遅くなって、ごめんちゃい。
別の書いてる暇あるならこっちもやれやって、俺の心の天使がそう言ったのでこっちも頑張ります。
最初に過敏に働いたのは、肌を焼く様な灼熱と、引く事のない激痛。
視界は奪われ、見渡す限りの全てが闇へと包まれ、明ける事の無い暗闇の中で、痛みと熱だけが今だに消えず、無意識にこの感覚だけが、今自身が持てる全てだと、結論する。
___明日の為に、黎明を……。
酷く、酷く悲痛を浮かべる一人の青年が、暗闇から姿を現す。
逞しい肉体に、黄金の装飾が施された衣に身を包み、片手に握られる剣の先には、黄金の雫が流れ落ち、それが涙にも見える。
手足は無く、自身の肉体の輪郭すらも覚束ない英雄は、同じく英雄の肩書きを背負いも、拭えぬ涙を流し進み続ける『英雄』へと近付く。
___あはは、君は…何処まで行っても君、なんだね。
青年は、英雄の視線を感じ、空色に輝く瞳の中に、英雄を捉える。
暗闇が晴れ、次第に建物、瓦礫、火の嵐、重ねられる死体の山が、その形を現し、形のある絶望が青年の背を刺し貫く。
___仕立て屋を営むと夢見た、金織。
___嘘を貫きながらも、嘘を現実に変えようとした、泥棒猫。
___死に愛されながら、人を愛する、死の少女。
___肉体は朽ちず、その志も朽ちない、戦士。
___希望と夢を繋ぐ門となる、聖女。
___癒しを想いに、虹を描く、医者。
___探究を追い求め、万物を創り上げた、学者。
___威厳を携え、理想を掲げる王、君主。
___帝を守り、全てを斬り伏せる刃となる、セイレーン。
___黎明を灯す、光となる、救世主。
___愛で始まる、ロマンチックな物語、⬛︎⬛︎。
残酷に、無慈悲に『現実』を突き付ける。倒れ伏す死体の山、勇敢な者達が掲げ貫いた理想と『夢』をいとも簡単に、『悪魔』が塗り潰す。
___壊す。
悪魔が、嘲笑し現実を塗り潰していく光景を、悪意の刃に突き刺され、立ち上がる理由すらも失った青年と共に、指を咥えて眺める、眺める事しか出来ない。
___壊す。
悪意を、最悪を、降り掛かる全てを壊せるのなら、自身の全てなど捧げよう、等価交換だ。
___壊す。
胸へと装着するベルトか、払い除ける事の出来ない深く、恐ろしい闇が纏わり英雄の全てを、闇へと埋め尽くし、流れ込むのは圧倒的な破壊衝動と殺意のみ。
善性を捨て、情を投げ捨てた英雄は、その名すらも捨て去り、全てを破壊する。
___壊す、壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す。
___カタストロム。
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「……っ。」
強い倦怠感に苛まれ、ズキズキと痛む頭に危うく、意識を手放す寸前まで迫ったが、無理矢理に意識を鷲掴にし、意識を保つ。
状況が掴めず、周囲を見渡す無名は、自身の身に起こった事象を記憶の棚から取り出すが、一部の記憶に断片的なモヤが重なり、記憶の一部が認識出来ない。
途切れた記憶の最後は、デンライナーの窓から身を出し、ホタルと銀狼の獲物を狩る気迫から逃れた後、丹恒からのメールを最後に記憶にモヤが現れる。
「…駄目だ、思い出せない。」
記憶の消える直前の行動すらも抜け落ち、断片的な原因も掴めない現状にため息を溢すが、無名の心にあるのは確かな確信のみで、
「救済からの力が授けられてる……つまりは、俺の出番って事か。」
救済から与えられた力が手に握られ、息をする様に、淡く光物体を心臓付近へと押し当て、その手を離す。
心臓付近へと巻き付いた光は、次第に形を作り、彩りを付け、その形に力が流れ込むのを、体の中で湧き上がる『何か』が感じる。
形を得た物は、胸に巻き付き窪みから丸い球体を飛ばし、空中でその球体を握り込む。
「へ〜。胸に巻き付くベルトか、こんなの初めてだな。」
感激とは違う、初の体験に驚きを現す無名だが、与えられる力には、疑問を浮かべる必要は無く、幾たびの死線を潜り抜けた自身の経験がそれを1番存じている。
力の譲渡を終え、今一度自身の置かれた状況へと意識を向け、周囲の情景を黒い瞳で見渡す。
「…砂漠か、そもそも此処が何処かすらあやふやなのにな。いや、とりあえずは、動かない事に始まらないよな。」
球体『カプセム』を懐へとしまい、肩に付着した僅かな砂埃を手で払ううと、確かな足取りで地平線の彼方まで続く砂漠の道を歩き始める。
暑さで着用した黒のコートを脱ぎ、黒のTシャツへと衣を変え、額から流れ落ちる汗を乱暴に拭き取る。
歩き始め早数刻は過ぎたが、永遠と登り続け、落ちる気配が無い灼熱の太陽。半袖となり、露出した肌からは焼ける様な灼熱が襲い掛かるが、足を止めない。
自身の息遣いと、革靴が砂を踏み付ける音だけが砂漠に広がり、次第にも、視界のピントがズレる様に目に映る情報に、ボヤける。
砂漠地帯ともあり、オアシスの接触を視野に入れていたが、目に映す情報には、緑は愚か人一人存在しない。
自身の背に続く、革靴の足跡は無名の努力の形となるが、彼方に続く砂漠の広がりは、無名の心を削る。
「……はぁ。」
疲労の蓄積や、勤勉に勤める事を良しとしない無名にとって、これ程愚かに、愚直な行動は無駄と削ぎ落とす筈だが、記憶に存在せず顔も声も、形も覚束ない赤の他人。
救済の運命を歩み、最悪と厄災に怯える人々を救済するのが使命で、無名が、この世界で唯一出せる『存在証明』。
都合良く、建前を並べるだけの無名は、本心に人への御奉仕と慈愛を隠せず、自身の命を犠牲に人を救済する心の在り方は、無名を知る人物達にとっては、酷く心が締め付けられる。
人を優先し、自身の命蔑ろにする青年は、酷く恐ろしい自己犠牲を掲げ、徒労の歩みを続ける。
足を折りたいが、折る理由が見つからない。諦めたいが、諦める理由が見つからない。楽になりたいのに、楽になろうとする理由が見つからない。
探して、探し続けて、答えが見つからない、運命に強制された道化は機械の様に砂漠へと足跡を刻む。
「………っ?」
夜の帷が下り、灼熱の太陽は鳴りを潜め、新たに轟くのは凍える寒さと、露出する顔面の肌には寒さによる凍傷が発生し、もはや寒いを通り越し激痛が肌に伝わる。
凍える夜と、静けだけが取り残される砂漠の静寂を、突然と鳴り響いた甲高い音が切り裂く。
夜風に乗った甲高い音は、鉄と鉄が擦り合わさり、火花を散らす中、的確に一つの音が肉を切り裂く争いの音。
聴覚を研ぎ澄まし、数えるだけで数百は下らない数の相手にたった一人で抗う者は、息遣いや声の僅かな上がりで女性と判断し、無名は懐から取り出した真紅のカプセムを取り出す。
「…さぁ、やろうか。」
カプセムを回し、異常な熱が体全身を駆け巡ると、自身の筋肉を作り出す節の一つ一つが灼熱の様に赤くなり、青年の体が凄まじく膨らむ。
細身の中に、確かに密度のあった筋肉は、あまりの肥大化に、黒のコートの袖は膨れ上がり、人間離れの肉体となる。
全身に力を流し、両足を砂に踏み付け、瞬発力で一気に夜の空へと飛び上がる。
飛び上がった衝撃で、砂は宙を舞い、足の瞬発点は大きく抉れ、クレーター状に巨大な穴が空くと、無名は聴覚を頼りに音の鳴る方向へと目にも止まらぬ速度で、向かった。
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___自身は王を守る剣となる。
昔、昔。海で暮らすセイレーン達が居ました。
セイレーンは、何ら変わらない人間でありながら、海で暮らす不思議な人達で、生まれた瞬間から海の中で天寿を全うし、海の中で一生を終えるセイレーン達にとって外の世界とは、誰も知らない未知の世界でした。
海では魚が当たり前の生活で、外の世界では魚以外に同じ赤身を持ちながらも、火を使いその赤身を焼いて食べる『肉』と呼ばれる食べ物に、麦と呼ばれる作物を使って作る、パン。
無知なセイレーン達にとって、その未知は大きな好奇心を生み出し、次第に海の世界では、外の世界がセイレーン達の『夢』までなった。
___だから、一人がこう言いました。
外の世界へ行こうよ、と。
一人の声が、セイレーン達に響き渡り、長い年月を要しながらも、大勢のセイレーン達が海を飛び出し、外の世界へと向かって行きました。
誰もが外へと旅立ったセイレーンの帰りを待ち、文献にしか綴られない真実に心を躍らせましたが、返ってきたのは真実でも、夢でも無く同胞の亡骸だけでした。
一人は悲しみ、一人は恐怖し、一人は憎悪を、誰一人も外の世界に抱いていた希望や夢の感情は消え去り、新たに宿ったのは強い憎悪と復讐の炎だけ。
私情に身を焦がし、武器を掲げ外の世界へと飛び出したセイレーン達。幼く、武器を取る意味すら知らない無知な少女は、ただその光景を眺める事しか出来ませんでした。
___死んで、死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで。
その意味を理解するには少女が、立派な一人の女性となる所まで時間を浪費しましたが、少女だった女性は、同胞の死の意味を理解しながらも、その場で停滞を選びました。
そんなある日、自身の海の世界が、暗黒の潮に飲み込まれ、親しい友人や家族同然の大切な人は、潮に生み出された怪物によって見るも無惨に殺され、尊ぶべき時間は刹那に消え去った。
艶のある黒髪に、瞳へと宿る深海よりも美しい色。穢れを知らない純美な美貌は、正に深海の歌姫と呼べるだろう。
そんな一人のセイレーンは同胞、家族、友人、最も身近にありながら失う事の無いと考えていた宝物は、その手から滑り落ち、今手に残るのは同胞の亡骸を抱きしめた、酷く冷たい腕だけでした。
拭い切れない恐怖や悲しみをその胸に残しながら、セイレーンは一人外の世界へと飛び出しました。
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忠誠を誓った、皇帝カイザーには返し切れぬモノを沢山貰った。
右も左を分からず、飢えを凌ぐだけで精一杯の私に、カイザーは手を伸ばした。
何でも、私の手に伝わる覚悟と畏怖の感情に興味を引いたと、覚悟など大層な感情を海底と共に、連れ出した記憶は探っても見つからず、カイザーの言葉の真意に戸惑う。
戸惑いを隠せず、けれど、瞬く間に変わり続ける環境の数々。
食事とも呼べない物を口にしていた日常は、豪客の待遇を受け豪華に彩られた城に、巨大な白の敷物が敷かれたテーブルや、スプーンやフォークと言った食器に、温かさが残るあまりの美味な料理の数々。
酷く、困惑した環境は、カイザー故のその豪快さと、驚く程に落ち着いた自身の心境の変化か、慣れるまでにはそう時間は掛からなかった。
外を知り、絶望に打ちひしがれ、生きる気力すらも失い掛けた私に、カイザーは文字通り全てを与えてくれた。
食事も地位も、名誉も。望む物全てをカイザーは与えてくれた。だからこそ、私はあの夜の日にカイザーに誓った。
『…ワタシは、カイザー。君を守る剣となり、全てを切り伏せよう。それが、ワタシが唯一君へと尽くせる術だ。』
あの日のカイザーの、度肝を抜かれた顔は、ここ数百年は崇めないであろう。
それ程に、誓いの夜は私にとって忘れ難い、大切な思い出となり、そして、自身のいるべき隣へとなった。
願わくば、今一度麗しい声で、名を発して欲しい。
名を呼ぶのなら、全てを切り伏せ、君の元へと向かえる。例え、返り血を浴び、穢れたセイレーンが現れようとも君は、穢れた自分では無く、ありのままの私を見てくれるだろう。
___ここまで、生への執着に縋るのはいつぶりだろうか。
生への渇望が、肩を切り裂かれ、その地面を血で濡らしながら、死に絶えるだけの満身創痍な体に熱を注ぎ、剣を杖に立ち上がる。
暗黒の潮の軍勢は、自身の目の前だけでも数百は下らない数でありながら、自身は戦果帰りの負傷人。
勝利の天秤が傾く位置は、既に暗黒の潮。
皇帝の言葉を借りるなら、『詰みの盤面』。既に大量に『黄金の血』を流し続けるセイレーンは視界のピントが合わず、力を抜けば意識は紐を切るが容易く終わる。
心の内が、倒れる事を拒絶するが、体は心とは無感動に崩れていく。
その間が、自身の命の猶予を奪う。
眼球目前まで迫る、怪物の異形に変化した鋭利な右腕の剣先。ヴァイオリンを模した剣で弾く気力すら、もう残っていない。
刻々と世界に重りが掛かり、全ての動きがスローモーションになる。
生命の灯火は風に消され、倒れ伏す体へと剣先が突き刺さり、
「……乱暴は、無しにしようか?」
刹那、怪物の横っ面が突如として乱入した第三者の拳により、消えゆく意識の液が、再び体へと注ぎ込まれる。
___珍しい人間だ。
オクヘイマ全土を探しても、存在するか否かと呼べる程に、黒髪黒目という非常に稀有な相貌。
顔立ちは、僅かな幼さが残りながらも、その目は生半可な覚悟で座る事の出来ない瞳で、その悠々しい出立は書物に描かれる英雄像そのもの。
背丈は、自身の頭一つは高いであろう背丈に、細身な肉体には、身に包む黒の衣が非常に似合い、その袖からは鍛錬では育つ事の出来ない筋肉の発達をし、先の拳を見るに戦い慣れしている。
だが、あの細身からは考えられない程の怪力に、目の前の青年に疑問が連なる。
「……きみ、…わ。」
「あ〜っと、自己紹介はまた後ほどにしようか?…とりあえず、君は休む事が先決だ。」
青年は、壊れ物を扱う様に、優しい手つきで腰に手を回し、そのまま自身の体を横抱きに担げば、凄まじい跳躍力で、暗黒の潮の軍勢を飛び越す。
『リカバリー!』
青年は、手に握られる不思議な球体を回し、その球体から発光する緑の光を私へと当てる。
幻影か、何かの呪術の類かと疑いを感じる間に、自身の体を蝕んでいた肩の切り傷が時間を巻き戻したかの様に塞がり、体外から溢れ出した命の液が体に流れ込む。
体を降ろし、手を握りながら私を立ち上がらせる青年。
不思議な術に、奇妙な身なりは今セイレーンの疑問を募らせ、目の前の存在に強い敵意を向けるが、青年の瞳には穢れなど宿らず、そこに宿るのは凄まじい安堵の心。
「…本当に、危なかったな。良かったよ、死ななくて。」
「傷の治療は感謝する……が、ワタシは君を完全に味方とは思っていない。疑いの目は、そう簡単に消えない。」
「良いよ、それでも。これは、俺の単純なお節介だから。これをどう受け取るかはあんた次第だ。」
調子が狂う。
青年を疑う言葉の数々を連ねようと、青年は心に宿る単純な善性のみで言葉を返すだけ、自身の疑いの鎧が外れていく。
「まぁ、俺はあんたを助けたいからこうやって邪魔に入った。…怪しい奴ってのは頷けるし、寧ろ、あんたみたいな美人さんをお姫様抱っこする無礼者なんて打首だろ?」
「…何を、そこまでは言っていない。はぁ、君は、本当に何者なんだ?個々の言葉には、が無ければ、無粋な下心を持っている訳ではない。…ワタシは、君が何者なのかわからない。」
「…俺は、ただのしがない流浪の民だ。…でも、少しお節介なヒーローだ。」
答えになっていない答えを出せば、青年は懐から見慣れない何かを取り出すと、それを胸へと巻き付ける。
どうゆう原理か、それを胸に押し当てた瞬間、何処からとも無く現れた謎の線がそれを固定し、謎の声がそれから響く。
『ゼッツ、ドライバー!』
「… Guard of the princess。それが俺のミッションだ。」
緑の球体の次は、赤の球体を取り出す青年はそれの窪みに球体を嵌める。
青年と思われる心臓の鼓動が鳴り響き、鼓動が文字通り大地を震わし、地面に転がる石ころ達が、微細な振動を起こす。
『メツァメロ。メツァメロ。』
中年男性の寒い声が響き、その声には何処か不気味さを感じながらも、青年は、それを指でなぞりながら、球体へと指を掛け、一気に球体を指で回転させる。
「…… I'm on it。変身!」
球体が突然と七色へと発行し、青年の姿が闇へと消える。
存在自体が、突然として発生した黒い霧に包まれ、顔を出していた白い月が、赤い月へと変わり、疑わしい程の世界の変化に、私は疑問を吐き出す刹那に、行動は起きた。
激しい衝撃波が周囲を襲い、暗黒の潮の軍勢は私の遥か後方へと吹き飛ばされ、余波で周囲の砂が立ち登り、視界の全てが砂に隠れるが、
私は見た、赤い瞳を。
全身が黒を基調とした肉体へと変わり、所々には黒の肉体に流れる淡い緑の線。
極め付けは、瞳を侵食すると言った表現が正しい程に、黒い瞳を赤の液体が流れ込み様々な色を奇妙とした花火が上がると、立ち登る砂を全て薙ぎ払い、青年は姿を現す。
『グッドモーニング!ライダー!ゼッツ!ゼッツ!ゼッツ!インパクト!』
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心臓の鼓動が早まり、全身を駆け巡る血液の循環量が常人の数十倍は早まり、肉体に超進化を促す。
脳への酸素の巡りが活発となり、リミッターが外れた無名の肉体の変化は凄まじく、砂の一粒一粒が風に乗り、擦れる音と美しい女性の心音と、血液が程よく循環する水っぽい音。
更には、全ての動きが低速に写り、相手の一歩一歩が途方も無い物へと見える。
曰く、人間の肉体は脳が一時的なセーブを掛け、5%にも満たない力のみだが、無理矢理に肉体の構造を変え、血液の循環速度を飛躍的に底上げした今の無名ならば、通常の脳が出す100%中の120%の潜在能力を引き出すに至る。
「…一つだけ、なにかに捕まった方がいいぞ。」
「…なにを、」
「吹き飛ばされたら、色々と探すのに一苦労だからな。」
瞬間、青年の体が空を切る。
蹴り上げた瞬発力に地面は大きく抉れ、周囲の砂達は理論上マッハを超える速度で移動した青年の衝撃波により凄まじい砂煙が周囲を覆い尽くす。
セイレーンは自身の剣を地面へと突き刺し、衝撃波から身を固定するが、絶えず衝撃波が彼女の体を叩き、僅かに生じた怯みが彼女の体を襲い、宙へと身が投げ出されるが、
「……おっと。」
宙に投げ出される彼女の身を、青年は力強く抱き止め、優しく地面へと降ろす。
「…ごめんな、1番手っ取り早い方法を試したんだが、あんたの身を返って危険に晒した。本当に、ごめん。」
「い、いや。ワタシは気にしない。しかし、あれ程の力で一体なにをした?」
「あぁ、単純にあいつらをぶっ飛ばしただけだよ。…流石に、怪物と言っても、あの内に宿る命の形は間違い無く人間のものだ。俺には、人を殺す事は出来ない。」
抱き止めた美少女を降ろし、風圧のみで軍勢を圧倒する青年は、再び自身が瞬きの刹那に、暗黒の潮の軍勢へと攻め込む。
側から見れば、勝利の天秤がどちらに傾くは一目瞭然で、相手は無造山に数を増やし続ける不死身の軍団。片や、生身で軍勢へと立ち向かう青年が一人。
考えるまでも無く青年の敗北で終わる。…そんな考えは、一瞬にして間違いだと、セイレーンは理解した。
「…世界への影響は配慮するから、一回だけだ。」
呟く青年は、地面へと手を置き、あろう事か地面を布の様に持ち上げた。
理解不能、本来は地盤などで固く固定されている地面は、物理法則に従えば、今セイレーンの目の前に起こる現象は、『超能力』以外に説明できる術は無い。
青年は、軍勢が出現する暗黒の潮、そのものを掴み上げ、一気に破りさる。
「一回だけ、これで十分だ。」
青年は、胸に巻き付くそれに指を置けば、一気に巻き付くそれの突起を何度も押し込む。
『インパクトオーバーフィニッシュ!ゼ・ゼ・ゼ・ゼ・ゼッツ!』
青年の体を流れる赤の線が、青年の利き足へと、より色濃く眩い赤を集中させると、利き足の筋繊維が一気に膨れ上がり人間の物とは思えない、暴力的なまでの大きさまでに筋肥大化する。
青年は飛び上がり、利き足を前へと突き出し、暗黒の軍勢…付近の地面へと蹴りをめり込ませ、一気に力を解放する。
刹那、消滅とも呼べる現象で、暗黒の潮の軍勢を取り囲む周囲の地面が一気に無くなり、見るも間に暗黒の潮の軍勢は青年が消した地面の暗闇へと、その姿が呑み込まれた。
「……一体、どうゆう事だ。」
「…別に殺した訳じゃ無い。ちょっと、地表深くまで素潜りさせてるだけだ。言っただろ、殺す訳じゃ無いって。」
突然、背後へと現れた青年に、脊髄反射で自身の武器を振るうが、青年は目前まで迫る刀身をその手で鷲掴みにすれば、胸に巻き付くそれから、球体を取り出し、その姿を好青年へと変える。
「本当に、君は一体何者なんだ?超人的な能力とその身のこなし、ワタシは君を流浪の民とは到底考え難い。」
「…まぁ、あの時は状況が状況だったし、改めて自己紹介と行こう。俺も君の名前すら知らないし。」
「俺の名前は無名、名前が無いから無名。皆んなが自然とこう呼んだから、俺も気に入って無名って呼んでる。宜しく。」
そう言い手を差し出す青年、あの戦いぶりを披露した同一人物とは考え難い優しい声色と瞳に宿る安堵の色。
それら全てがセイレーンの疑問を拭き取り、目の前の人間が信用に値する人物だと、心が判断する。
「…ワタシの名はセイレンス。元の名前は、過去に海底へと沈んだ。今は、皇帝を守る剣となるそれだけの人物だ。」
「宜しく頼む、名前の無い小魚。」
「……それって、俺の事?」
「…あ、済まない。いつもの癖で、嫌ならやめるが。」
「いや、それでも良いよ。そうやって名称で呼んでくれる人は初めてだから、嬉しいよ。…大切にする。」
「何を、そこまで大袈裟じゃ無くても良い。」
狼狽えながらもその手をとるセイレンス。
無名は負けじとその手を強く握り返し、穏やかな笑みを美女へと向けた。
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「……凄いな。」
「それ程凄い物だろうか?…ワタシにはただの繁栄と見栄を注ぎ込んだ物にしか思えない。」
「それでもだよ。…王国ってのは、権威や威厳を示す為に、こうやって見栄えから入るんだ。まぁ、俺にも良く分かんないけど。」
砂漠地帯を踏破し、辿り着いた先は中世ローマを彷彿とさせる巨大な王国。名を『オクヘイマ』と呼ぶ。
建物群は、中世の都市国家と酷似し、レンガ造りを軸とした民家や礼拝堂の様な場所に、神の信仰を取り行う大聖堂など、宗教的にも活気ある都市だと無名は捉える。
絶えず響くは都市に生きる民衆の活気ある声、照り付ける太陽は国家の繁栄を示すかのように、その光は一層強まっていると錯覚する。
「名前の無い小魚、あまり離れると姿を見失ってしまう。」
「…いやいや、そんな事しなくなって迷子にならないし。」
「それでもだ、君は此処が初めてと言うのなら、それ相応に心配もする。」
「だからってね、手を繋ぐは違うと思うんだけど。」
街並みを瞳で捉える中、永遠とその手を離さないセイレンスは、より一層握る力を強め、完全に無名を離さまいと主張する。
黒髪黒目を除けば、自身の容姿などは、お世辞にも顔が良いと言う訳でも無ければ、背丈が高い訳でも無い普通の青年。その青年の隣で手を握るのは絶世の美女と差し違い無いセイレーン…セイレンス。
このオクヘイマの地へと向かう道中で発見を得た無名は、セイレンスが非常に天然という事を理解していた。
三歩前を歩けばその姿が消え、目を凝らせば、背後にいた筈のセイレンスは遥か後方へとおり、一時は非常に手を焼いたのは思い出だ。
それらを踏まえ、無名が出した結論は手を握って歩く事だ。
当初は、俺自身もセイレンスも多少の躊躇いがありながらも手を繋ぎ合わすのがやっとだったのだが、今となれば息をすればセイレンスがその手を握り、何故か指を絡めてくる。
指を絡め、強くその手を握るセイレンス、俺は指を絡める理由を本人へと問いただせば、
『…ワタシ自身も分からないのだが、酷く安心する。』
俺はこれ以上の詮索はせず、セイレンスの意に従った。
そんな葛藤も、今では懐かしく感じながら、指を絡ませる俺達は、セイレンスが従う皇帝の元へと足を運んでいる。
セイレンス曰く、権威と威厳が凄まじく。その姿は正に、皇帝のそのものであり、座が高ければその首を刎ねられ、即刻死刑。
正しくその行いは、皇帝と呼ぶには些か語弊が生じ、俺の中では皇帝の印象は暴君。
言葉は通じるのか、この世界では戸籍も身分も無ければ、真の名前も無い。存在そのものが怪しさの玉手箱状態の自身は、早速死刑なのではと、不安に駆られながらもセイレンスと共に玉座の元へと向かい、皇帝は佇んでいた。
空色の髪色に、幼いながらも程よく成長した身体。背丈はセイレンスの頭一つは小さいが、その瞳に宿る『覚悟』と『威厳』は人の上に立つ者のそれであり、思わず俺は息を呑む。
時間が止まる。この場では一切の無駄口など意味を成さなく、喉仏に剣先を突きつけられる無性な緊張感に、喉が渇き、額からは僅かな汗が滲む。
「……貴様が、剣旗卿を窮地から救い出した流浪の民か。」
「…概ね、その認識であっています。皇帝。」
「ふん、その忠義深さは敬意に値する。故に、面を上げろ」
皇帝に膝を突いた俺は、命令を投げられその頭を上げれば、美しい程の相貌と、高貴ある花の香りが空気に乗る。
絶対零度の空気が周囲を覆い、今だに止まらぬ汗が地面へと流れ落ち、皇帝の一言一句に耳を傾け、伝えられる言葉に怯える俺は皇帝から吐かれた言葉に呆気を取られる。
「…貴様の所在とその忠義深さに興味が湧いた。名を、無名と呼んだか?」
「はい。しがない流浪の民、名を無名と申します。」
「…ならば、無名卿。興が湧いた我が名に応え、貴様を我が配下へと加えよう。その力、しかと証明してみせよ。」
皇帝は、俺を突如として配下へと加えると言い出し、唖然とする俺を横にセイレンスも驚愕の表情を浮かべ再び時が止まるが、意識を手繰り寄せる。
願ったら叶ったり。事実上はこの地の頂点に立つ存在の隣へと立つだけで、ある程度の衣食住や身分の確保など、状況的困難な二つの課題が両方とも解消できる喉から手が出るには欲しい条件。
拒む理由の方が見つからず、俺は今一度皇帝の宝石の瞳を黒瞳で射抜き、言葉を紡ぐ。
「不束者ですが、貴方の期待に自身の全てを使って応えましょう。」
「…此処に契りは交わした。そして、我が名を述べよう。我が名は君主ケリュドラ。群衆は様々な異名で僕の名を呼ぶ。」
「ならば、私はケリュドラ様とお呼びしましょう。」
「ふん、精々僕の興を削がない事だ。不要と見出せば、即刻貴様の地位も名誉も、最悪命が無い事を肝に銘じろ。」
「……はい。」
膝ま付き、面だけを上げる俺の首へとケリュドラの握る杖が当たり、その忠義を示す。
殺傷や多少の四肢の献上も視野に入れていたが、酷く穏便に済んだ契りの儀式に拍子抜けすると同時に、言い表し様の無い違和感が胸を渦巻く。
だが、今は、この地で得た初めて自身の忠義を捧げるに値する人物達に囲まれて、与えられた事の感謝と、あの場で血が流れると覚悟したケリュドラとの邂逅の中にあった僅かな暖かさを胸に新たな地へと足を踏み入れた無名。
___壊す。
奇妙に、何度も耳に入る言葉を振り払って。
満足できたら、感想か評価下さい。
それが俺の投稿頻度を上げてくれます。