気が付くと、部屋を飛び出したはずがまたベッドに寝ていた。
サチは辺りを見回し大いにうなだれる。
「やっぱり夢だったぁ…」
「夢ではない。あのような幻影を残して散歩とは?我が花嫁はチャーミングなのだな」
「あっさりバレたのね…ま、分かってたけど!で、チャーミングって言葉合ってる?」
サチは心の中でドラちんに謝った。何もやり遂げてはいなかったと。
せめてもの救いはネルゲルがお怒りでない事だが、不自然な単語に首を傾げる。
「人間の言葉も慣れてないのね。逃げ出した私を叱らない心の寛大さには感謝しますけど」
「叱る?なぜ?この世界は我の支配下にある。逃げ出すなど不可能」
「…くっ」
「そなたはただ散歩に出ただけ。そうであろう?」
肯定するのは負けた気分になる。サチは唇を嚙みしめて沈黙を貫く。
「どうやら花嫁はムダな足掻きがお好きなようだ。そのような抵抗も愛らしいではないか!」
「そうやってバカにしてたのね。だったら笑えばいいわ。私はただの人間。王様か神様か知らないけど、あなたから見れば米粒みたいなものよ」
「米粒とな。それは人間の食糧であろう。大事な物ではないか」
「そう。たくさん集まって初めて役に立つ。一粒消えたところで誰も気づかない」
「しかし、たった一粒にも重みがあろう」
人間とは何ぞや。この短時間でネルゲルはそれを学んだ。
何かを学ぶなどいつ以来の事か。
サチを振り向かせるためにはなりふり構っていられない。
「人間一人一人は小さくとも、それぞれに重みがある。サチがこの胸に飛び込んで来た時に確信した」
「重くて悪かったわ!」
「…そういう意味ではない。とにかく、我の未来に必要なのはこれだと確信したのだ。その小さな体に、かくも尊く大きな力を感じたのだ」
「尊く大きな力って?そんなの私にはないです」
一々突っかかられてもネルゲルがめげる事はない。
自意識過剰な人種はメンタルが強いのだ。
威厳ある声で演説は続く。
「時期に全世界は我のものとなる。だがそれが叶ったとて、我が心の虚しさは消えぬだろう」
「ちょっと待って、今、世界が自分のものになるって言った?」
「そうだ。つい先日その契約を交わした」
「先日、契約した?そんな事が言える相手って誰よ」
「うむ、あの者の名は何と言ったか…。忘れた」
「はあ?契約交わした相手を忘れるとかある?」
「そんな話はよい。我の虚しさを消し去れるのはそなたしかおらぬという話だ。そんな事ができる者なのだ、尊く大きな力を持っているであろう?」
ネルゲルの熱意のこもった言葉も、今のサチには入って来ない。
全世界を手に入れるなど、悪役の決め台詞のようなものだ。
しかもそれは魔王が目論んでいる事ではなかったか?
混乱を極めたサチは、またも目が回り出す。
そんな中で一つの答えに行き着いた。
それはフォズが語っていた、冥界から魂を連れ出した者がいるというあの話に繋がる。
「…もしかしてその条件って、魔王の魂、だったりする…?」
「それ一つで世界を掌握できるとあらば、そなたでも乗るであろう?なあサチよ!」
「バカっ!難アリの管理者って、こういう意味かぁ」
「難アリ、とは何だ?」
「こっちの話です!はぁ、どうしよう、どうしたらいい?ああ!頭が回らないっ」
「どうしたのだ、急に慌て出して」
サチの困り果てた顔を見て、ネルゲルも眉根を寄せてみる。
「こんな事してる間に、魔王の魂が肉体に戻ってしまう…。この人を説得するのは至難の業…。やっぱり私が向こうに戻るしかない。でも戻って何を?」
「サチ?どうしたというのだ。何をブツブツ言っている?」
ネルゲルの存在も忘れて、サチはひたすら考える。
「戻ってやる事は決まってる。まずはあの手の化け物退治よ!戻る肉体を失えば、魂も諦めるかもしれない。うん、そうよ!」
「サチ?」
「こうしちゃいられない。冥王様、サチのお願いを聞いてください」
「ようやくこちらを見てくれた。何だ?ここから出す以外ならば何でも叶えよう」
最初に釘を刺されて二の句が継げなくなるサチ。
ダメ元で言ってみる。
「その契約を白紙に戻す事は?」
「それはできぬ。一度交わした契約を反故にすれば、」
「すれば?」
「とにかく、おぞましい事になるのだ。それ以上は言わせてくれるな」
「なら私が邪魔した事にすれば!」
「何を血迷った事を…。それを我がそなたにさせると思うか?」
ダメか…サチはうな垂れるも、気を取り直して前を向く。
「大体、そんな条件、本当に守られると思ってるの?賢い冥王様なら分かるはずだわ」
「どういう意味だ」
「だから、全世界を手に入れるって話!恐らくあなたが契約した相手は四天王の誰か。奴らは魔王を復活させて、それこそ世界征服を狙ってるのよ?」
「知っている」
「は?知ってるのにどうしてっ」
「我がその魔王の上に立てばよいだけだ」
「簡単に言うけど、本当にできる訳?」
「我に不可能はない」
そんな世界が実現したなら、果たして平和は戻るのか?
一瞬考えたサチだが、そんな仮定の話は今はどうでもいい。
「ま、いいけど!とにかく私にはやる事があるの。このままじゃ死んでも死にきれないわ」
「そなたが死ぬ事はない」
「んもうっ、だから!一生悔むって言いたいの!」
「心配するな。そんなものは綺麗さっぱり忘れさせてやろう。容易い事だ」
「やめて。それは絶対にやめて!そんな事したらあなたの事、嫌いになるわよ?」
嫌いになると言われ固まるネルゲル。
それだけは困る。絶対にやめようと心に誓う。
「分かった。それはしない。だから嫌わないでくれ、どうか…!」
威厳はどこへやらで途端に弱々しく懇願され、調子が狂うサチ。
「そんなに、必死にならないでよ…分かったから」
「安心した」
「…なんか私、踊らされてる?まあいいや、だから、私をあっちに行かせて!」
「ならぬ」
「な、ん、で!」
「また同じ問答か?そんな事より、もっとそなたの事を知りたい。別の話をしようではないか」
サチのため息が力なく吐き出されて消えた。
・・・
その頃。残されたボシュとリリ、アイミーはレベル上げに勤しんでいた。
「修行に参加してくれて良かったぜ!」
「取りあえず強くなっとかないとね。アンコールの技は必須だし?」
「私ももっと強くなりたい。昼間は修行、夜に呪文でいいしね」
「ああ。歯がゆいが、そっちは二人に頼むしかない。俺は呪文使えないからな。で、手応えは?」
「全然。サチはまだ生きてるからだって、思う事にしてる」
「うん。生きてるなら、ザオラルは意味がないもの」
「だな。きっと生きてる。そんでもって戻って来る。俺も祈ってる」
3人は天を振り仰ぐ。
すっかり邪悪な空気も消えて、何の変哲もない青空が広がる。
「あの死闘がウソみたいだね。これで平和じゃないなんて」
「どっかに邪悪な奴らがうじゃうじゃいるのよ」
「あの手の野郎、どこ行きやがったんだか。ま、今出て来られても困るが?」
「そうだよ。もっとジバリア耐性のアイテム手に入れないと!」
3人は今、それを入手すべくあちこち探し歩いているのだ。
「ねえ、サチの分も集めようね。戻って来たら使えるように」
「ああ。そうしよう」
「だわね!必ず戻って来るもん」
そう信じて、今日も修行に励む。
「あ~アタシにフォズ大神官様みたいな技が使えればなぁ」
「レベル上げれば使えるんじゃねえか?」
「ノンノン。それが下々の者には使えないヤツがあるのよ」
「それって、いつかフォズさんが遠くの場所から会話して来たあれ?」
「そう!心話よ!それでならサチと話せるかもって…」
「ならフォズ大神官に頼めばいいんじゃねーか?」
リリとアイミーが揃ってポンと手を打つ。
「「それだ!」」