ナインとサチを乗せた天の箱舟は無事に天使界へと到着した。
ちょうど世界樹の元で祈りを捧げていたのは、天使界の長老オムイだ。
「神よ…聖なる世界樹よ…どうか我らをお守りくだされ。このままでは天使界は…ん?あれは天の箱舟?!」
そこからナインとサチが降りて来るではないか。羽も輪っかもない二人が。
そして運転士の妖精サンディがひらひらと舞う。
「何と!お前達どうして…。しかもその姿は…」
「「オムイ様!」」
人間界に落ちてこの姿になった事、サンディと出会い運んでもらった事を手短に伝える。
「良くぞ無事に帰った。地上で何が起きているのか教えておくれ」
「「はい!」」
ナインとサチは、これまでの事を事細かに説明した。
「まあ、こんな感じで」
「サチよ、もっと詳しく。それはどんな状況でそうなったのだ?」
「えっとだから、こーういうー状況?です!」
身振り手振りが加わっただけの補足に、オムイは困り果てる。
サチは根は真面目なのだが、若干大雑把な側面があるのだ。
「賢い娘なのに、何ゆえこうなのだ…。実に惜しい!」
「オムイ様。僕が説明します」
その後完璧に説明した几帳面なナインであった。
「女神の果実が実ったあの日、地上より放たれた邪悪な光が天使界を貫いた。天の箱舟はバラバラとなり、せっかく実った果実が全て人間界に落ちてしまったのじゃ」
「バラバラ…。サンディ、頑張ったね」
「てっきり自分でどっかにぶつけたんだと思ったわ」
「サチ酷いっ。ナイン~、もっと褒めて~」
「地上に落ちたお前達や邪悪な光の原因を探すため、何人もの天使が地上へ降りた。だが帰って来たのはお前達だけじゃ。お前達の師イザヤールも…」
「イザヤール様も戻っていないのですか?」
「エルギオスのように、地上で行方不明にならねばよいが…」
「「エルギオス?」」
「年若いお前達は知らぬのも無理はない」
エルギオスは何百年も前、イザヤールの師であった天使だ。
気高き魂と人間を愛する美しい心を持つ偉大な天使であった。
だがある村の守護天使となった後、消息不明になった。
「イザヤール様ならきっと大丈夫ですよね」
「そう信じよう。さあ、世界樹に報告に行くのじゃ。天使に戻してもらえるかもしれぬ」
「「すぐに行って来ます!」」
ナインとサチは世界樹の元で熱心に祈った。
そんな二人に、不意に睡魔が襲って来る。
そこでこんな声を聞いた。
『…人間達は、この世界に相応しくない。己の事しか考えず、ウソをつき、平気で他者を貶める、そんな人間の何と多い事か。私は…人間達を滅ぼす事にした』
『お待ちください!私は人間を信じます。この身に代えても人間界を守りましょう』
「サチ、ナイン!目を覚ますのじゃ!」
オムイの声で目覚める二人。
「何だか、奇妙な夢を見てたような…」
「私も!それって同じ夢?あれは一体…」
その時、また別の声が上空から降って来た。
『守護天使ナイン、そしてサチよ。よくぞ戻ってきました』
「「この声は!」」
『再び人間界へ行きなさい。散った果実を集めるのです。そして人間達を、世界を、救ってください…』
女神の声は消えた。
残念ながら二人は天使の姿には戻っていない。
「神のお告げがそう言うならば信じるのみ。さあ、再び地上へ降りて果実を取り戻すのだ」
「「仰せの通りに」」
サンディの所に行くと、ちょうど人間界に戻る所だった。
「ちょうど良かったー、こっちは人探ししなきゃなのよ!協力し合おうじゃん?」
・・・
思わぬ展開で再び地上へと舞い戻った2名プラス1。
到着するや、一人の女性の霊に遭遇する。
『いない…ここにも。あの人はいない…』
そう言って消えてしまった。
「何か力になれれば良かったんだけど」
「ね。何だかとても悲しそうだった」
「もう消えちゃったし助けようがないよ。さ、次行こう次!」
・・・
3人がやって来たのは漁村だ。
浜辺に人だかりができている。
ナインは近くにいた一人の少女に声を掛けてみる。
「ねえ。何をしているの?」
返事は返ってこない。
首を傾げる面々の元へ、男性が慌てた様子で近づいて来た。
「旅の方ですかな?私は村長です。この子は今、海に向かって祈りを捧げておる。済まんが下がって見ていてくだされ!」
「ぬし様…海の底よりお出で下さい。海の恵みをお授けください」
すると巨大なクジラが現れ、浜辺に大量の魚を打ち上げて行ったではないか。
「来たぞ!ぬし様だ!」
「これで漁に出なくて済む!」
「ありがたや!」
「今のが海の守り神ぬし様。オリガが祈りを捧げると浜にいらして魚をくださる。お陰で村の者は命懸けで漁に出なくて済むようになりました」
「「そうなんですか…」」
オリガと呼ばれた少女が二人にそっと近づく。
「あの、旅の方ですよね?家へ来てくれませんか、聞きたい事があって…」
「何かワケアリな感じだね。行ってみよう」
「ええそうね」
それまで口数少なであった少女は、家に着くなり必死な様子で二人に訴えた。
「あたし、ずっと村の外から誰か来るのを待ってたんです」
もうこれ以上ぬし様を呼び出したくないのだと。
「さっきの村長の話を聞くに、誰も働かなくなってるみたいだしねー」
「そうだね」
「こんな暮らし、間違っている気がして。私達は皆さんからどう見えますか?」
「祈る気持ちは大切だよ。でも頼って甘えるのはよくないと思う」
「そうですよね!」
「村長や村の人達にそう伝えてみたら?」
「話したけど…バカな事言うな、皆納得しないって。お前ができるのは祈る事だけだって…」
父親が海で行方知れずになってから、オリガはこれができるようになった。
何もできなかった自分が、唯一役に立てる事なのだ。
「でも私、もう一度言ってみます!」
この日はそれで別れた。
「ちょっとアンタ達。いいの?無責任な事言っちゃって。村には村の事情ってモンがあるんじゃ?オリガが酷い目に遭っても知らないよー」
「確かに心配だ。様子を見に行こう」
次の日、家に行ってみるもオリガの姿はなかった。
辺りを捜索していると、近くにいた村の漁師の男が二人に声をかけて来た。
「オリガに何か用か?村長が岩場の海岸に連れて行っただよ」
「え…それって何かっ」
「何するつもりだろう?」
嫌な予感がする、とその場へ急行する二人。
やって来ると、こんな会話が聞こえて来る。
「仕方がない。そこまで言うならやめていい。村人にはお前の力は消えたと言っておく。これからは気が向いた時にでいい、離れた海岸でこっそりお祈りしよう」
海の底にはサンゴや真珠、沈んだ船の財宝もまだまだあるはず。
オリガならそれを持って来てもらう事もできるのだから、と。
「…財宝?村長さま、一体何をおっしゃって…」
「たまにでいいのだ。そうすればワシらは豊かに幸せに暮らせる」
「豊かで、幸せ…」
「そうだ。これからはワシが父親になる。もう帰らない父など待ち続けるのはやめなさい」
「いや!あなたは私のお父さんなんかじゃない!私のお父さんは…!」
その時、海が突然荒れだし、ぬし様の姿が現われた。
「おお、ぬし様!ほらオリガ、早く祈りなさい、ぬし様に財宝を持って来て…っ」
言葉は途切れた。巨大クジラが暴れ出したからだ。
「これはマズい展開ね」
「助けよう!」
ナインとサチは飛び出し、同時に呪文を唱える。
危機一髪で巨大クジラを鎮める事に成功した。
『…オリガ』
クジラの姿が一人の男性のシルエットへと変わる。
「その声…お父さん!」
『辛い思いをさせて済まなかった…。あの嵐の晩、海に投げ出された私の元へ、黄金の果実が降って来たのだ』
薄れ行く意識の中、それを手に男は娘の事を案じた。
娘がこの先、一人でどう生きて行くのかと。
『私は確かに死んだ。だが次に目覚めた時、この姿で甦っていたのだよ』
「そんな…」
『お前が生きて行けるように、浜に魚を届けていた。だがいつしかお前の元に人々が群がるようになった。黙っていたがもうここまでだ。オリガ、こんな村は捨てて遠くへ行こう。これからもずっと私が面倒を見る。何も心配はいらない』
「お父さん…そんなのダメ。私はここで漁を手伝う。一人で生きて行けるようになる」
『…そうか。ならば私はお前を見守り続けよう。いつもお前の側に、いるよ、オリガ…』
男の姿は消えて行った。そして一つの金色の果実が落とされる。
「あーっ、女神の果実じゃん!」
「サンディ、静かにっ」
「感動的シーンなんだからっ」
「旅人さん、ありがとうございました。あたし頑張ります。村一番の漁師の娘ですから!」
「うん。頑張ってオリガ。僕達も応援しているよ」
「頑張れ!」
オリガの顔はこれまでとは打って変わって生きる力に溢れ輝いていた。