「あーし、バズりたいのっ!」「幽霊になってまで!?」   作:一般通過呪術師

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19:黒魔術師討伐戦①

 

 ──時は少し遡り、桜木高校。

 

 太刀川勇希と救仁郷姫花に課せられた任務は二つあった。

 

 一つ、葛本の注意を引き続けること。

 二つ、決戦の場を確保すること。

 

 必要な事ではあったが、正直な話。

 

「危ねぇ橋だよな」

 

「そうね」

 

 校舎の裏で勇希と姫花の二人は話をしていた。

 

「ま、日中に仕掛けてくる事はねーだろうがよ。ここは監視カメラが至る所についてるからな」

 

「バレて困るのは向こうだからね」

 

 黒魔術師。その存在は現代において最大の禁忌とされている。単独で軍隊に匹敵する武力を得られる魔術が、黒魔術という系統には数多ある為だ。

 

 ──そもそも魔術とは、言葉に魔力を込めて音にすることで発生する現象を指す。魔力の性質に気付いた先人達が、膨大な試行錯誤の末に蓄積した語彙。それを、人類は呪文と呼んでいる。

 

 これを元に三つの基本魔術が組み上げられた。

 世界を構成している属性を赤・青・緑・黄・白の五色に色分けし、それを操る色操魔術。

 呪文を数式に変換した術式を使って発動する数秘魔術。

 一定時間、任意の物に魔力や術式効果を与える付与魔術。

 空間を点と線で区切る結界魔術。

 

 しかし、それらをどれだけ極めようと──黒魔術には届かない。

 何故なら、黒魔術こそが魔術の起源だからだ。

 

「……黒魔術ってよ、どんな色も全部混ぜたら黒になるから最強。みたいな話だっけか?」

 

「ユウは本当におバカね……黒色には、全ての色が含まれているから最強って話でしょ」

 

 人類が魔力を得るよりも前から存在した、人を呪うための悪意。かつては何の力も無かった単なるオカルトは、ダンジョン発生によって現実へと変わってしまった。

 

 そんな魔術を操れる人間が身近にいる。

 悪意を隠して、自分達の側で笑っている。

 友だちを傷つけ、追い詰め、奈落の底に突き落とした。

 

「まぁ、アイツがどんな化物だろうが関係ねぇ……絶対に許さないぞ、アタシは」

 

 勇希が静かに戦意を立ち昇らせる。

 勝ち目があるとか無いとか、そんな話は彼女にとって重要ではない。泣かされた友達と、もう二度と触れ合うことが出来なくなってしまった友達がいる。それが最も重要だった。

 

「報いを受けさせなくちゃなんねぇ。絶対にだ」

 

「ふふっ……ユウのそういう所。私、好きよ」

 

「そりゃどーも」

 

 姫花のスマホに一件の通知が来た──作戦が始まる合図だ。開いてみたら、ウサギの被り物をした一彩が紫乃の声に合わせて動いていた。

 

 何の違和感もない。声とほぼ誤差なく動いている。事前に打ち合わせはしているだろうが、街に出たら想定外の事ばかりの筈なのに。

 

「……アイツら、出会ってまだ一週間しか経ってないんだろ?」

 

「魂レベルで相性良いんじゃない? 知らないけど」

 

 結が嫉妬するレベルだ。間違いなく。

 二人は少しおかしくなって、相好を崩した。

 

「結がヒイロにマウント取るのが目に浮かぶぜ」

 

「ま、紫乃と相性良いなら結とも相性良さそうだけどね?」

 

 もしも、葛本なんて悪い奴が居なくて、三人がダンジョンやギルドで出会っていたなら──そんなあり得ない世界を想像し、優希と姫花は拳を作った。

 

「許せねぇよな?」

 

「許す気なんて微塵も無いわよ……あんなの」

 

 姫花は配信画面を閉じて、部活の連絡用に使っているメールアプリを開いた。

 そして、紫乃のアカウントでログインし、葛本に配信のURLを送り付ける。

 

「精々、怯えてるが良いわ」

 

 

 

 ──夜。

 

 部活動も終わり、校舎は昼の喧騒とは打って変わって静寂に包まれていた。

 本来なら学生が立ち入れないそこに、勇希と姫花はいた。

 目的は一つ。誰もいなくなった教室に、葛本を呼び出す為だ。

 

「おやおや。鬼ごっこはもう終わりで……何ですか、そのマスクは」

 

 二人は動物のマスクで顔を隠していた。

 姫花は白いネコ、勇希はライオンだ。デフォルメされたそれは、一彩が被っているウサギとデザインが酷似している。

 葛本の疑問には答えず、姫花は言った。

 

「黒魔術を使わないと満足に女の子に触れない……そんな哀れな隠キャメガネに、チャンスをあげようと思いまして」

 

「……ナイト様を頼りにしているのかもしれませんが、少し荷が重いんじゃありませんか?」

 

 葛本の視線は姫花ではなく、勇希に注がれていた。

 

「あ? テメェ、アタシに指一本でも触ってみろ。生活指導の長谷川先生に泣きつくからな?」

 

「おっと。怖い怖い」

 

 両手を挙げて戯ける葛本に、姫花はマスクの下で笑みを浮かべて声をかけた。

 

「これ、なんでしょう」

 

 そうして、ブレザーのポケットから取り出したスマホを葛本に見せた。何も知らない人間からすれば、それは単なる携帯端末。

 

 しかし、葛本にとっては違う。

 

「それ、は……!? バカな! 見つかるはずが……!」

 

「見覚えがあって良かったです。そうです、シノノのスマホですよ」

 

 紫乃のスマホはダンジョンの奥底──それを見つけ出す事は、葛本にも出来なかったのだろう。

 葛本の反応を見てそれを確信した二人は、作戦を更に押し進める事にした。

 

「この中には紫乃が集めた証拠と、最後に彼女が受けた暴行の録音データが入っています……凄いですね、先生。あの優しいシノノに『お前だけは地獄に送ってやるからな』って言わせるなんて」

 

「……っ!」

 

 今の話は殆ど嘘だ。

 砂利で擦ったり石で叩いたりして、それらしい傷を付けてはいるが、姫花のスマホに紫乃が使っていたカバーと同一品を被せただけ。

 

 しかし、姫花が放った言葉には真実も混ざっている。紫乃が『地獄に送ってやる』と言ったのは事実で、葛本もそれを覚えていた。

 そして、それは紫乃が生きているか、スマホが本物でもない限り──姫花が絶対に知り得ない情報だった。

 

 故に葛本は、姫花の言葉を無視できない。

 

「シノノから預かってきたんですよね……所で先生。昼の配信、見ました?」

 

「っ!」

 

 葛本は見ていた。紫乃の声で、動きで、結のいる病院へと向かう一彩を。

 しかし、姫花が開示した情報が、一彩を本物の紫乃へと変える。

 

「どうせユイんとこにも監視役は置いてんだろ?」

 

「……さて、どうでしょうか」

 

「しらばっくれんなよ。面を見りゃ一発なんだから。無駄だぜ、大根野郎」

 

 葛本の顔から柔和な笑みが剥がされていく。

 毟り取られた仮面の下にあるのは、黒魔術師としての本性。

 

「その様ですね。私に、役者の才能はない」

 

 詳らかになったそれは、怖気の走る様な不気味な魔力となって葛本の身体から漏出した。

 

「うっ、ぁ」

 

「やべぇな……これ」

 

 眼前から影が噴き出てきた様な感覚。生命が宵闇に抱く根源的な恐怖を、否が応でも掻き立てられる。

 

「一つ、勘違いされている様なので……冥土の土産に訂正しておきましょう」

 

 ダンジョンの中で感じた物よりも濃い、魔力という外圧に姿を変えた死。それが、二人の足を石の様にしてしまった。

 

「私が日中に行動を移さなかったのは、リスクを避ける為ではありません……単なる気まぐれですよ」

 

 葛本が楽団の前に立つ指揮者の如く腕を振るう。闇の中から腐臭を漂わせた竜が姿を現し、粘ついた緑の涎を溢しながら、教室へと這い出てきた。

 

「黒魔術を扱えるのです。証拠の隠滅も、何もかもが容易い。お二人があまりにも楽しそうに探偵ごっこをしていたのでね……泳がしていただけです」

 

 竜が顎を開く。内部に溜まった魔力が紫色に発光し、そして。

 

「ああ、それから……長谷川先生は私の奴隷(ともだち)ですので、相談しても無駄ですよ」

 

 極光が教室の壁紙と窓を吹き飛ばした。

 

 ──これこそが、ドラゴンが最強と呼ばれる所以。通称竜の吐息(ドラゴンブレス)。摂氏一〇,〇〇〇度を優に越す、膨大な熱量による持続圧迫攻撃。現存するあらゆる物質、防御の殆どが、竜の吐息を前にすれば飴細工の如く溶けて消える。

 

 人類がこれと同威力の魔術を行使するには、一流の魔術師であっても十秒は掛かる。

 しかし、どれだけ下位の竜種であったとしても、ドラゴンと呼ばれるモノはそれを、たった三秒間で行う。

 

 今しがた葛本が呼び出した屍竜(ドラゴンゾンビ)が放った吐息(ブレス)は、二秒ほどの溜めで繰り出されていた。

 竜の格としては平均的。正攻法での討伐には、少なくともB級冒険者が徒党を組んで当たる化物となる。

 

「うぉぁっち!?」

 

 その竜の一撃を、勇希は姫花を抱えた状態で回避していた。

 

「ほう。大した物ですね……避けましたか」

 

 運が良かっただけでは済まされない。だからこそ、葛本は素直に賞賛した。

 ブレスの兆候を見た瞬間、コンマ一秒の間に姫花を掴み、足裏で暴発させた魔力の勢いでブレスの有効範囲から出る。

 

「流石、私が見つけた原石なだけはある」

 

 才能だけを見ても、殺すには惜しい。ダンジョンに入った時は後始末が楽だからと川島を使ったが、太刀川勇希と救仁郷姫花には利用価値もある。

 

「予定変更です」

 

 葛本は笑みを浮かべた。

 

「新しいペットが欲しかったんですよ……二匹、逃してしまったのでね」

 

 余裕のある葛本に対し、どうにか避けただけの二人は、服の下で滝の様な汗をかいていた。

 

「ユウ、ありがとう。アナタが始まって以来、最も最高の瞬間よ」

 

「ふざけんなよオイ……他にもあっただろ……誰がお前のオネショの罪を被ったと……」

 

「葛本の次はアナタを地獄に送ればいいの? というかいつまでそれを言うの? 五歳の頃の話よ、それ。アナタが私の生涯の汚点を擦り続けるなら、私も同じ様にするけど?」

 

「アタシが悪かった。勘弁してくれお姫様」

 

 軽口の後、二人は直ぐに立ち上がって得物を構えた。

 勇希は魔導剣。姫花は杖。肩を並べて立つ姿は堂に入っている。

 

「……まさか、勝つ気ですか? まだC級のあなた達が? 私に?」

 

「まあね。一応、作戦は練ってきたぜ」

 

「はぁ……作戦や相性でひっくり返る局面というのは、戦力がある程度伯仲している時だけですよ──圧倒的な力の差の前では、ゴミカス同然なのです」

 

「随分と自己評価が高いじゃない。黒魔術なんてインチキ使ってても、小娘を満足に躾られないくせにね」

 

 姫花が魔術を起動する。

 遅延起動(ディレイ・マジック)だ。事前に詠唱を済ませておいた魔術を、任意のタイミングで発動する高等テクニック──姫花の杖はそれを五つまでストックできる。

 

 繰り出したのは(みず)(かぜ)の複合魔術深い霧(ディープミスト)。一寸先の視界すら隠す濃霧が、二人の姿を葛本から隠す。

 

「目眩し……薙ぎ払いなさい」

 

 煙を吐き出していた屍竜が再び吐息を放つ。

 しかし、既に勇希は姫花を抱え、風通しが良くなった壁から飛び出しており、それは不発に終わってしまう。

 

「無駄撃ちご苦労さん!」

 

 魔力を推進力に変えて方向転換し、窓を突き破って階下の教室に侵入。勇希はその勢いを殺さず、間髪入れずに廊下へ飛び出した。

 次の瞬間、轟音と共に教室の天井が崩落した。

 

「逃げるのが得意なのは良いことです。生存率が上がりますし、私も楽しめますから」

 

 屍竜に跨った葛本が、力業で降りて来たのだ。

 

「……ここまで隠す気ないとは、恐れ入るぜ」

 

「これは流石に想定外ッ!」

 

 遅延起動、(ねつ)(かぜ)

 

焦熱の暴風(ファイアトルネード)!!」

 

 姫花が使える魔術の中でも、最上位の殺傷力を有する中級魔術。暴風に灼熱を乗せ、対象に向かって収束する炎の竜巻。吹き荒ぶ熱波の嵐が葛本と屍竜へと襲い掛かる。

 

「防ぎなさい」

 

 葛本の一言で屍竜が動く。溝色の魔力を腐りかけの腕に纏わせ、焦熱の暴風を迎え撃った。

 

 ──ダメだ。勝負にならない。

 魔術越しに感じる手応えに、姫花はマスクの下で唇を噛み切った。

 

「ユウ、走って!」

 

「お、おう!」

 

 渾身の魔術が一撃で掻き消されるのを見ながら、姫花は勇希に担がれた状態で、思考を張り巡らせる。

 

「さて……あと三発、ですか?」

 

「階段から降りて!」

 

「やりなさい」

 

 灼熱が身体を掠める。際限なく放たれる吐息に、死への恐怖が再燃する。

 

「気張れよヒメッ! ここがアタシらの分水嶺だぞ!」

 

「っ! 難しい言葉使うなんて、誰の入れ知恵かしら!」

 

「ヒイロ!」

 

「現役が語彙で負けてんじゃないわよ!! もっと本を読みなさい!!」

 

「やだよ眠くなるもん!」

 

 走る、走る、走る──迫る死に、追い付かれない様に。

 

「頼むぜ、ヒイロ……! 早く来てくれよッ!」

 

 黒魔術が私たちを捕える前に、どうか。

 

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