「あーし、バズりたいのっ!」「幽霊になってまで!?」 作:一般通過呪術師
「……どうにか予定の時間に間に合ったな」
マイクが拾わないギリギリの声量で独り言を漏らす。
あれは必要な事ではあった。怪しい格好の奴が徘徊しているというのは、常識的に考えて通報物だ。そうされない為にも、紫乃はありがた迷惑の一歩手前まで善い行いをしながら、声を張り上げていたのだ。
「じゃ、昼の配信はこの変で〜! あ、コメントありがとう! よかったらまた夜も見に来てくださ〜い! 今度は仲間も勢揃いなんで、見栄えいいよ!」
同接が三八人。SNSでもそこそこ拡散されている。CDR.chのアカウントにもフォロワーがつき始めた。これは凄い事だ。
「ふぅ……配信切ったよ」
「お疲れ。つっても、こっからが本番だけどな」
榊結が入院しているのは三角総合病院。そこから目と鼻の先にある自然公園で、俺たちは配信を止めた。
流石に病院の前は辞めといた方がいいだろ。今更かもしれないけどな。
「行くぞ」
──その後、守衛さんに止められてウサギ仮面を剥ぎ取られたりしながらも、どうにか病院の中へ入ることができた。
「前髪重たくして、黒マスク付けたらバレないバレない」
紫乃の言った通りにすると顔の大半が隠れてしまうので、余程親しい人間でもない限りバレる事はない。
エレベーターに乗り込んで榊結の病室を目指していると紫乃が。
「あんだけ動いて汗かいてないの、やっぱひぃくん凄いね」
一人でダンジョンに潜ってる以上、スタミナは永遠の課題だ。足を止めたら死ぬという場面に遭遇することも珍しくない。鍛えるのは当然のことだ。
「あんまり喋んな。バレる」
「もしかして、照れてる?」
うるさいうるさい! 褒められたって何も出せねーんだからやめろ!
「かわっ……いいとこあんじゃ〜ん!」
「何で止めなかった?」
俺、可愛いって言われるのマジで嫌いなんだが? 鳥肌が立つんだよ、その言葉。
「だって褒めたの顔じゃないし」
「ああそう……っと。着いたな」
ぽーんとベルが鳴る。
エレベーターの扉が開く。
俺たちは小さく頷き合って、榊結のいる病室に向かった。
病室の扉をノックすると「はい」と女性が短く言葉を返してきた。
紫乃の挨拶に合わせて扉を開けて中に入る。
「し、紫乃ちゃん……?」
「ゆいママ……!」
紫乃を出迎えた榊さんは見ていて気の毒になるほど窶れ、目が落ち窪んでいた。酷い様相だ。碌に眠れていないに違いない。
「あ、あなた! これまで何処に居たの!? お父さんとお母さんに連絡したの!?」
「い、いや……あの、まだで……」
「まだって……いや、あなた、紫乃ちゃんじゃ!?」
いかん。バレた。
ただ、こればっかりは予想が出来ていたので、榊さんが人を呼ぶ前にポケットからメモを取り出す。
『危険な奴に会話を聞かれている可能性があります。結さんを、その様な目に合わせた奴です』
メモを見た榊さんは目を見開いて、固まってしまった。
「大丈夫大丈夫! 直ぐにお母さん達にも連絡するから! ちょっと結ちゃんの様子が気になって!」
裏面を見せる。
『少しだけ、紫乃さんに話をさせてあげたいんです。私は誓って何もしません』
「あなたは……?」
……ここで喋らない方が不信感を抱かせてしまうか。
内功の出力を上げて、周囲の様子を探る。
今の所、病室の側に不自然な人間はいない。看護師の誰かが監視役の可能性もあるが、魔力の扱いに慣れた冒険者の様な人間じゃない。冒険者の心音は常人より力強く感じるから、直ぐに分かる。
後は盗聴器の類を警戒し、榊さんの耳に顔を寄せて囁く。
「紫乃の友達です。結さんとは面識がありませんが、紫乃と協力して動いてます」
「私は大丈夫だからっ! 結ちゃんと久しぶりに、二人でお話し……させて、貰えないかな?」
榊さんは目を閉じ、ゆっくりと頷いてから病室を出た。これで、あの人を巻き込む事はない。
扉が閉まる音を聞いてから、ここまでずっと抱えていたパンダを榊結のベッドに置く。
「あう?」
人形を見て、少女がまるで赤子の様な素振りを見せた。
だけど……紅葉や葵を見てきたから、分かる。本当の赤子だけにしか宿らない無垢な光が、彼女の瞳にはない。
多分、彼女のお母さんである榊さんも薄々気付いている筈だ。それでも何も言わないのは、彼女が意味なくこんな事をしないと信じているからだろう。
改めて実感する──優しい少女とその家族の人生を踏み躙ったカスが、大手を振って太陽の下を歩いている事を。
俺はヒーローなんかじゃないが、人並みの正義感はある。
何とかしてやりたくなった。
「結ちゃん。私、葛本のこと調べたよ」
榊結の瞼がひくつく。
「アイツが何をしてたのか突き止めた。色々と証拠もある。今夜、アイツを倒す為に……ユウちゃんと、ここにいるこの子と、学校に行くの」
ベッドから跳ね起きた少女に肩を掴まれた。
か細い腕は想像通りの力で、それでも精一杯、俺の肩を掴んでいた。
首を横に振る彼女の瞳には大粒の涙が浮かんでいる。
優しくそれを解いて少女にメモを握らせた。そして、ユウ達から預かっていた物をベッドの下に隠した。
「でもね。きっと、私たちだけじゃ勝てない」
聞きたくないと、少女が首を振った。
彼女が葛本から受けた具体的な仕打ちを、俺は知らない。紫乃はボカしていた。口に出す事も憚られる様な内容だったんだろう。聞き出したいとも思わない。
「結の言葉がいるの」
だが、どうしても──彼女の言葉が必要だった。
紫乃が自分の命と引き換えに得た物は、残念ながら取り戻せない。それに代わる物が無いと、作戦の根幹が揺らいでしまう。
「アイツの前に立つのは、私たちが想像するより、ずっと怖いと思う……それでもっ!」
彼女が本当に心を見失っていたら、命を賭けても尚、分の悪い勝負になる。
「私は結ちゃんに! あんな奴に怯えたまま、生きてて欲しくない……!」
だけど彼女が動けるなら、それで全てが解決する。陰気な黒魔術師の全てを白日に晒す事が出来る。
「───っ」
少女は決して頷かなかった。
パンダを強く抱きしめて、動かなくなった。
「行こう、紫乃」
「……うん」
俺たちは病室を後にした。
「買い被りすぎだよ。シノノ」
──榊結には親友がいる。
唯一無二の友達。物心がついた時から、ずっと隣にいた女の子。
運動が得意で。魔術が上手くて。
ちょっと抜けた所が、可愛くて。
そんな大好きな幼馴染がいる。
運命が変わったのは、木々を彩る青が赤く染まる頃。
「いけませんね。これは」
別に、結が何か悪い事をしたという訳ではない。結自身に非があった訳でもない。
強いて言えば、運が悪かった。
「今年の探索大会、一年生は出場中止……いや。下手すると二年生も参加させられませんね」
桜木高校迷宮探索部は年二回、春と秋に開催される『高校生冒険者選手権』という大会に出場していた。
選手権は全国から高校生冒険者が一同に介し、磨き上げた探索技能を競い合う場。冒険者業界はその成績を重要視しており、名のあるクランは成績優秀者にスカウトを出す事も珍しくなかった。
冒険者業界で働く事を夢見る者にとって、それはチャンスを掴む場であった。
「今後我が校は出場停止になるかも……」
一年生部員が喫煙で補導された。結、紫乃、勇希、姫乃は関係ないグループだった。
けれど迷宮探索部には、ある慣わしがあった。学年単位で統率力を高める為、それぞれの学年に代表を設定するのだ──そして、結は一年生代表。
「どうしますか、榊結さん」
その責任を問われていた。
「わ、私が……部を辞めれば……」
「何の解決にもなりはしませんよね、それ」
その時はまだ、葛本の所で話が止まっていた。だが、そう遠くない内に話が広まる事くらい、結にも分かっていた。
どうすればいい? 私に何ができる?
堂々巡りだ。じわりと目に涙が溜まった。
「私なら握り潰せますよ」
葛本に肩を抱かれ、不快感から突き放そうとした。
しかし。
「いいんですか? 紫乃さんの夢は、冒険者クラン最大手の“
手が止まった。
「私なら、紹介する事だって出来ます。もっとも、彼女は自力で掴み取れると思うので──アナタの枠を、ですけど」
息が、止まった。
「辛いですねぇ。才能の差は。分かりますよ……私も、夢半ばで折れてしまった口ですから」
髪を触られた。
太腿を指が這った。
首筋の匂いを嗅がれた。
気色が悪い。
気色が悪い。
気色が悪い。
「まぁ、そうですね。まだ初心なアナタにい咥えろと言っても困るでしょう……先ず一年、私の仕事をサポートしてもらいましょうか。それで今回の事件を握り潰します」
どうですか?
葛本の言葉に、結はただ頷くことしかできない。
──その日は首に隷属の縛りを刻まれて、家へと帰された。迎えてくれた母に挨拶もせず、自室に戻りベッドへと倒れ込んだ。
でも、触れられた箇所に悪寒が走って、すぐに風呂場へと直行した。
何度も何度も何度も何度も何度も洗った。皮膚が捲れ上がって血が滲むほどに。
夜は眠れず、葛本と会った時のことを思い出す度に吐いた。胃の中が空になっても、不快感がずっとこべりついていた。
だが──本当の地獄はここからだった。
部活終わりに呼び出された。
休みの日に呼び出された。
授業を抜けるように指示をされた。
気持ちが悪くなって保健室で休んでいたら、枕元に立たれていた事もある。
直接触れられる様な事は少なかったが、だからこそ、気色の悪さが際立っていた。
「せっかくですからね。一年間たっぷり味合わせて貰いますよ」
耐える。
耐える。
耐える。
皆の足を引っ張りたくなかった。
こんな奴に負けたくなかった。
でも、外面だけは良い教師が仲間たちと笑顔で話しているのを見る度に──心が軋んでいく音が、聞こえてきた。
そして、ある日突然。
張り詰めていた糸がプツンと切れた。
何もかもがどうでも良くなった。笑顔だけを貼り付けていたら、楽になった。誰も何も気にならなくなった。
「結ちゃん、大丈夫? 元気ない?」
親友に気遣われる度に、何かが音を立てて砕けていく。
この苦しみを知って欲しいと思うと同時に、死んでも知られたくないとプライドが叫ぶ。
しかし、葛本に呼び出された時、全てが決壊した。
「もう……許してください……」
床に這いつくばって頭を下げた。
「くふっ、ふふふ……何でアナタが頭を下げなくちゃならないんですかねぇ」
頭上から聞こえてくる声が、段々と虫の羽音の様に感じていく。
「─────」
衣擦れの音。
チャックが下がる音。
生臭い匂い。
……気が付けば、結は自室のベッドで横になっていた。
「結、ごはんよ〜!」
母に呼ばれて起き上がる。部屋に置かれた大きな姿見が視界に映った。
そこにいる自分の首に刻まれていた紋様が「お前に自由はない」と告げていた。
惰性で歯を磨き、惰性で風呂に入り、惰性で眠り、惰性で学校に向かう。
段々と足取りが重くなって、何をする気にもなれなくて。
なのに。
「結ちゃん! もうすぐ大会だね!」
その笑顔が。
「シノノ、あーし。ここに来れて良かったよ」
口にした言葉が何だったのか、わからない。
「あーしも」
「あ!! また真似したな!? このこの!」
もう死にたかったのに──
メモに残された文字は親友の物ではない。
だが、それは彼女にしか書けない言葉だった。
「あーしはそんな、大した人間じゃないよ」
溢れ出した涙でメモのインクが滲んでしまって、そこに何が書いてあったのか分からなくなっていく。
「……そう言えば」
メモと一緒に置いていかれたのは桜木高校の制服。そして、紫乃と一彩が置いていった人形と同じ柄の、パンダの被り物だった。
そして、そこにも一枚だけメモが入っていた。そこに書かれたメッセージの筆跡にも見覚えがある。勇希と姫花の物だ。
『待ってるぜ』
『早く来ないと、良いとこ全部持っていくわよ』
二人らしい言葉だった。
何気なく見た裏面にもメッセージが書いてあった。それは勇希や姫花とも違う。紫乃の物とは似ても似つかない綺麗な字で、しかし、親友の言葉だと確信できる物。
その一言は──
『いつも一緒に居てくれてありがとう』
少女を立ち上がらせるには、十分過ぎた。