「あーし、バズりたいのっ!」「幽霊になってまで!?」   作:一般通過呪術師

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18:作戦開始

 

「バレたら普通に前科付くぞ、これ」

 

 春の夜風を一身に浴びながら、病院の外壁をよじ登って行く。警備員にバレない様に黒っぽい服を着ているけど……俺の心臓は破裂するんじゃないかと思うくらい煩かった。

 

 これで、榊結が「あーう」とか言って寝ていたら……いや責める事は当然しないし、そんな資格も無いけれど、肩透かしを食らった感は否めない。

 立って欲しいと思う。三人の頑張りに報いる為にも立つべきだと思う。

 でなければ、彼女が後悔することになる。

 

「着いたね」

 

「ああ」

 

 ──榊結の病室は地上から十四階の高さにあった。我ながら、命綱も無しによく登ってきたもんだなと思う。

 

 それが出来たのも、ユウから代引きで届いた紫乃の装備があったから。

 

 魔導籠手『たまちゃんSW-ver.2.0』

 魔導脚甲『たまちゃんDX-ver.3.0』

 

 ネーミングセンスが爆発していたが、それは一旦横に置いておく。

 紫乃も俺と同じで徒手格闘を主体にしていた冒険者だった。ダンジョン内を三次元的に動きたいという事で、壁や天井に貼り付けるように魔術を付与したという。付与魔術の精度が甘く、魔力消費が嵩んでいたので掛け直したが──それ以外は貰った時のまま。

 

 見た目は無骨。塗装等もなく、細かい傷が沢山入った鈍色の防具は年季を感じさせる。しかし、とても良い装備だ。最大の特徴は魔力を圧縮して噴射する機構。籠手は肘、脚甲は踵と脹脛あたりに備わっている。拳速等を飛躍的に上昇させて破壊力を増大する、シンプル故に持て余しにくい機能だ。

 

「見て見てひぃくん。人があんなに小さいよ」

 

「俺は見ない」

 

 籠手や脚甲は見ても、絶対に下だけは向かない。

 決してビビってる訳じゃないからな。俺はお兄ちゃんだぞ。五人兄弟の長男が、高所程度で怯む筈がないだろ。これはあくまで上を向いて生きていこうという話だ。

 

「早く入ろう」

 

「怖いなら怖いって言えばいいのに」

 

「お兄ちゃんは強いから恐怖なんて感じない」

 

 父さんも母さんもそう言っていた──俺が窓をノックすると、直ぐに開いた。

 そのまま中へ入る。

 

「……改めて、初めましてだね。ヒーローくん」

 

 月光の差し込む病室に、鳶色の長髪を靡かせた美しい少女が立っていた。入院中にはとても見えない凛とした出立ちに、思わず息を呑む。

 

「何見惚れてんの?」

 

 パンダが喋り出して、ハッとした。

 

「ふふっ。仲が良さそうでいいね──で、君は名乗ってくれないの?」

 

 挑発する様な物言いだったが、嫌な感じはあまりしない。声が柔らかくて気にもならないのだろう。

 黙っていても仕方ないので名乗る。

 

「南一彩。D級冒険者だ。今日はよろしく頼む」

 

「今日はじゃなくて今日からだよ。よろしくね、一彩くん」

 

 握手を求められたので握り返す。

 

「よし、悪いが時間はない。直ぐに出るぞ」

 

 しかし、案の定と言うべきか。

 邪魔が入った。

 

「いやぁぁぁぁぁぁあ!!」

 

 病室の外から、ナイフを持った看護師が奇声を発しながら入ってきた。

 構えなし。魔力も使っていない。鍛えている様にも見えない。完全な素人だ。カウンターで容易く仕留められる。

 

 しかし、よく見ると看護師の首に鎖の痣が浮かんでいた。

 彼女が隷属の縛りを掛けられた監視役だ。

 

「丁度いい」

 

 ──俺はずっと気になっていた。隷属の縛りとはどういう魔術なのかが。

 

 何せ、黒魔術の情報は手に入らない。禁術故に調べようがないのだ。これは、葛本と対峙する上で致命的な弱みになってしまう。

 川島は調べる前に死んだ。だが、また新たに実例が現れた。これはチャンスだった。

 

「死んでぇぇぇぇえ!」

 

 看護師がナイフを持った手を大きく振るう。隙だらけだ。身を屈めて攻撃を避け、返す一撃で手からナイフを叩き落とす。

 そのまま腕を捻って背後に回り、足をかけて転ばせる。

 

「その呪いを破却する、浄清(クリア)

 

 検証一、隷属の縛りは“弱体化”と呼ばれる効果に分類される魔術である。

 

 魔術の中には対象の筋力や動体視力を低下させる様な効果を持った物がある。俺が得意な付与魔術や数秘魔術に多い。

 そういった魔術は魔力で身体機能等に干渉しているので、浄清(クリア)という魔力干渉の類を無効化する魔術を使えば解除できる。

 

「違うな」

 

 失敗。次だ。

 

「はなっ、離してっ!」

 

「ちょっと静かにしてください」

 

「もごっ!?」

 

 看護師の口にハンカチを詰めて黙らせる……いよいよ言い逃れのできない、普通の犯罪者だ。だけど、この検証が上手く行ったら、彼女は俺に泣いて感謝する事になる。

 弱体解除が通じない類の魔術に試すのは、これだ。

 

白紙の付与(エンチャント・リムーバー)

 

 検証二、隷属の縛りは“強化効果”に分類される魔術である。

 

 強化効果は読んで字の如く、対象の能力を底上げする物が大半を占める。

 ただ、強化効果はその字面以上に範囲が広い。実際は『魔力で物質に干渉している効果』全般を指すからだ。ゲームでも時々目にするだろう。

 

『この弱体化は強化効果扱いなので、弱体解除では打ち消せません』

 

 という文面を。

 まあ、俺もゲームは詳しくないんだけど。

 

 だが……紅葉(いもうと)がスマホゲームをしながら「お前デバフじゃねぇのかよ!?」と叫んでいた事が、そのまま現実に当て嵌まったので記憶にあるだけだ。

 弱体化を消す魔術は数あれど、強化効果を剥がせる解呪(ディスペル)が使えるのは、付与魔術とその派生のみ。

 

「なるほど」

 

「もごご!? もごぉ!」

 

「もう大丈夫。魔術は引き剥がしましたよ」

 

 看護師の口からハンカチがポロリと落ちた。

 

「ぁ……ぇ……?」

 

「これから結さんを連れて数時間外に出ます。何かあったらアナタは『私が見た時にはスヤスヤ寝てました』と、上に報告してください」

 

 看護師が首を摩りながら静かに涙を流す。それから何度も頷き、感謝の言葉を繰り返した。

 様子を見れば一目瞭然。川島の様な狂信者ではない。結の入院にあたり、本当に巻き込まれただけの一般人だ。

 俺が看護師から退いて「ふぅ」と一息吐いた所で、結が駆け寄ってきた。

 

「一彩くん大丈夫!?」

 

「何が?」

 

「呪い返しだよ! 黒魔術にはそういった効果がデフォルトで備わってるんだよ!」

 

 結曰く──強化解除で隷属の縛りを外せる事には気付いていたそうだ。難易度が高かった上、解除に挑んでいる最中に葛本から連絡が来て。

 

「死にたくなければ、やめろって……!」

 

 舐められたもんだぜ。

 俺が独学で付与魔術を学ぶにあたり、擦り切れる程に読み込んだ書籍の冒頭には、こう書いてあった。

 

「一流の付与魔術師(エンチャンター)は一流の解呪師(ディスペラー)でもある」

 

 付与魔術に妥協という概念はない。

 効果が想定よりも低くなったら消す。想定よりも効果時間が短くなるなら、消す。理想を追い求めて試行回数を重ねていくのが付与魔術師。その過程で必然的に解呪の技能が向上していく。

 

 呪い返しを受けるような付与魔術師は二流。否、三流だ。それは努力を積んだ時間が足りていない事の証明に他ならない。

 俺も道半ば。口が裂けても一流とは言えないが──こんな粗雑な魔術を解除して呪い返しを受けるほど、下手くそではないつもりだ。

 

「黒魔術が何だってんだ」

 

 強化効果扱いという事は、隷属の縛りもまた付与魔術の系譜になる……いや、付与魔術が黒魔術の派生になるのか?まあ、どっちでもいい。

 論点はそこじゃない。

 

「魔術としての格で負けていても、付与魔術師としては俺の方が上だ」

 

 良かった、本当に。

 これでもう隷属の縛りは怖くない。

 作戦の不安要素が一つ消えた。

 

「ひぃくん、時間時間」

 

 紫乃が壁掛け時計を指差す。

 俺は頷いて身を屈めた。

 

風の渡し手(ウィンドブレッシング)付与(エンチャント)

 

 これは緑の下級魔術。そよ風を起こす程度の弱い物だ。

 俺が付与魔術以外で使えるのは、こういう下級魔術が殆ど。攻撃に使える物もあるにはあるが、一手間を惜しむとハリセン程度の威力にしかならない。だが、下級魔術も使い方だ。

 

「じゃ、失礼して」

 

「ひょわぁ!?」

 

「男に触られんの、不快だろうが我慢してくれ……五分の辛抱だ。あとマスクは被っておいてくれ。走りながら機能と作戦を説明する」

 

 結が顔を真っ赤にしながらマスクを被る。

 その間に窓へ足を掛けると、強い風を感じた。

 

「いいね。やっとツキが回ってきた」

 

 風向き良好──これなら問題なく、直線距離で高校まで向かえそうだ。

 

「跳ぶぜ」

 

 そうして俺は、勢いよく窓から飛び出した。

 

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