日も暮れた一帯は真っ暗闇だ。
待機場として提供された一軒家にて、交代で外に出て耳を澄ます。
「獣の泣き声しか聞こえねえや。…ふぁあ~。やべ、眠気が」
「お兄ちゃんっ!」
「っ、ビックリした…お陰で目が覚めたぜ」
「交代だよ。あったかいスープあるよ、中で飲んで」
「おう、サンキュ。ここら辺、野生の獣が多そうだから気を付けろ。何かあったらすぐに声出せよ?」
「うん、ありがとう」
何というタイミングでやって来たのか。
居眠りを始めずに済んで、ボシュはアイミーに心でもう一度礼を言った。
「お疲れ、ボシュ」
「ここ座って。スープ入ってるよ」
「お、美味そう!サチが作ったのか?」
「まさか!リリ姉だよ」
「こちらのサチ姫様は箱入りだからね。そんなのは召し使いがやるの」
「リリ姉っ」
「ヤダ、リーダーはドンと構えてろって意味だわよ?」
「もうっ…」
リリは開き直ってこんな事を言ってみる。もちろんボシュは全く無関心だ。
「どっちでもいい。美味いもんが食えれば?ところで今回はジジイのヤツ一度も顔出さねえな」
「まだその時じゃないのよ」
「何の情報も仕入れてないって事か」
「何せあの方はウチらパーティの助言者だからね」
「リリ姉もそう思ってるんだ」
「でしょ~?ただのお供って感じじゃないし!」
「サチの師匠の師匠、だもんな。あったけー…生き返るわ」
スープをすすりながらボシュが続ける。
「外、そんなに寒かった?」
「っつーか、寒気?」
「ヤダ、風邪でも引いた?」
「違う。きっと魔物が近くにいるからだ」
この一言に、3人同時にアイミーの事が心配になる。
気づけば同時に立ち上がっていた。
「ボシュはまだ休んでて」
「サチだって順番違うでしょ」
「もうジッとしてられねえって事だろ皆。似た者同士だな、俺ら?」
ヤダぁといいながら嬉しそうなリリと、ふふっと楽しそうに笑うサチ。
3人でアイミーのいる戸口に向かうも…。
「アイミー?…いない」
「え、トイレじゃないの?」
「交代したのついさっきだぞ。アイミー!」
外に飛び出した3人。そこには誰の姿もない。
耕す者がいなくなり荒れ始めた畑が広がるばかり。
「ずっと、怪しい気配はしなかったぜ」
「でもボシュ、寒気したんだよね?」
「ああ…だが、何かが至近距離にいれば分かる」
「短時間で接近して来たって事…?」
「そんな~、ジョニじいじゃあるまいし!」
「そうだよ、ジジイじゃねーの?アイツが来てアイミーを…それもマズいだろ、探せ!」
ボシュが慌て出す。何を想像したかなど2人にはお見通しだ。
その時、遠くの方からカツーン、カツーンという音が僅かに聞こえて来たではないか。
「しっ!聞こえる、これじゃない?」
「岩を叩く音か!しかしどうする?アイミーを探すのが先だろ」
「魔物の気配はない。アイミーはきっと自分から行ったのよ」
「どこへだ!」
「私達のすべき事をするために決まってる」
「よし、音のする方に行こう!ここはサチの言葉を信じよう、ね?ボシュ」
しばし悩んでいたボシュだが、意を決して顔を上げる。
「アイツはもう、俺の後を勝手に付いて回って転んで泣いてたアイミーじゃない。自分でちゃんと判断して動ける。俺も信じるぞ」
「良く言った兄貴!行こう、サチ!」
「待って、中の火の始末大丈夫だった?」
「抜かりはないよ。いつでも動けるようにしてた」
「さすがリリ姉!じゃあ行こう!」
こうして3人は、暗闇の中を音を頼りに進んで行く。
いつしか辺りは深い森に変わっていた。
「何かいるよ、気を付けて」
先頭を行くサチが何かに反応した。
一見何の変哲もない森の中。
その中の大木の一本が不穏な動きを始める。
「ゴゴゴ…上手く隠れたつもりだったが。よく見破ったな!ん?…お前達、まだ魂を抜かれてないのか。あの人魂の野郎、しくじりやがったなぁ!」
「女みてーにペチャクチャうるせえ木だな!」
「ぬぬっ!俺はウドラーだ、木と呼ぶな!」
「ああ?木は木だろうが。枯れ木の方がいいか?いや、老木はどうだ?」
「お前だってうるせえぞ、人間のガキが!」
「んだと?コラ!もっぺん言ってみろ!」
「ボシュ!今ブレーキ役不在なんだから自重して」
「ホント、マジうるさい木!さっさと消えて!マール・デ・ドラゴーン、全速前進!」
いつもは魔物とも会話重視のサチだが、言葉を交わす間もなく必殺技が炸裂する。
辺り一帯に潜んでいた同種族の木の魔物達までも一掃し、森は静かになった。
「俺まで流されるかと思ったぜ。やるなら一言言ってくれよ?」
「ボシュが流される事はない。むしろ気を引いてくれて助かったわ。あいつら、復活呪文を使えるから」
「怖っ、それって一匹倒してもまた甦るヤツね」
「気を逸らせておいて一気に片付けるのが一番」
「木、だけにか?上手い事言うなサチ!」
「森の中じゃ、どれが魔物か区別つかないしね~」
「おおっ、そうだよ知ってたぞ俺は。だろ?ははっ!」
妙にテンションの高いボシュに若干いぶかし気な視線を送りつつ、リリも追及はせず。
大事な妹が行方不明となれば、穏やかな心境ではいられない。
「さあ、先を急ごう」
「ねえ、音が聞こえなくなってる」
「マジか。さっきのドラゴーンに驚いたんじゃね?…って、サチ?」
「誰が?ねえ誰が?」
なぜかしきりにボシュを責め立てるサチ。
「っ何だよ、そんなに圧掛けて聞いてくんなよ…」
「アイミーはこの技知ってる。驚かない」
「だから、アイミーがだなんて言ってねーよ」
「じゃあ誰が?ねえ」
「サチが壊れた…」
「アイミーは消えるわ、リーダーがいきなりこんなって、一体どうなってんだよ!」
「この森が変なんじゃない?」
まだサチは壊れたロボットのように、誰が?と繰り返している。
途方に暮れかけた時、森の奥から明かりが近づいて来た。
「ボヨ~ン、ボヨ~ン」
「あっ、いた!お兄ちゃん!リリ姉、サチ!」
何と暗がりから現れたのは、アイミーとジョニーであった。
「アイミー!無事だったんだな、良かった…っ」
「やっぱりジョニじいと一緒じゃん!」
「それがさぁ、ちょっといろいろあって」
「そのいろいろが非常に気になるが、今はそれどころじゃない。サチがおかしくなった」
「済まん、ワシが代わりに謝るのである。サチ殿、目を覚まされよ!」
なぜかジョニーが前に進み出てサチと対面する。
丁重な謝罪の後に、何かの術を放った。
「…あれ?私何してたっけ。あ。アイミー!」
「サチ、心配かけてゴメンね」
「ったく。何がどうなってんだよ?」
「サチ殿はワシの同族の放った混乱攻撃を受けてしまったのじゃ」
「え、ジョニじいの同族?って何、そんなのがこの辺りにいるの?」
「その人に私も間違って付いてっちゃって…」
「そんなに似てるのか?」
「瓜二つ!逆に違うとこ見つかんない!」
「…待て。まだ意味が分からねえんだが」
混乱するボシュ。これは術によるものではなく純粋な思考停止の状態である。
そんな時、またしてもカキーンという音が森に響き渡った。
「あ、また聞こえて来た!向こうの方みたい」
「まずはこっちだな。よし、行けるか、サチ」
「もちろん行く。何で聞くの?」
混乱していた辺りの記憶はないらしく、サチは首を傾げている。
「いや。問題ないならいい。行くぞ!」
向かった先は川であった。どうやらその上流から聞こえて来る。
「ここ登るの?結構険しそう」
「俺は問題ないぜ。サチは、…」
サチはすでに川の中に飛び込み、じゃぶじゃぶと登っている。
「ウチのリーダーったらたくましいわ…」
「ドラゴーン呼ばれなくて良かったけど」
「ここにアレ来たら川が干上がるー」
進む気配のない女二人に手を差し伸べたのはジョニーであった。
「今回の詫びに、ワシに掴まるがよい、お二方」
「え?」
「二人も同時に運べるの?」
「オナゴ二人くらい余裕じゃ。特に若くて美しいならむしろ大歓迎!」
サチに遅れを取るまいと、すでにボシュは行ってしまった。
ここは贅沢は言えまい。二人は意を決してジョニーの背にしがみついた。
「しっかり掴まるのじゃ、それ、ボヨ~~ン!」
「うわぁっ」
「弾力半端なっ、舌嚙みそっ」
「歯を食いしばっておれ!」
あっという間に上流に到着した。
「遅かったね、ボシュ君にサチ?」
「なっ、ズルいぞ!」
「そういう手があるなら先に言ってよー」
「サチ殿も乗せてやりたかったのだがのー」
「サチったら、一人でさっさと行っちゃうからだよ?」
「俺だって!」
「残念ー。乗せるのはオナゴだけじゃっ」
「こん…の、エロジジイがっ」
「何じゃ?大事な妹を連れて来てやったのにその言い草か?」
「くっ…」
「皆、洞窟がある。この中から聞こえて来るみたい。先行くよ!」
待ちかねたサチはまたも先に行ってしまった。
「おい!そうやって一人で行くなっつってんだろ、待て!」
「さあ、おぬし達も行くのじゃ。健闘を祈るのである」
「ありがと、ジョニじい」
「行って来るね、ジョニじい」
一人になったジョニーの鼻の下が、しばらく伸び切っていた事を知る者はない。