まだ認知度の低いンィ"ーを広めていきたい作者です。
微睡みの中、管理人は頭を揺さぶられていることに気付いた。
その不快感から意識が覚醒へと向かう。
すると五感が鋭敏になり、たちまち強い焦げ臭さが鼻腔の奥を突いた。
焚き火の臭いではなく、プラスチックなどを溶かした時のような化学的な臭い。
変に吸ってしまったのか、瞼を開けると同時に酷く蒸せてしまった。
「管理人!大丈夫ですか!?」
「あ……ペリカ、お姉ちゃん……?」
「ああ、良かった……管理人、早く行きましょう。宇宙服を脱いでください。」
周りを見渡すと、他の隊員の姿は無く、ペリカの姿だけがあった。
宇宙服を脱ぎ、側面ハッチから機外へ脱出すると、シトシトと雨が降っている森の中へ出た。
どうやら胴体着陸を敢行したようで、シャトルの後方には薙ぎ倒された木が何本も続いていた。
機体から離れた位置に避難すると、大きな木の下に物資を集めていた男性オペレーター、ザウラ族のアンタルが駆け寄ってくる。
「ぬっ、管理人!監察官殿も!無事か!?」
「大丈夫よ。他の皆んなは?」
「今、アケクリ隊長とキャッチャーが機体の消火を試みている。小生とフローライトは優先すべき物資を運び出しているところだ。」
「分かったわ。衛星通信機はある?帝江号と連絡を取りたいのだけど。」
「これを使うといい。では小生は作業に戻る。」
「ええ、ありがとう。」
それから5分の間に良いことと悪いことがあった。
良いことは雨のおかげもあってか、シャトルの消火に成功し、貨物室に積み込んでいた物資全てを回収出来たこと。
そして悪いことは同じく雨のおかげか、帝江号と通信が繋がらなかったこと。
それは近隣のエンドフィールド支部も同じだった。
「ダメだね。さっきから何度も呼びかけてるけど、四号谷地からの応答は無い。」
「『アンカー』が向かった先ですし、もしかすると『アンゲロス』に襲われているのでは……?」
キャッチャーが言ったアンゲロスという単語。
管理人は見たことが無い上にそもそも知らない筈だったが、マニュアルを脳裏へ投影されたかのように、勝手に姿形が浮かび上がってくる。
浮遊した石が寄り集まって形成された禍々しい身体が特徴の、人類に敵対的なタロⅡ原種生物。
アンカーはそのアンゲロスを生み出す母体だ。
「ねえ、ペリカお姉ちゃん、アンカーがその……よんごうやち?に落ちたの?」
「ええ、可能性は高いわ。本当はシャトルでそこに向かっていたのだけど、こうして墜落してしまったから……。」
「じゃあさ、おふねからをばくだんを落とすのはどう?ドーンって。きどーばくげき?でまとめてやっつけちゃえばいいよ。」
「そうね。あれだけのアンカーが落ちたのならアンゲロスも相当数が……。」
ペリカはハッと、思考を停止させた。
今の管理人の発言。
幼児らしく拙さを感じる発音の中に、場違いな響きが混ざっていた。
『軌道爆撃』と、その4文字だけが妙に整って聞こえた。
「か、管理人?今なんと?」
ペリカは慌てて管理人の方を向いたが、そこに居たのは楽しげに水溜まりを足でつつくペンギンのヒナ。
振り返ってきた顔は、ただ無邪気なものだった。
「どうしたの?」
「いえ……何でもありません。」
ペリカは非常に気になったが、今はそれどころではないと頭を切り替え、今後の指示を出していく。
まずは状況を把握する為に森を出て通信可能な場所を探すこと。
そして本来の目的地である四号谷地の状態を確認すること。
そこが安全と分かればそのまま向かい、危険なら別の場所へ撤収、帝江号からの救援を待つという流れだ。
「監察官、キャッチャーとアンタルが先導します。私とフローライトが後ろを固めるので、先に行ってください。」
「分かったわ。後方警戒は頼んだわよ。」
「はい!」
ペリカはバイクのグリップ、電子スロットルを回すと、大型の電動モーターが唸った。
ちなみに管理人の姿はちょこんとサイドカーの中に収まっている。
「管理人、しっかり掴まってくださいよ!」
「うん!」
一行は森の中を進み始める。
エンドフィールド謹製の電動バイクは容易く悪路を走破すると、あっという間に道路を見つけることに成功した。
ある程度ひらけた場所まで移動すると、再度帝江号に接続を試みる。
すると今度は上手くいったようで、帝江号の通信オペレーター、フィオナの驚いた声が返ってきた。
[ペリカ監察官!無事だったんですね!]
「フィオナ、シャトルが撃墜されたわ。けど管理人を含めて全員無事。怪我も無いわ。今は四号谷地から少し離れた森の中に居る。」
[そうでしたか……四号谷地と監察官との連絡がほぼ同時に途絶えたものですから、こっちも大混乱で……。]
「四号谷地は今も連絡が取れていないの?」
[はい、単にジャミングだけではなく、通信手段そのものに問題が起こっていると考えられます。]
「そう……少なくとも四号谷地は安全ではないのね。」
これで四号谷地に向かう選択肢は潰えた。
しかしペリカは疑問に思った。
確かにアンゲロスは強いが、あくまでも数が脅威なだけだ。
1体の強さも一般の小銃で十分に対応可能で、特殊な個体でも無反動砲を使えば大抵倒せる。
ただとにかく数が厄介な為、四号谷地を含めた各支部にはアンゲロスに対応可能なだけの防御火器が揃っている。
確かにアンカーの数は多かったものの、すぐやられるほどに脆弱ではない筈だ。
「ふむ……フィオナ、四号谷地への呼びかけは続けて。コードレッドは発動しているわよね?」
[はい、降下猟兵と救援隊を準備させています。監察官の迎えのシャトルも。]
「分かったわ。ちなみにだけど、時間はどれくらいかかりそう?」
[増援の降下ポッドは最短で6時間、シャトルは12時間です。]
「そう……回収ポイントの座標を送って。今から移動するわ。」
[承知しました。お気を付けて。]
ペリカは通信を切ろうとしたが、その手を止める。
「待ってフィオナ、もうひとつあったわ。帝江号の爆撃システムは使える?」
そう言うと、通信機越しに相手の困惑が伝わってきた。
[えっ……ええ、ですが、条約の都合上、使用には三勢力の承認が必要です。]
「分かっているわ。」
「あと、アレはテラ時代の骨董品です。最後に使ったのが第二次阿戦争ですから、ちゃんと動くか分かりませんし、まず使用には管理人の承認が……。]
「フィオナ、これは管理人の提案よ。」
ペリカがそう言うと、フィオナは言葉を詰まらせた。
[……管理人が?それは本当ですか?]
「ええ、そうよ。時間がないから切るわね。」
ペリカは通信機を仕舞い、先ほどの疑問も一旦は忘れる。
気になるところではあるが、とにかく最優先は管理人の保護だ。
「全員、聞いてください。この後、帝江号より回収部隊が送られます。」
「それで帝江号へ帰るって感じ?」
「ええ、なので合流の為に指定のポイントへ……。」
ペリカは急に言葉を切った。
彼女は懐からアーツロッドを兼ねたペンを取り出すと、躊躇いもなく電撃を放つ。
バチバチッ!っと、電気の束が宙を突き進み、何かに直撃した。
「ぐぎゃっ!?」
ドサリと、木から落ちてくる何か。
それは白い身体をした人間だった。
顔から数本のチューブが垂れ下がっており、格好はボロ切れを纏っただけの粗末なもの。
そんな相手にペリカ達は敵対的な視線を向ける。
「『ランドブレーカー』!」
「なっ……こんな場所に?」
ランドブレーカーとは簡単に言うと知能の無い野盗だ。
もちろんエンドフィールドとは一部を除いて敵対している。
「どれどれ……コイツ『ボーンクラッシャー』じゃん。勢力圏はけっこう離れてる筈だけど?」
ペリカが仕留めた敵を調べながら、フローライトはそう言う。
ボーンクラッシャーとはランドブレーカーの一派だ。
とにかく破壊しか頭にない連中で、破壊のために破壊をするおかしな集団だ。
例え襲った先でいくら高価な金品があっても、絶世の美女が居ても、彼らが行うことは破壊のみであるため、ただの野党よりタチが悪い。
しかし今まで四号谷地に現れたことはなかった。
「もしかして、コイツらも四号谷地を襲ってたり?」
「アンゲロスと一緒に?あり得ないわ。」
「でも事実、奴はここに居て、私達を見張ってた。早く逃げた方がいいんじゃない?連中、1人見かけたら100人は居るからね。」
直後、フローライトの発言は見事に的中した。
ガサガサと落ち葉を踏む音がしたかと思えば、先程の敵と同じような格好をした人間が数人ほど現れたのだ。
どうやらランドブレーカーで間違いないようで、ペリカ達を見つけた途端、獣のような雄叫びを上げながら向かってくる。
「コイツら!」
「今は逃げることを優先しましょう!早く回収ポイントへ!」
ペリカの指示に従って行動隊は逃げの一手に移る。
彼女達にとって長い1日が始まった。
⬛︎
あれから半時間、ペリカと管理人、行動隊の一行は苦戦を強いられていた。
ランドブレーカーの中でも特に野蛮で碌に技術も持たないボーンクラッシャーなんて、バイクでひとっ走りすれば簡単に引き離せるだろうと、そう高を括っていた。
確かに最初の集団は振り切れたものの、道路の先で待ち伏せるように次が現れた。
彼らの攻撃は非常に単純で単調で、その分非常に厄介だった。
高速で動くこちらのバイクに躊躇いなく自ら突っ込み、しがみ付こうと必死で手を伸ばしてくるのだ。
すぐさま撃退しても、次の集団がすぐに現れ、後は同じだ。
終わりない波状攻撃にアケクリは悲鳴を上げる。
「監察官!キリが無いですよ!」
「連中だって無限じゃないわ!絶対に突破出来るはず!」
しかしペリカの言葉とは裏腹に敵の集団は先へ進むたびに多くなっていった。
ペリカは彼らの執拗さに歯噛みした。
もしかすると敵はこちらへの攻撃のために集結していたわけではなく、単に四号谷地へ向かうために道路を移動していたのかもしれない。
それならいつかは終わりが来るだろうが、この先もずっと敵の列は続くだろう。
やはりこのまま進むのは危険、そう彼女が判断した時だった。
先導のキャッチャーが何かに気付いたのか、声を張り上げる。
「全車停止!停止してください!」
彼の言葉に従って、一行は急ブレーキをかける。
ペリカも横滑りをしながらバイクを停めた。
何事かとキャッチャーの方を向くが、言わずともその理由が分かった。
「うそ……橋が落ちてる……。」
上り坂の先、本来ならそこにあった筈の立派な斜張橋は跡形も無く、代わりにあるのは折れた道路の一部と千切れたケーブルだけだった。
パラパラとコンクリート片が落ちていく先を見下ろせば、雨で増水した川が轟々と流れている。
例えボートがあったとしても、とても渡れるとは思えない。
新たな代替案に思考を巡らせていると、キャッチャーの声で我に返る。
「監察官、どうしますか?迂回路を取るなら南に別の橋があります。」
「どうせ無駄です。この大橋を落とせたのなら、より小型な南の橋もダメでしょう。」
「では北に?」
「いいえ……四号谷地に向かいます。」
その発言に部隊の全員が目を見開く。
わざわざ火中から逃げてきたというのに、今度はそこへ自ら飛び込もうと言っているのだ。
誰もが強い疑問を持つ中、ペリカは彼らの言葉を遮って口を開く。
「多少のリスクをとっても確実に味方の居る四号谷地に向かうべきです。」
「台風の目に突っ込むってことね。りょーかい。」
その時、今まで通ってきた道路にボーンクラッシャーの集団が現れた。
碌に話し合いをする暇もなく、ペリカ達は次の目標に向かって動き出す。
今度は道路の敵を無視して森へ突っ込んだ。
ソフトレンズに表示されるガイドラインに沿ってバイクを爆走させ続ける。
「前方!敵です!」
行手を妨害してくる敵にペリカ達は容赦なくアーツの攻撃と鉛玉を叩き込んでいく。
一方、ペリカの横でただジッとしていた管理人だったが、目の前にいくつかのスイッチがあることに気付く。
それを眺めると、何故か赤いボタンが展開、青いボタンが収納を示していることが分かった。
「あっ、管理人?」
ペリカが気付いた時、隣では赤のボタンを押す管理人の姿があった。
するとサイドカーの前部が開き、2つに折られた電撃銃、簡易的なアーツユニットを用いたそれが中から現れた。
機関部を中心に自動で組み合わさると、管理人の前にグリップを向けてくる。
管理人は迷うそぶりすら見せず、トリガーロックを解除し、引き金に小さな指をかけた。
「管理人!それは危ないです!早くしまって……!」
「監察官!前!」
「……あっ!」
管理人に気を取られたことが一瞬の隙を生んだ。
バイクの経路上に1人のランドブレーカーが現れる。
ペリカは急いでアーツロッドを構えるも、僅かに間に合わない。
「くらえ!」
しかし次の瞬間、空気が歪み、宙に青白い放電が滲んだ。
銃口から伸びた細長い粉塵の先で、敵が痙攣しながら倒れ込む。
オゾン臭が漂う中、ペリカは管理人の方を見る。
彼女の喉が一瞬ひりついた。
そこには10年前のあの時、ふと目に入ってきた横顔が、姿は違えど同じ雰囲気を纏ったそれがあった。
⬛︎
一行はどうにかボーンクラッシャーの攻撃を避け、目的地である四号谷地に辿り着いた。
しかし、そこはもはや四号谷地と疑いたくなるほど、凄惨な有様だった。
「ここが……四号谷地?」
「クレーターだらけじゃん。それに死体まみれ。管理人、あっちは見ちゃダメだよ。」
防御システムが動いた後なのか、半壊した防護壁の周りにはランドブレーカーだったものや、ドローンとタレットの残骸が散見された。
先へ進むと、細長い菱形の物体、アンカーがコアを破壊された状態で地面に突き刺さっていた。
それを見て思わずペリカは呟く。
「状況は酷いわね……。」
しかしなにも悪いことばかりではなかった。
よく見ると、ここまで激しい戦闘があったにも関わらず、道端に仲間の遺体が転がっていなかったのだ。
おそらくは防御システムで時間稼ぎをして、人員は全て退避させたのだろう。
防衛に適している場所とすれば……。
「中央制御タワーに向かいましょう。あそこなら設備も整っているし、シン主任なら拠点に選ぶはず。」
結果的にペリカの予想は当たった。
中央制御タワーに近付くと、戦闘の音や怒声が聞こえてきたのだ。
「また来たぞ!小型のが5体くらいだ!」
「中型も居る!早く!弾体加速装置を向けろ!」
見えたのは急速硬化フォームと土嚢、瓦礫で構成された道路上の高いバリケード。
そこに群がる何体ものアンゲロスと、バリケード越しに戦闘を行う工業員。
ペリカ達はこっそりとアンゲロスの背後から近付く。
アンゲロスは前面が硬く、背面は防御が薄い。
その弱点を狙って攻撃し、アーツと銃撃で仕留めた。
安全が確保されると、念の為に両手を上げて敵意が無いことを示しながら、バリケードに近付いていく。
「私たちはエンドフィールド工業の者です。ここにシン主任は居ますか?」
そう聞くと最初は怪しんでいた工業員だったが、中にエンドフィールドのスタッフが混ざっていたようで、ペリカに気付いて武器を下ろしてくれた。
バリケードの内側に入ると、そこは打って変わって人で溢れていた。
ただその半数近くは負傷者で、並んだテントの中は包帯を巻いた工業員だらけだった。
「みんなけがしてるね。」
「ええ、シン主任とアンドレイさんが無事だといいのだけれど……。」
はぐれないよう管理人の手を繋ぎながらペリカは目的の人物を探す。
すると彼女へ近付いてくる1つの影があった。
それは不意にペリカの視界の外から現れると、彼女へ飛び付いた。
「ペーリーカー!」
「きゃっ!?」
「無事だったんだね!良かったー!」
「あ……チェン?」
「うん!シャトルが堕とされたって聞いた時はもう本当に心配したんだから!」
ペリカは抱擁してきた相手が誰か分かると、安堵から肩の力を抜いた。
そして改めて腕を回し、軽いハグを済ませる。
その人物は龍族の少女。
黒い2つの角と青色の長い尻尾が特徴のオペレーター、『チェン・センユー』だった。
よろしければ高評価や感想などをお願いします。作者のモチベが爆上がりするので。