翌朝。
「おはよう!」
「お、もう起きたのか?」
夜明け前からの鍛練はボシュの日課となっている。
そこへ顔を出したのはサチであった。
「付き合うよ。相手いないと感覚掴めないでしょ?」
「その通りだが、二日酔いとか大丈夫なのか?昨夜大分飲んでたが」
「昨日の事は翌日に持ち越さないタチなので」
「そりゃ都合のいい体質だな!なら頼もうか」
剣術と体術の稽古は延々と続き、二人がひと汗かいた頃、リリとアイミーが起きて来た。
「おはよー…、何、二人で稽古してたの?」
「ちゃんと体を休めてもらわないと困るよ!」
「休んだよ?」
「俺も」
「何か信用できないんだよね。リリ姉、何とか言ってやって」
「本人達がそう言うんだから、そうなんじゃない?」
「そんな事よりさ、今日は早めに出て武器屋に行くよ」
「武器?誰かの武器壊れたの?」
「ううん。ボシュにもっと適した武器ないかなって思ってて」
「はぁ?何をいきなり。上達したってたった今褒めてくれたの誰だよ」
「もちろんウソじゃない。でもボシュにはもっと合う武器があると思うんだ。もっと他に試してもらいたくて」
「そうだね。アタシらと違って、選ぶ余地があるんだし。どう?ボシュ」
しばし剣を見つめていたボシュだが、すぐに納得。
「そうだな。一理ある。もっとしっくり来るのがあるかもしれない」
「そう来ると思い、武器屋を見繕っておいたのである!」
「ジョニじい、いつの間に?」
「千里眼でも持ってそうだわね」
「探す手間が省けた、さすがジョニじい!朝ご飯食べたら早速行こう!」
一行が訪れたのは、武器屋というよりも骨董品屋だ。
「こういうところに掘り出し物が眠っているのである。探してみるがよい」
「もっともらしい事言ってるが、ここしか見つからなかっただけだろ」
「ぐぬぬ…っ。ワシはちょっと野暮用を思い出したのである!用事が済んだら構わず出発せよ。後から追うのである!以上!」
挙動不審気味に言い募り、あっという間にいなくなった。
「あの図体の割りに、素早いよな、アイツ!」
「そうなの。時々目で追えない時ある」
「サチでも見えないの?アタシしょっちゅうよ」
「気配ないよね、あの人、人?で、いいか」
「姉さまの師匠って分かったから、今では納得だけどさ。やっぱ引っかかるなぁ」
「それはあのエロ具合だろ。難大アリだ!」
「被害に遭ってない人が言うなー」
「そうだそうだー!」
話が別の方向に行って、サチは内心ホッとした。
口にすべきではなかった。
ジョニーが別の目的で近づいて来たのではという疑惑についてはまだ…。
やがて薄暗い店内を物色していたボシュが声を上げる。
「これなんか、案外俺の手にしっくり来るな」
「槍か。いいんじゃない?それ使ってみれば?直感は大事よ」
「あっ、アタシもいいの見~っけ」
「何なに?あ、ブレスレット?」
リリが手にしていたのは、小さなスライムを3匹繋げたデザインのブレスレット。
それぞれが違う色をしていて可愛らしい。
サチも興味深げに覗き込む。
「リリ姉って意外、そういうの好きなんだね」
「ね~。もっと大人っぽいの選ぶと思った」
「うるさいっ、人の好みはそれぞれでしょ」
「あっ!なら私あれ買おうかな」
サチが指で示したのは、ピンクのスライムを象った何ともボリューミーな帽子だ。
2点並んだうちの片方を手にして被ってみる。
「しっくり来る!」
「マジかよ…」
「もう一個あるよ、アイミー、お揃いで買おうよ!」
「ええぇ?!私はいいよ、ほら、似合わないし?!」
全身を使って拒絶を示すアイミー。
そこへ店主が近づいて来て、声を掛けられた。
「お嬢さん方、お目が高い!それはついさっき入荷したばかりで、被るだけで経験値が50%も上がるという貴重な帽子だよ!見たところお客さん、基本職の冒険者さん達だろ?」
「はい!よくお分かりで!」
「経験値が上がる?そんなの被っただけで?眉唾モンじゃないの~」
「失敬な!疑うなら買わなくていいよ。欲しいってヤツが山ほどいるんだ。今日中に売れちまうだろうなぁ」
どこまでも胡散クサい店主だが、サチは目を輝かせて聞いている。
「カワイイし、私買っちゃお!オジさん、1個ください!あ、やっぱ2個ください」
「毎度あり~♪」
「おい、マジで買ったのか?絶対だまされてるぜ、リリ姉、何で止めないんだよ!」
「だってぇ…」
リリの手首にはすでに購入済みのブレスレットが揺れている。
それもまたスライムであった。
「お前ら、あのフォルムに完全に毒されてるな…。ま、自分の金だしいいんじゃねーの?」
「お兄ちゃんはその槍を買ったんだ」
「ああ!これからは槍の鍛練も追加しなきゃな」
「忙しいね、次から次へと。貪欲な若者、結構な事だね、未来は明るいよ」
子供っぽい趣味と思いきや、コメントは老の方か。
「リリ姉!いいのゲットできて良かったね!」
「そうだね。アイミーも何か買えば良かったのに」
「欲しいのなかったし、私はまた今度でいいよ」
サチが密かにアイミーの背後に回り、ピンクスライム帽を被せようと迫る。
「サチっ、何する気?」
「鋭い、見つかった~」
「お前の異様な熱気が伝わったんだろ」
「それは良くない。修行を積まねば!」
「そんな修行はいりません!そんな事より、お兄ちゃんの槍の練習に付き合ってあげて」
「それはもちろんよ。さて。じゃあ先に進もう」
ピンクスライム帽を被ったまま、サチは颯爽と歩き出す。
「ホントに被って行く気だわね…」
「だから止めろって言ったんだ」
「そこ!何をコソコソ話してるの?」
先頭にいたサチが振り返らずに言う。
「まさかあの帽子、後ろに目が付いてるとか?」
「増々コワっ…」
「それより、本当にジョニじいの事待ってなくていいの?」
「あの人なら平気。恐ろしく鼻も利くみたいだし?」
「鼻?犬じゃないんだから、そういう言い方は良くないよ」
「ここにはイイ女が揃ってるからね~」
「まあそんなとこ」
「えっ、そういう意味?」
「冗談だよな?それはさすがに!」
「さあ?それよりボシュ、さっさと槍使えるようにしないと、魔物が襲って来るぞ~」
「別に武器がなくったって倒せる」
「そうも行ってられなくなるわ、この先からは…」
不意にサチの口調が変化した。それに気づいた面々も、真剣な表情で身構える。
「恐らくジョニじいが私達と行動しないのはそういう事」
「ってどういう事よ」
「あの人は、人間ではないからよ」
「人間じゃないのか、やっぱり」
「ま、あの成りだ。分かってたろ?」
「そうだけど…。でも、魔物でもないよね?あんなに親切だし!」
「どっちかに区分するなら魔物よ」
「つまりあれか。魔物の自分がいると、同族を惹き寄せてしまうから、とか?」
「私の勘だから、真実は分からないけれど」
真面目な顔でも頭にはスライム帽が乗っているため、周囲の緊張感は続かない。
「…ぷぷっ!」
「やめてよリリ姉!我慢してたのに?くぷぷっ」
笑われている事など気にする事なく、サチは拳を握って意気込む。
「さあ、魔物達。掛かって来なさい?そんでもって私の経験値、どんどん上げてちょうだい!早く姉さまに認めてもらうのよっ」
「ブレないなぁ、お前って。感心するよホント」
ボシュは、いつでも姉さま一筋のサチを羨ましく思う。
自分にもそこまで入れ込めるものがあったなら、世界は違って見えるのか。
リリもアイミーも、何だかんだと言いながらサチから目が離せない。
突拍子もない言動、根拠不明な謎の自信、自身らを惹き付けて止まない魅力。
きっとジョニーも、そんな魅力に誘われてやって来たに違いない。