天の箱舟で再び神の国へと降り立ったナインとサチ、そしてアギロとサンディ。
そこは前回とは打って変わって禍々しい空気に満ちている。
「見て、空の色が怪しくよどんでるよ」
「急ぎましょう。アギロとサンディはここで待機していて」
「ああ。また箱舟壊されたら堪らんからな」
「そうだよそうだよ、もう一人で修理するのゴメンだからねっ」
「何だよ、またそれかよ。それについては感謝してるって何回も言ったろうが?」
「まだまだ足りな~い!」
終わりそうもないアギロとサンディの言い合いを尻目に、ナインとサチは踵を返す。
急いで宮殿へ向かえば、そこもまた以前とは様相が一変していた。
「存在そのものが罪なのだ。人間だけではない。神の創りしこの世界は、ありとあらゆる罪に塗れている。全ての罪に裁きを下さんとするならば、もはやこの世界を滅ぼす他ない」
神の玉座に腰を据えたエルギオスの声が聞こえる。
「まだ言ってるの?その考えはおかしいわよ!」
「…翼なき天使共よ。我が目的を阻むためここまで来たか。愚かな事だ」
「今度は戦える。あなたを止める!」
「これは実に愉快だ!人間への憎悪により堕天使となった私の前に立ちはだかるのが、天使を捨て人間となった者とは!」
「あっさり分かっちゃったみたい」
「オムイ様は分からなかったのにねー」
「お前達の決意に応え、私も天使の姿を捨て完全なる破壊の化身と化そうではないか」
そう言うやエルギオスは変身を遂げた。
二本の長い角。大きな翼に長い尾のモスグリーンの魔物となった。
「そんな律義な事しなくていいのにっ」
「本当は、きちんとした人だったんだよ。…正気に戻ってほしいな」
「人に堕ちたる者達よ。私の後を追って来るがよい!」
二人は以前のように体が動かなくなったりはしなかった。
すぐにエルギオスの後を追って走り出す事ができた。
「これが、何にも縛られず運命を切り開いて行ける人間のチカラ、なんだね」
「いいじゃない?人間って!」
走りながらこんな事を語り合う二人。
それにしても城はとても広く、行けども行けどもエルギオスの姿が見当たらない。
「ここ、この間来た時と何か違わない?」
「きっと、エルギオスの憎しみが元々の神殿をいびつに作り変えたんだ」
エルギオスは守ろうとした人間に裏切られ怒りと憎しみに染まった。
人間への愛情が深かったからこそ、巨大な憎悪となってしまったのだ。
「僕達で必ず倒して止める!」
「そしてエルギオスを救いたい…やり方は分からないけれど」
二人は邪悪な気配を追って進み、ようやくエルギオスに辿り着いた。
「来たか…人に堕ちたる者よ。では始めよう、世界の滅亡への第一歩を!」
敵はこれまでのようには行かなかった。
サチのお得意のセクシービームも効果なし。
それどころか、逆に眠らされたり痺れさせられたりで戦いにならない。
「これで終わりだ、メメントモリ!」
「今度は何よっ?ナイン、起きてーっ」
痺れた体を恨めしく思いつつ、横でグースカ眠りこけるナインを呼び続けるサチ。
そして二人の体力はゼロに限りなく近づいた。
「もうダメ、何という深い憎悪なの…。これが勘違いから生まれたものだなんてっ」
サチがそう嘆いた時。
その場にラテーナの霊が現れたではないか。
まだそれに気づかないエルギオス。勝利を確信して声高らかに語り始める。
「くっくっく…この世界は消滅するのだ!私の憎悪の力は底知れぬ!グオオオ!」
エルギオスの体から邪悪なる光が溢れ出す。
『やっと、見つけたわ…』
それはとても小さな声であったはずなのに、エルギオスは聞き逃さなかった。
「ラ、ラテーナ…なのか?私を裏切った人間の娘。今さら何用だ?」
『エルギオス…あなたを、ずっとずっと、探していたの』
「何を今さらその必要が?」
『あの日、私はあなたを守れなかった。だからずっと、探し続けていたの。今度こそ…あなたを救いたい。絶望の闇の中で迷う、あなたを…』
言い終えるやラテーナから白い光が溢れ出す。
それはエルギオスの邪悪な光を飲み込んだ。
「なっ、これは?!体が、温かなものに包まれて行く…っ」
やがて光が消えると、そこには天使の姿に戻ったエルギオスがあった。
「ラテーナ…。思えば、キミが私を裏切るはずなどなかったのだ。今頃それに気づくとは」
「さっきの光の中で、真実を知ったのね」
「僕達も見せてもらったアレだね」
『エルギオス、分かってくれたのね…!嬉しい…』
「己の未熟さがただただ恥ずかしい。こんなにも永い年月を、愚かな私のために彷徨い…つらかっただろう、ラテーナ」
ラテーナは何度も首を左右に振り、何も言わずただ笑顔でエルギオスを見つめる。
「こんな私のために、あの頃と変わらぬ笑みを向けてくれるのか…」
ラテーナの笑みが絶やされる事はない。
それを改めて確認してから、エルギオスはナインとサチへと目を向ける。
「人間となった天使達よ。感謝する。お前達が止めてくれなければ、私は我を忘れて世界を滅ぼしていた。愚かなる行いの数々は、償っても償いきれぬ…」
『行きましょう、エルギオス』
「…ああ」
二人は静かに天へと昇って行った。
「これで二人の魂も救われたんだね…」
「良かったっ」
邪悪な気配は一転して、澄み渡った夜空が広がる神の国。
どこからともなく不思議な声が聞こえて来る。
『ナイン、サチよ…』
「この声は女神様!」
そしてセレシアの姿が現れた。
『悲しき魂を救い、世界を守ったのはあなた達です。天使であり人であるあなた達の良き心、良き行いが、世界を救いました』
そして今、長きに渡る天使達の役目も終わろうとしている。
星となって永遠に星空の守り人として輝き続けるのだ。
その言葉の通り、今空には無数の星が煌めいている。
『ナイン、サチ。あなた達には別の役目があります。人間として、この世界の守り人になってください』
「ですが女神様、僕達はもう…短い生を終えれば滅び行く身です」
『それに加え、この神の国も私も…天の箱舟も、いずれ見えなくなるでしょう。それでもあなた方の血を継ぐ者達には、この使命が続いて行きます』
「血を継ぐ者、子孫ですか?」
『ナイン、サチ。私はいつでも見守っていますよ。さあ行くのです、あなた達の世界に』
「「仰せの通りに。女神様。さようなら」」
もうここへ戻る事は決してない。
行って来ますではなく、別れを告げた二人であった。
『ありがとう…私の愛しい天使達よ…』
天の箱舟では、アギロとサンディが待ち構えていた。
「話は全部聞かせてもらったぜ」
「グスっ、何よぉーアンタ達。これでお別れなんて、そんなの寂しいよ~!」
「しょうがねえだろ。二人は人間になっちまったんだ。住む世界が違うんだよ」
「そんなの関係ないじゃん!テンチョーのバカーっ!!」
そう言い散らし、サンディは飛んで行ってしまった。
「悪いな、二人とも。アイツはまだ子供だからよ。許してやってくれや」
「大丈夫だよアギロ。寂しいのは僕達も一緒だから」
「そうだよー、えーん!」
「ほら、ここにもいるよ、大きな子供が」
アギロとナインが泣きじゃくるサチを見て穏やかに笑う。
「お前達の幸運を祈ってるぜ」
「あ、サチ、空を見て!」
「おーい!ナインー、サチー!」
そこにはサンディの姿が。
小さな体をめいっぱい使って感情表現しながら叫ぶ。
「これまで一緒に旅して、結構ーオモシロかったよー。人間になってもトモダチだからねー!忘れたらただじゃおかないんだからー!」
「「ありがとう、サンディー!」」
・・・
地上での生活を始めたナインとサチ。
その暮らしぶりは、これまでの冒険の旅とさほど変わらない。
「結局、人間になっても人助けして回ってるねー、私達」
「これが板に付いちゃったみたいだ。感謝されるのって嬉しいしね」
「それに、こうやって困った人を助ける事が、守り人の役目だったりするもんね!」
「結局、神様は見つからなかった。どこにいるんだろうね」
この時はまだ、のちの未来で神との壮絶な戦いが待っている事など誰も想像していなかった。