「あーし、バズりたいのっ!」「幽霊になってまで!?」 作:一般通過呪術師
刺客を倒した後、俺は直ぐに三人の下へ向かった。
「改めて自己紹介だな。俺の名前は──」
「待ってくれェ! その前に服を着させてくれ!」
ユウは膝を抱える様にして身を屈め、耳まで真っ赤にしながらそう叫んだ。
言わんとする事は分かる。半裸の男にあられもない姿の女子が二人。あまり良い絵面ではない。
「大丈夫だ。顔しか見ない」
「恥ずかしいことに変わりないだろ! 何でそれでいいと思った!?」
「良くはないけど、状況が状況だからな」
話しながら普段使いしているポーション類を使う。先の戦いで出来た小さな傷口に掛け、余りを飲み干してから空き瓶をアイテムポーチに仕舞い込む。口元についた物を指で拭う。
「川島が死ぬ前に冒険者ギルドに引き渡す」
傷口も大きいし、骨も折った。
内臓にまでダメージが入っている可能性もある。
出来る限り早く対処をしなければならなかった。
あと……確実に戦闘不能にする為に、かなりの魔力を使ってしまった。このレベルの敵が増援として来た場合、二人を守って戦うのは現実的ではない。
ユウも薄々分かってはいるんだろうが──羞恥心というのは、中々乗り越えられない物だ。俺だって女装には葛藤があった。バズるだけの為にアレは出来ない。呪われたくなかったから……どうにか飲み込んだだけだ。
「ごめんなさいね。この子、彼氏が居たことないくらい初心で」
ユウが身動きできない一方で、ヒメは堂々としていた。上手く髪を前へ流して胸を隠しつつ、テキパキとゴブリンの死体を除けて魔導剣を引っ張り出していた。
そんなワイルドなヒメに、ユウが吠えた。
「それ関係あるぅ!?」
「ある。私が年下を男と見てないのも大きいけどね」
お、喧嘩か?
俺がこめかみをひくつかせていると、紫乃が。
「ひぃくんは同い年だよ?」
何気ない紫乃の言葉がヒメの心を突き抉った。ヒメはその場でユウと同じ態勢になり、叫んだ。
「早く言いなさいよ!! まーくん以外に見られちゃったじゃない!!」
「ヒメね、彼氏いるの」と紫乃。
俺は頭をガリガリと掻いた。
「ああ、うん……分かった。取り敢えずそのまま蹲ってろ」
幸い、ユウもヒメも俺と背丈が近い……あれ、おかしいな。ポーションはもう使い切ったと思ったんだが、目からどんどん溢れてくるぞ。
涙を拭って、元々着てたジャージを引っ張り出す。それはヒメに、返り血でドロドロになったジャージを魔術を洗濯してユウに貸す。
「……ありがとう」
「何から何まですまねぇ、ぬぐっ!? 閉まらねーな」
ユウのたわわでジャージが悲鳴を上げている。頼むから壊してくれるなよ。これ以上の出費は俺の身が保たない。
二人が服を着て落ち着いた所で、今度こそ自己紹介をする。
「南一彩。D級だ」
「うっそだろ……桜木高校二年、迷宮探索部に所属してる太刀川勇希だ。ユウでいいぜ。ランクはC級な」
「詐欺でしょ……私は救仁郷姫花。苗字で呼ばれるの好きじゃないから、ヒメって呼んで。肩書きはユウと一緒。私たち幼馴染なの」
幼馴染と幼馴染で固まったパーティーだったんだろうな。そんな想像をしつつ「よろしく」と握手する。
「自己紹介も済ませたし、早く川島を詰所に叩き込まなきゃな」
ユウがそう言って鞘に納めた魔導剣を腰に佩いた所で。
「あ、あああああああ!!?」
絶叫──声の主は川島だった。
咄嗟にその方向へ顔を向けた俺たちは、
「何……あれ……」
川島の身体に貪り付く巨大な竜の顎を見て、呆然と立ち尽くす事しか出来なかった。
「い゛だいっ!? い゛だぃよ先生ぇ! やめてっ、ぼくの、からだ、返しっ」
口封じだ。それは見れば分かる。だが、あんな魔術は見たことも聞いたこともない。十中八九、黒魔術の産物だろう。
それを、何かの行動や状況をトリガーにし、自動的に魔術が発動できる様にする技術──
竜は川島の身体を何度か咀嚼した後、コチラには見向きもせず、ゆっくりと塵に変わっていった。
先日受け取った葛本の名刺を取り出し、改めて見る。そこに書かれていた奴の等級は、ユウやヒメと同じC級だった。
「とんでもない詐欺師だな」
ランク詐欺なんてもんじゃない。B級以上は確定だろう。
「取り敢えず、帰るぞ。話はそれからだ」
──帰り道も警戒は怠らなかったが、何事もなくエレベーターに乗り込み、そのまま三角支部にまで引き返す事ができた。
葛本がここで仕掛けてくる事はないだろう。昼夜を問わず人目があるのもそうだが、施設敷地内には冒険者同士の諍いを感知・防止する為の魔術が組み込まれている。当然、冒険者以外が魔術を使ってもそれは反応するので、絶対に証拠が残るからな。
「ふぅ……これで一先ずは安心だな」
「一時は本当に死んだと思ったの」
ユウとヒメは安堵で声を震わせていたが、ここからが本番である。
「川島の死亡報告をするぞ」
冒険者の身元を確認する為のドックタグは回収出来なかったが、パーティーメンバーがいるのでそのまま通るだろう。状況について事情聴取を受ける事になるが……俺たちには何の不都合もない。
しかし、ユウとヒメは顔を見合わせた後、首を横に振った。
「いや、今回はパーティー申請を出してないんだ」
「用事があるから先に潜っててって川島に言われてて……」
「──何だって?」
パーティーメンバーでない人間の死亡報告はかなり面倒だと聞いた事がある。真偽を確かめる為の事情聴取が、パーティー申請していた場合よりも長くなりやすいのだ。それもこれも、大昔にダンジョンを犯罪の場に使ってきたカスのせいだが……問題はそこじゃない。
「ちょっと良いか、二人とも。職員さんに聞いてほしい事ができた」
俺は二人にその内容を教えてから、先に帰還報告を済ませた。
そしてそのまま、二人が質問と帰還報告を終えるのを待つ。
ただ、待っているだけではアレなので、俺は紫乃に尋ねた。
「お前、葛本に拐われた後、ダンジョンで目を覚ましたんだよな?」
「そうだけど……それがどうかしたの?」
「そのダンジョン、赤夢ダンジョンだったのか?」
俺の質問に、紫乃は目を見開いた。
「違う……間違いなく、三角だった!」
紫乃の話を聞いた時の違和感の正体がこれだ。彼女が拐われ、犯罪者と鬼ごっこを始めたのは三角ダンジョン。
しかし、俺と出会ったのは隣町の赤夢ダンジョンだ。幽霊になって無意識の内に地面を通過してきたってか? 流石に考えられない。おかしいだろ、どう考えても。
悪い報せが続く。
「ヒイロ! お前の言った通りだった……!」
「川島、今日はダンジョンに入ってないって!」
なるほど、なるほどね。
冒険者は必ずギルド指定の入口からダンジョンへ入る。その際、IDカードを通すことで入口の鍵が開くようになっている。カードを通した記録はギルドが確認でき、知り合いが入っているかどうかくらいなら、聞いたら答えて貰える。
紫乃が三角ダンジョンで失踪し、赤夢ダンジョンから出て来たこと。
川島の出入り履歴が無かったこと。
この二つから導き出される答えはシンプルだ。
現在、スタンピード発生の兆候が確認されている赤夢ダンジョンと三角ダンジョンは繋がっていて、しかも、ギルドの管理下にない侵入経路が存在している。
これが意味するのは、ダンジョンの何処で襲撃を受けても不思議ではないということ。逃げた所で先回りされる可能性も高い。それなのに、相手は強固なアリバイ偽装を行える。適当に口裏を合わせるだけで、ダンジョン外に居たことができる。
ここからどうやって──葛本を炎上させるのか。
その作戦会議を始めるにあたり、俺たちは先ず移動する事にした。
選んだのは冒険者ギルドの屋上。魔術が使えないエリアの中で最も見晴らしが良く、人の出入りも分かりやすい。
「どうすんだ?」
口火を切ったのはユウだ。毛先を指で弄りながら、ムスッとした様子で眉間へ皺を寄せている。
それに対してヒメが頷きながら言う。
「何処で狙われるかも分からない。ダンジョンの中はもう、全部アイツらのテリトリー。シノノが手に入れたっていう証拠を当てにするのも……」
ダンジョンの中にある紫乃の遺品。これを回収するのは元から困難だった。
最初の想定なら不可能では無かっただろうが、色々と分かってきた事を加味すると──仮に引き上げられたとしても、帰還途中に消耗した状態で襲われるのがオチだ。
「アイツらはダンジョンの中で俺たちを始末したい。でも、俺たちはダンジョンに入りたくない……」
駆け引きにすらなっていない。向こうには黒魔術がある。極端な例にはなるが、適当な人間を操り、家ごと燃やすだけでいい。それで、俺たちがどんな情報を握っていようと闇の中。敵の勝ちになる。
実際にはそこまで派手に動いては来ないだろうが──闇討ちくらいは警戒しておかないとな。
「くそっ! シノの無念も、結がどんな目に合ったのかも分かって……! これからアイツをぶちのめそうってのに何でこうも上手くいかねぇ……!」
やるせない怒りが渦巻いているのだろう。ユウが額に青筋を浮かべながら歯軋りする。
「実際、どうすればいいんだろうね……というか私たち、家に帰れないんだけど」
問題が山積みだ。
しかし、まだ確認したいことがある。
「黒魔術──
これがどういった物なのかは分かった。
対処方法をどうするかが問題なのだ。
「術の対象になる条件はさておき、解除の条件が気になる」
「はぁ? 何で今だよ」とユウ。
「解除の条件が対象の死亡だったとして……その判定ラインは? 出血量が致死量に達した時か? 呼吸が止まった時か? それとも、心臓が止まった時か?」
「だから、それを知って何になんだって」
「榊結。彼女は今、黒魔術の対象になってるのか?」
ユウが首を傾げた隣で、ヒメが「そういうこと」と頷いた。
「お見舞いに行った時、結の首に川島みたいな痣なんてなかったと思う」
なら……と俺が口を開きかけた所で、紫乃が。
「結を巻き込むの?」
パンダから発された紫乃の声は、俺を呪った時よりも尚、冷たかった。
ユウとヒメが息を呑む前で紫乃に言う。
「既に巻き込まれてんだろ」
「でもっ! 結は今まともに話せる様な状態でもなくて……!」
「本当にそうか?」
今度は一歩も引かずに、俺は言い返した。
「自殺が未遂に終わった……そりゃ良かった。だがよ、確実に死ぬなら夜中に首を吊るだろ。起きてこなかったら、親かお前が起こしに来るのが分かってて……朝方に首を吊るか?」
紫乃が叫ぶ。
「それはっ、死ぬかを最後まで悩んでたからじゃないの!?」
そう考えるのが普通だ。親しい人間なら尚更、大切な人がどんな目に合ったんだろうとか、同情的に考えてしまう。
だけど、俺は違う。
「そうかもな。だけど……それがもし、隷属の縛りを解除する為だったとしたら?」
榊結という人間の強さに賭けられる。俺は霊群紫乃が語った、強い彼女しか知らないから。
「お前が助けてくれる事を見込んだ上での、賭けだったとしたら?」
──榊結はずっと。
「反撃のチャンスを待っているんじゃないか?」
聞いた所、榊結は相当優しい子だ。身内を人質に取られていたり、何かしら理由があって動けないという線は十分に考えられる。
それこそ、紫乃を巻き込みたくなかったとか。
「何も知らない部外者の俺だから思いついただけかもしれない……それでも」
榊結に賭けるしか勝ち筋が見えない。それさえも蜘蛛の糸の様に細く、簡単に切れてしまいそうだった。
だが、残りの人生を犯罪者に狙われたまま生きていくのも、呪われて過ごすのも──呪わせたままにしておくのも嫌だから。
「パンダを使って喋ってこい。無理だったら……そん時はそん時だ。どうにかする」
紫乃は俺の目を見て、言った。
「……分かった。私、結と話してみる」
紫乃が覚悟を決めた所で、次の話に移ろうとした時だった。
ユウが気まずそうな顔で口を開いた──