「あーし、バズりたいのっ!」「幽霊になってまで!?」   作:一般通過呪術師

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10:異変

 

 魔力で稼働する配信用ドローンの最大時速は約八〇キロ。高速道路を行き交う自動車とほぼ同じ。

 ドローンを置いてけぼりにしない様に気を付けながら、パンダを小脇に抱えてダンジョンを駆け抜けていく。

 

「殺ッ!」

 

 魔石がある辺りを蹴り抉り、壁に赤い染を量産していく。そこからキラリと光る魔石を取り出し、アイテムボックスに収納すれば──八〇〇円。

 朝七時前から走り出して現在十時。倒したゴブリンの数はまだ昨日の半分程。だが、それは慣れない戦い方をしてるからであって、体感的な遭遇数は同じだ。八時間も走れば昨日と同額以上は簡単に狙える。何て良い商売なんだ。

 良い、商売なんだが……

 

「変だな」

 

「何が変なの? 教えてひぃたん」

 

「数が多過ぎる」

 

 ダンジョンのモンスターは無限に湧いてくる訳じゃない。分かっていない部分も多いが、ゴブリンなんかは通常種が弱い事もあって研究が進んでいる方だ。

 

「ゴブリンは蟻に似た社会構造を持ってて、クイーンが卵を産むことで数を増やしてる……っていうのは有名な話だけど」

 

 知ってるよな? という視線を紫乃へ向ける。

 

「そ、そうだったシノか?」

 

「そうなんだよ。理科の時間に生物の種類分けみたいなの、やっただろ。哺乳類、爬虫類、鳥類みたいなの」

 

 紫乃は滝の様な汗を流しながら「やったかもしれないシノねぇ」と言う。よく高校生になれたな、コイツ。

 

「そん時に変な動物の話も出たはずだ。カモノハシとか、ゴブリンの話が」

 

 ゴブリンはカモノハシと同じ単孔目に分類される哺乳類──しかし、その増え方はダンジョン発生前の哺乳類の枠組みから逸脱している。

 

「クイーンは一回の出産で百個の卵を産む」

 

「ひゃ、ひゃくぅ!?」

 

「で、その中に上位種がザックリ三割。後は俺が蹴り殺してる様なおチビさんが七割……ただ、本来クイーンは一回産むと暫く子を産まない」

 

「え、何で?」

 

「食い扶持を稼げないからだ」

 

 大量の兵隊を抱えていても、それを維持する為の食糧を確保できないのでは意味がない。だからクイーンは、ある程度兵隊が減ってからその度に新たな卵を産む。そして、卵は数時間から一日程度で孵化し、そこから数時間も経たない内に働き始めるのだ。

 しかし──俺は昨日と今日だけで、一五〇は討伐した。他の冒険者がビビッて帰ったという話も聞いたが、全員が全員帰った訳がない。そいつらにだって稼ぎがあった筈だ。なのに、ゴブリンの数に一切の翳りが見えないのはおかしい。

 

「どうなってやがんだよ」

 

 にしても。

 

「ウィッグの下が痒いッ」

 

 暴れてもズレないようにしっかりと固定したせいか、ウィッグの下が凄く蒸れていた。これ大丈夫か? 将来、禿げたりしないか? そんな不安が過ってしまう。

 

「ひぃたんは痒いなんて言わないシノ!」

 

「さっきからちょいちょい出てくるその変な語尾は何なんだよ!」

 

「シノッ!? 変な語尾とは失礼シノねぇ! これはマスコット界隈における由緒正しき語尾シノ!」

 

 紫乃は胸を張ってそう言った。言われてみれば、妹が日曜の朝に見ていたアニメにも、変な語尾を付けるクマみたいなのが居たような……

 

「いや、マスコット界隈じゃなくてインターネットだろ!」

 

「シ、シノ!? 失礼シノねぇ! シノノはシノノノ星からやってきた、悩める女の子に力を授ける妖精シノ! 忘れたシノか!?」

 

「そ、そうだった……ような、気がする」

 

 そんな設定あったっけ。俺は首を傾げる以外に何もできなかった。

 

「それより紫、シノノ。同接は?」

 

「ゼロシノ」

 

「そ、そうだよな。最初だしな」

 

 ここは世間からの注目度が高いダンジョンではない。ゴブリンを倒し回っても、ウケるかどうかは分からないんだよな。辛い。尊厳が削れていく。だって冷静になって考えると、今の俺は側から見たらパンダで腹話術してる奴にしか見えない訳で。

 ダメだ──これ以上考えると気が触れてしまう。

 

「再開しよう」

 

「ひぃたん頑張るシノ!」

 

 とは言え、一人で採取ばかりしていた頃と違って、誰かと一緒にダンジョンに潜るのは新鮮だ。楽しいと感じている部分もある。配信に関しては慣れもあるだろう。まぁ、ちょっとずつ頑張ればいいか──なんて。そう思っていた矢先の事だった。

 現れたゴブリンの一団に、俺は思わず顔を顰めた。

 

「……またか」

 

 ダンジョンを進む毎にゴブリンの数が増していく。通常個体より身体が一回り以上大きい上位個体なんかも、その中に混じり始めた。

 

「ひ、ひぃたん。何か変だよ」

 

 キャラを忘れていつもの様に話しかけてくる紫乃に頷く。

 

「こりゃいよいよだな……」

 

 それでも前へ進んだ。

 ゴブリンの数がそこから倍以上に増えた。通路の幅一杯にまで広がる小鬼の群れは、ドブ色の肌と鼻が曲がりそうな悪臭も相まって、汚水の洪水の様だった。

 

「どうする……? 引き上げる?」

 

「妥当だなぁ……ただ、ちょっと間引いてから逃げないと、他のパーティーにトレインしかねない」

 

 トレインは冒険者用語で『モンスターから逃げている最中に、他の冒険者を巻き込むこと』を意味する。語源は確かゲームだったが、本来の意味は詳しく知らない。

 大事なのはトレインがバッドマナーであり、これが故意に行われたと見做された場合、重たい処罰が課されてしまうということだ。トレインされた側が全滅し、目撃者が皆無という状況だとその限りではないが。

 

「まぁ、上手いことやるわ」

 

 ゴブリンが俺に気付き、得物を振りかぶったその時だった。

 

「きゃぁぁぁぁ!?」

 

 絹を裂くような悲鳴が通路の先から木霊した。女冒険者がゴブリンの大群に飲み込まれたのだろう。助ける義理もないので放置でいい。

 

 それより、襲い掛かってきたゴブリンを蹴り殺して、その亡骸でバリケードを作る事の方が大事だ。

 小型モンスターの群れから逃げるときは、こうやって進行方向に障害物を設置するのが定石。冒険者の教科書にもそう書いてある。

 真っ先に襲い掛かってきた血の気の多い雑魚を殺して──よし、とっとと逃げるぜ。

 

「……ヒメちゃん?」

 

「シノノ、どうした?」

 

 ゴブリンが騒がしくて何を言ったのかイマイチ聞き取れなかった。

 紫乃は通路の先を見て呆然としたかと思うと、血相を変えて飛んでいってしまった。

 

「先帰って!」

 

「はぁ!?」

 

 迷子になって出て来れなかったらどうす、いや……それならそれで……

 俺がそうやって逡巡している間に、紫乃の姿はダンジョンの闇に消えていった。

 

「〜ッ! ああもうッ!」

 

 何だろうな、このもやっとする感覚は!

 俺はせっかく作ったバリケードを飛び越え、紫乃を追うためにゴブリンの群れに突っ込んだ。

 

 

 

 ──今の自分に出来ることなんて、何もない。

 

 そんな事は分かっていた。

 自分の姿が見れる男の子を捕まえて、記憶がないフリをしながら、ダンジョン配信をする様に仕向けた。それは身体を持たない自分じゃ、何にもできないからだった。

 きっと私は、ロクな死に方をしないのだろう。

 

 分かってる。

 分かってるんだ。

 だけど……!

 

 通路を抜けた先、袋小路になった広間。そこで私の仲間が二人、背中を預け合って戦っていた。

 しかし、その状況は最悪だった。

 

「もうっ、離れなさいっ!」

 

「ああくそっ! ざっけんなコンチクショー! 多過ぎなんだよっ!?」

 

 辺りを埋め尽くすゴブリンの群れ。それだけなら、きっと切り抜けられた筈だ。

 

「ウォリアーが多過ぎる……!」

 

 でも、通常の個体よりもずっと大きい上位個体が何体も混ざっていた。一体、二体くらいならどうとでもなったと思う。でも、圧倒的な数の差がじわじわと三人を追い詰めていく。

 

「……ッ!」

 

 何で、来てしまったんだろう。

 私には何もできないのに。

 

 ただ──友達がゆっくり追い詰められていくのを、見ているだけ。

 

 ゴブリン・ウォーリアが二人に巨大な鉈を振り下ろした。斬れ味が悪くて致命傷にはなり得ない。ただ徒に酷い痛みを与え、予後を悪くするだけの得物。

 

「きゃぁ!?」

 

「ヒメちゃん!!?」

 

「ヒメッ! ぐぁぁっ!?」

 

「ユウちゃん……!」

 

 ──深層域のモンスターを一人で倒せる彼でさえ、数の差には最大限の注意を払っていた。ソロで、しかもジャージという布切れ一枚で冒険者をやっていた彼は、どれだけ格下のモンスターであっても、決して甘くみていなかった。その意味をまざまざと見せられる。

 

「くっ!? 離しなさいよ!」

 

「くそっ! 触るんじゃねぇ!」

 

 ゴブリン・ウォーリアが二人の装備を力任せに引き千切った。痛々しい傷跡が刻まれ、血塗れの肌が露わになる。反射的に二人はそれを隠そうとするけれど、通常個体が邪魔をした。

 

「やめて……」

 

 牙を剥き出しにしたゴブリン・ウォーリアが、二人に近付いていく。アレは人間的な情動に基づいて近付いているんじゃない。食糧として二人を見ているのだ。

 服を剥ぐというのは、私たちが野菜の皮を剥くのと同じ行為に過ぎない。食べても美味しく無いから削って捨てる。それだけだ。

 

「やめて……やめて!」

 

 巨大な顎がヒメちゃんの肩口に貪りついた。

 

「あ゛ぁぁぁぁぁあ!!?」

 

「やめてよ……!」

 

 ゴブリンに拳を振り抜いても虚しく空を切るだけ。この世にいちゃいけない私は、誰にも触れることができない。

 

「ヒメッ!! ちくしょう、ぐぅぅ!?」

 

「ユウちゃん!!」

 

 別のゴブリンがユウちゃんの脚に齧り付いた。

 噴き出した血が、広場の床に染みを作る。

 

「ここまでかよっ……ゴメンな、ヒメっ……巻き込んで……」

 

「いいよ……友達だもん……」

 

「やだ! やだよ! やめて! 諦めないで! くそっ! 二人から離れろッ! このっ!」

 

 諦めた様に笑う二人は──

 

「シノノ、あっちに居るかなぁ……」

 

「ちゃんと……見つけてやらないとな……アイツ、寂しがりだからさ……」

 

 そう言って目を閉じた。

 私は目の前が真っ白になった。

 二人は、私を探しにここまで来たのだ。

 私が身勝手に──私が許せなかった事の為に動いたせいで、その代償として二人は死ぬ。

 

「やだ……嫌だっ……誰か……お願いだから……! 二人を助けて……!」

 

 私の声は、誰にも届かない。

 

 

 

「バカが。最初からそう言えよ」

 

 

 

 ──筈だった。

 





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