進んで行くと、門が見えて来る。
ここを通過すれば山神様の祠に行ける。
そして魔物の登場である。
左右に魔性雲を従えた、ピンク色の雲に乗った老人型の魔物だ。
「ふぉっふぉっふぉ。ここまで辿り着いた人間は久しぶりじゃ。ワシはヘルミラージュ。ここシンカの門の門番じゃ」
「ここを通るためには、あなたと勝負して力を示さないといけないのね」
「ふぉっふぉっふぉ。いかにも。分かっておるではないか?では。仲間を失い装備も失ったそなたの力が如何ほどか。見せてもらう!」
「来ます!サチさんお気をつけて!」
サチはヒノキの棒を固く握りしめた。
「ニンジャを舐めないでね!忍びカッター!」
「何やら天候が悪くなり始めたわい」
「悪くなってないけど?まだまだ行くわよ、忍びカッター!」
「黒い雲が漂い始めたわい」
「さっきから何言ってるの?」
「サチさん!それは攻撃の合図です、防御を!」
サチが慌てて防御の体勢になると、敵が竜巻を起こした。
「エルシィの忠告がなかったらまともに食らってた。ありがとう!もう眠ってもらうわ、眠り打ちー!」
「ナイスです!眠りましたよ!」
「この隙に力を蓄えて…」
「とどめです、サチさん!」
「しびれ突きー!」
そして結構長引いた戦いにようやく決着がついた。
「ひょええっ、やられてしまったわい!」
「やっと勝った…」
またもボロボロの自分。
これがボシュやアイミーだったならもっと楽に勝てたのだろうとサチは思う。
「凄い…ヒノキの棒だけで倒してしまうなんて…」
「全然凄くない、こんなになってるのよ?」
「さあ門をくぐるがよい。山神様にお会いする資格が与えられよう」
何はともあれここまで来た。来れた。一人でも!
だが、また何かが失われる…。
「もうここまで来たら、どうにでもなれ!」
やけくそで門をくぐるサチ。その途端、がくりと膝をつく。
「どうしたんです?しっかり!」
「ああ…何て事…っ」
自分の体から力が消えて行くのが分かる。
これまでの冒険で培われた経験や力だ。何をすればそうなるのか。
サチの力は失われてしまった。
「ふははは。人間よ、我はこの山を司る神である。よくぞここまで辿り着いた。最後の試練に臨む前にひとつチャンスを与えよう」
顔を上げると、そこには頭の天辺に小さな角を一本生やした、小太りの黄色のドラゴンが立っている。
「あなたが、…神様?」
「村に掛けられた呪いを解く事を諦めれば、失ったものをすべて返そう」
「え…?」
「村の妖精達を救うか。失ったものを取り戻すか。よく考えるがよい」
そんな声を聞きながら、サチの意識は遠くなり、そして意識を失った。
サチは夢を見た。それはいつかに光の中に現れた、濡羽色の髪の男性。
『いいか、サチよ。導きの力を宿したお前は、いつの日か大きな選択を迫られる時が来るだろう』
「あなたは誰?」
サチの問いに答える事もなく、男性が語る。
『その時は、自分の力を信じるんだ。導きの先に必ず答えがある』
薄っすらと目を開けるサチ。
「誰?…あ、エルシィ」
「気が付いたようですね。サチさん」
「ここに他に誰かいた?」
「いいえ、誰も。それより、山神様の話は覚えていますよね?もう十分です、失ったものを取り戻してください。山を、下りてください…」
沈痛な表情でエルシィが言う。
「でもそれでは村の皆が!」
「サチさんにはサチさんのやるべき事があるはず。小さな村一つのために、今ここで全てを失っていいのですか?」
「それは…っ」
「さあ、すぐに山神様の祠に向かいましょう。私達の事はお気になさらず、答えを出してください」
誘われるままに山の頂上へと向かう。そこには洞窟があった。
「恐らくあそこに祠があります」
「あそこに昨日の…」
魔物のような神様がいるのか、とサチは思う。
そして思った通りそれはいた。
「ゴゴゴ…よくぞ来た人間」
山のように大きな太っちょドラゴンだ。やはりこれが神様とは思えない。
「答えを聞こう。失われたものを取り戻して、このまま山を下りるか?それとも最後の試練として、ここで我と一戦交えるか!選ぶがよい」
「やっぱり戦うのか…」
一瞬考え込んだサチだが、キッと斜め上のドラゴンを見上げて言い放った。
「逃げるのはイヤだから戦うわ。考えたら、ここ最近いろいろむしゃくしゃしてたしっ」
サチはヒノキの棒を構えた。
いろいろ、というのはつまりネルゲル絡みに他ならない。
「ほほう…。戦いを選んだか」
「そんな、どうして…!」
「小さな村一つ救えない者が、魔王の驚異から世界を救えるはずがない」
これが、サチが導きの先に見出した答えだ。
「サチさん…やはりあなたは英雄になるべき人なのですね…」
「よろしい!おぬしの覚悟が如何ほどのものか、しかと見せてもらおう!」
「必ず村の皆を助けるわ!」
力を失ったサチの最後の戦いが始まった。
もうお得意の忍びカッターも使えない。眠らせる事も毒で侵す事もできない。
とにかく、先にヒノキの棒でボカリと攻撃を加える。
「ふほほ!可愛らしい攻撃よ!お返しじゃ!」
ドラゴンが全身で押し潰して来た。
「きゃあっ!何するのよ、威圧ー!」
「うぬぬ…」
「咆哮!」
「ぐぬぬ」
ドラゴンは様子を窺っている。
その隙にサチはヒノキの棒でボカスカと叩きまくる。
「何やらとてつもない力を感じるぞい…」
「私の力がそんなに強い?ウソに決まってるでしょ、逆に嫌味よ、ムカつくー!」
怒りに任せてひたすら棒で殴るサチ。
「いけません、サチさん!今のは合図です!」
「山神の怒り!受けてみよー!」
「きゃ~!!忠告遅いよ、エルシィ…」
ガラガラと落ちて来た土砂に埋まりそうになるサチ。
辛うじて抜け出して訴える。
そしてポケットに潜ませておいた薬草をパクリと頬張る。
「これ、足りるかなぁ。痛いじゃない、威圧!」
「うぬぬ」
こんなやり取りの繰り返しがどれだけ続いたか。最後にサチの分身が現われた。
「やった、分身の術は使えるのね!これなら勝てる!二人分よ、受けてみなさい!」
コツコツと溜まったダメージに耐え切れず、とうとう太っちょドラゴンがくず折れた。
「ぐおおお…っ、見事である。おぬしの覚悟は見せてもらった」
そこへサンディが突然姿を見せた。
「はいは~い。そこまで~!皆、お疲れ~!」
「え、サンディ?ここで何してるの?」
「何って、種明かしですケド。エルシィ、もういいから術を解いちゃって~」
「はい。…我に宿りし力よ、彼らをまやかしの記憶から解き放ちたまえ!」
エルシィが呪文を唱えると、光と共にサチの装備と力が戻って来た。
「力がみなぎって来る…、装備も短剣も!」
そして仲間3人がどこからともなく現われた。
「どういう…事?皆無事なの!?」
「あれ?アタシ何してたっけ。最近物忘れ酷いなぁ」
「やだ、リリ姉ったら!あれ、私も何してたか分からなくなってる…」
「しっかりしろよお前ら!って、俺もだ…」
サチだけが皆に駆け寄って3人まとめて抱き込む。
「え~ん!もう絶対離さない~!」
目を瞬く3人。
「おい、お前らサチに何かしたのか?」
「もしそうなら、例え妖精さんでも許せないですっ」
「ちゃんと話してくれるよね?」
冗談では済まされない雰囲気となり、慌ててエルシィが説明する。
「私は代々、幻術師の力を受け継ぐ妖精なのです。サチさんは何も失っていません。全てはまやかしの記憶でした。皆さんには別の場所で少し眠っていただいていただけです」
「じゃあ山神様は?」
サチが、たった今叩き潰した太っちょドラゴンに目を向ける。
「神なんていねえ。オラはこの山に住む、ただのギガントヒルズだべ」
「やっぱり神様じゃなかった!」
「門番達も皆、サンディにスカウトされた魔物だべ」
「何のためにこんな事!皆まで巻き込んで!」
こんな大それたドッキリ演出に、さすがのサチも怒りが込み上げる。
「まーまー、抑えてよ!これは全部女神様から与えられた英雄の試練だったの。そんでもって、アンタ達は合格しちゃったみたい!」
「女神、さま…?」
村での一件が全て女神の仕組んだ事と知らされ、サチ達は怒るに怒れなくなった。
そこへ、どこからともなく不思議な声が一行の耳に響いて来る。
『サチよ。まずはつらい思いをさせた事、謝らねばなりませんね』
「どういう事なの?」
『あなたは本当に強くなりました。ですが…英雄は時として孤独な存在なのです。どんなに大切なものを失っても、己の信念を貫かねばならない事もあるでしょう。その時、あなたがどんな選択をするのか…それを確かめたかったのです』
「それが英雄の試練?」
『かつて同じような選択をして世界を救った者達を、私は知っています…。サチよ。あなたは英雄の名を継ぐに相応しい存在。これで私も心が決まりました。近い将来、あなた達にこの世界の真実を告げると約束しましょう』
そして声は聞こえなくなった。
「この世界の、真実…」
「話は終わった~?これで分かったでしょ。今までのが全部お芝居だったって」
「山神様の呪いは?妖精達も無事なの?」
「ご安心ください。村の皆はサンディ先輩に頼まれて、病気のフリをしていただけです」
「え、何、そうだったの??」
「私何だか頭が回らないっ」
「要はだまされてたって事。どうもスッキリしねえが!」
怒り気味のボシュに、エルシィがもじもじしながら申し訳なさそうに近づく。
「あの…この度は、だますような事を…本当にスミマセンでしたっ!」
「そんな、面と向かって謝られたら怒れねーじゃねえかよ…。いいよ、別にアンタが悪いんじゃなさそうだし」
「そう言っていただけると助かります…」
二人の微妙な空気に、リリが敏感に反応する。
「なになに?エルシィ、もしかしてボシュに気がある?最初に会った時から視線が違ったもんね
ー!」
「えっ、視線?!そんなつもりは…!」
途端に真っ赤になるエルシィ。実はとても分かりやすい性格のようだ。
「思えば初めから妙に胡散臭かったもんな~。お前ら演技下手すぎだ」
「何度かギクシャクしました…あの時点でバレてしまったらどうしようかと」
「その点アタシは完璧でしょ~?」
「先輩は私に丸投げだったじゃないですか!サチさんが可哀そうすぎて、何度打ち明けようと思った事か…」
「へ~。アンタにも情があったんだ~」
「ありますっ!仲間の大切さは、…私にはよく分かりませんが」
「アンタ友達少ないもんね!アタシがズットモじゃなかったら孤独よ?」
「そうかもしれません。サチさんが皆さんを思う気持ちが伝わってきて…私もそんな仲間を持ってみたくなりました」
自分の話のせいで空気がしんみりしてしまった。
それに気づいたエルシィは、黒ぶち眼鏡を指で押し上げる。
「関係のない話をしてしまいました。早く村の皆に、英雄の儀式が無事に済んだ事を報告しに行きましょう」
淡々とした口調に戻して言い放った。