ここ冥界には、時の経過を図る術がない。
昼夜がある訳でもなく、空の色も明るさも常に変わらないからだ。
サチが冥界に来て、一体どれだけの時が過ぎたのか。
「ここにいると、体も頭もおかしくなりそう…!」
さらにはネルゲルの執着に恐れをなす今日この頃。一日の大半を共に過ごしている。
何をするにも付いて来るし、熱のこもった視線を浴びせて来る。
その割にお触りなどは皆無。
未だに力加減が分からないのだとか。それだけが救いだ。
そして今、ようやく一人になれた。
「はぁー、マジしつこいっ。仕事しろっつーの!王様って暇なの?父さまはどうだったかなぁ」
体調も完全に回復した今では、次の戦いに備えてニンジャとしての鍛練も開始。
修行中は集中するため、存在を無視できるので好都合だ。
飽きずにその光景を眺め続けるネルゲルだったが、今しがた下僕に呼ばれて出て行った。
そんなタイミングを見計らったように、サチの頭の中に声が響いた。
『サチさん、聞こえますか?』
「え?誰かいる?…違う、この声って!」
『フォズです。お久しぶりです、サチさん、ご無事ですか?』
「はい!無事です、ちゃんと生きてますっ、皆に、そう伝えてっ、ぐすっ」
感極まって涙があふれ出し、鼻を鳴らすサチ。
『皆さんここにいらっしゃいます。伝わっていますよ』
『サチ!生きてたんだな、信じてたぜ!』
『サチっ、良かったよぉっ、ぐすっ…』
『え~んサチ、帰って来て~!』
「皆ー!心配かけてゴメンねっ…」
『サチさん。今どこにいるのですか』
「冥界です!出してもらえなくて…。フォズさん、どうすればそっちに行けますか!」
ここで声が途切れた。
「フォズさん?大神官様!聞こえますかっ、え、どうしよう、聞こえてない?」
「サチよ。何をしている?」
「げ。もう戻って来た…」
気づけば背後にネルゲルが立っていた。
心底迷惑そうに言われさすがにショックを受けるネルゲルだが、気を取り直して声を掛ける。
「良い事を思い付いたのだ。我も鍛練に付き合おうと思うてな」
そう言って愛用の得物である大鎌を構えて見せた。
その迫力に圧倒されるサチ。
何しろその代物は空間をも切り裂くと言われる切れ味である。
「そっ、それは有り難いです、けども…」
「さあ、遠慮せずに飛び込んで来い、この胸に」
「それってなんか…!」
このシチュエーションでは自分から行かざるを得ない。
がしかし、自らあの胸に飛び込むなど以てのほかである。
「ほらどうした?」
「やめた。だってズルいわ。私は素手なのにそっちだけ武器持ってるなんて?」
「ならばこれでは。さあ、本気で来るがいい!」
ネルゲルがあっさり得物を手放して両手を広げる。
「ほ、本気って…もっとダメでしょ!」
憤慨気味にその場を離れてしまった花嫁を見つめるネルゲル。
サチの怒りは単なる照れと受け取られる。どこまでも前向きな性格だ。
「恥じらう姿も愛らしい…全てが愛おしくて仕方がない!サチよ、待つのだ。我もそちらへ行こうぞ」
「来なくていいー!」
・・・
「おいフォズ大神官、何で会話が途切れた?」
「妨害電波?」
「冥界にも電波あるのかな」
「そのようなものかもしれません。ですが、ご無事は確認できましたね」
まさか本当に冥界にいるとは。
フォズはこの話を聞かされた時、半ば冗談と取っていた。
「ホント良かったぁ。もうザオラル唱えなくていいね」
「うん。生きてる人には意味がない術だから」
「あの杖の呼び戻しの技は使えないのか?」
「サマーメモリーですか。あれは戦闘時に吹き飛ばされた場合のみ効力を発揮するのです」
「そりゃそうっしょ。冥界から呼び戻せたら苦労しないよ」
「それで、その方法ってあるんですか?」
「そもそも冥界ってどうやって行くんだよ。死んだ魂が集まる所だろ?」
「はい。残念ながら生ある者は行く事はできません。サチさんがこちらに戻るためには、冥王の意思なくしては不可能です」
「アイツか。魔物みたいなツラしてたが、何者だ?」
一目だけ見る事ができた冥王の姿を思い起こす面々。
「これをお話するには、少しお時間が必要になります」
「教えてください!サチが向こうで危険な目に遭ってないか不安で、夜も寝られやしない」
「私も!冥王って、悪い人…なんですか?」
「見るからに悪そうだったぜ?あれで善人とかないだろ」
「お兄ちゃん!そういう事言わないで?」
「アイミーさん。お兄さんの言い分は正しいと言わざるを得ません」
「ええぇ…」
「よしよし。予想はしてたよ…」
「だろ?」
「ですが、魔物でさえ心変わりをするのですから、きっかけさえあれば変わるかもしれませんよ。お仕事は真面目にされる方のようですから」
「つまり、サチの頑張り次第、って事だね」
「それ、サチにできるのか?」
「逆にサチが悪に変わったりして…」
ワルい顔で、いっひっひー!と笑うサチを想像してしまう3人。
「リリ姉ってば!冗談はよして!」
「って言いながら、しっかり想像してたよな?アイミー」
「してないもんっ」
「サチさんを信じましょう。時に、サチさんの持っていた光の玉は、まだ本人が持っているのですか?」
「あの玉?どうしたっけ。アタシは預かってないよ」
「私も。お兄ちゃんは?」
「俺も知らん。サチが持ってるだろ。飛び跳ねても転んでも落とした事ないって言ってたし」
「であれば希望が持てます。今やあれは強力な善のパワーを宿していますから」
「元は闇の玉だったのに?」
「サチさんの善なる力が変えたのです」
一行に、希望の光が見えて来た。