お気に入りと評価貰っちまったので続き書くやで。
『喫茶まんはったん』の朝は早い。
主な客層は肉体労働者の昼休憩だったり、仕事終わりにガッツリ食べたい方々故に開店は昼から。それでも仕込み等やることは大量にある。
まずおよそ喫茶店では消化しきれぬ程の米を炊くところから始まる。うぉっ……デケェ炊飯器……ドラム缶かな?失礼ですが前職は寮母さんか何かで?トレーナーだよ。
それからキャベツの千切り。全ての定食に付け合せとして使用するものだから刻んでも刻んでも刻み足りない。心を無にして淀みなく包丁を動かしていく。
トントントン、と小気味よい音が途絶えた頃。彼の手元には包丁ではなくマグカップの取っ手が握られていた。
「おはようございます……」
「おはよう、カフェ」
中を満たすのはカフェが豆から挽いたコーヒー。何年も彼女とあるうちにすっかり染め上げられた味覚をも唸らせる仕上がりだ。
かつては慣れない苦味に砂糖やらミルクやらを足していたけれど、今となってはその時の気分でブラックさえも楽しめる余裕を得た。
己の顔を映す黒い水面に口をつけ、ゆっくりと味わう。今日という一日を始めるのに素晴らしいイグニッションスパークだ。
対するカフェはというとやや眠たげ。アスリート時代は練習やレースもあるので苦にもならなかったけれど、靴を脱いで一ウマ娘となってからはすっかり朝に弱くなってしまった。
それでも店を経営しているのだからそれなりに早起きではあるのだけれど、料理の仕込みをしている夫に比べればどうしても遅くなってしまう。
朝起きて耳にするのが愛する者の包丁の音、とだけ聞けばさぞかし幸せな光景が思い浮かぶのだろう。
しかし現実は大量の男子中学生を返り討ちにできる量の仕込みをしている最中。目を開けなければもう少しぬるま湯のような夢に浸れたかもしれない。オラッ、目を開けて現実見やがれ。
「今日も頑張ろうね!」
「……はい」
どうしよう、
「いらっしゃいませー!」
一度店が開けばこれまたいつも通り。小綺麗な女子高生やご婦人なんてどこにも見当たらない。ツナギやオーバーオールのおっちゃんがガハハと笑いながら大盛りメニューを注文している。
カツ丼一丁、生姜焼き定食一丁、とオシャレとは程遠いメニュー名が飛び交い、配膳されるお盆の上は重量級モンスターだらけ。そこにコーヒーの姿はどこにも見当たらない。
喫茶店ってなんだっけ、と方針転換してからずっと繰り返している自問自答は答えを得る前に客の注文に遮られる。はいはい白ご飯おかわりね。
そうしてテーブルと厨房を行ったり来たりしていると、ふとカフェの耳に客の会話が届いた。
ここに来る客はほとんどが常連。時にはその常連客が知り合いを連れてくるというパターンもあるが、今回は後者。見知ったおっちゃんが若い男性と向かい合って食事を取っていた。
「いやあ……この辺にこんなお店できてたんですね」
「ああ、お前さんは確か大阪の方に行ってたんだったか?そりゃ知らねえだろうな」
「いつ頃できたんです?」
「確か三年くらい前だな!」
……うん?
三年前?いや、この店は五年前に建てたはずだ。あまり気は進まなかったが開店記念のサービスをやるという事で宣伝もしていたはず。開店記念サービスが終わるとあっという間に人が離れたのもよく覚えている。クソわよ。
ははーん、さてはあのおっちゃんもうろ覚えで話してるんだな?とカフェが微笑ましげに見つめていると、おっちゃんは更に話を続けた。
「その二年くらい前にも店ができてたんだが、いつの間にかこの店に変わってたんだよ」
「え゙」
カフェはお盆を放り投げそうになった。ついでに乙女にあるまじき声が漏れた。危ねぇ。
「へー、すぐに潰れちゃったんですか?」
「さあな。ただ、うちのおっかぁが言うには『近寄り難い喫茶店だった』って言ってたし、この辺にゃ需要がなかったんだろ」
今度こそお盆を投げつけそうになった。色々かなぐり捨ててキレそうになった。堪えろマンハッタンカフェ。
え?まさか喫茶店スタイルから定食になったのを別の店に変わったと思われてた?カフェの頭の中を疑問符が埋め尽くす。
いや待って欲しい。確かに方針は変わったけども。180°っていうか540°くらい変わったけども。店主の夫婦がそのままいるんだから流石に気づけよ。
……開店記念で一回来たらそれっきり来なかったから覚えてないって?そうだね!泣いちゃおっかな。
哀れマンハッタンカフェ。売れない喫茶店を買い取って定食屋を開いたことになっていた。お前らこの菊花賞と有馬記念と天皇賞・春を勝った名バを知らねえのか。
よろよろと精神面ボコボコのボコにされたカフェは厨房へと戻ると、縋り付くように元トレーナーを呼び止めた。
「あ、あなた……」
「ん?どうかした?」
「このお店……方針転換前後で別物と思われてました……」
「あー……うん、まあ……」
しかし元トレーナー現旦那の感想は『デスヨネ』の一言に尽きる。
だってメニューに色々加えていく過程で店内も大きく変わっていったし。見なさいよこの回転率重視のテーブル数を。
カフェが夢見ていたコーヒーで落ち着ける小洒落た店内は、時と共に多数のお客さんが腰を落ち着けて飯をかっ食らう食堂スタイルに。
食器だってそう。黒猫をあしらった可愛らしいマグカップ類は棚の奥でひっそりと眠り、その代わりにシンプルなデザインのクソデカ丼がフル登板。どこの喫茶店にこんなクソデカ丼があるってんだよえーっ。
これを人間に例えるならば小柄で線の細い少年が10年後にガタイのいい無精髭のオジサンになっていたようなもの。証拠でも突きつけない限り同一の存在と見てもらうのは難しいだろう。
旦那の態度で察したのかカフェは更にショックを受けた。お前分かっててやってたんかい。
だが彼の提案による方針転換がなければ赤字続きだったのも事実。言い返そうにも言い返す言葉が見当たらないまま大盛りカツ丼を持ってホールへと戻って行った。
「今日の夜、覚悟しておいてください……!」
「へ?ちょっ、なんて!?」
でも八つ当たりはさせて欲しい。搾り取ってやるからな色々と。怒ったステイヤーウマ娘は怖いのだ。