旅の仲間は家族となりて   作:氷ユリ

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第13章 氷魔の一族(2)
第72話:夢かうつつか


 

 

 サチは夢の中でドラちんと会っていた。

 

 

「姉さま…。サチは道を間違えたのでしょうか」

 

「何を言うか。お前が間違えたとすれば、それは俺に責任があるという事になるが」

「そんな!姉さまに責任だなんてっ」

「サチよ。聞け。俺は今、ニンジャになるべく修行をしておる」

 

「…。え?」

 

 サチはドラちんの言葉に耳を疑う。

 攻撃型まっしぐらのあの凛々しい大尊敬するお方が、自分と同じ職業を目指しているという。

 

「だって姉さまは、魔剣士を極めると…え?」

 

 

「コホン…」

 

 ここでドラちんが小さく咳払いをした。

 

 

「姉さま?」

「良いかサチ。この世界は力だけが全てではない。時には狡猾に敵をそそのかし、隙を作って賢く戦う。それでこそ真の冒険者ぞ」

「姉さま…」

 

「お前はそれが実に上手い。手本にしたいと思っているくらいなのだ。間違ったなどと言ってくれるな」

 

 

「姉さま…っ。サチはどこまでも頑張ります!姉さまのためとあらば!」

 

 サチの瞳に再び光が宿る。

 

 

「…良い。それでこそサチじゃ。俺の妹分よ、共にこの世界を救おうではないか」

「はい!」

 

 

 

 

 ここでサチは目を覚ました。勢い良く上体を起こして辺りを見回す。

 

 

「姉さま!…あれ?ここどこ?」

 

 

「ようやくお目覚めか。我が花嫁よ」

「って、…誰?」

「姉さまとやらでなくて済まなかったな」

 

「えっ…夢かぁ。残念…」

 

 

 あからさまにガッカリされて、ネルゲルは少し落ち込む。

 

 

「サチよ。その姉さまとは誰ぞ」

 

「そんな事よりあなたこそ誰?ここはどこなの?」

「そう興奮するでない。体は大事ないか?どこか不具合があれば言うがよい」

 

 

 ここでサチは自分が大激戦を繰り広げている最中だった事を思い出した。

 

「はっ!皆は?手の化け物は!」

 

「ここにはおらん。どちらも生きている。死ねばその魂はこちらの世界に来る」

「こちらの、世界?どういう事?私、もしかして死んだ、の?」

「そなたも死んではおらぬ。見ての通り魂はまだ体から離れてはおらぬであろう?」

 

 

 そう言われ、改めて自分の体を確認する。

 ここでようやく身に着けている衣服も髪型も変わっている事に気づいた。

 

「私いつの間に?ケガも、治ってる…。あなたが治してくれたの?」

「無論。それと、聞こえるか?これがそなたの仲間がまだ生きている証拠ぞ」

 

 

 耳を澄ませば、微かだが何か聞こえる。女性の声で、ザオラル!と唱える声が。

 

 

「この声、リリ姉?アイミーも!どういう事?まだよく分からない、私はどうなったの?」

「そなたは我の花嫁。もうあのような泥仕合をさせておく訳には行かぬ」

「は?何、花嫁って!冗談は顔だけにして!」

「…?!」

 

「それよりここはどこなの!ちゃんと説明して!」

 

 

 見た目とは裏腹な激しめの性格に、ネルゲルがややたじろぐ。

 

 

「済まぬが声のトーンを落としてくれぬか。騒がしいのは苦手なのだ」

「…失礼しました。つい…」

「よい。突然の事で戸惑うのも無理はない。徐々に慣れてゆけば良い」

 

「だからっ…」

 

「まずは自己紹介からか。我が名はネルゲル。ここ冥界の王である。我の統べるはあまねく魂。何人たりとも我からは逃れられぬ」

 

 

 これを聞いたサチは文字通り開いた口が塞がらず。

 その様子に若干気を良くしたネルゲル。恐れおののかれる事に快感を覚えるのだ。

 

 とはいえ、花嫁に恐れられるのは避けたい。何ならもっと距離を縮めたい。

 

「恐れる事はない。ここにいる限り、そなたの魂は永遠にその肉体にある」

 

 だからこそボロボロだった肉体に完全修復を施したのだ。

 

 願わくば、もう二度と傷をつけるなと言いたい。

 特にその美しい顔には。ネルゲルは心で思う。

 

 

「私はもう、あっちの世界には行けないの…?」

「その必要もない」

 

「なぜそれをあなたが決めるの?あなたは神様ではないのでしょう?」

「そのような存在があるとすれば、それは我が最も近いであろうな!」

 

「それってこの世の全てを知ってるって言いたい?そんなのあり得ないから!」

「そう。この世、そして俗に言うあの世。いずれその全てを我が掌握するのだ」

 

 

「バカバカしっ」

 

 サチがベッドから起き出す。

 

 

「サチ、どこへ行く?まだ体が万全ではない、ベッドへ戻るのだ」

「戻りません!私はあっちの世界に戻ります!」

 

 スタスタと扉に向かうサチだが、突然めまいに襲われてよろめく。

 

「うう…」

 

 

「だから言ったのだ。さあ、こちらへ」

 

 倒れかけたサチを抱き留めベッドへ誘導するネルゲルだが、その手つきはおぼつかない。

 

「…済まぬ、力加減が分からぬのだ。そなたを傷付けては元も子もない」

「お気遣いないく。姉さまに鍛えてもらったお陰で、そこまでひ弱じゃないので!」

「…」

 

 トゲトゲしいサチの態度を、どうしたら変えられるか。

 そしてまたも口にした姉さまという存在は一体。

 

 

 問題山積で頭を抱えたい…。冥王ともあろう者が?

 イラ立ちが募り、力でねじ伏せたい感情に囚われる。

 

 

 

「冥王様」

 

 

「…よいところに。用意ができたか。入れ」

「はっ、失礼いたします」

 

 

 絶妙なタイミングで、下僕が食事を乗せたカートを押して室内に入って来た。

 載せられたトレイにある、茶色の塊やら真っ赤な液体を見て眉根を寄せる。

 

 

「これが人間の食事か?」

 

 

「そのように伺っております…違いましたかね?」

「それは人間に聞くのが一番であろう。サチ、この食事は合っているか?」

「何その質問?…え、ヤバ、美味しそうっ!食べて、いいの?」

 

 サチの食い付きっぷりに、間違っていない事を見て取る二人であった。

 

 

 散々反発した割に、あっさり食べ物に屈するとは。

 それもいかにも怪しい人物が用意した食事を無警戒で頬張るなど?

 

 様々な葛藤はあれど、背に腹は代えられない。腹が減っては戦はできぬ。

 目の前に出された香ばしい肉の香りと、爽やかなトマトの赤がサチの食欲を刺激する。

 

 

「もちろん。存分に召し上がれ」

「お腹ペコペコで死にそうだったの!いただきますっ」

 

 

 

 

 すっかり平らげて満足したサチは、少し心に余裕が出てきた。

 

 食事中も今も相変わらず側に居座るネルゲルに向けて、質問を始める。

 

 

「ネルゲルさんは食べないの?」

「人間のように定期的に食する習慣はない」

 

「ふうん。別に興味ないからいいけど。ねえ、王様なんでしょ?仕事したら」

「下々の者がしている」

「でもここにいても暇でしょ」

「全く暇ではない。それこそお気遣いなく、だな?」

 

 

「って、見過ぎだったら!そんなに見られたら穴が空くわ」

「何?見ていたら人間には穴が空くのか。どれ、試してみよう」

 

 

「だから近づかないでっ。試さなくていいです!」

 

 

 人間に接する機会などなかったネルゲルは、その一挙手一投足、一言一句に興味津々だ。

 何せ日頃相手にするのは魂のみなので。

 

 

「それにしてもまだ諦めが付かぬようだな、そなたのお仲間は?」

 

 もう日常になってしまったリリとアイミーの唱えるザオラルの呪文の声。

 

 

「さっきはお腹が減ってたから、ふら付いただけ。もう大丈夫。早く戻らないと!」

「ならぬ」

「離してっ」

 

「サチ、そなたの居場所はここだ。我の側にいてくれればよい」

「お断りします!こんな服着て帰れない、私の服返して?あと武器とアクセサリーも。これはお返ししますから…っ」

 

 身に着けていた物を外そうとするサチの手を、ネルゲルが止める。

 

 

「返すも何も、そんなものはとうに捨てた」

 

「…今なんて?」

「もうないと言ったのだ。必要ないであろう?」

 

「ひどい、捨てたなんてっ」

「そうは言うが、そなたは武器など持っていなかったぞ」

 

 

「え?…あ」

 

 ここでサチは思い出した。最後の戦いで持っていたのは短剣ではなかった事を。

 

 

「あわよくばドラゴーン呼び出して帰れると思ったのにっ」

「何か言ったか?」

「いいえ何も言ってません!」

 

 

 脱力して再びベッドに座り込むサチ。

 

 

 そして次なる手段に出る。

 相手は自分に好意を寄せている。つまりあの手なら行けるかも?

 

「…ね~え、ネルゲルさぁん、サチはあっちの世界の様子が見たいの。まさかだけど、できるでしょう?見、せ、てっ」

 

 至近距離にいたネルゲルにしなだれかかるサチ。

 指先で胸元にまとうケモノの骨をサワサワしながら、上目遣いで問いかける。

 

 

 見た事のないサチの姿に、ネルゲルの体温が上がる。

 

「っ!あ、あっちの世界とはそなたの世界か?」

「ヤダ~、そうに決まってる~。で、見れる?」

 

 

「我に不可能はない。容易い事だ、それ見放題ぞ!…どうだ?」

 

 ネルゲルが両手を正面に掲げると、空間に何やらモヤモヤとしたものが現われた。

 それは次第にモニターと化し、そこに見知った顔が映し出される。

 

 

「リリ姉!アイミー!ボシュ!」

 

 身を乗り出したサチは、近寄り過ぎてモヤモヤに突っ込んでしまう。

 たちまち映像は消えてしまった。

 

 振り返って訴える。

 

「もう一回見せて!」

「あんなものを見ても面白うはなかろう」

「そんな事ない、もう一回…、お願い!」

 

 サチの懇願を無視する訳にも行かず、ネルゲルが再び映像を空間に映し出した。

 そしてリリの足元に、神秘の水晶が見えた。

 

 

「ああ…良かった、こっちに持って来てたら、捨てられてたところだった」

 

 

 サチはこれを確認したかったのだ。

 他の物は失くしてもいい。仲間の大事な武器だけはそういう訳には行かない。

 

 映像はまだ映し出されているのに、サチは俯いたままだ。

 あれほど願った仲間の姿を見ようとしない。

 

 

 不安に駆られ、ネルゲルはサチを覗き見る。

 

「サチ?具合でも悪くなったか?」

「いいえ。もういいです。ありがとうございました」

 

 

 それきり何も話さず下を向いたままのサチに、ネルゲルは困り果てる。

 こんな時のなぐさめ方も分からない。

 

 この先サチと親しくなるためには、自分がもっと人間について学ばねば。

 ネルゲルはそう考えた。

 

「用事を思い出した。しばし席を外す。何かあれば廊下で待機している者に申し付けよ」

 

 

 唐突にこんな言葉が降って来て、サチはようやく顔を上げる。

 

「分かり、まし、た…」

 

 

 

 ようやく一人になれた。サチは大きく息を吸い込んで、一気に吐き出した。

 

 

「いきなり用事って何?まさかあっちで魔王が復活して大勢死人が出たとか言わないよね…」

 

 自分でこんな事を言って背を凍らせる。

 こんなところで時間をムダにしている訳には行かない。サチは立ち上がる。

 

 

「この格好何とかしたかったなぁ…まあいいか。ニンジャとして出来る事…そうだあれだ!」

 

 

 サチは精神統一をして念じる。そして分身が現われた。

 

「出来た!姉さま、サチはやりました!ニンジャで良かった!分身のサチ、アイツを足止めして。頼んだわよ?」

 

 モワモワした分身は、頼りなくヨレヨレと笑った。

 

 

 

 ベッドに分身だけを残し、サチは窓から飛び降りる。

 

 風に広がるドレスの裾を押さえながら、背に流したうす緑色のスーパーロングをたなびかせ、サチは必死に走った。

 

 

 緑色の空と紫色の大地がどこまでも続く。

 足を付けるたびに、大地はぶよぶよと揺れて上手く走れない。

 

 

「気持ち悪い地面!まるでアイツの肌の色…ウゲッ」

 

 まるで夢の世界にでもいるような感覚だ。

 

 

 

 やがて走る事にも疲れて倒れ込む。

 大地はとても柔らかく、まるでベッドのようにサチを包み込んだ。

 

 どういう訳かその大地からネルゲルの体温を感じてゾッとなるも、立ち上がる事ができない。

 

 

 

「ああっ、助けて姉さま…!これは本当に現実?…分からない、私は…」

 

 

 サチの意識は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

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