マンハッタンカフェは有名ウマ娘である。
今でこそ郊外近くで喫茶店と言い張りながら定食屋を経営する若女将だが、その過去は上澄み中の上澄み……ウマ娘の中でも最上位クラスに位置するアスリート。
ウマ娘なら一度は夢見るGIレースを三度勝利し、漆黒のステイヤーウマ娘として歴史に名を刻んだ紛れもない強者。
そんな彼女は現役時代、何度も取材を受けてきた。時には期待の新星として、時にはGIレースの挑戦者として。
ではそんなウマ娘が引退したとして、だ。
メディア達がそんなネームバリューを黙って見過ごすだろうか?
その答えは簡単。
「取材が、来ません……」
「え?この前来てたじゃん」
「あれは過去の私……漆黒のステイヤーとしてのマンハッタンカフェに向けてのものです……」
「……?」
「『喫茶まんはったん』への取材は何故来ないんですか……!」
来てはいるけど望んだ形じゃない、が正解だ。なんだこのクソ問。
間違いのないように言っておくが、マンハッタンカフェというウマ娘のネームバリューは強い。引退からそれなりの時が経った今でも彼女のファンはいくらでもいる。
じゃあ何でそんな有名なウマ娘の
おそらく、マンハッタンカフェという名前を出してこの
だがそれは弱者の考えだ。何より飲食店として不誠実だ。
この店に立ち寄った人物がマンハッタンカフェに気づくのは構わないけれど、この店の紹介にマンハッタンカフェという名を使わないで欲しいとお願いまでしている。
でも『
夢を叶えて自分の店を構え、そこに愛する人と共に作り上げた空間があることは知って欲しいのだ。面倒くせえな。
「……つまりアスリートとしてのマンハッタンカフェじゃなく、この店の店主として取材を受けたい、と?」
「はい……」
「そっかぁ……」
ちなみにいうと、一応取材の依頼は来ている。
例えば某面白くてウマい店を紹介する番組とか、某噂になっている客を追いかける番組とか。
しかしその方向性はどう考えてもカフェが思い描いているものとは異なる方にいく未来しか見えず、
「いっそこっちから依頼するのはどう?ほら、アストンマーチャンさんとかコラム出してたりするし……」
「それは流石に……恥ずかしい、です」
「それか……自分達でSNSに投稿するとかどう?」
「!」
じゃあ、と旦那が提案してみると、急にカフェの耳がピンと立ち上がった。あら可愛い。
そうか、自分で紹介すればいいのか。マンハッタンカフェは天啓を得た。
昨今、SNSへの投稿のハードルはかなり下がっている。その気になればどんな人物でも次の日から配信者を名乗れるくらいには簡単だ。
ならば自分達から発信すればいいのだ。何も動画撮影から編集までせずとも写真一枚でも投稿する価値はある。
というわけで早速一枚パシャリ。被写体は引っ張り出した猫ちゃんマグカップに注いだ特製コーヒーだ。カツ丼は?
立ち上る香りさえ感じ取れそうな良い出来の写真。適度にぼやけた背景も味があってオシャレに見えないこともない。
何より写真の上の端っこに写り込んでいるおよそ人間とは思えない何かがきっと話題を呼んでくれるに違いな───
「いや怖っ!?」
「……幽霊が映り込んでしまったようです」
心霊写真じゃねえか。旦那の悲鳴とは対照的に落ち込んでいるカフェ。いい写真だけど使えないからね。
しかし現代社会においてたかが幽霊数センチの写り込みなどどうとでもなる。消しゴムマジックで
その他ヤベー写り込みが無いことを確認し、早速ウマッターに投稿。ここでウマスタグラムじゃないあたりがもうダメそう。
アカウント名は店名そのままの『喫茶まんはったん』を使用。さあどんな反応が返ってくるのか。
「…………ゔっ゙」
「カフェ!?どしたの!?」
なんてこった、カフェ吐血。ギャグなのでノーダメージ。しかしその精神痛み辛い。
投稿に真っ先に反応したのはこの店の常連と思われる誰か。そこに書いてあったのは『え?ここコーヒーあったっけ?』だった。なんて酷い事するんだ。
まさか認知すらされてなかったのか。マンハッタンカフェ、痛恨のアピール不足。出汁に屈するなコーヒー派。
そのコメントに続いて『店員さんのモーニングルーティーンかな?』とか『これ店でも出したらいいのに』とか好き放題言いやがる。何なんだコイツら、少なくともメニューには載っていた商品だぞ。
一応それ以外のコメントもあるにはある。例えば『どんな豆を使ってますか?』とか『マグカップ可愛い!』とか。
でも割合で言うと33-4くらいしかない。勿論4の方。なんでや阪神関係ないやろ。タマモクロスありがとうございました。マックちゃんは帰ろうね。
「こ、こうなったら……毎日一回はコーヒーの投稿をしてやります……!」
「……頑張れ、でいいのかな?」
もう夫はカフェに何と声をかけていいか分からない。その先は地獄だぞ、とか言えばいいのだろうか。引っ叩かれそう。
それから一日に一回、画角にこだわってコーヒーの写真を撮るカフェの姿が見られるようになった。
尚今のところコーヒーの注文数に変化はない模様。カフェはわんわん泣いた。
幽霊「写真写り込んだろ!」
夫「ひえっ……」
カフェ「えい」
幽霊「ヌワーッ!」
お友達「あーあ」
夫「ええ……?」