こうしてダーマ神殿の鍛練場にて、サチ達一行の修行が始まった。
ここで修行を積めば早期レベルアップが期待できる。
まずは各自新たな職に馴染むところからだ。
新しい技や武器を使いこなせるように、初日は個別の鍛錬となった。
そして夜にはフォズの講義が開かれる。
「昼に途中になってしまった、女神の話からですね」
「お願いします!」
「あの!女神さまって妖精なんですか?」
「…。は?」
「リリ姉、話の腰を折らないで。フォズさん困ってるよ」
いきなり固まってしまったフォズを気遣うアイミー。
「いえ大丈夫です。失礼しました。ええと、私はその辺の事はよく存じ上げないので、持ち帰らせていただいても?」
「全っ然!大丈夫でーす、スミマセン…」
フォズはにっこりと微笑んだ後に、静かに語り始めた。
それは女神の父である創造神が、人間の身勝手な振る舞いに落胆していたという驚くべき事実から始まる。
「始めに言っておきますが、これから語る内容は全てが真実であるとは断言できません。古い言い伝えとはそういうものです」
「そうだとしても、そんな…神様を落胆させてしまうなんて悲しい」
「勝手じゃねーか?そもそも創造神がこの世界も人間も造り出したんだろ」
「人間はそんなに悪い事をしていたのかな…」
「造ってみたけど失敗だった~って投げ出すって違うっしょ。神様ってそんなカンジなの?」
「神の性格に関しては意見しずらいですが。リリさんと同じ主張だったのが娘の女神です。そして女神は、サチさんのように人間を信じていました」
サチはまだ自分の考えを何も口にしていない。
それなのにフォズに言い当てられて驚く。
フォズと目が合い微笑みが投げかけられて腑に落ちる。フォズも同じ考えなのだと。
「つまり、女神さまは自分の信念を貫くため、父に反発したのですね」
そんな姿も自分と重なり、サチは女神に親近感が湧いた。
「その後創造神の嘆きは収まるどころか、人間の破滅を望むほどにエスカレートしました」
「ええっ…」
「最悪だな」
「それで女神さまはどうしたの?」
「女神は自らを樹木にしてしまったのです」
「自分を木に…?」
元の姿に戻るには、人間の清き心を集めて花を咲かせ、果実を実らせる事。
それが叶わなければ永遠に樹木のままの姿で居続けるのだそう。
「何とも昔話にありそうな内容だわね」
「増々フィクションっぽいが…。それが事実ならショックだろうよ、大事に育てた娘が木になったなんて?」
「そうなると、人間を信じるしかなくなるよね」
「ある意味、あざといやり方だわね」
「女神さま…っ」
「その木はやがて、世界樹と呼ばれるようになりました。見守り役として天使が創られ、その木が立つ場所は天使界と名付けらたそうです。もう遠い昔の事です」
自分は父に逆らい、その場から逃げ出した。
もちろん魔力を持たないサチには、自分をどうにかする術はないし、それぞれの抵抗の仕方があっていい。問題は成し遂げられるかどうか。
「だから女神さまは自由にならないって言ってたのね。それで果実は実りそうなのですか?」
「こんだけ経てばいい加減集まるんじゃ?清き人間の心。…そう願いたいよ」
「そうだね…」
「それについては何も情報がありません。ですが、皆さんが女神と会話をした中で、彼女が自由にならないと言っていたのなら、まだなのでしょう」
「フォズ大神官様の心話で、女神さまと話せないのですか?」
「そうですよ、女神さまも心で会話できるみたいですし!」
「誰にもそんな権限はありません。こちらからあの領域の方々に呼びかける事は不可能です。ただ、夢のお告げ的なメッセージは何度か受けています」
「やっぱ凄いわ、フォズ大神官様っ、大尊敬」
「そりゃーどっかの下っ端大神官とはチゲーって」
「それアタシの事?そんなの分かってるし。他人に言われるとムカつくんですけど!」
「私よりも、女神さまと直接お話されたあなた方の方が凄いですよ。羨ましいです」
場の和ませ方を良く知っている。フォズの一言で一瞬にして不穏な空気が明るくなった。
「そうそう、女神さまステキだったなぁ」
「ね~!あれこそが女神さまよね」
「女神さまが私達を助けてくれたんです」
「それこそが、サチさん達が英雄と認められた証ではないですか」
「そう、なのでしょうか…」
「相変わらず自信なさげだな。期待されてんだぜ?応えてやれって」
「…。あのそれで、父の創造神の方は?」
「それが、いつしか行方が分からなくなっているらしいのです」
「ええ?そんな事ってあるんですかっ」
「冥王といい、よくトップ不在になる世界だわね~」
「ショックのあまり失踪したか」
「人間的思考から行けばそうかもしれません。…ただ、その頃から魔物が増え始めた気がして、嫌な予感がしているのです」
「魔物を使って人間を貶めているのが神だと?」
「人間を滅ぼしたら、女神さまが元に戻れなくなるんだよ?それは違うっしょ」
「裏で糸を引いている、別の存在があるのかもしれません」
「それが冥王ネルゲルだという可能性は?」
「ちょっとサチ!それはあんまりじゃ?」
「そうだよ、ちょっと酷いよ?」
「こんな言い方はアレですが…」
「はっきり言ってくださって構いません」
「では。あの方にそこまでの気概はないかと」
「それは俺も思ったぜ。ヤル気云々以前に、そもそも器が小さい!ってまあ、何となくだが」
「それ偏見じゃないの?よく知らないクセにー」
「うんうん、単なる悪口だよ?」
「何を言う。フォズ大神官様だって同じ意見だろうが?精々いいように使われる口だよ、アレは!ですよね?」
コホン、とフォズが小さく咳払いした。自分はそこまでは言っていないとの主張を込めて。
気にした様子もなくサチは頷く。
「だよね!良かった、皆同じ意見で!」
その後、歴代の勇者達が魔王と呼ばれる存在を封印して来た話や、人間以外の種族との交流についても大まかに学んだ。
講義が終了して自由時間となり、ボシュはまたも鍛練場へと消えた。
「良くやるねーボシュ。若者は元気で結構!」
「ってリリ姉だって若いでしょ」
「私も本当は行きたいけど、そこまでの元気ないな」
「いいんだよ!お兄ちゃんがおかしいんだから」
「なかなか濃い~内容だったしね、フォズさんの講義。サチ、平気?」
「うん。別に、平気」
しばしサチの顔を眺めていたリリだが、ポンと手を打つ。
「よし。飲もう!女子会開くよ!」
「賛成ー!」
「こうなると思ったー」
兄と鍛練を積む気にはなれないため、アイミーはこちらの酒盛りの方に付き合う事にした。
あまり酒に強くないアイミーは、主に二人にお酌をする役を買って出る。
「だけどさ、酷い話よね。英雄達が命と引き替えに魔物を封印して来ただなんて?」
「そうじゃない人だっていたよ、きっと」
「語り継がれるのって、犠牲になった方だもんね」
こんな話も講義で聞かされていた。
「そりゃ~勇者の生まれ変わりって立ち位置、辞退したい人だって現れるってハナシ!だって死にたくないもん?」
「それ、前に聞いた話だね」
「え、何?」
「サチはいなかったか。冥界に連れてかれてた時だったもんね」
ここであの時フォズに知らされた、冥王に課せられた使命についてをリリが語る。
「輪廻転生の阻止?」
「生まれ変わりって分かった時点で、」
アイミーが言葉ではなくジェスチャーで続ける。指を首に当てて真横に動かす。
サチは真っ先にネルゲルの大鎌を思い浮かべた。
「冥王が人間を殺すの?!」
「ヤだね、違うってば」
「それは大昔の、冥王様に抜擢される前の話」
「抜擢される前?」
「あらヤダ。アンタ旦那の事何も知らないの?」
「前の記憶は曖昧だって…あんまり教えてくれなかったの」
「そりゃわざとだね。サチに嫌われるのを恐れて」
「私もそう思う」
サチは大いに顔を歪めて、完全なる拒絶を示した。
「ほ~ら、こうなるから」
「うんうん」
「だってっ!」
「ま、気持ちは分かるよ?アタシだって愛する人が昔人殺してたなんて聞いたら引くしー」
「でしょ?って待って。それじゃ私の恋人の話みたいじゃないっ、違うからね?」
手にしていたジョッキをグイと煽るサチであった。
「でもよくよく考えるとさ、何か変だよね」
「何が?」
「だって、女神さまは間違えたってブレアが言ったでしょ、そういう事したって知ってたんだよ?」
「そりゃ四天王だもん、知ってるでしょうよ」
「元々女神さまが木になったのは、創造神から人間を守るため。四天王には関係ない事だものね」
「そういう話は語り継がれるモンだ。誰かに聞いたんじゃねーの」
突如話に加わったボシュに、女子3人が驚く。
「ボシュ!驚かさないでよ」
「鍛練はもう終わり?」
「おー。皆撤収しちまってな。俺一人でやっても張り合いねーし。俺にも飲ませろっ」
「あっ、私のはお茶だよ?」
「…のど乾いてたんだ。気にすんな。で?話、続けろ。ブレアの話だったろ」
「うん」
「それでブレアって人、人間が憎いみたいな事も言ってたよね。それって創造神と同じ意見だよ」
「ブレアは人間の頃に何か酷い裏切りに遭ったのよ。たまたま意見が一致しただけ。だってほら、大魔王から命を貰ったって…」
ここでサチが言葉を切る。首を傾げて渋い顔で何かを考えている。
「サチ?」
「大魔王に、命をどうこうする権限があると思う?」
「そういうのは神様の仕事でしょ、普通に!」
「っておい、まさかお前、創造神が大魔王になったとか言う気じゃねえよな?」
「えーっ、それはさすがにだよ」
「…だよね。さすがにだよね」
一瞬過ぎったこんな考えを否定したものの、何か引っかかりを覚えるサチ。
「ま、真実は時期に明らかになる。ブレアを倒して、もう一人の四天王倒せばな」
「そうだね。どんな現実でも受け止めないと」
「女神さまは全部知ってて、それでも諦めてない。だから私達に姿を見せてくれたんだよ」
「うん。会いに来ちゃうくらい、サチを頼ってるんだよ」
「もちろん頑張るわ。でも、皆も力を貸してね」
「ったりめーだろ」
「もちろんだよ!」
「もいっちょ、当ったり前よ!」
目を合わせて頷き合う4人であった。