「あーし、バズりたいのっ!」「幽霊になってまで!?」 作:一般通過呪術師
それから三日間。何事もない日々が続いた。
紫乃をずっと部屋に籠もらせておくのも申し訳ないし、本人もそわそわし始めたので、家の中を自由に歩かせる為にも弟達に紹介した。
「こんにちは! 霊群紫乃です! 悪い幽霊じゃないよ!」
おしゃべりパンダを使って弟達と喋る紫乃はとても楽しそうだった。特に葵と紅葉は紫乃によく懐いた。
蒼真は様子見。朱里は露骨に唸っていたが……紫乃の人の良さが一日でそれらを剥ぎ取ってしまったのは、驚きだった。
「私は認めないんだからねっ!」
そう言っていた朱里が。
「紫乃ちゃん紫乃ちゃん!」
と、パンダに向かって話しかけていたのは流石に笑った。それを見た蒼真が。
「良い人だったんだね」
そう少し寂しそうに言うので、俺は兄として頭を撫でた。
紫乃は……もう死んでいる。
人の良さを知れば知るほど、何で死んでしまったんだろうと思ってしまう。
「お前は偉いな」
別れは既に決まっていて──だからこそ、蒼真は家族が味わうだろう喪失感を憂いていた。最低限のコミュニケーションしか取らないのも、紫乃に対して情を抱きすぎない為だったのかもしれない。
夜はヒメ達と連絡を取って進捗を聞き、策を練っていく。メインプランだけでボコれたらそれに越した事はないが、それだけで済むとは思えない。相手は手練れの黒魔術師なのだから。
そんなこんなで時間は過ぎて……遂に、ユウから預かったスマホが震えた。
「ヒメか」
「うん。こっちはどうにか段取りついたよ」
四日目の昼過ぎ、ヒメから連絡が来た。
紫乃と頷き合う。
「なら……勝負は明日だ」
明日の夜、人の尊厳を食い物にする黒魔術師を──火炙りにする。
やると決めたからには、あまり悠長にしていられる時間はない。
時間を掛ければ掛けるほど不利になる。敵は高校教師。ヒメとユウは常に、葛本によって補足されている──そう思っていた方がいいからだ。俺たちは敵の腹の中で行動を起こしている訳だから、此方の動きは殆ど筒抜けになっていると言っても過言じゃない。
「さて……始めるか」
この三日間は家族の時間として使い切った訳じゃない。葛本を地獄へ送るべく、色々な用意をしてきた。
ネットショッピングで手に入れたピンクのウィッグに、水色のインナーカラーを入れて作ったオリジナルウィッグを被る。
そして、前に購入した物よりも大きなシリコンバストを装着。うおデッカと口走らなかった自分を褒めてやりたい。紫乃を盗み見たら、顔が真っ赤になっていた。そりゃそうだ……これ、紫乃に似せる為の物だし。
心頭滅却。
それを意識しない為にもオーバーサイズのパーカーを早めに羽織り、骨格が分からない様に全体のシルエットをボカしていく。
最後に、新たに購入したウサギの被り物と変声機を内臓したマスクを装着。おしゃべりパンダを抱えて、ユウのスマホを取り付けた自撮り棒を持てば──完成だ。
ユウが我が家に代引きで送ってきた物を持って部屋から出て、玄関の姿見に映る自分を見る。
絶対に南一彩だとはバレない確信がある……いや、これは祈りなのかもしれない。尊厳がどうとかだけじゃなく、作戦的にも。
「こっから俺は喋らないぞ」
「任せて」
これから俺は霊群紫乃のフリをして榊結に会いにいく。見た目は危ない奴だが、配信していれば「そういうもんか」と人は思うだろう。好奇心からチャンネルを覗きに来る奴も居るかもしれない。
可能であれば数人。視聴者がいる状態で、配信の告知をしてから切りたいが──本題はそこではない。
目的は警察を呼ばれない程度に目立ちつつ、霊群紫乃が生きているかもしれないと葛本に思わせること。その理由は簡単、葛本はおそらく肝が小さいからだ。
言っちゃあれだが、C級の冒険者が二人だけでダンジョンの奥に落ちた紫乃を探すのは不可能に近い。なのに、奴はユウとヒメを黙らせる為に川島というカードを切っている。
油断がないのではない。
余裕がないのだ。
そもそも隷属の縛りを掛けるだけで、始末するというリスクを負わずに済む。そうしない時点で、術を掛けられる人間の数には上限があると言っている様な物だ。そうでなかったとしたら、想定よりずっと肝が小さい。だから焦って殺そうとしたのかもしれないが。
そんな葛本が「霊群紫乃が生きているかもしれない」と知ったら?
霊群紫乃が学校で自分の身に起きた事を配信すると、聞いたら?
殺しにくるだろう。確実に。
そうなる様な仕込みをユウとヒメに頼んである。危険な役目になるが……これは彼女達にしかできない。セカンドプランも同時並行で、二人に主軸となって動いてもらっている。
俺の仕事は二人の仕込みに説得力を持たせる為、事実を積み上げること。紫乃のフリをして活動し、榊結と接触することだ。
その榊結は現在──心神喪失に伴う幼児退行中ということで休学になっている。
ヒメの話からして隷属の縛りが解けているのは明らかだが、奴は絶対にそれを掛け直せない。榊結は入院中で、必ず看護師や医師がその様子をチェックするからだ。見慣れない痣があれば調べるだろうし、そこから足がつくリスクは極めて高い。
それでも、何からの手段で監視を続けている可能性がある。その監視役に霊群紫乃として接触できたら最良。そうでなくとも、監視役の耳に「霊群紫乃って娘が変な格好してきた」と入れられたら作戦は上々だ。
「アレクシス、配信スタート」
俺が駅に向かって歩き始めて暫く経ってから、紫乃は配信を開始した。ここから先はスーツアクターに徹し、前を行く紫乃の動きに合わせて身振り手振りを交えていく。
人が見え始め、ぎょっとした目がこちらを捉えたタイミングで、紫乃が動く。
「はぁい! こんにちは! あーし、ひぃたん! 今日から配信活動、始めるよ〜!」
キッツ。紫乃がではない。紫乃の動きに合わせる自分がだ。
「今日は配信者デビューの報告を入院中の大親友にしたいと思いまーす!」
そう言って、元気一杯に歩く紫乃の動きをトレースしていく。
道ゆく人々は「何だ配信者か」と目を逸らしたり、頭のおかしな奴を見る目を向けてきた。
然もありなん。白昼からこんな格好で配信する奴がまともである筈がない。俺も同意する。実際、今喋ってる奴は死んでいるし、中の人は男で中卒だ。
本当に終わっていた。
俺の絶望を無視した紫乃が、荷物を引きずる様に歩いているお婆ちゃんに声を掛ける。
「やや! そこのお婆ちゃん! 袋重そうだねぇ! 大丈夫? ……陸橋超えてあっち行きたいの? あーしに任せて!」
「で、でも悪いよ」
「大丈夫大丈夫! あーし、こう見えて冒険者なんだよね!」
「そ、そうなのかい?」
「そうなんだい! じゃあ」
お姫様抱っこのジェスチャー。
マジか。おんぶじゃねぇのか。
「失礼しますね、お姉さん」
俺は買い物袋に腕を通してから、お婆さんをお姫様抱っこする。
「きゃっ」
あら可愛いお声、なんて紫乃が言うが──内功を使わないと腰が砕けていた。一体何を買い込んだんだこの婆さん。
お婆さんを揺らさない様に気を付けながら、それでいてスピーディーに階段を登り、反対側に向かう。
「あらあら、若い頃を思い出すねぇ」
「何か凄いドラマの予感! また機会があったら教えてね、お婆ちゃん!」
「ありがとうねぇお嬢ちゃん。ほら、ハリボーをお食べ」
「ありがとう! じゃあね!」
手を振りながら去る。それを見ていた何人かの若者が、スマホをこちらに翳していた。SNSに上げるつもりなのかもしれない。
紫乃も気付いていた様で、次のエモートを指定。俺が軽く頷いたのを見てから話し出す。
「はぁい! そこのお兄さん! あーし、ひぃたん! もしかして、写真が必要かな?」
「あ、いや」
「ちょっとかーして! はい、チーズ!」
「あっあっ、いえ、その、えっと」
「変なウサギが人助けしてたので写真撮ったった……と。そうしーん!」
「や、やめっ、しょうぞうけっ、顔が映って……ない!? 爆速で編集されてる!!」
「いぇーい! 本業はダンジョン配信なウサギちゃん、CDR.chのひぃたんをどうぞよろしくねー! 今夜面白い配信もあるよ! 是非見てね!」
手を振って去る。
「おおっと!? 少年、風船が木に引っ掛かっちゃったのかい! おねーさんに任せなさい!」
手を振って去る。キャラが定まらない。
「あれ、散歩中のワンちゃんが飼い主さんの手を振り切って……って、あぶな──い!?」
道路に飛び出た犬を抱えて転がり、車に轢かれるのを阻止。飼い主さんに頭を下げられながら、去る。
この間、約二〇分。
進んだ距離は三〇〇メートルといった所か。
紫乃、紫乃っ! ちょっとペースが遅すぎる! 気付いてくれ!
「ああ、あっちにも……!」
おっ……お前っ! 俺が頑張ってるの見てちょっと楽しんでるだろ!?