「あーし、バズりたいのっ!」「幽霊になってまで!?」   作:一般通過呪術師

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12:霊群紫乃が幽霊になった訳

 

 ──霊群紫乃は三角私立桜木高校に通う普通の女子高生だった。

 

 勉強ができる方ではなかったけど、運動と魔術は得意。だから、中学時代に魔術に関する資格を取り、ダンジョン関連の学科を擁する桜木高校への進学を決めた。

 そして、紫乃が桜木高校に通うと決めた時。その隣には同じ道を志す幼馴染が居た。

 

「シノノが桜木行くなら、あーしも行くよ」

 

 榊結。家が隣同士で、幼稚園の頃からずっと一緒にいる唯一無二の大親友。

 結は紫乃ほど運動が得意ではなかったが、その分だけ勉学と魔術の才能に恵まれていた。紫乃が資格を取れたのも、結が筆記分野でサポートしたのが大きい。

 

「同じ学校に通いたいからさ」

 

 結の言葉に何度助けられたか、紫乃は分からない。

 結は紫乃にとって一番大事な友達で、最も身近な憧れで、だからこそもっと近付きたい存在だった。口調を真似たり、一人でも頑張って勉強した。

 

 ──結が困った時、誰よりも真っ先に頼って貰いたかったから。

 

 魔術も運動も人並み以上に練習した。その努力と想いに応えられるだけの素質が、紫乃の身体には宿っていた。

 女子の中では恵まれた体格。潤沢な魔力。それらを操る圧倒的なセンス。

 

 結も紫乃に触発される様に、魔術の腕を高めていった。いつしか二人はライバルにもなっていたのだ。

 濃密な一年を過ごし、念願の桜木高校に入学した二人は、そこで運命的な出会いを果たす。

 

「ダンジョン探索部で才能を磨き、一流の冒険者になりませんか?」

 

 柔和な雰囲気の教師、葛本に誘われて入部したダンジョン探索部。頼りになる先輩に出会って、新しい友達が出来て。そんな仲間たちとのダンジョンを冒険して……青い春は日々を彩っていった。

 

「シノノ、あーし。ここに来れて良かったよ」

 

「あーしも」

 

「あ!! また真似したな!? このこの!」

 

 帰り道、結とそんな風に笑って戯れ合った──次の日。

 

「紫乃ちゃんごめんね! 結まだ起きてこなくて、起こしてくれる!?」

 

 珍しいこともあるものだ。

 

 寝坊の常習犯である紫乃は「たまには自分が起こすのも悪くないな」なんて考えながら、二階にある結の部屋に向かった。

 

「結ちゃ──ん! 入るね!」

 

 寝顔の写真を撮ってやろう。

 ユウとヒメに見せるんだ。

 スマホを片手に、結の部屋に入った紫乃は。

 

 そこで、首を吊った結の姿を見た。

 

 なんで?

 

 疑問を口にするよりも早く、喉が張り裂ける様な大声が出た。魔術でロープを切り飛ばし、結の身体を受け止める。

 結の呼吸は止まっていた。でも、身体はまだ暖くて。だから、紫乃は部活で教わった救命措置を無意識の内に行えた。普段から結が丁寧に教えてくれたからだ。

 

 紫乃の大声に気付いた結の両親が階段を駆け上がってきても、結は目を覚まさなかった。

 普通なら結はここで死んでいてもおかしくなかった。救急隊が来ても、紫乃以上の処置は望めない。

 

 しかし、紫乃には奥の手があった。

 

「私が魔力を流し込んで、結の生命維持を内側から行います!! だから……!」

 

 誰にでも出来る事ではない。

 

 だけど、やるしかなかった。

 

 人は自分の命に替えても何かを成し遂げなければいけない時、実力以上の能力を発揮する事がある。紫乃にとって、その時がそうだった。

 病院に辿り着けば生命維持は行える。そこに辿り着くまで、紫乃は懸命に処置を施した。

 

 努力は報われた。

 結の命は助かった。

 しかし──目覚めた結は。

 

「ぁぅあ? だぁぅ」

 

 心が、壊れていた。

 

「霊群さんのせいではありませんよ。アナタは最善を尽くし、最良の結果を引き当てた」

 

 結の脳に問題があった訳ではない。

 冒険者として強靭な肉体を得ていたこと、紫乃が無理矢理生命活動を再開させ、十分に酸素を取り込めていたこと。何らかの障害が残ってもおかしくない状況で、肉体的には何の異常もなかった。

 

 これは奇跡であると医者は紫乃を慰めた。

 その上で医者は、結の幼児退行の要因は精神的なショックであると話を結ぶ。

 

「紫乃ちゃん……何か知らないかしら……」

 

 実の両親と同じくらい慕っている結の両親が憔悴していくのを、紫乃は見ていることしかできなかった。

 

 心当たりを問われても思いつかなかったから。

 ずっと一緒に居た筈なのに。

 結は決して紫乃に弱音は吐かなかった。

 抱え込んで、我慢して。

 堤防が壊れた結果が自殺未遂。

 

 お見舞いとして病室にいけば、結はあの日と変わらない笑顔を見せてくれる。

 しかし、あの日と同じ結は居ない。

 

「あぅ?」

 

 幼児退行しても尚、自分を心配するような素振りを見せる結を見て……紫乃は決意した。

 

 彼女の心を傷付けた者を見つけ出すと。

 

 不幸中の幸いか、紫乃には調べるアテがあった。結を助ける為にロープを切った際、首筋に絞首痕以外の奇怪な痣があった。幼少期から結を知る紫乃も知らない痣だ。

 

 ──それを頼りに調べ始めたのが高校一年生の冬。

 

 紫乃が原因を突き止めたのは、調査開始からたった二ヶ月のことだった。

 犯人はあまりにも身近な場所にいた。

 

「霊群さん。あまり根を詰めすぎてはいけませんよ」

 

 部活の基礎練中。人畜無害な風体を装って、女子部員を中心に声をかけていく男。ダンジョン探索部顧問の葛本こそ、結の心を病ませた張本人だった。

 そのことに気付けたのは単なる偶然で、ダンジョンからの帰り道に姿を見掛けたのがキッカケだった。

 

「……ヤマ先輩?」

 

 葛本は顔を伏せたOGの肩を抱いて堂々と歩いていた。向かった先は歓楽街の奥まった場所にある、休憩を目的とした施設。そこに入る事の意味を知らないほど、紫乃は無垢で無知ではない。

 こっそりとそのOGに連絡を取り、高校がある街から離れたカラオケ店で話を聞いた。

 

「葛本に、使われたの」

 

 ──原則として、殺傷力のない家庭用魔術を除いたあらゆる魔術は、ダンジョン外での使用を禁止されている。というのも、下級以上の魔術は基本的に殺傷能力を伴うからだ。一般人が銃を持つ事を禁止されているのと同じで、魔術の取り扱いには特殊な資格が必要になってくる。

 ダンジョンの外で魔術を使えば、それ相応の罰が課せられる。

 

 なのに。

 

「黒魔術を」

 

 葛本は習得する事は勿論、研究や教授する事さえ規制が敷かれている物を使っていた。

 

「……う、そ」

 

 黒魔術が禁術とされる理由は主に三つ。

 

 一つ、甚だしく倫理を冒涜していること。

 二つ、甚だしく人権を軽視していること。

 三つ、甚だしく道徳を欠いていること。

 

 死体を戦士に変える魔術。

 対象の精神を壊し、傀儡に変える魔術。

 そんな物は序の口に過ぎず、人間が想像できるあらゆる悪意を形に出来るとまで言われているのが、黒魔術だ。

 紫乃は先輩からその証を見せられた。

 

「これは隷属の縛り(ドミナス)……刻まれた人間は、術師の命令に絶対服従させられる……」

 

 首に浮かび上がった鎖の様な痣。それは、紫乃が見た結の首に刻まれた物と同じ物だ。

 

「何度も、何度も……何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も……穢された……」

 

 呪詛が蠢く。

 空気が澱む。

 紫乃は冷や汗と共に、唾を飲んだ。

 

「無理矢理、何度も……嫌だって言っても、止めてもらえない……それどころかっ、“もっとして”って言わされるのッ!!」

 

 結もそうだったのだろう──しかし、怒りや憎しみを感じるよりも先に、先輩の様子がどんどんおかしくなっていく事に紫乃は気づいた。

 血色の良かった肌はみるみると病人の様に白くなり、歯をカチカチと鳴らし始めた。焦点の定まらない目線が宙を泳ぎ、口の端から泡が浮かぶ。まるで、毒を盛られたかのような様相に変わっていく。

 そんな状態で、紫乃は聞かされた。

 

「命令された事を、こ、こここ、口外する、と……被呪者はは……死っ……」

 

「せ、せんぱい……? ヤマ先輩! しっかりして! 死んじゃうダメだよ!」

 

「たま、ちゃ……私……もう……」

 

 疲れちゃった

 

 そう言い残し、光を宿さなくなった紫乃の先輩は──電源が落ちた様に床へ倒れ込み、動かなくなった。

 その先輩は病院で急性の心筋梗塞と診断された。

 

 紫乃は警察から取り調べを受け、先輩から聞いた話を包み隠さず話したものの……黒魔術の痕跡は発見されなかった。

 結果、「近々の間に目の前で二度も親しい人の死を目撃してしまったが故の錯乱」と判断され──紫乃は自分だけで、決定的な証拠を掴む必要ができてしまった。

 だが、紫乃がそれを見つけるよりも早く。

 

「霊群さん、少し良いですか?」

 

 部活終わり、葛本に先手を打たれてしまった。

 

 

 

 ──紫乃の話は俺の想像を絶していた。

 

「眠らされて、目を覚ました時にはダンジョンの中だった。葛本のヤツ、殺す前に私に『黒魔術を学ぶなら……』って。しかも、あーしの心を折る為か、これまでやってきた事をベラベラと喋り出して……」

 

「だから、隙があったの。やり取りをスマホで録音した後に、思いっきりタマを蹴り上げてやって……あーしは何とか逃げようとしたんだ」

 

「だけど……近くに葛本の仲間が居た。あーしがスマホで録音してたのもバレてた。状況はシンプル。どうにかしてそれを警察に届けられたら、あーしの勝ち。その前にあーしを殺してスマホを奪えたら、アイツらの勝ち。そんな鬼ごっこが始まった」

 

「鬼ごっこは、アイツらの勝ち」

 

「……とも言えないんだよね。あーし、殺される前にダンジョン・クレバスに落ちてさ。深層まで転がり込んじゃったの」

 

「そっからはもう幽霊になった後で……細かい場所とか何も覚えてなくて……ただ、スマホと自分の身体が転がってたのは覚えてる」

 

「ひぃくんが強いのは一目でわかってた。だから、適当な理由を付けて深層まで行ってもらって……スマホが見つかったら……全部、話そうって」

 

 生半可な相槌も、下手な同情もできなかった。

 ただ、人を呪うだけの未練がある事は理解した。巻き込まれたのは遺憾だが、運が悪かったと割り切るしかない。

 ()()()()()もある。でも、それを確かめるのは後にして──今、俺が紫乃に言えるのは。

 

「深層域の探索か……流石に骨が折れそうだな」

 

「……ぇ」

 

「何を意外そうに見てんだよ」

 

 こんな話を聞いた後に「知るか。俺には関係ない」と人を突き放せる様な生き方を、俺は両親から教わっていない。

 

「言っただろうが。全部話してくれたら許すって」

 

「……っ!」

 

 紫乃は勿論、結さんや先輩さんのご両親を思うと、柄でもなく義憤に駆られる。何より妹を持つ兄として、到底見過ごせる様な手合いではない。

 

「で」

 

 深層の探索は骨が折れる。だが、それは一人でやる場合だ。

 俺は横たわる二人を見た。

 

「君らはどうする?」

 

「え?」

 

 紫乃の独白は全ておしゃべりパンダが再生している。

 先輩さんが亡くなった話の辺りで、二人は目覚めていた。故に、面倒な説明は必要ない。パンダの声は紫乃の声に限りなく近く、そして話の内容は紫乃しか知り得ない物だからだ。

 最初に起きたのは、炎の様な赤い髪をウルフカットにした少女だ。

 

「いでで……ダチの弔い合戦だ……ここで引き下がったらさ、アタシは死ぬまで今日の自分を呪うだろうぜ……なぁ、ヒメ」

 

 赤い髪の少女に名前を呼ばれ、のっそりとした動きで黒髪の少女も起き上がった。

 

「ぅっん……葛本、絶対に許さない……タマを無限に踏み潰して、その度にヒールとアウェイクかけてやるわよ……タマはユウが潰してね」

 

「へへっ、シノ。葛本が一発で死んだらゴメンな?」

 

 痛みに悶えながら身体を起こした二人に、紫乃はとうとう声を上げて泣き始めた。ヒメと呼ばれている子も、それに釣られて泣き始める。

 

「バカ。本当バカ。死ぬ前に相談しろよっ。仲間だろうが!」

 

 ユウと呼ばれていた子は、涙を流し、鼻声になりながらもそう言って──力強い目で俺を見た。

 

「ありがとう。アンタのおかげで……ズッ……アタシ達は生き残れた。しかも、ダチの願いまで聞けた。この恩は……きっと、返しきれねぇ」

 

「エクスポーション代で十分だ。俺も葛本とかいうカスには思う所がある」

 

 ()()()、この手のカスは死んでも治らん。死んだと思うまで、罪と罰を魂に刻み付けてやる必要がある。とは言え証拠付きで警察に引き渡したら、後は死刑一直線だろう。黒魔術の習得と行使はそれだけの重罪になる。

 

 だが、それでは紫乃の気が、被害者の怨嗟は収まらないと思う。

 

 社会的制裁。

 個人的仕返し。

 法の裁き。

 

 全部だ。全部達成する必要がある。

 その上で──

 

「紫乃。お前、万バズしたいってのは嘘じゃないんだろ?」

 

「何言ってこの子捕まえたのシノノ」

 

 とヒメが涙を引っ込めて言った。

 紫乃は鼻声で、照れた様に笑う。

 

「え、えへ……お恥ずかしいですが……皆で有名な配信者になりたかったので……その……」

 

 ユウとヒメが涙ぐむ。きっと、その皆というのは──紫乃と結さんを含めた四人なんだろう。もう叶わない夢だ。

 だったら尚更。

 

「嘘じゃないなら、良い」

 

 やるべき事は決まったも同然だ。

 

「これから紫乃のスマホを見つけ出して、それを配信に乗せる」

 

 バズはバズでも大炎上なのは許して欲しい。残念ながら正攻法での万バズは難しいだろうし、それを地道に目指している時間はない。被害者の名前を出さず、葛本を社会的に火炙りにするのはこれが一番手っ取り早い。

 

「火葬はさ……派手な方がカッコいいぜ?」

 

 俺の言葉に紫乃はキョトンとした後、花が咲く様な笑みを浮かべた。

 

「やろう! 葛本を燃やし尽くすぞ!」

 

「「「おー!」」」

 

 しかし、拳を突き上げた俺たちの団結に──

 

 

「それは困るなぁ」

 

 

 通路の先から聞こえてきた女の声が水を差した。

 

 

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