エルギオスの去った地下牢に、ラテーナの霊が姿を現した。
『エルギオス!』
ようやく体の自由を取り戻したナインとサチ。立ち上がってラテーナと対面する。
「キミは、ラテーナだね」
「あなたが探していたのはエルギオスだったのね。今さっきまでいたんだけど」
『今度こそ会えると思ったのに…また、手が、届かなかった…』
ここでラテーナの過去が二人に語られる。
『ガナンの兵から私を守ってくれたエルギオスは、その後も何かある度に私を、そして村を守ってくれた』
ある時などは、たった一人で複数の武器を持つ兵達を相手にして大ケガをした事も。
「もうっ、ケガが治り切ってないのに、また勝手に抜け出して!」
「しかしラテーナ…。村に危害を加える者が迫っていたのだよ」
「分かってるけどっ。この前の戦いで傷は悪化しているのよ?もっと自分を大事にして?」
守護天使とはいえ万能ではない。
戦い続ければ疲労も溜まる。そうなれば油断も生まれケガもする。
「ここは…いい村だな。暮らすようになって改めて思う」
「そう言ってくれるのは嬉しいけれど…」
そしてエルギオスは柔らかな眼差しを向けてラテーナに言う。
「私はこれからもこの村を守り続けると誓う。これは約束の証だ。受け取ってくれ」
「これは…?」
「この星空の首飾りは、天使が近づくと力に反応して輝き出す。…願わくは、この首飾りが常に輝きと共にあらん事を」
「それって!…これからもあなたがずっと側にいてくれるって事ね。嬉しい…」
ここまで聞いていたサチが思わず口を挟む。
「これってハッピーエンドじゃない?ステキっ」
『…でも、それは叶わなかった』
「やっぱりそうだよね。サチ、黙って続きを聞こう」
「むーっ」
『何度もエルギオスに追い返された兵達が、今度は大群を差し向けて来たの』
「私達がその場にいたら加勢してあげられたのにっ」
『これ以上たった一人で無理をしてほしくなかった。私は戦おうとするエルギオスを説得し、村の裏山の洞穴に二人で身を隠したわ』
「やはり私は村に戻る。敵を前に逃げるなど、守護天使として許されない」
「あなたならそう言うと思っていたわ。でもせめてこれを飲んで行って。傷によく効く秘伝のお薬よ」
人間の薬が効くのか不明だったが、ラテーナを信頼していたエルギオスは快く受け取った。
だがそれは睡眠薬だった。
「どう…して、ラテーナ!…」
「ごめんなさい…、でも私は、どうしてもあなたが傷つく事に耐えられない!」
そこへどういう訳か兵達がやって来る。
「そこにいるのは本当に翼の男か?」
「いたぞ、ガセネタじゃなかった!見つけたぞ!」
「なぜ帝国兵がここに?来ないで!この人は渡さない!」
そこへさらに村長までもがやって来た。
「娘にひどい事はしないでくだされ!村人には手を出さない約束ですぞ!」
「お父さん、どうして…?だましたのね!ひどいわ、守護天使様を帝国に売るなんて…!」
ラテーナは眠ってしまったエルギオスの体を必死で揺する。
「エルギオス!起きて!エルギオス!」
「うう…ラテーナ、これはっ」
この様子を見ていた兵の剣先がラテーナに向けられる。
「おい娘、よもやこの男と通じているな!」
「お待ちくだされ!この娘は男を誘き出して眠らせた協力者ですぞ!」
こんな話を聞けば、薬で朦朧とするエルギオスはこう考える。
「ラテーナ…私を眠らせたのは、そういう理由なのか…?」
「そうじゃない、そうじゃないのエルギオス!」
エルギオスは再び眠りについてしまった。
お陰で兵はようやくエルギオスを捕らえる事ができた。
そして矛先は村長とラテーナに向けられる。
「この二人も始末しておけ!」
「そ、そんなっ、約束が違うぞ!くっ、ラテーナ、お前だけでも逃げるのだ…っ」
村長が殺される。
「お父さんっ!…待ってて、エルギオス。ここで死んでも、私はきっとあなたを見つけ出す。あなたがどこにいても、何年かかっても必ず…」
そしてラテーナも殺された。
「悲劇っ、悲劇以外の何ものでもないじゃないっ、また涙が…っ」
「泣かないけど僕だって悲しいよ。そんな事があったんだね」
『私は、もう一度彼に会ってあの時の事を謝りたいの。あの人が去って行ったなら、またどこまでも追うだけ』
そう言うと、ラテーナの霊は消えて行った。
「僕達も一旦天使界に戻ろう。エルギオスが神の国に行った事をオムイ様に報告しなくちゃ」
「そうだね。戻ろう」
二人はアギロを呼び出し天使界へと戻った。
長老オムイと共に、世界樹の元で全てを報告する。
「邪悪な光も魔帝国ガナンの復活も、全てあのエルギオスの仕業であったとは…っ」
エルギオスが人間界で消息を絶ってから数百年。
魔帝国ガナンに囚われたまま生きていた。憐れな事に邪悪に心を蝕まれ、堕天使となって。
『悲しみが、空を覆っています。堕天使エルギオスの悲しみと怒りが、世界を染めようとしている…これ以上罪を重ねさせてはいけません』
「女神様、でも今の僕達ではエルギオスには歯が立ちません」
「体を動かす事もできないのです!」
「天使の掟、だな」
オムイが付け加える。
『天使の理に縛られずエルギオスと戦う方法は、一つしかありません』
女神セレシアの言葉に、3人が口を閉ざす。
薄々は気づいていた。それが完全に人間になる事であると。
『あなた達天使がこれまでに救って来た人間の清き心が、女神の果実を結実させました。それを食べればあなた達は人間になれます』
「今度こそ本当に、人間になる…?」
『つらい選択を強いている事は分かっています…ですがもう、この方法しか…』
「今までの自分を捨てて、新しい自分として踏み出すって事だよ。迷ってる時間はない、キミの選択を聞かせて、サチ」
「ナインはもう答えが出てるみたいね。もちろん私もオーケーよ!」
即答したサチにナインが強く頷く。
すると、世界樹から二つの果実が静かに下りて来た。
それぞれ手にし、二人は勢い良くかぶり付いた。
『二人とも、よく決心してくれました。これよりあなた達は人間として、世界の守り人として…新たな生を歩んで行くのです。さあ…神の国へ…エルギオスを止めて…』
またもセレシアの声は途切れ途切れとなり、やがて消えた。
「僕達、本当に人間になったのかな」
「ねぇー…」
「お前達にはもともと羽も頭の輪っかもなかったからな。ワシも実感できぬわい」
いまだ長老オムイの姿も見えているし会話もできる。
そこへ話を聞きつけたのかサンディが慌てた様子で飛んで来た。
もちろんサンディの姿も見えている。
「ちょっとアンタ達ー!マジに人間になっちゃったの?!」
「サンディ。何だか久しぶりだね。そうなんだ」
「そうなんだ、ってナイン、何でそんなにあっさりしてるワケ!」
「サンディが騒ぎすぎなんだよ。ねえサチ?」
「あんまり騒がれると、私も何だかマズい事した気になって来る…っ」
「今は深く考えない事!ほらサチ、これでエルギオスと戦えるよ。いざ神の国へ!」
「え、またあっち行くの?今度はアタシも付いてきたーい!」
「もちろん来てよ。ほらサチ」
「う、うん、そうだね。そんじゃ皆で行こっか!」
「ワシはここに残る。全てが上手く行くよう祈っておるぞ!」
「「ありがとうございます、オムイ様」」
「そんじゃ行こ行こ♪どこまでもお供するよん、アンタ達っ。レッツら、ゴー!」
しばし不在にしていたサンディは、事情がよく分かっていない。
ただ今ばかりは、この陽気さに救われるナインとサチであった。