「あーし、バズりたいのっ!」「幽霊になってまで!?」   作:一般通過呪術師

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13:刺客

 

 通路から姿を見せたのは葛本──ではなかった。

 

「え、誰?」

 

 急所を守る為の最低限の防具を纏った青髪の女戦士。それが声の主だった。

 困惑する俺を他所に、赤い髪の少女ユウが声を荒げた。

 

「川島ァッ……! どの面下げてノコノコ出てきやがった!」

 

 あ、まだ立ち上がらないで。傷はもう大丈夫だろうけど、身長の割に豊かな二つの丘が溢れ落ちそうです。

 俺は艶姿を見ないため、ユウの前に立った。

 

「まだ安静にしてろ」

 

「でもっ、アイツはアタシ達を!」

 

「見捨てたのか」

 

「違うよぉ。酷いな。見捨てたなら態々帰ってきたりしないだろう? 本当に君はバカで可愛いね」

 

 川島は芝居掛かった様な、とにかく癪に障る喋り方をする女だった。顔に性格の悪さが滲み出ているのもあって嫌な迫力がある。

 

「だったら、何で……!」

 

 ヒメがよろよろと立ち上がりながら言うと川島は。

 

「君たちを殺す為にモンスターを誘導したからね。ちゃんと死んだかを確認する為に来たんだよ……まぁ、可愛子ちゃんの邪魔が入ったみたいだけど」

 

 なるほど。話が読めてきた。

 

「つまりアンタは……真っ向勝負でこの二人に勝てないから、卑怯にもパーティーを組んで罠に嵌めたって訳だ」

 

 紫乃を探す二人が邪魔だった。要するに口封じだ。そうとしか考えられない。

 

「葛本の手下って訳ね」

 

「察しが良い子は大好きだよ。君、可愛いしね」

 

 ウインクを飛ばしてきたので、俺は反射的に唾を吐き捨てた。

 

「俺はアンタみたいな化粧の濃い女は嫌いだよ。お、ば、さ、ん」

 

 二度と俺に可愛いなんて言うんじゃねぇぞカス!! そういう気持ちで、おばさんという女に一番効くワードをチョイスする。

 

「一つ訂正したまえ」

 

 けれど思いの外、効果はなかった。

 

「僕は手下じゃない。葛本先生は──」

 

 怒りのポイントが違ったのだ。

 

「僕がこの世で最も愛している、ご主人様なんだから!」

 

 川島は首に刻まれた鎖の呪印を晒しながら、恍惚とした表情を浮かべていた。

 頬を赤らめる姿は正に恋する乙女の様だ。自分を奴隷の様に扱う奴を慕えるなんて、どんな脳味噌をしてるんだろうか。

 

「アレとどういう繋がりでパーティー組んだんだよ」

 

 二人に問う。

 

「部の先輩だった。OGだ」

 

「二人だと危ないからって……今思えば、葛本の差し金」

 

「ご愁傷様」

 

 人は生まれる場所を選べない。同じ様に、先生や先輩だって選べないもんだ。

 

「さて、お話はこれくらいにして──殺すね?」

 

 川島が腰に佩いた細剣を引き抜く。

 刀身に刻まれた紋様を見るに、魔術行使を簡略化できる魔導剣と呼ばれる武器に違いない。高いんだアレ。

 

「ユウ、だっけ? 得物は?」

 

「魔導剣だけど……悪い。やられた時に手放したから、今は」

 

「ヒメさんは?」

 

「魔術師。治癒が本領。魔力はもう殆ど残ってない」

 

「なぁ、何でアタシは呼び捨てた?」

 

「親しみ」

 

 で、まだシリコンバストを着用していて動きにくい俺──と。

 

 何で治療前に脱いでおかなかったんだ俺は!!

 こんなんなるとは思ってなかったからだよ!!

 

 脳内で言い争いを始めそうになるが、戦えない訳ではない。隙を見て脱げばいい。

 ……いや。待て。今、この状況でこれを脱いだとして、俺は二人からどんな目で見られる?

 

『キッショ。何でそんなん着けてんだよ』

 

『気持ち悪い』

 

 これから一緒に頑張って行こうぜ! って雰囲気が一撃で粉々になるだろう。

 策士だな、葛本。俺たちの連携を乱しつつ、俺の尊厳をズタズタにする最悪の作戦だ。対面したら執拗にメガネを踏み付けてやる。

 

「ひぃくん、ぼーっとしちゃだめ! 来るよ!」

 

 紫乃の言葉で現実に引き戻された刹那。

 

「遥けき風よ!!」

 

 豪風を纏った川島が、切先をこちらへ向けて突貫してきた。速力は蟷螂騎士よりもやや上。魔導剣の一撃も決して侮れる物ではない。

 

「っぶね!」

 

 身を捩って半身になって避ける。

 

「へぇ! これも避けられるかい!?」

 

 次いで、篠突く雨の様な刺突。

 剣を中心に渦巻く風に掠っただけで服が破れ、肉を削がれる。

 

「少しはやるようだね」

 

 ふざけた奴だが実力は本物──そもそも俺は冒険者であって殺し屋じゃない。対人戦の経験なんて殆ど無いに等しい。シリコンバストなんて錘を付けた状態で、殺り合える相手じゃない。

 

「どんどん行くよ?」

 

 まずい。これを脱ぐ暇すらない。

 どうにかして、隙を作らないと!

 

 

 

「……まずいな」

 

 ユウ──太刀川勇希(たちかわゆうき)は気付いていた。紫乃を連れてきてくれた謎の少女が、胸を庇うようにして戦っている事に。

 

「シノ、あの子は怪我してんだな?」

 

 姿は見えない。しかし、少女が持ち運んでいたパンダから紫乃の声がしていたのだから、そこに居るのは分かっていた。

 

「え? ……あ、ああ!? そういう事か!!」

 

 勇希の言葉に紫乃は声を上擦らせ、慌てふためいていた。

 

「どどどどどうしよう! あーしが言ったのが裏目に出ちゃってるぅ!? あわわわわわわ」

 

 玩具から流れ出る紫乃の声には、大きな動揺が感じられた。こういう時の紫乃は役に立たない。一年の付き合いでキッチリそれを把握していた勇希は、相方に目配せした。

 

「落ち着いてシノノ。何があったの?」

 

 柔らかい、落ち着いた声音のヒメ──救仁郷姫花(くにごうひめか)が訊ねる。

 玩具はピタリと黙り込み、それからゆっくりと紫乃の言葉を語り出した。

 

「じ、実は、ひぃくんをD-Tuberにするにあたってですね……彼が彼だと身内や周囲にバレない様にですね……変装するのを提案しまして」

 

 彼、と聞いた二人がその言葉の意味を理解するのに掛かった時間は十秒。冒険者同士の高速戦闘において、それは余りにも長い時間だった。

 

「おやおやおや! 動きが単調だね、可愛子ちゃん!」

 

 その間に行われていた攻防は三回。

 何においても、南一彩は防御に回らざるを得ず、その全てにおいて苦戦を強いられていた。

 

「取り敢えずどうする!」

 

 優希は一旦、考えるのを止めた。

 

「い、一瞬でもいいから隙を! その間にユウちゃんも剣を!」

 

「どうやって!?」

 

 川島は手練れの魔導剣士だ。冒険者等級はB級にもなり、勇希や姫花よりも格上。仲間内でまともにやり合えるのは、紫乃と結くらいだった。

 

 悩んでいる時間はない。

 しかし、下手に動く事も出来ない。

 

「どうしよう」

 

 ぽつりと呟いた紫乃から淀んだ魔力が漏れ出した。

 

「どうしようどうしようどうしよう……!」

 

 それは勇希と姫花から見て、それは紫乃らしからぬ取り乱し方だった。こういう時の彼女は考えるよりも先に体が動く。魔力の質も馴染みの物とは似ても似つかない。

 このまま放置してはいけない。そんな嫌な予感が二人に芽生えた。真っ先に勇希が「落ち着け」と叫ぼうとした──その時だ。

 

 

「決闘開始の宣言をしろ、紫乃ッ!!」

 

 

 一彩の声が三人に届いた。

 

 それは今よりずっと昔。ダンジョンが発生す以前に流行ったコンテンツのミーム化した台詞だった。

 その瞬間、紫乃の脳裏を過去が過ぎる。

 

『コミュニケーションのコツ? えぇ……あーし、そんなん考えた事なかったや』

 

 誰とでも楽しく話せる結に、そのコツを聞いたことがある。

 

『強いて言えば……人の趣味に興味を見つけること、かな? ほら! オタクくん達が使うミームとか、調べてみると結構面白いよ?』

 

 彼女は──オタクにも優しいギャルだった。

 

 走馬灯の如く駆け抜けた記憶。

 穏やかで温かい思い出が、淀んだ魔力の漏出を止めた。

 一彩の放った言葉。何故彼がそれをチョイスしたのか、紫乃には分かっていた。

 

『あーしのプレゼンタイムはまだ終了していないぜ!』

 

 だから、視界に捉えたそれに向かって声を張り上げた。

 

「アレクシス!! 配信開始!!」

 

 ドローンがプロペラを回して浮かび上がり、スマホのスリープ状態が解除される。

 同時に、川島の顔色が変わった。

 

「させるかァ!」

 

 今、川島がやっている事は口封じだ。その決定的な場面がカメラに映っていなくとも、失踪への関与が疑われるような物証が残った時点で──飼い主である葛本は川島を切り捨てる。それを良く分かっているからこそ川島はカメラを無視できず。

 

 機器の破壊を優先してしまった。

 

「ハァッ!」

 

 斬撃を受けて真っ二つになるドローンとスマホ。

 パラパラと宙から落ちる破片を受け、川島が嗤う。

 

 

「ハーッハッハッハッ! バカが! 証拠を残す様な真似、僕が許すわけないだろう!」

 

 

「バカはテメェだ──戦いの最中に、敵から目を逸らすなんてなァ!」

 

 

 これは一彩の賭けだった。怨霊に寄り始めた紫乃に自分の声は届くのか、そもそも意図は伝わるのかという博打。

 結果として声は紫乃に届き、そのおかげで一彩は錘を外すことができた。

 

「は? 何で付け胸? 待ってそもそも君……その顔で、男ォ!?」

 

「お前今、俺の事を女みてぇって言ったか?」

 

 川島は動揺していた。目の前にいた少女だと思っていた人間が、急に男だとカミングアウトしてきたことに。それだけならともかく、女装していた癖に女扱いを受けたことに対して切れ始めている。

 

「そんな格好していてキレるのは流石にりふっ!?」

 

 話の途中で一彩の手からシリコンバスト(おっぱい)が放たれた。

 川島は言葉を中断し、屈んでそれを避ける。

 偽物おっぱいは川島の頭上を通過。ダンジョンの壁を砕いた後、衝撃に耐え切れずに弾け飛んだ。

 

「「「「………」」」」

 

 川島も、紫乃も、勇希も、姫花も全員が自分の胸を押さえて絶句した。

 その致命的な間隙を──南一彩は見逃さない。

 

付与術式(フォーミュラ)起動(リブート)!」

 

 その言葉で魔術が起動する。右腕から噴き出した魔力がジャージの袖を吹き飛ばし、白い腕に青白い幾何学模様のラインが奔らせながら、紫電を纏わせていく。

 

「それは魔導剣と同じっ……!? まさか、腕に直接魔術を刻んでいるのか!!?」

 

「正解ッ!」

 

 魔導剣は防具以上に高価な物だ──故に一彩は短い詠唱で高い殺傷力を得られる様、自らの身体に直接魔術を刻み込むという工夫を施していた。

 一彩の腕に形成された稲妻の刃を見た川島が頬を引きつらせて言う。

 

「バカじゃないのか!? 刻み込むだけでも激痛、使えば腕が焼けるような痛みに襲われ続ける事になるんだぞ!」

 

 それを一彩は鼻で笑った。

 

「死ぬより痛いのが嫌なのか? だったら冒険者なんて辞めちまえ、根性なしがッ!」

 

 転瞬、一彩は足裏で爆発させた魔力を推進力にして一気に川島へと肉薄。手刀の間合いまで踏み込んだ。

 

「くそっ!?」

 

 反応は間に合わなかった。辛うじて彼我の間に剣を指し込んだだけの川島に向かって、一彩が容赦なく手刀を振り抜く。

 

「紫電、一閃!!」

 

 稲光が奔った。一条の光に収束された膨大な熱量が斬撃へと姿を変え、細剣による防御ごと川島を斬り捨てる。

 そして、一彩は床に崩れ落ちる川島を見下ろして、吐き捨てた。

 

「二度と俺に『女みたい』なんて言うんじゃねぇぞ」

 

 ──まだ怒ってるんだ、それ。

 三人の女子高生は喉まで競り上がってきたその言葉を、どうにか飲み込むのだった。

 

 

 

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