「あーし、バズりたいのっ!」「幽霊になってまで!?」 作:一般通過呪術師
「自己紹介するねっ!」
「待てって」
流れる様に距離を詰めてくる女子高生を、俺は手で制した。
「あーしの名前は
「凄い。無視した上にニックネームまで開示してきた」
これが、光属性……?
戦慄している俺に霊群は続けて言う。
「はいっ、君の番ね」
……?
「何で首傾げるん? あれ、もしかして日本語不自由系? きゃんゆーすぴーくちゃいにーず? おあ……ハングル文字?」
「何で韓国語って聞かねぇんだよ。英語喋れるかって聞く時に、アルファベット喋れますかって聞かねぇだろ」
「おお! 凄いすごーい! ペラペラじゃんね!」
俺、こいつ凄く苦手だ。
眉間の皺が深くなっていくのが自分でも分かる。
「では、自己紹介をどうぞぅ!」
「断る。さようなら」
踵を返すが、壁をすり抜けてきた霊群に先回りされてしまった。
「まあまあそう言わず! これも何かのご縁だよ! お近づこう?」
霊群の方が少し背が高いからか、こちらを覗き込むようにして喋りかけてくる。
距離が近い。顔が小さい。睫毛長い。死人を相手にしているのに少しドキドキする。
ち、ちくしょう。何だこの敗北感は。足も止めてしまったし、最悪だ。
「……普通、見ず知らずの相手に名前を明かさない」
悩んだ末に絞り出せたのは常識だった。
ただでさえ、冒険者は大金を得られる可能性がある職業。個人情報は可能な限り、話す相手を選ぶのが常識だ。まあ、どこからか漏れる可能性も十分あるけど。俺の名前みたいにな。クソッタレめ。
霊群は両手で自分の頬を指差しながら、朗らかに笑った。
「あーしが死んでても?」
死んでるから何だよ……まあ、確かにこのまま黙っていても、これはしつこく絡んでくるだろう。会話して「サヨウナラ」できるとも思えないけど、可能性があるのなら。
「南一彩だ。見ての通り冒険者」
「芋ジャーに頭陀袋持っただけの君が? オモロ」
「うるぜえぞ死に損ないが」
ケラケラと笑っている姿は何処にでも居そうな少女そのものだ。油断していると、あっという間に毒気を抜かれそうになる。
「……えぇっと、あーしワルイユーレイじゃないよ?」
「悪いかどうかは俺が決める」
そもそも──幽霊は非科学的な存在であり、一昔前までは現実には居ないとされていた。
しかし、ダンジョン発生以降は違う。世界に満ちた魔力は物理法則さえ書き換えてしまった。旧世界の常識なら自重を支えられない様な超巨大昆虫も、今の世では元気にワシャワシャ動いている。幽霊もそうだ。ダンジョン内で発見されたモンスターとして認知されている。そして、友好的な幽霊モンスターが発見された例は今のところない。
「先ず聞きたいんだけど……冒険者じゃないんだよな?」
「普通のJKでぇーす! ぶいっ!」
「そうだよな」
ダンジョンで生まれたモンスターの類ではないなら、答えは一つだ。
「なら、お前は……人為的に生み出された幽霊って訳だ」
「ふぅん? つまり、どゆこと?」
「魔術で現世に留められてるってこと」
魔術はダンジョンの発生に伴って撒き散らされた魔力に人類が適応した結果、獲得した技術だ。
食事、呼吸等で体内に蓄積された魔力を使い、時に既存の物理法則を超えた現象を引き起こす。誰にでも扱える簡単な物から、行使に免許や講習が必要になる物。そもそも習得が禁止されている物と幅広い。
「法を守らないのなら、習得や行使の敷居はかなり低い。人間をゾンビにする魔術があるのは知ってるだろ?」
「え、えぇっと……第二次迷宮戦役の後に……確かアメリカが遭遇した……リ、リ、リ……リッチだ! リッチがダンジョンで死んだ冒険者の一団を使って、ニューヨークを占拠したやつ!」
「何でちょっと怪しいんだよ。小学生で習う歴史の範囲だぞ」
「ギャルは歴史を学ばないんですぅ」
「高学歴ギャルに怒られろ」
軽いやり取りの後、俺はキノコが入った頭陀袋を担いだ。
「じゃ、俺は帰るから」
「えっ」
長居し過ぎてしまった。いつもより深い場所に居るという事を忘れてしまいそうになるほど、この霊群紫乃という幽霊が底抜けに明るかったせいだ。幽霊のくせになんてやつ。貞子とか伽椰子の爪の垢でも煎じて飲んでおけ。
「悪いけど、関わり合いになりたくない」
お喋りして長居しただけならマシだったが、相手が良くない。何者かに幽霊にされた可能性が高いときた──厄介ごとの匂いがぷんぷんしている。
「ま、待って……!」
「待たない」
霊群の泣きそうな声に背を向けた。
俺も面倒は避けたい。養わないといけない家族がいる。妹二人、弟二人。入院してる母が一人に、親父ゼロ人。俺が稼げないと一家離散。母さんは入院費用を工面できなくなって、苦しみに喘ぎながら死んでいくことになる。
冒険者として活動する以上のリスクは取れない。そして、金を稼ぐ効率に妥協も出来ない。だから競争相手が少なく、誰もやりたがらないキノコ採取を俺は極めたのだから。
歩調を早め、出口がある方向へ突き進んでいく。
すると、背後から悲痛な叫びが聞こえてきた。
「このままダンジョンの中になんて居たくない!」
そうだろうな。幽霊であっても、きっと碌な目に合わないと思う。それを見捨てる俺も良い死に方は出来ないかもしれない。
「お母さんとお父さんに、会いたいよ……友達にだって……! 誰にもっ、お別れできないままなんて嫌だっ……!」
冒険者は危険な職業だ。俺だっていつそうなるか分からない。
だから、助けられない。
そもそもどうしようもない。
「クソッたれが! 泣き落とし効かないとかある!? あーし結構ビジュ良いんですけど!? おっぱいだって大っきいし! 脚も程よく健康的だし! ……あっ。脚はないんだった」
俺は転けた。現れたね、本性が。
これで心置きなく帰る事ができる。
「ねぇ、帰すと思った?」
立ち上がろうとした時──霊群が笑顔で俺の顔を覗き込んでいた。濁った目は俺を見ているようで見ていない。これは、ダメだ。嫌な予感がする。
「何人か冒険者の人は見たんだけどさっ! ひぃくんだけなんだよね、あーしが見えたの! だから……あーしが成仏するの手伝ってよ。でなきゃ、ひぃくんが死ぬまで呪い続けるから」
霊群の言葉には尋常ではない魔力が込められていた。
魔術を使う時と同じだ。しかし、込められている力は余りにも強大。俺に掛けられた言葉が単なる脅しなどではなく、文字通りの契約を迫る術として成立してしまっているのが肌で分かった。
「幸せになんてさせない。嫌な思い、沢山させてあげる。でも、どれだけ辛くても死なせてもあげない。だってひぃくん……あーしを成仏させてくれなかったんだから」
たまたま幽霊が見えただけ。関わり合いたくなかったから逃げただけ。たったそれだけで、俺は人生の帰路に立たされていた。
「どうする」
それはもう問い掛けじゃなかった。
舌を噛み切りそうになるのを堪えて、頷く。
「……分かった。手伝う」
「やった! ありがと〜!」
俺が同意の言葉を捻り出したら、一転。霊群は先程までの怨霊フェイスから、花が咲いたような笑みを浮かべて抱きついてきた。幽霊故に感触はない。
状況といい、空気を掴む様な虚しさといい、ここまで嬉しくない美少女の抱擁も珍しい。最悪の気分だ。さっきまで感じていた魔力も嘘の様に霧散しているし……
そんな俺の心中なんて知る由もない霊群は、声を弾ませながら言った。
「じゃあ、ひぃくんにはこれから……あーしの無念を晴らしてもらいます!」
「定番だな。それで成仏できるか疑問だけど」
「だまらっしゃい!」
そして、霊群は自らの後悔を口にした。
「あーし、バズりたいのっ!」
「なんて???」
バ、バズ……? SNSで投稿がめちゃくちゃ拡散するっていう、あの!?
それを──幽霊になってまで!? 家族や友達に別れを言いたいとかではなく!!?
選ばれたのは承認欲求!!?!? さっきのクソッタレ〜はマジの本音だったんか!? 母ちゃんの腹に人間性忘れてますよ!!?
俺の困惑を他所に、霊群のシャウトが洞穴に木霊する。
「題してぇぇぇえ! たまちゃん成仏大作戦!〜目指せ万バズ、インフルエンサーの道〜 でっす!」
これはもう、呪われた方がマシだったかもしれんね。