「あーし、バズりたいのっ!」「幽霊になってまで!?」 作:一般通過呪術師
──時は少し遡り、桜木高校。
太刀川勇希と救仁郷姫花に課せられた任務は二つあった。
一つ、葛本の注意を引き続けること。
二つ、決戦の場を確保すること。
必要な事ではあったが、正直な話。
「危ねぇ橋だよな」
「そうね」
校舎の裏で勇希と姫花の二人は話をしていた。
「ま、日中に仕掛けてくる事はねーだろうがよ。ここは監視カメラが至る所についてるからな」
「バレて困るのは向こうだからね」
黒魔術師。その存在は現代において最大の禁忌とされている。単独で軍隊に匹敵する武力を得られる魔術が、黒魔術という系統には数多ある為だ。
──そもそも魔術とは、言葉に魔力を込めて音にすることで発生する現象を指す。魔力の性質に気付いた先人達が、膨大な試行錯誤の末に蓄積した語彙。それを、人類は呪文と呼んでいる。
これを元に三つの基本魔術が組み上げられた。
世界を構成している属性を赤・青・緑・黄・白の五色に色分けし、それを操る色操魔術。
呪文を数式に変換した術式を使って発動する数秘魔術。
一定時間、任意の物に魔力や術式効果を与える付与魔術。
空間を点と線で区切る結界魔術。
しかし、それらをどれだけ極めようと──黒魔術には届かない。
何故なら、黒魔術こそが魔術の起源だからだ。
「……黒魔術ってよ、どんな色も全部混ぜたら黒になるから最強。みたいな話だっけか?」
「ユウは本当におバカね……黒色には、全ての色が含まれているから最強って話でしょ」
人類が魔力を得るよりも前から存在した、人を呪うための悪意。かつては何の力も無かった単なるオカルトは、ダンジョン発生によって現実へと変わってしまった。
そんな魔術を操れる人間が身近にいる。
悪意を隠して、自分達の側で笑っている。
友だちを傷つけ、追い詰め、奈落の底に突き落とした。
「まぁ、アイツがどんな化物だろうが関係ねぇ……絶対に許さないぞ、アタシは」
勇希が静かに戦意を立ち昇らせる。
勝ち目があるとか無いとか、そんな話は彼女にとって重要ではない。泣かされた友達と、もう二度と触れ合うことが出来なくなってしまった友達がいる。それが最も重要だった。
「報いを受けさせなくちゃなんねぇ。絶対にだ」
「ふふっ……ユウのそういう所。私、好きよ」
「そりゃどーも」
姫花のスマホに一件の通知が来た──作戦が始まる合図だ。開いてみたら、ウサギの被り物をした一彩が紫乃の声に合わせて動いていた。
何の違和感もない。声とほぼ誤差なく動いている。事前に打ち合わせはしているだろうが、街に出たら想定外の事ばかりの筈なのに。
「……アイツら、出会ってまだ一週間しか経ってないんだろ?」
「魂レベルで相性良いんじゃない? 知らないけど」
結が嫉妬するレベルだ。間違いなく。
二人は少しおかしくなって、相好を崩した。
「結がヒイロにマウント取るのが目に浮かぶぜ」
「ま、紫乃と相性良いなら結とも相性良さそうだけどね?」
もしも、葛本なんて悪い奴が居なくて、三人がダンジョンやギルドで出会っていたなら──そんなあり得ない世界を想像し、優希と姫花は拳を作った。
「許せねぇよな?」
「許す気なんて微塵も無いわよ……あんなの」
姫花は配信画面を閉じて、部活の連絡用に使っているメールアプリを開いた。
そして、紫乃のアカウントでログインし、葛本に配信のURLを送り付ける。
「精々、怯えてるが良いわ」
──夜。
部活動も終わり、校舎は昼の喧騒とは打って変わって静寂に包まれていた。
本来なら学生が立ち入れないそこに、勇希と姫花はいた。
目的は一つ。誰もいなくなった教室に、葛本を呼び出す為だ。
「おやおや。鬼ごっこはもう終わりで……何ですか、そのマスクは」
二人は動物のマスクで顔を隠していた。
姫花は白いネコ、勇希はライオンだ。デフォルメされたそれは、一彩が被っているウサギとデザインが酷似している。
葛本の疑問には答えず、姫花は言った。
「黒魔術を使わないと満足に女の子に触れない……そんな哀れな隠キャメガネに、チャンスをあげようと思いまして」
「……ナイト様を頼りにしているのかもしれませんが、少し荷が重いんじゃありませんか?」
葛本の視線は姫花ではなく、勇希に注がれていた。
「あ? テメェ、アタシに指一本でも触ってみろ。生活指導の長谷川先生に泣きつくからな?」
「おっと。怖い怖い」
両手を挙げて戯ける葛本に、姫花はマスクの下で笑みを浮かべて声をかけた。
「これ、なんでしょう」
そうして、ブレザーのポケットから取り出したスマホを葛本に見せた。何も知らない人間からすれば、それは単なる携帯端末。
しかし、葛本にとっては違う。
「それ、は……!? バカな! 見つかるはずが……!」
「見覚えがあって良かったです。そうです、シノノのスマホですよ」
紫乃のスマホはダンジョンの奥底──それを見つけ出す事は、葛本にも出来なかったのだろう。
葛本の反応を見てそれを確信した二人は、作戦を更に押し進める事にした。
「この中には紫乃が集めた証拠と、最後に彼女が受けた暴行の録音データが入っています……凄いですね、先生。あの優しいシノノに『お前だけは地獄に送ってやるからな』って言わせるなんて」
「……っ!」
今の話は殆ど嘘だ。
砂利で擦ったり石で叩いたりして、それらしい傷を付けてはいるが、姫花のスマホに紫乃が使っていたカバーと同一品を被せただけ。
しかし、姫花が放った言葉には真実も混ざっている。紫乃が『地獄に送ってやる』と言ったのは事実で、葛本もそれを覚えていた。
そして、それは紫乃が生きているか、スマホが本物でもない限り──姫花が絶対に知り得ない情報だった。
故に葛本は、姫花の言葉を無視できない。
「シノノから預かってきたんですよね……所で先生。昼の配信、見ました?」
「っ!」
葛本は見ていた。紫乃の声で、動きで、結のいる病院へと向かう一彩を。
しかし、姫花が開示した情報が、一彩を本物の紫乃へと変える。
「どうせユイんとこにも監視役は置いてんだろ?」
「……さて、どうでしょうか」
「しらばっくれんなよ。面を見りゃ一発なんだから。無駄だぜ、大根野郎」
葛本の顔から柔和な笑みが剥がされていく。
毟り取られた仮面の下にあるのは、黒魔術師としての本性。
「その様ですね。私に、役者の才能はない」
詳らかになったそれは、怖気の走る様な不気味な魔力となって葛本の身体から漏出した。
「うっ、ぁ」
「やべぇな……これ」
眼前から影が噴き出てきた様な感覚。生命が宵闇に抱く根源的な恐怖を、否が応でも掻き立てられる。
「一つ、勘違いされている様なので……冥土の土産に訂正しておきましょう」
ダンジョンの中で感じた物よりも濃い、魔力という外圧に姿を変えた死。それが、二人の足を石の様にしてしまった。
「私が日中に行動を移さなかったのは、リスクを避ける為ではありません……単なる気まぐれですよ」
葛本が楽団の前に立つ指揮者の如く腕を振るう。闇の中から腐臭を漂わせた竜が姿を現し、粘ついた緑の涎を溢しながら、教室へと這い出てきた。
「黒魔術を扱えるのです。証拠の隠滅も、何もかもが容易い。お二人があまりにも楽しそうに探偵ごっこをしていたのでね……泳がしていただけです」
竜が顎を開く。内部に溜まった魔力が紫色に発光し、そして。
「ああ、それから……長谷川先生は私の
極光が教室の壁紙と窓を吹き飛ばした。
──これこそが、ドラゴンが最強と呼ばれる所以。通称
人類がこれと同威力の魔術を行使するには、一流の魔術師であっても十秒は掛かる。
しかし、どれだけ下位の竜種であったとしても、ドラゴンと呼ばれるモノはそれを、たった三秒間で行う。
今しがた葛本が呼び出した
竜の格としては平均的。正攻法での討伐には、少なくともB級冒険者が徒党を組んで当たる化物となる。
「うぉぁっち!?」
その竜の一撃を、勇希は姫花を抱えた状態で回避していた。
「ほう。大した物ですね……避けましたか」
運が良かっただけでは済まされない。だからこそ、葛本は素直に賞賛した。
ブレスの兆候を見た瞬間、コンマ一秒の間に姫花を掴み、足裏で暴発させた魔力の勢いでブレスの有効範囲から出る。
「流石、私が見つけた原石なだけはある」
才能だけを見ても、殺すには惜しい。ダンジョンに入った時は後始末が楽だからと川島を使ったが、太刀川勇希と救仁郷姫花には利用価値もある。
「予定変更です」
葛本は笑みを浮かべた。
「新しいペットが欲しかったんですよ……二匹、逃してしまったのでね」
余裕のある葛本に対し、どうにか避けただけの二人は、服の下で滝の様な汗をかいていた。
「ユウ、ありがとう。アナタが始まって以来、最も最高の瞬間よ」
「ふざけんなよオイ……他にもあっただろ……誰がお前のオネショの罪を被ったと……」
「葛本の次はアナタを地獄に送ればいいの? というかいつまでそれを言うの? 五歳の頃の話よ、それ。アナタが私の生涯の汚点を擦り続けるなら、私も同じ様にするけど?」
「アタシが悪かった。勘弁してくれお姫様」
軽口の後、二人は直ぐに立ち上がって得物を構えた。
勇希は魔導剣。姫花は杖。肩を並べて立つ姿は堂に入っている。
「……まさか、勝つ気ですか? まだC級のあなた達が? 私に?」
「まあね。一応、作戦は練ってきたぜ」
「はぁ……作戦や相性でひっくり返る局面というのは、戦力がある程度伯仲している時だけですよ──圧倒的な力の差の前では、ゴミカス同然なのです」
「随分と自己評価が高いじゃない。黒魔術なんてインチキ使ってても、小娘を満足に躾られないくせにね」
姫花が魔術を起動する。
繰り出したのは
「目眩し……薙ぎ払いなさい」
煙を吐き出していた屍竜が再び吐息を放つ。
しかし、既に勇希は姫花を抱え、風通しが良くなった壁から飛び出しており、それは不発に終わってしまう。
「無駄撃ちご苦労さん!」
魔力を推進力に変えて方向転換し、窓を突き破って階下の教室に侵入。勇希はその勢いを殺さず、間髪入れずに廊下へ飛び出した。
次の瞬間、轟音と共に教室の天井が崩落した。
「逃げるのが得意なのは良いことです。生存率が上がりますし、私も楽しめますから」
屍竜に跨った葛本が、力業で降りて来たのだ。
「……ここまで隠す気ないとは、恐れ入るぜ」
「これは流石に想定外ッ!」
遅延起動、
「
姫花が使える魔術の中でも、最上位の殺傷力を有する中級魔術。暴風に灼熱を乗せ、対象に向かって収束する炎の竜巻。吹き荒ぶ熱波の嵐が葛本と屍竜へと襲い掛かる。
「防ぎなさい」
葛本の一言で屍竜が動く。溝色の魔力を腐りかけの腕に纏わせ、焦熱の暴風を迎え撃った。
──ダメだ。勝負にならない。
魔術越しに感じる手応えに、姫花はマスクの下で唇を噛み切った。
「ユウ、走って!」
「お、おう!」
渾身の魔術が一撃で掻き消されるのを見ながら、姫花は勇希に担がれた状態で、思考を張り巡らせる。
「さて……あと三発、ですか?」
「階段から降りて!」
「やりなさい」
灼熱が身体を掠める。際限なく放たれる吐息に、死への恐怖が再燃する。
「気張れよヒメッ! ここがアタシらの分水嶺だぞ!」
「っ! 難しい言葉使うなんて、誰の入れ知恵かしら!」
「ヒイロ!」
「現役が語彙で負けてんじゃないわよ!! もっと本を読みなさい!!」
「やだよ眠くなるもん!」
走る、走る、走る──迫る死に、追い付かれない様に。
「頼むぜ、ヒイロ……! 早く来てくれよッ!」
黒魔術が私たちを捕える前に、どうか。