「あーし、バズりたいのっ!」「幽霊になってまで!?」 作:一般通過呪術師
目の前にある巨大な鋼鉄の門扉が、ギシギシと耳障りな音を響かせて閉まっていく。
血と鉄とオイルの匂いで咽せそうなエレベーターには、むさ苦しい男と人相の悪い女しか乗っていない。
「よぉ、
「へへっ。とんだビッチマンだなヒーロー」
眉間に皺を寄せていたら、二人組の男が馴れ馴れしく声をかけてきた。
俺のテンションが下がるの同時に、今立っている場所もゆっくりと降下を始める。地獄へ向かって一直線だ。
「あー、キノコはいいぜ? 軽くて嵩張らないし……金になるからな。大物狙ってボウズになるよりずっといい」
ゴウン、ゴウンと繰り返される機械の駆動音に負けない程度に声を発する。
逆に男達は騒々しく、腹を揺すって言った。
「ヒャッヒャッヒャッ! そんなんで良いのかよ、ヒーローともあろうもんが!?」
「ングハハハハ! モンスターと戦うのが怖くてキノコしか相手にできましぇんってか! だったら俺のキノコも相手してくれよ!」
笑い方の癖がすげぇ。絵に描いたようなチンピラだった。
適当に相槌を打って、ズボンのポケットからメモ帳を取り出す。そのまま今日の予定を確認していく。こんなチンピラに構っている暇など俺にはない。というより、冒険者という職業に就いている奴は皆そうだ。
「チッ……あんなガキでもやれんだ、今日も楽勝だな兄さん!」
「当たり前だろ! 俺たち兄弟はこのしょぼくれた町で唯一のB級冒険者となり! それを足掛かりに大都会へ出る!」
──
「そして……! 大手ギルドに加入し、大金持ち街道を邁進するのだ!」
「そして……! なあヒーロー? お前、金に困ってんだよな? 一晩幾らで買える?」
「弟ォ! 女にうつつを抜かすなァ!」
「何言ってんだ兄さん! こんなに可愛い子が女の子な訳ねぇだろ!?」
兄冒険者が言った金持ちになる為の未来予想図はかなり一般的だ。ここにいる同業他者の中にも、似た様な野望を抱いていた者だって少なくないだろう。
俺だってそうさ。冒険者になって一年が経つが、最初の頃は「ここで稼いで人生大逆転」と頑張っていた。
だが──夢は夢だ。
儚いという字は人の夢と書く。人間は相応の現実を見て、身の丈にあった幸福と不幸を噛み締め、生きていかなければならない。
「……着いたな」
揺れが止まった。出発時よりもゆっくりと、扉が開いていく。
薄暗い洞穴の奥から漂う濃厚な魔力が、風と共にエレベーターの中へと吹き込んできた。
「性癖は分かり合えずとも……行こうぜ兄さん! 俺たちの夢に向かって!」
「例え癖が交わらずとも……行こう弟よ! 俺たちの戦いはこれからだ!」
駆け出していく男たち。打ち切りフラグがビンビンだ。股間のキノコ諸共、折れる事をお祈りしておこう。祈るのはタダだからな。
小さくなっていく背中を見ていると、後から「ねぇ」と声が掛かる。
「アナタは彼らが生き残れると思う?」
振り返ると、人相の悪い女が病的なまでに白い頬を微かに朱く染めて、微笑んでいた。
「さぁ? 興味ないな。俺はキノコに夢中だからさ」
俺の言葉に女は微笑みを崩さない。ただ、値踏みする様な目が不愉快だった。舌打ちを堪えていると、女が一歩踏み出す。
「お互い頑張りましょうね?
そうして、仲間と思われる黒装束の者達とエレベーターから降りていった。
「……ああ、うん。本当に、クソッタレな職場だな」
プライバシーもクソもない。何で名前が知られているのか──心当たりが無いわけではないが。何にせよ。
「どいつもこいつも、他人を気にする余裕があって羨ましいぜ」
冒険者が三年以内に殉職する確率は六割強。再起不能が二割で、引退が一割。それ以外がその他に纏められている。冒険者として成功を収めている人間はごく僅か。
もし、何も成せずに洞穴で朽ちたとして。彼らはそれを、自分で選んだ道だと格好良く言い切れるのだろうか。
「どっちでもいいか」
俺は──好きで、冒険者になった訳じゃない。止むに止まれずだ。中卒で稼げるのが、闇バイトか冒険者か蟹工船の三択だっただけだ。
だから死ぬ気はさらさらない。俺には金よりも大事な、生きて帰る理由があるから。
「ふぅ……よし」
今日も安全圏でキノコを狩るべく、気合いを入れてダンジョンへと足を踏み入れた。
同時に、背後で門扉が閉じられる。ここから先の光源は僅か。整備されているのは、ダンジョンと外を繋ぐ為のエレベーター周辺のみ。そこも含めて安全地帯はゼロ。
「頑張りますか」
メモ帳に書いたキノコの分布図を頼りにダンジョンを歩いていく。後はいつも通り、数を揃えたら帰るだけ。
──その筈だったのだが。
「何か、少ないな」
当たり前の話だが、ダンジョンに群生するキノコは俺だけの物ではない。モンスター達が食べる事だってあるし、冒険者は等しく採取する権利を与えられている。
しかし、キノコを採る為にダンジョンへ潜る人間は稀。単体では大した金にならず、特殊な加工が必要になるからだ。少なくとも俺は、自分以外の冒険者が積極的にキノコを採取する所を見た事がない。
「同業者は……流石に無いか」
それくらいなら流石に分かる。このダンジョンの入口と出口はエレベーターのみ。毎日出入りしていれば、活動している人間の顔は大体把握できる。他所からキノコ好きが来る事もないだろう。取り合いにならないのだから、わざわざエリアを広げる必要がない。
「仕方ない。もう少し奥へ行こう」
ダンジョンは大まかに上層、中層、下層、深層の四段階に別れており、深層に近付くほど危険性が増す。ダンジョンを構築している核が自身を守る為に特殊な魔力を発し、モンスターの思考と行動を誘導しているという話だ。
俺は上層をメインに活動している。普段は中層にも入らない。『命を大事に』のモットーから外れてしまうからな。だが、金が大切なのも事実。食費・光熱費・水道代・家賃を稼げなければ、緩やかに死へ向かっていく。
なので、ビビりながらも奥へ進む。
中層の手前まで来ると、問題なくキノコにありつけた。
「うへへ」
汚い笑い方にもなる。これを乾燥させた物が特定の職種によく売れるんだ。
そうして、俺が持ち込んだ袋にウッキウキでキノコを詰めていた時だった。視界の端に人影を捉えたので、「マナーだから」とよく見ずに軽く会釈をした。
して、しまった。
「あ!! 今、あーしにおじぎしたよね!?」
その装いはダンジョンの中では異様だった。ブレザーにスカート。どこからどう見ても、普通の女子高校生。
「ねぇねぇねぇ!!」
桜の様な淡いピンクに、空色のインナーカラーが入ったイケイケ過ぎる髪が、視界の中で大暴れする。
俺、南一彩。十六歳。これまでの人生で一度たりとも接した事のないタイプの人種──推定ギャルに絡まれてしまった。
「君さ……あーしのこと見えてるっしょ!?」
しかも、幽霊の。
俺が中学を卒業して丸一年と少し。ダンジョンに潜って生計を立てる冒険者になって一周年でもある。そんな記念すべき年に、明らかな不安要素が現れた。
「良かった! やっと見つけた! 流石あーし! 運だけは自信あんだよね!」
生き生きとした目のJK幽霊を見ていると、俺は自分の心が死んでいく気がした。