何歩か行ってから振り返った。まるで私達を誘っているかの様だ。

 まどかが立ち上がり、一歩ずつ猫に近づいていく。逃げるでもなく、猫は人間の早さに合わせて歩いていた。

 まどかの背を追った私は、その猫が何か怪しい存在ではないかと思い、探ったが、特に何も出る事は無い。正真正銘の、ただの猫だ。

 私の疑いなど意にも介さず、猫は少し歩いて一軒のお店に近づいた。足下に作られた猫専用の小さな出入り口へ入り込むと、もう姿は見えなくなってしまった。

 そのお店には、表にメニューボードが有った。コーヒーやケーキ、後はパスタなどのメニューが並べられていて、値段はそれなりに安めだ。

 

「ここ、カフェみたいだね。あの猫ちゃんはここの看板猫なのかな……入ってみよっか」

「賛成よ。面白そうね」

 

 開店時間を確認して、ドアを押した。ベルの音と店員の声が聞こえて、人数を確認してくる。

 二人である事を伝えると、店員は私達を窓際の小さな席へ案内した。座ると同時にメニューを置かれて、その場で開かれる。

 通路にあの猫が通った。他の客に甘えるのだろうか。メニューに意識を戻して、先にコーヒーを確認した。まだ昼食には早すぎる。

 

「みんな朝ご飯を食べに来てるみたいだね。ここのご飯は美味しいのかなあ」

「さて、どうかしら。食べてみる?」

「んー、やめておくかな。流石に、ちょっと食べ過ぎだよ」

 

 私達のすぐ側で猫が座っていた。先程までとは違って、どこかふてぶてしい態度に見えた。

 客席の誰とも仲良くする様子は無い。ただ、静かに見守っている。

 

「何だかこの猫ちゃんが私達を誘い込んだみたい」

「お店に入ってからは近づいて来ない辺り、本当にそうなのかもしれないわよ」

「……招き猫なのかな?」

「かもね」

 

 猫は私達の側から離れていった。代わりに店員が来て、注文を尋ねてくる。まどかに目配せをすると、もう注文内容を決めたと頷いていた。

 私から先にコーヒーを頼むと、まどかはココアと小さなアイスを注文した。店員はすぐにメニューを下げて、すり寄ってくる猫と一緒に戻っていった。

 顔を見合わせて、まどかがクスクス笑い出す。

 

「どうやら、本当にあの猫は客寄せみたいね」

「だよね、かなりしつけされてる感じ」

 

 あの猫で釣るお店なのだろう。その為か、喫茶店というには客層が若い。私達くらいの中学生は少ないが、大多数は高校生くらいに見えた。

 

「ほむらちゃんはこういうお店、好き?」

「それなりにね」

「ふーん……私はそんなに入った事が無いんだよね。ほら、お小遣いがさ」

「ふふ、私もよ」

 

 お互い、今はもうその手の事はあまり縁の無い身だ。

 この話はあまり、したくない。あえて口を閉ざして会話を終えると、まどかがお店の中を何度か見回している事に気づいた。

 

「どうかしたの?」

「あ、うん。このお店に魔法少女の子は居るのかな?」

「分かるのかしら、それ」

「ちょっとだけね。何となく、居る感じがするんだ」

 

 まどかが感覚を広げていた。魔法少女の気配を探っているのだろう。もし顔見知りだったら事だ。

 ただ、まどかは目を開けて、少し指を立てた。

 

「うーん、素質が有るっていうだけだと思う。多分知り合いじゃないから、見つかっても平気だよ」

「そう、良かったわ」

 

 知り合いでないなら良いのだ。別に、知らない魔法少女なら私とは関係が無い。

 これで、安心してお店に居る事が出来る。そう思うと、また店の内装を眺める余裕が出来た。天井に飾られた招き猫も、壁に張られた猫の写真も、それに今も座り込む猫の姿も確認出来る。

 まどかも、私と同じ感想なのだろう。少し呆れ気味な顔をしていた。

 

「それにしても、猫ばっかりのお店だね」

「好きなんでしょうね。私も好きだけど、ここまでやる気は無いわ」

「あはは……私も」

 

 猫を目で追っていると、彼、彼女かもしれない……は、決して机の上に乗らない事が分かる。

 お店で働ける様にきちんと教え込まれているのだろうか。それにしては、見るからに態度の大きな猫だ。

 

「でも可愛いね」

「ええ」

 

 置物の猫の背中を撫でつつも、私達はこの部屋に置かれた物の数々に目を通していった。猫の便箋に、猫の本、たった今気づいたが、伝票にまで猫の柄が入っている。

 こんなお店に来たのは、初めてだった。この周辺には何度か来たが、海ばかりでこういったお店を見ていなかった。

 

「まどか、貴女は知っていたの?」

「ううん、全然……変わったお店だよね。猫ちゃんは可愛いけど、ちょっとやりすぎな感じが」

「分かるわ。ここまでやられると逆に変な目で見てしまうわね……いえ、でもこれで良かったのかしら」

「どういう意味?」

「だって、店員さんが猫耳カチューシャじゃないだけ、まだ抑えている方ではないかしら」

「た、確かに」

 

 料理や飲み物を運んでいるのは、普通の店員だ。大学生くらいの女性で、特に変わった所も無い。耳も猫じゃない。デフォルメされた猫のワッペンが着けられているが、それだけだった。

 店の環境に慣れてしまうと、地味なくらいだ。

 

「そういえば、まどかは猫耳のカチューシャって着けた事は有るの?」

「無いかなあ。あ、でもうさぎのなら有るよ?」

「良いわね。似合うと思うわ」

「えー……結構、恥ずかしかったのに。ん、そうだ。ほむらちゃんはどうなの?」

「……どうだったかしら」

 

 実は有る、と言うのは恥ずかしかったので、黙っておく事にした。するとまどかは何かを記憶から引っ張りだしてきたのか、面白がって笑った。

 そこへ、飲み物が運ばれてきた。まどかにはココア、私にはコーヒーだ。砂糖とミルクはきちんと別で用意されている。器に移されている所を見ると、市販品では無さそうだ。

 試しに少し混ぜてから、まどかと同時に口をつけてみる。悪くは無いが、良くも無い味だ。

 

「ほむらちゃん、どう? 美味しい?」

「普通、かしら。まどかは?」

「……うーん、普通?」

 

 猫まみれになりすぎて、飲み物の味まで気が回らないのか、それとも周囲の人が頼んでいる様なセットメニューは良い味なのだろうか。

 とりあえず、飲めない味ではない。普通というだけだ。

 

「他のメニューは美味しいのかな」

「そうかもしれないわね。言われてみると、コーヒーを飲んでいる人が少ない様な気がしてきたわ」

「あれ、確かに。不思議だね、こういうお店って、メインはコーヒーじゃないのかな」

「違うのでしょうね、この調子だと」

「ダメじゃないんだけど、もしかして猫ちゃんを見せるのがメインだったり……あ」

 

 近づいてきた猫は、私達の会話を聞き取る様に見つめてくる。

 まどかがココアを飲みながら手を伸ばしたが、するりと逃げられてしまった。猫はテーブル脇の窓際に座り込んでいる。

 よく見ると、何かを訴えかける様な目をしていた。

 

「ど、どうしたのかな」

「さあ……?」

 

 残っていた砂糖を加えてスプーンで混ぜていると、猫が首を左右に揺らせた。

 手を止めると、猫も首を止めた。どうやら、私のコップを見ている様だ。その証か、混ぜ終えると同時に、猫は興味を失った風に窓の外へ体を向けていた。

 今起きた事をまどかに説明すると、彼女は何か楽しそうに猫を観察し始めた。視線が気になったのか、猫がまどかを一瞥する。

 もう一度コップを混ぜると、中に入っていた氷が音を立てた。それが聞こえたのか、コップに視線が戻ってきた。

 

「あ、本当だね。私もやってみようかな」

 

 まどかがココアを混ぜ始めた。中身は半分くらいになっていたが、氷の音は同じ様に鳴る。

 しかし、今度は猫の反応が無かった。

 

「あれ? どうしたんだろ。ほむらちゃんがやってみてくれる?」

 

 言われた通りにスプーンを回すと、やはり猫は振り向いた。

 

「あ、反応した。何が違うのかなぁ」

 

 まどかは猫の事を気にしながらも、ココアを飲んだ。猫は私の指元を見ているのだろうか、何度も顔を動かしている。

 こうしていると、かなり愛嬌の有る顔だ。撫でてみようとしたが、指が触れる寸前で窓際に逃げられてしまう。

 

「んー……? どうして逃げちゃうんだろう」

「気まぐれなのね、きっと」

 

 もしくは、私の事が嫌いなのか。どちらかだろう。

 それよりも、気づけばまどかのコップが空になっていた。

 私も殆ど飲んでいるから、もう席を立っても良い様な気がした。まどかもそう思ったのだろう、ちょっと席を後ろへ寄せている。

 だけど、猫がじっと私を見つめていた。私達を見ていた。ひたすら、逃げる事は許さないとばかりに睨んでいる。

 そして、猫は殺気立った目をメニューに注いだ。まったく、商売上手な猫だ。

 私達は顔を合わせて、席へ座り直した。すると猫は興味を失ったかの様に顔を掻いていた。

 

「……まどか、何か別な物を頼んでみてくれる? 少し気になってきたわ」

「……分かった。ちょっと待ってね、今決めるから」

 

 まどかが撫でると、猫はそれを受け入れた。本当に現金な物で、誰がこんな仕草を仕込んだのかは知らないが、随分と意地の悪い事をする。

 猫はその首輪にかけられた虹色の鈴を鳴らすと、まどかに喉を撫でさせた。気分の良さそうな声を出したかと思うと、その場で寝そべってお腹を見せてしまう。

 片手でメニューを眺めつつも、まどかは猫を可愛がっていた。

 

「この、はちみつ豆乳っていうのを飲んでみようかな……クリームブリュレも付けて……」

「私はキャラメルマキアートにするわ」

 

 まどかが楽しそうだから、良いだろう。

 事前に決めておいた注文を口にすると、猫が小さく鳴いた。その鳴き声は思いの外響き、気づいた店員は笑顔で近寄ってきた。どう見ても営業用だ。

 この猫をこういう風にしたのは、この店員だろうか。怪しみつつも注文すれば、変わった髪色の店員はほんの少し悪戯っぽく笑い、一礼して戻っていった。勿論、猫に褒美の餌を食べさせるのも忘れない。

 一連の動きを見たまどかが、変な顔をしていた。気持ちはよく分かる。

 空気を変えようとしたのか、まどかが軽く咳をした。

 

「んん、あ、そうそう。話は変わるんだけどね、最近、さやかちゃんはどんな感じ?」

「え? ああ、特に問題は無いと思うわ。まどかが心配する様な出来事は、何も」小さく笑ってみせる。「さっき見たじゃない」

「そうだけど、ちょっとだけ気になっちゃって。杏子ちゃんや仁美ちゃんとは仲良くしてるの?」

「見た限りではね。佐倉杏子とは毎日通学している様だし、恋愛関係の問題が有る、という話は聞かないから、心配はいらないのでしょう」

 

 満足の行く返答に、まどかが何度か頷いた。

 その顔を見ていると、少しだけ美樹さやかの事が気になってくる。この世界では時折話す程度の関係だから、話の種が有っても良いだろう。

 

「美樹さやかと言えば、まどかは彼女と付き合いが長いのよね」

「うん、まあね」

「なら何か面白い話は有るの?」

 

 問いかけてみると、まどかは小さく首を傾げ、手を軽く叩く。

 

「あ、それなら有るよ。ほむらちゃんが知らなさそうなのが」

「何?」

「私、昔さやかちゃんを男の子だと思ってた」

「そ、それはまた……いえ、分からなくも無いけど……」

 

 突然の告白は、納得出来ない物ではなかった。ただ、あまりにも酷いだろう。

 そう思っていると、店員が注文した飲み物を持ってくる。まどかにははちみつ豆乳で、私はキャラメルマキアートだ。クリームブリュレが二つ付けられていた。

 私は注文した覚えがない。それを告げると、店員は首を僅かに傾けて、サービスだと言った。

 随分と気まぐれな店だ。店員の背中を見て、私はそんな風に思った。

 話が中断していた事に気づいたのか、まどかは豆乳を飲んでから、すぐに口を開く。

 

「や、あのね。ほんとに昔は男の子みたいだったんだって。髪も今と同じで短めだったし……小学校の入学式だったんだけどね、最初に会った時はもう完璧に男の子だと思ってたんだ。というか、暫く勘違いしてたって言うか……女の子の格好をした男の子だって」

「……」

 

 笑えば良いのだろうか。いや、笑えば良いのだろう。確かに面白い話だ。私の知らない過去の事は、聞いているだけで面白い。

 隠しきれずに少し笑い声が出てしまう。出された物を飲んでみると、さっきの物よりは良い味だった。

 

「面白かったわ。ふふ、今度は私の番……だけれど、何か有ったかしら」

 

 記憶をひっくり返して、何か面白い話が有ったかと確認する。何やらそういった話とは縁が無かった気がするので、まどかを楽しませられるかは分からない。

 まだ眼鏡をかけていた頃の話に戻るべきだろう。記憶を何度も思い返していると、幾つか頭に浮かんでくる。私の記憶ではない様な気がした。

 

「……そういえば、巴マミが猫にティロ・フィナーレ……」

「あ……そんな事も有ったね。ふふ、あれは面白かったかも」

「ええ、でもあの時のまどかは大変そうだったわね。テストが」

「だよね。やっぱり両立は難しかったかも。マミさんとかどうやってたんだろうね。ほむらちゃんは、きちんと勉強したんでしょ?」

「そうよ。ああいう事でつまづいていると、後が面倒だもの」

「凄いなあ。頑張ってもあんまり良い点にならなくって」

「まどかなら出来ると思うわ。だから大丈夫。周りの人と一緒に勉強すれば、絶対に成功するでしょうね」

「ん、そこはほら、私って今、こういうのだから」

 

 言われて、やっと私が的外れな事を口にしていると思い出す。

 片手を膝に隠して、深く握り締めた。そうだった、彼女は、人ではないのだった。

 

「……だったわね」

 

 暗い気持ちになってしまいかねない状況だ。無理に平静を装って、私はまどかに笑いかけた。

 ぎこちない笑い方だったのか、まどかはよく分かっていない様子だ。それは、良い。問題は、どうやってこの会話を終わらせるかだ。

 そんな時、猫が突然窓から飛び降りて走り出した。また誰かを勧誘しているのだろうか。ふと猫の向かった先に居る人々を見て、私は慌てて顔を隠した。

 

「まどか」

「ふぇ?」

「噂をすれば、ね……まどか、あっちを見て」

 

 指さした先にまどかの視線が向かう。すぐに頭を落として、顔が見えない様に隠れだした。

 黄色の、目立つロールの髪型をした人だ。それは、どう見ても巴マミでしか無かった。

 

「巴マミよ」

「わっ……ほんとだ。何で?」

「見つかると不味いわね。まどか、もう少し隠れて」

「う、うん」

 

 まどかは窓際に頭を寄せて、出来るだけ巴マミには顔が見えない位置に座った。私も窓ガラスに顔を向け、背中を見せる。

 空気を読んでくれたらしく、猫が私達から飛び離れていった。

 ガラス面を眺めていると、巴マミが入り口へ手招きをする。そうすると、やはり見覚えの有る顔が店の中へ入ってきた。

 

「なぎさちゃんに、さやかちゃんと杏子ちゃんまで……こ、困ったなあ」

「そうね……まどかが居ないのは不幸中の幸いとしておきましょうか」

 

 顔が見えない様に気を付けていると、彼女らは私達とはかなり離れた正反対の席に座り込んだ。何となくだが、戦った後の様に思える。

 朝から大変な事だ。私はもうそういう使命に従う気は無いので、平気で見ていられる。

 まどかは何を思うのだろうか。注意してみると、彼女は顔を机に伏せていて、表情が分からない。

 

「まどか」

「え?」

「それ、多分逆効果よ。目立ってるわ」

 

 そうかな、と呟いてまどかは顔を上げた。

 

「私の帽子を使って」

「うん」

 

 まどかが帽子を目深に被った。

 私達の存在に気づく事は無く、巴マミや美樹さやかが笑っている。戦い終えての休息と言った所だろうか。すこぶる機嫌良く会話を交わす姿からは、絶望の一つも見えない。

 猫が近づいていくと、佐倉杏子が板チョコ片手にその背を撫でた。

 彼女の口から僅かにこぼれたチョコレートの破片、それを猫が舐めそうになり、美樹さやかが慌てて止めている。当然だ、猫にそれを食べさせてはいけない。

 流石に佐倉杏子も悪く思ったのか、手を合わせて謝っていた。猫は気にした素振りも無く、窓の上に飛び乗ってメニューを指した。

 私達の時と同じく、商品を買わせる誘惑だ。しかし、そうと分かっていても抵抗し難い何かがそこに有った。

 彼女達が注文を決めた所で、見計らった様に猫が鳴いて店員を呼んだ。明るい店員は伝票と猫の餌を持ち、駆け寄っていった。

 ある意味で異様な光景に多少は気圧された様だが、彼女達は何とか正気に戻って注文を口にした。

 四人分の注文を一度に受けながら、店員は猫に餌を投げ渡した。

 突然の行動に驚きが広がり、猫が飛び上がって器用に餌を食べる。やがて、周囲の人々が喝采した。店員はその場で一礼すると、猫を連れて戻っていった。

 巴マミ達の注目はそちらに向いていて、私達の存在には気づきそうも無い。まどかも興味深そうに猫を見つめている。

 

「まどか」

「えっ、あ、うん。何?」

 

 すっかり状況を忘れている。その邪魔をする事が、少し心苦しく感じられた。

 

「気づかれないと思うけど、飲んでお店から出ましょう」

「そ、そうだね。うん、ごめん」

「良いの。私こそごめんなさい、彼女達が近づいている事に気づいていれば、もう少し長く楽しめたのに」

「い、いや。それは違うと思うよ。私だって気づかなかったんだしさ」

 

 まどかは私に向かって首を振ると、手早くはちみつ豆乳を飲み始めた。ブリュレはもう食べ終わっていたので、後はそれだけだ。

 私も慌てて残っていた分を飲み、食べる。味は悪く無いけれど、巴マミや美樹さやかが私達を見つけた時の事を考えると、とてもではないけど味わう余裕は無かった。

 何度か彼女達の姿を観察すると、やはり、注文した物を飲んでいる。あちらは紅茶が主体らしい。

 そうこうしていると、まどかが豆乳を飲み干した。ちょっと口元を拭いている所だ。

 

「どうだった?」

「うーん、凄く甘い豆乳?」

「……それは、美味しいの?」

「そこそこに、かなぁー……ほむらちゃんは?」

「かなり甘いわね」

 

 結構な甘さだった。そう話しながら私は席を立つ。足下に何時の間にか猫が居て、私の先導をしてくれた。

 まどかは私の隣に並ぶと、背後の人々を一瞥して、すぐに側へ来てくれる。

 

「あ、ほむらちゃん。これ、私の分だよ」

 

 私が二人分の料金を払おうとすると、まどかは編みぐるみの様な可愛らしい財布をポケットから取り出して、お金を手渡してくる。

 受け取ったお金と自分の料金を合わせて払うと、店員が笑顔で一礼した。その声を聞くより早く、私は既に店から出てしまっていたが。

 大急ぎで、不自然ではない様に外の道路に出ると、やっと落ち着く事ができた。この位置からなら、彼女達の目に私やまどかの姿が写る事は無いだろう。

 

「何だか慌てて出て来ちゃったけど、結構面白いお店だったよ」

 

 一息吐いた所で、まどかが私の手を握った。

 

「確かに、そうね。猫に芸を仕込むなんて、随分と頑張ったのだと思うわ」

「凄いよね。猫って、そういうのは苦手な方じゃないのかな」

「ええ、そういうのって、普通は犬よね」

「だよねえ……」

 

 本当に不思議なお店だった。魔女の結界だと言われても信じるくらいには。

 まどかが腰回りの埃を叩いて落とした。屈んだ所で私の顔を見ると、何か含む所の有る、小さな笑顔となっている。

 

「んぅ……」

「まどか?」

「ちょっと不完全燃焼な感じ……ほむらちゃん、ちょっと良い?」

 

 まどかが何を言いたいのか、今の私には何となく分かる。

 

「……どこか行きたい所でも?」

「あ、分かっちゃう? マミさん達があそこに居るなら、ゲームセンターとか、行っても良いんじゃないかと思っちゃって」とても行きたいのか、まどかの口調は早かった。「それならさ、杏子ちゃんと会う事も無いし、多分、さやかちゃんが誘わなかったら私も行かないと思うんだ」

 

 だめ? と最後のトドメを刺す様に尋ねられて、私は断る口を無くした。

 断る理由も無かった。

 

「……確かに、問題は無いでしょう」

「でしょ? 良いかな」

「文句なんて一つも思い浮かばないわ。行きましょうか、私もまどかと遊んでみたいし」

 

 一度振り返ってみたが、巴マミ達が気づいて姿を見せる、という事はまるで無さそうだ。

 暫くは安心してまどかと一緒に遊ぶ事が出来るだろう。ゲームセンターへ遊びに行くなんて、どれくらい久しぶりだったか。

 まどかは私の手を引いてくれた。私はこの辺りにどんな建物が有るかを知らない。それを分かった上で案内するつもりで居てくれる。とてもありがたい事だった。

 お昼に近づいた空気は、すっかり暖まっていた。

 

+

 

 まどかが楽しそうにしていると、私は自分がどんな遊びをしたって、ああいう顔は出来ないと確信が持てた。

 私は、この子ほど素直になれない。こんなにも素直に喜び楽しむ横顔は、真似出来ない物だ。

 

「ここは久しぶりに来たんだけど、あんまり変わらないなあ。あ、ちょっとゲームが変わった?」

「来た事が無いから分からないけど、前に来たのは何時ごろなの?」

「え? あ、そっか。ごめん、そんなに前じゃないかも」

 

 曖昧な言葉を告げてから、まどかは詳しく説明してくれた。

 どうやら、概念となる前の濃い一ヶ月と、その後の全てが色々と有りすぎて、それ以前の事がかなり昔の様に思えるらしい。

 分からないではない話だった。私も、入院していた時の事は半分くらい思い出せない。その後の濃厚な人生が塗り潰している。ただ、まどかに同じ事が起きたと思うと、少し悲しい。

 

「そういえば、ここに来るのってやっぱり初めてなんだね」

「やっぱり、って?」

「うん、ほむらちゃんって、あんまりこういう所で遊んでるイメージ無いから」

「……そうかしら。別に嫌いという話ではないのだけれど」

「それは分かるよ。でも、昔は、何て言うか、賑やかなのが苦手そうだったし。今は……うーん、もっと、そういう感じで。物静かって言えば良いのかな」

「?」

「あはは、ごめん。気にしないで」

 

 とにかくまどかが意外そうにしている。思わず笑ってしまうと、まどかは目を逸らした。

 好きな反応だった。こういう顔を見ると、やっぱり彼女はまどかだと実感する。

 

「確かに。ええ、誘われなければ行かない所よね。佐倉杏子みたいに一人で行く事はまず無いわ」

「それは私も、かな。一人じゃちょっと寂しいし」

 

 まどかの目がクレーンゲームに注がれた。大きめの、抱きしめられるぬいぐるみだ。掛けられている帽子を落とすタイプらしく、景品は奥に飾られていた。

 

「それ、やってみたら?」

「ん、そうだね。一回やってみよっか」

 

 財布から百円を取り出して、さっそく投入している。

 まどかと一緒にガラス面へ顔を近づけて、じっと眺めてみた。まずは左右の操作だ。まどかは真剣そうな目でボタンを押して、帽子の近くへと寄せた。

 

「ほむらちゃん、ここ、っていう所に来たら教えてくれる?」

「任せて」

 

 軽く横へ移動して、クレーンの動きを確認する。

 まどかに合図を送ると、クレーンは奥へ移っていった。私の所からはよく見える。帽子に丁度引っかかる直前で、私は声をかけた。

 予想通り、少し遅れてまどかは手を離した。クレーンは完全に帽子を引っかけられる位置で止まって、ゆっくりと動き出している。

 私とまどかが見守る中、帽子がクレーンに引っかけられた。想像より掴む力が弱かったけれど、全く問題は無い。

 アームが止まった所で少し不安にさせられたけど、壁に弾かれたアームは帽子を上手く引っかけて、元の位置へ戻ってきた。落とされた帽子は私達の足下に来ていた。

 

「やった! 店員さんを呼ぼっか」

「ええ、あっちに居るみたいね」

 

 カウンターの先で機械の調整をしている店員に声をかけると、鍵を片手に駆け寄ってきた。

 どれが欲しいのかと尋ねられて、まどかは少し考え込む。軽く私を見た様なので、「私はいいわよ」と答えておいた。

 まどかは何度も指を揺らせて迷い、やっと決めた。一番奥に有る、うさぎのぬいぐるみだ。珍しい事に薄紫の毛をしている。

 大きめのそれを店員から受け取ると、まどかは両手で抱いた。景品としては大きい部類で、まどかの顔がほぼ見えなくなってしまう。

 

「あ……ちょっと、大きいかも」

「よければ、私が持ちましょうか」

「ごめん、お願いできる?」

 

 そっとぬいぐるみを受け取って、小脇に抱えて笑って見せた。確かに大きく、腕に来る違和感が強い。

 

「これは……結構、いえ、なかなか可愛いわね」

「だよねっ、これ欲しいって思ったの!」

 

 思ったよりリアルに作られている。両手で持ち上げてぬいぐるみの顔を観察して、そこに気づいた。部屋に飾ると、うさぎを飼っていると勘違いされそうだ。

 

「それね、ほむらちゃんの家に飾って欲しいんだ」

「私の家に? なん……あ、ええ、そうね」

 

 まどかには取ったぬいぐるみを飾る家も、部屋も無い。

 

「うん、折角だからさ」

「……そうね」

「どこに置いておこうかな、やっぱりベッドの上とか?」

 

 私の家の間取りはきちんと把握されているのだろう。

 ぬいぐるみの置ける場所は意外に少ない。少し頭に思い浮かべてみる。

 

「玄関口、いえ、机の上にでも置いておきましょうか」

「コタツの方?」

「そうよ。そちらの方が、二人で眺められるでしょう?」

 

 悪くない選択だと思った。まどかと一緒に居る時に、ぬいぐるみが有ればきっと癒しとなるだろう。

 私の家だからか、まどかは私の決定には何も言わない。ただ、「うんうん」と頷いて、顔を寄せてくる。

 

「ほむらちゃんって、ぬいぐるみを抱いて寝た事は有るの?」

「一応、まどかの家で何度か経験したわ」

「そうだっけ。うん、そうかも。それじゃ、今日はこの子を抱いて寝てみない?」

 

 私の腕からぬいぐるみを取って抱くと、まどかとうさぎの両目が私に向けられる。

 

「それ、まどかの方がきっと似合うわ」

「えー、そんな事無いよ。ほむらちゃんだって絶対に似合うのに」

 

 どう考えてもまどかの方が良いだろう。ぬいぐるみだって、そちらの方が嬉しい筈だ。ぬいぐるみはもちろん何も言わないけれど、何となく、まどかの所に居る方が幸福そうに見えた。

 当のまどかは何だか不満げだったけど、素早く明るくぬいぐるみを渡してくる。

 悪いけど、持っておく約束だ。受け取りながら、心の中でうさぎに軽く謝った。

 

「さてっ、帰ったら飾るとして、次は何で遊ぼっか!」

 

 はりきったまどかが私を覗き込み、顔を見つめてくる。

 

「ほむらちゃんは何が好き?」

「私は……あまり得意ではないけど、ガンシューティングとか?」

 

 遊んだ事が無いゲームの方が多いから、何とも言えない。

 その中で、私は自分が遊べるゲームを選んだ。まどかの好みに合ったかと言われると、やはり、そこまででは無いらしい。

 

「まどかは、何か遊んでみたい物は無いの?」

「んー、と、私はね、ダンスゲームとかやってみたいかなって思うんだけど、どうかな」

 

 まどかの目は確かにダンスゲームへ向かっている。しかし、残念な事に私は踊った事が無い。

 その事を伝えると、まどかはほんの少し残念そうにした。別に、誘ってくれても良いんだけれど。

 

「うん……私、ちょっとやってみようかな」

「ええ、見ているわ」

 

 台の上に登りかけ、まどかが振り向いた。

 

「あ、上手く踊れなくても笑わないでねー?」

「勿論。だって私が踊れないのよ?」

「えへへ、そうだったね」

 

 お金を投入しながら真ん中に立ち、まどかは軽く深呼吸をする。横から見ていると、どこか真剣そうに画面を捉えていた。

 足を小さく動かせて曲を選ぶと、また私へ笑顔を見せてくれる。がんばって、と口の動きだけで伝えると、まどかが頷いた。

 曲が始まると、まどかは小さく踊り始める。佐倉杏子のそれは何度か見たけれど、やはりぎこちなく見えた。

 背後に移ると、まどかの一生懸命踊る所が伺える。集中していて、声の一つもあげはしない。

 いつ見ても、頑張っている姿がとても可愛らしい女の子だ。羨ましいくらいに女の子らしい。小柄な背中が揺れていて、見慣れたのに、見慣れない気がする。

 まどかが踊っている姿が、どこか不明瞭に見える。

 その背中に手が伸びてしまいそうになって、まどかの邪魔をしない様に引っ込めた。片手を抱いていると、自分が震えている事が分かった。

 私は、怯えているのだろうか。一体、何に対して恐怖を覚えているのかは分からない。けど、きっとまどかが怖いのだろう。

 

「んっ、ちょっと疲れちゃったかも……どうしたの、ほむらちゃん?」

「……いえ、何でもないわ」

 

 気がつけば曲は終わって、まどかが振り向いていた。

 少しだけ汗を浮かべた顔のまどかは、私に首を傾げてみせる。動揺を気取られない様に胸元でぬいぐるみを抱き、今までと同じ笑顔を維持した。

 それでも怪しまれたのだろう。訝しげな顔をされてしまう。

 

「んー……? うん、ほむらちゃん、ちょっと一緒に踊ってみる?」

「ええ……?」

 

 突然の提案だった。思わず台を見て、頭の中で自分が踊る姿を思い浮かべてみたけれど、どうにも転けるイメージへと結論が行ってしまう。

 私が不満を抱いたのだと思ったのか、まどかは両手を合わせて頭を下げた。

 

「一回だけ、ダメ?」

「いえ、構わないけど、どうして?」

「えっと、ほら。誰かと踊りたい気分なんだ」

 

 取り繕った様なその言葉に、私はまどかの優しさを感じた。何て良い子なんだろう。

 断る様な選択肢は最初から無い。手を繋いで、そのまま二人プレイを選択する。

 

「さっきと同じ初心者用で良いかな?」

「さっきの、初心者用だったのね」

「うん、思ったより難しかったけど」

 

 この手を離す事に、今までよりずっと抵抗が有った。

 

「ほむらちゃん?」

「あ、ええ。そうね、手を繋いだままじゃ、踊り難いものね」

 

 小さめの台だから何とか繋いでいられる距離だけど、やはり腕が痛くなってしまうだろう。

 

「それって面白いかも。このまま繋いだままで踊ろっか、手」

「……転けない様に頑張るわ」

 

 音楽がはじまって、私はステップを踏んだ。幸い魔法少女だから、それほど難しくはなかった。

 まどかは、その正体を忘れてしまうくらい人間らしい動きで、時々慌てながら踊っている。ミスはたまに有ったけど、足がもつれる事は無かったので、そこは安心していられた。

 音楽も中盤に差しかかり、一気に盛り上がっていく。私は何とか画面を見ながら足を動かせた。足を交差させた所でまどかがよろけたが、素早く手を取って姿勢を安定させつつ、自分の足は止めない。

 まどかの顔に多少だが汗が浮かんでいる。二回連続で踊ったのと、転けない様に神経を使った為だろう。そして、このゲームセンターの空調はさほど強くないのだ。

 そして、気づけばラストスパートだ。

 

「ほむらちゃん!」

「えっ?」

 

 その時、まどかと目が合った。今だけは気持ちが通じた様な気がして、一気に腕を引く。

 全く同じタイミングでまどかも私を引っ張って、飛んだ。私達は足場を入れ替えて、着地した瞬間に最後のパネルを踏んだ。

 気づけば私は笑っていた。まどかも笑っていた。

 音楽が終わって得点が出たが、笑っていて気にならなかった。

 

「楽しかった! 次は何しよっか?」

「そうね……ガンシューティングとか、少し興味があるわ」

「ああーっ、ほむらちゃんってそういうの得意そうだもんね。やってみよっか!」

 

 まどかは興味深そうにガンシューティングのコーナーへ走った。私はその手を握り、置いて行かれない様に努力する。

 その台には何となく見覚えがあった。幸い、銃の形はさほど現実の物と変わらず、本物を扱った身からすると、多少軽い程度の違いしかない。

 ただし、まどかは本物を持った事がないので、少し重そうにしていた。

 

「まどか、握り方が間違っているわ。両手で、しっかりと」

「こう?」

「ええ、それでいい」

 

 恐ろしく似合わない取り合わせだなと思いながら、片手で銃を画面に向けておく。魔法少女の筋力なら片手でも十分だ。

 反動で銃を落としていた頃を懐かしみつつ、コインを投入する。まどかも同じ様に小銭を入れると、画面が変化した。スタートメニューから選ぶのはもちろん、二人協力プレイだ。

 まどかが私を見つめて、私もまどかを見つめた。そして同時に頷くと、画面に意識を集中させた。

 ゲームがはじまって、ムービーが流れる。その辺りは興味がないのでスキップすると、開始のカウントダウンが現れて、相手の姿が見え隠れした。

 私は改めて銃を構えた。軽い気分でまどかの画面を見比べつつ、カウントが終わった瞬間に引き金を引いた。

 本物より遙かに軽い引き金だった。

 そして、狙い通りに敵が一体倒れて、次が溢れる様に現れる。見るよりも早く腕が動き、半分は倒した。残りはまどかの分だ。

 まどかの様子を横目で見ると、やはり慣れない手つきで引き金を引いて、時々私の方を見ている気がする。

 互いに横目で見ていたからか、目が合ってしまった。思わず笑いながら、新しい敵に照準を合わせる。実戦とは違って、これはこれで緊張感があった。

 画面から敵の姿が無くなった所で、一度リロードする。リロードで画面外を撃つのは何だか違和感がある。まどかの方が、本物を扱わない分自然な動きだ。

 新しい敵が出た所で、またまどかの顔を見た。それなりに真剣そうな顔で画面に向き合う所がこの子らしい。

 そんなまどかを守りつつ、私は引き金を引き続けた。すると、ボスキャラらしき物が現れて、襲いかかってくる。ここまで私はダメージ2、まどかはゼロだ。

 多少おぼつかないながらも、まどかはそれなりに上手く攻撃していた。それに併せてみると、ボスキャラはあっさり倒せる。

 ステージクリアだ。この分だと、ゲームクリアまで行ける様な気がした。

 

 

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