「あーし、バズりたいのっ!」「幽霊になってまで!?」   作:一般通過呪術師

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11:ゴブリンスレイヤー

 

 通路の先から咽せるような血の匂いが、広間まで漂っていた。

 姿を見せたのは頭の先から爪先まで真っ赤に染まった少年──南一彩(ひぃくん)だった。

 

「なん、で」

 

 パンダちゃんが私の声を拾う。

 まだ出会って少ししか経ってないけど、彼が家族の為に生きている事くらいは分かっていた。面倒事を引き寄せるだけの私に、必要以上に構うはずがない。だから、ここには居ないはずだった。

 

「しのの……?」

 

「しの、そこに……?」

 

 二人が薄らと目を開ける。だが、その顔は土気色になっていた。血を流し過ぎたんだ。直ぐに治療しないと死んでしまうというのが、素人目にも分かる。

 

「ギゥッ」

 

 同族の血の匂いに反応したゴブリン達が、興味の対象を二人からひぃくんへと移した。これで傷が今以上に悪化する事はないだろう。

 だけど──そのことを良かったと思うのと同時に、何で? と疑問が止まらなくなる。

 

「ひぃくん……帰った筈じゃ」

 

「あんな必死な様子見せられて『はいそうですか』って帰れるかよ──友達なんだろ?」

 

 その言葉に、私はただ「うん」と、呻くように声を絞り出す事しかできなかった。

 

「ちょっと待ってろ。直ぐに片付けてやっから」

 

 ひぃくんがそう言って走り出す。

 

「いい稼ぎにもなるしな」

 

 彼の纏う空気が明確に変わった。

 それと同時、彼の小さな身体に秘められた膨大な魔力が、脚部の一点に向かって収束していく。冒険者なら大抵の人間が使える魔力を込めた打撃。一般的に外功、魔力撃と呼ばれている技術だ。近接戦闘を主軸にする冒険者にとって最も初歩的な技術の一つであり、長い月日を掛けて極めていく物でもある。

 

「という訳で」

 

 魔力が込められた物体は淡く光を放つ。

 優れた戦士ほどその光が濃く、強くなるそうだ。

 彼のそれは、曇天から落ちる稲妻の如く──鮮烈だった。

 

「大掃除だ」

 

 剛脚一閃。吹き荒ぶ風が私の眼下にいた二人の髪を靡かせた。

 意識をひぃくんから外した一瞬の後にはもう、十数体のゴブリンの上半身と下半身が切り離されていた。

 

「……ぇ?」

 

 一拍遅れて噴き出した血飛沫が、広場の宙空を塗り潰す。

 辺り一帯に赤い雨の様に降り注ぐ中、ひぃくんの放った魔力の軌跡が、次々とゴブリンを轢き潰していく。

 

「人命も掛かってるからな……手加減無しだ」

 

 鎧袖一触という言葉を、ヒメちゃんから聞いたことがある。

 ひぃくんとゴブリンの戦いはまさにそれだった。

 いや──ちょっと違うのかもしれない。

 

「ギッ!?」

 

「ウスノロ」

 

 風の様に広間を走り抜けるひぃくんに、ゴブリン・ウォーリアでさえも全く反応できていない。棒立ちのまま頭部を蹴り潰され、絶命させられていた。

 これは狩りとか、ましてや戦いなどではない。一方的な剪定。草刈りと同じ。幾らゴブリンが弱いとは言え、そんな事ができる冒険者がなんでキノコ採取しかしていなかったんだろう。

 

 ……そもそも、深層のモンスターを単独で撃破したのを見た時から疑問だった。彼の実力は控えめに見積もってもB級上位以上。部活のOGに細剣使いのB級冒険者がいるけれど、彼女の武勇伝でさえ下層のモンスターを倒した位の物だった。

 それだって十分凄い。でも、ひぃくん相手では比較として成立しない。彼はそれ程の規格外だった。

 

「邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔ァッ!」

 

 光が疾走する。ゴブリンの断末魔と共に鮮血が舞う。蛆の様に沸いていたゴブリンが、秒を追うごとに血の海に沈んでいく。

 

「な、なにが……おきてる……?」

 

 地面に横たわったユウちゃんが、そう呆然と呟いた。

 

「なんだろうね」

 

「しの……?」

 

「今はゆっくり休んでね、ユウちゃん……会えて嬉しかったよ」

 

 視界がボヤける。

 幽霊になっても涙って出るんだな。

 そんな事を考えている間に──身体から蒸気を立ち昇らせたひぃくんが、最後のゴブリンを踏み潰した。

 

「こんだけ殺ると結構くるな……スタミナは永遠の課題だわ」

 

 たった一人で、彼は何百と居たゴブリンの群れを皆殺しにしてしまった。

 

「それじゃあ、最後の大仕事だ」

 

 刹那、広間が大きく揺れた。

 地震ではない。

 床の下から聞こえてくる鈍い悲鳴が地鳴りの如く響いていた。

 

「子供をこれだけぶっ殺せば、そりゃ出て来ざるを得ないよな……母親だもん」

 

 悲鳴が止んだ次の瞬間、床が裂けた。そこから大木の様な溝色の腕が伸びてきて、床に力強く手を着き、筋肉を隆起させた。

 私は勉強が苦手だ。でも、数分前に聞いた話を忘れるほど馬鹿じゃない。

 

「クイーン!?」

 

 ゴブリン達の母親が這い上がろうとしていたのだ。我が子を殺された怒りを、ひぃくんへぶつける為に。

 あの量のゴブリンを産んだ化物だ。とてつもない力を持っているに違いない。

 

「遅ぇよ」

 

 ひぃくんが跳んだ。彼は床から這い出ようと頭を出したクイーンの上を取り、更にダンジョンの天井を蹴って加速。車輪の如く縦に回転しながら、真っ逆さまに落ちていった。

 その狙いは私にも分かった──遠心力と重力で増した運動エネルギーをぶつける、踵落としだと。

 

「出てくるまで待ってられっかよ。そのまま寝床で死ね」

 

 インパクトの瞬間、光が爆ぜた。肉を打った音がクイーンの断末魔を掻き消し、巨体を地下へと叩き落とす。

 その後、ひぃくんは軽やかに着地。足元の状態を確かめる様に爪先で床を蹴った。

 

「暫くは大丈夫そうだな──さて」

 

 彼の視線は私の下、瀕死の二人へと向けられていた。

 

 

 

 群れを全滅させた後、現れたクイーンを叩き落とした俺は、直ぐに瀕死の少女達へ駆け寄った。肌色面積が大変な事になっていたのは遠目でも分かっていたので、既に配信は切ってある。

 改めて近寄ってみると、服と装備が危うい感じに引っ掛かっていて……目のやり場に困る。二人とも紫乃とは系統が違う可愛い女の子だし。

 

 上手い事……こう……気を付けていれば……どうにか……無理だな。処置がおざなりになるくらいなら、気を遣わない方がマシだろう。

 一旦ドローンとパンダを床に下ろしてから、治療を始める。

 

「にしても、酷い傷だな」

 

 二人ともウォーリアの鉈をまともに受けている。

 黒髪の女の子は肩から首筋付近を、もう一人の赤髪の女の子は太腿を強靭な顎で齧られていた。太い血管の通った部位だ。常人ならもう死んでいても不思議ではない。

 

 だが、二人は冒険者。まだ間に合う。

 

 冒険者は一般人とは違って、魔力を操る術を持っている。強化された肉体なら、多少の欠損や貧血は魔力を消費することで補える。

 そして──俺は自分がこういう事態に陥った時のために、大金を出して購入しておいた液薬がある。その名前もエクスポーション。傷を癒し、毒を消し、ちょっとした欠損ぐらいなら治せてしまう凄い薬だ。これ一本で配信用に購入したドローンが二つ買えるが、効能と使用状況を考えれば安いとすら思える。

 

 それを一人一本。合計で二本。

 流石に返り血塗れだと不衛生過ぎるので、服とマスクは一旦その場に脱ぎ捨て、家庭用青魔術で生成した真水で腕を洗う。

 

「……解毒薬で消毒もしておくか」

 

 金が羽生やして飛んでいきやがるぜ。

 気を取り直して、貴重な薬を二人の傷口に掛けていく。経口摂取させると治りが早くなるので、全て使い切らずに少しだけ余らせた物を口端から流し込む。

 空瓶になったエクスポーションを見ていると、俺の左右の目から滝の様な汗が流れ出した。

 

「ああ、くそっ……! 魔石を全部回収しても……! 大した利益にならねぇ……!」

 

 涙と愚痴は出せる時に出せ。今がその時だ。幽霊に涙を見られるくらいどうって事ないし、愚痴を聞かれた所で痛くも痒くもない。

 そして内心で自分にこう言い聞かせるのだ。金を使うだけで人の命が助かる。いい事じゃないか。献身というのは、何よりも尊く美しい行為だ。イマジナリー弟妹達も「そうだ」と言っている。

 

「金だけは返して貰うからなマジで! あの世まで取り立てに行くからな!? 死ぬんじゃねぇぞ!!?」

 

 うるせぇ。善行を積んでも腹は膨れないんだよ。自分で「善い事した」って言い聞かせたって、何の慰めにもなりゃしねぇ。

 ……まあ、絶対に金は回収するので尊くも美しくもないのだけど。利子くらいは勘弁してやろうと思うので、優しさだけは感じ欲しいけどな。

 

「なんでもう、俺はこう、上手いこと見捨てられないんだろうな!」

 

 愚痴も程々の所で切り上げ、最後に包帯を巻いて治療を終える。直に二人とも目を覚ますだろう。

 後は……彼女たちが「え? 何のこと?」としらばっくれたり、「治療中に身体を弄られたかもしれない。人権侵害だ」などと言い出さない事を祈るばかりだ。もしもそんな事を言われたら、その場でみっともなく泣き出す自信がある。

 

 それより……脱ぎ捨てた服どうすっかな。洗えばまだ使えるか? ドゥンキーホーテには暫く行きたくない。

 そんな事を考えてると紫乃が。

 

「ぐすっ……ひぃ゛くん、ありがとう……二人を助けてくれて」

 

 鼻水と嗚咽でえらい事になっていた。

 

「それはいいよ。別に」

 

 冒険者の助け合いはマナーではない。けれど、知ってる顔の友人のピンチくらいは頑張ったって良い。それだけの話だ。

 何より、この二人から薬代を取り立てるのは確定している。紫乃から貰うのは気持ちだけで良いのだから、畏まられても困るのだ。

 

 というか、気にして欲しいのはそこじゃない。

 

「それはいいんだが……お前、やっぱ嘘吐いてたな」

 

 彼女が言っていた「記憶がない」は真っ赤な嘘だった。友達の名前だけは覚えてましたってのも無理がある。悲鳴を聞いて反射的に飛び出して行ったんだからな。

 そうなると、「バズったら成仏できる」も嘘なんだろう。前提をひっくり返された様な物だ。

 

 ……単なる口約束ならともかく、あの時の紫乃は明らかに怨霊へ寄っていた。魔術の基本は言葉に魔力を乗せること。紫乃が「呪う」と魔力を込めてハッキリと口にした以上、それは魔術的な効果を持つ。契約違反に伴うペナルティは、かつて紫乃が口にした通りだ。

 

 溜息を飲み込む。

 紫乃がどんな未練を抱えているのか知らないが、俺は彼女の執着に巻き込まれている。考えれば考えるほど眉間に皺が寄っていくのが、自分でもハッキリ分かった。

 

「これ以上の嘘は看過できない。全部話してくれ、悪いと思ってんならな。それで許すよ」

 

 俺の最後通牒に、紫乃が俯きながら「うん」と頷く。

 文句は幾らでも出てくる──でも、短い付き合いだけど、コイツが極悪人じゃない事くらいは分かるつもりだ。

 

 俺の目が節穴で、紫乃が単なるカスだったなら、出費とリスクを覚悟して然るべき機関で除霊すれば良い。違うのなら穏便に消えて貰う。出来れば後者であって欲しい。

 紫乃は深呼吸をし、涙と嗚咽が落ち着いてからゆっくりと話し始めた。

 

「全部……話すよ。あーしのこと」

 

 ある男に、ダンジョンで殺された時の記憶を。

 

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