何だかんだ10話まで来ました。
ネタが尽きるまで頑張ります。
実は、当人は知る由もないことだが『喫茶まんはったん』はそれなりに有名である。
とはいっても知名度が高いかというとそういう話ではなく、かつてトレセン学園で数多のウマ娘と鎬を削っていたレース強者達の間で話が広まっている。
元々GIレースを制するような実力のあるウマ娘の進路は注目が集まりやすく、中には憧れの先輩を追いかけたいが為に外国までついて行った猛者もいるとかいないとか。
なのでマンハッタンカフェも例に漏れず、本人の知らないところで注目を集めていた。
するとトレーナーとゴールインした挙句に自分の店を構えるという将来の夢三点セットみたいな人生を送っていたのだから、それはもう羨望の眼差しを向けられていたりもする。
その秘訣を知りたい!というウマ娘達は多く、幸いにもカフェが開いた店は飲食店。いついかなる時に訪れようとも『食事をしに来ました』と言うだけで疑われなくなる。
なので元トレセン生徒がそういう目的で来る場合、普通に客として入るのが最も簡単な手段なのだが───
「いらっしゃいませー!」
「おっ?バイトさんかい?」
「えへへ……ご注文をどうぞ!」
“黒い刺客”ライスシャワーは何故か店員側として訪れていた。何でや。
ライスシャワー。奇しくもマンハッタンカフェと同じ誕生日で、菊花賞と天皇賞・春を制したウマ娘。
彼女もまたトレーナー……『お兄さま』と呼ばれていた男性と結婚した元アスリートウマ娘であり、現在は絵本作家として活躍してる真っ最中。
では何故そんな彼女が『喫茶まんはったん』でバイトのような事をしているのかというと、普段ホール担当のカフェが体調を崩してしまったからである。
いつもより早く目が覚めた朝、その時点で何となく体調が悪いなとは思っていた。
少し重い足取りで洗面所に向かい、顔を洗うついでにと体重を測ってみると──なんと『太り気味』状態。
どうやらトレセン学園時代にも頭を悩ませた霊障による体調不良らしい。これにはカフェも慌てた。
何とかして代わりのホール担当を用意できないか、と考えたカフェはまずタキオンに電話。お前どうせ暇だろ手伝えと言わんばかりに頼み込んだ。
『失礼だねえ!?というか、こんな時間に起きていたからわかると思うけど午前中は用事があるんだよ!』
「そんな……どうしたら……」
『…………あー、カフェ?私の知り合いにもあたってみるから、少し待っていたまえ』
最初は失礼な態度にプンスコしていたタキオンだったが、思ったより焦っているカフェの声音を哀れんだのか知り合いをあたってくれた。
幸いなことに一人、前からカフェの話を聞いてみたかったというウマ娘がヒット。すぐに向かうとのことで助っ人ウマ娘を待っていると───
「あなたが……タキオンさんの……?」
「はいっ!ライスシャワーです!」
というわけだ。
何でも絵本作家として活動しているうちに色んなウマ娘の話をインスピレーションにするようになったらしく、夫婦で喫茶店を開いたカフェ達もまたその対象として見られていたらしい。
なので今日一日『喫茶まんはったん』を手伝う代わりに是非ともあれやこれやを聞かせてください!と。
「カフェさん、色んなウマ娘さんから憧れられてるんですよ?どうやったらそんな理想的な人生を歩めるのかーって」
「理想的……理想的……?」
あの、どの辺が?コーヒーをカツ丼に侵食されてるのに?とカフェは首を傾げていたり。嫌味か貴様ッッッ!!
そして現在。時刻は12時20分。
昼のピークタイムが来て『喫茶まんはったん』は大忙し。あちこちでカツ丼大盛りやモツ煮定食を頬張る客がいる中、ライスシャワーは教えられたことを一生懸命に実践していた。
「ご注文をどうぞ!」
「お、バイトさんかい?カツ丼の大盛りを一つ頼むよ」
「はいっ!食後にコーヒーはいかがでしょうか?」
「コーヒー?」
「オススメですよ!」
兎にも角にも愛想を振りまき、ついでにコーヒーを薦めてくださいというカフェの教え。
常連さんであれば多少のミスは目を瞑ってくれるだろうという希望的観測と、カフェの個人的な思惑が入った教えをライスは忠実に守っていた。
なるべくにこやかに声をかけ、笑顔を絶やさず聞き取りやすいように話す。そして注文の際はコーヒーを薦めることも忘れない。
「じゃあ、コーヒーもお願いしようかな。ミルク付きで頼むよ」
「かしこまりました!ありがとうございまひゅ!……うう、噛んじゃった……」
効果は覿面。愛嬌満点のライスシャワーによるオススメは過酷な労働でささくれだったオジサン達にぶっ刺さった。これがコメ〇珈琲ですか。
いつものカフェの接客が悪いわけではない。カフェの場合は物静かで落ち着く雰囲気なので食事を妨げない、という点においてはカフェに軍配が上がる。
しかし労働で疲れた精神を癒してくれるのは純真無垢なライスの接客なのだ。具体的には親戚の子供を見ているような気分になり、見ているだけでホッコリしてくる。
そんな可愛い店員さんから薦められてしまえばつい注文を増やしてしまう。いつもは気にも留めないお客さんも食後のコーヒーを注文していた。
「お……美味いな?」
「ッスね。ここのコーヒー飲んだことなかったんスけど滅茶苦茶飲みやすいッス」
「ふぅ……いつも運転中にしか飲んでなかったけど、淹れたても上手いなあ……」
「やっぱこのコーヒーこの値段で出しちゃダメだって。どう考えても700円は取れる。豆?豆なのか?それとも淹れ方?それともコーヒーミル……いやそんな小手先だけでここまで深い味わいになるはずがない。この味は一体どうやったら再現できるんだ……?」
一方、厨房。体調は悪くともコーヒーくらいは作れるカフェが夫と共に厨房で頑張っているのだけれど。
まさかこんなにコーヒーの注文が来るとは思わなかったようで、慌ててコーヒー豆を挽くことになってしまっている。うお……急にスゲェ注文……異変かな?
「よかったねカフェ!コーヒー、凄く売れてるよ!」
「…………ええ、そうですね」
「……どうしたの?やっぱりキツい?」
「あ、いえ……そうではなく」
やはりコーヒーが皆に知れ渡るのは嬉しいだろうと、夫が話しかけてみるとどうにも反応が鈍い。やはり体調不良が辛いのかと聞くと首を横に振った。
ではどうしたのか?と更に尋ねてみると、物凄く微妙な顔をして答えた。
「あれだけ私が苦労したのはなんだったのかと……」
「…………」
夫は何も言えなかった。何を言ってもフォローどころか追撃にしかならない気がした。よくご存知で。
この店を構えて五年。コーヒーを広めたくてカフェなりに頑張ってきたつもりだったのに。まさかライスシャワーの愛嬌だけでこうも注文が入るようになるとは思いもしなかった。
喜ばしい反面、これまでの私の努力はなんだったのか……と思うのも納得。何せ今日だけでこの店の四ヶ月分くらいの注文が入っている。
「私も、ライスさんのようにしてみればコーヒーを頼んで貰えるんでしょうか……?」
「……多分無理だと思う」
それはそれとして迷走しそうになるカフェは引き止める。お客さん普段との温度差でひっくり返っちゃうって。
しょぼん……としていても注文は入る。また一杯また一杯と豆を挽いて……としていると、突然指が空を切った。
ん?と首を傾げつつ、豆の袋を覗き込んでみると何と空っぽ。一度開けたらしばらくは使い切ることのないコーヒー豆の袋が今日だけで空っぽになってしまった。
「…………むぅ」
(カフェが「喜んでいいのやら悪いのやら」って顔してる……)
「………………コーヒー豆を、取ってきます」
この後もう一回袋が空になった。カフェは真面目にライスシャワーを雇うべきか検討し始めた。
後日、店のレビューを見たところ「コーヒーが美味い」という文言が並んでいてカフェはとても喜んだ。
尚、それらの頭に「実は」だの「意外と」だのが入っていた挙句、時折出てくる『コーヒーのお姉さん』がどう考えてもライスシャワーを指していてカフェは大いに凹んだ。
「コーヒーを淹れているのは私なのに……!」
「まあまあ……コーヒーの注文数も増えたからさ……」
「むぅ……」
〜本日の売上報告〜
来店者数:微増
珈琲の注文数:爆増
顧客満足度:良
ライスが噛んだ回数:たくさん
タキオンの処遇:出禁解除の後再び出禁
カフェ夫:油の匂いをコーヒーが上回った
カフェのプライド:極細二度挽き
タキオン「理不尽だねえ!?」
カフェ「『同じ誕生日で同じレースを勝っておいて、こんなに差があるなんてねえ…』と言ったあなたが悪いです…!」
タキオン「えー!?」