「あーし、バズりたいのっ!」「幽霊になってまで!?」   作:一般通過呪術師

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20:黒魔術師討伐戦②

 

 逃げる、逃げる、逃げる──迫り来る怪物から、勇希と姫花は決死の逃走を続けていた。

 

「左! 階段降りたら手前の教室に入って窓から出て、飛んで!」

 

「っしゃおら!」

 

 勇希が姫花の指示通り動き、飛び蹴りで窓を突き破る。外へ出た勇希は魔力を暴発させ、真上へ。

 

「入って!」

 

 上階の窓を叩き割って教室へと入る。

 

「またですか」

 

 屍竜(ドラゴンゾンビ)は恐ろしく俊敏だった。指示が無ければ動かないという弱点を持ちながら、そのタイムラグを差し引いても尚、二人より遥かに速い。

 なのに、捕えきれない。

 

「消し飛ばしなさい」

 

 屍竜が咆哮する。真上に向かって放たれた竜の吐息(ドラゴンブレス)は最上階まで一気に溶かし貫いた。

 崩壊した天井の淵、剥き出しになった鉄筋が液状になって階下へ落ちてくるが……

 

「やりますねぇ」

 

 そこに、勇希たちの姿はない。

 

「有効な手は味が無くなるまで擦るわよ、そりゃ!」

 

 校舎という狭小な通路。

 立川勇希の身体能力。

 救仁郷姫花の頭脳。

 

 三つが過不足なく上手く噛み合い、屍竜を翻弄していた。

 

「おいヒメッ! 予定時間まであと何分だ!?」

 

「十五分よ!!」

 

「んだその笑えねぇ冗談は……!」

 

 だが。

 

「ユウ、下ッ!?」

 

 真の敵は屍竜に非ず、それに跨る黒魔術師だ。

 

「ざっけんなコラァ!」

 

 廊下に巨大な亀裂が走った次の瞬間、そこかや闇色の魔力が噴き出した。周囲の気温が一気に下がり、吐き出した荒い息が白く染まる。

 勇希が機転を効かせ、空き教室に飛び込んだことで直撃は避けた。しかし、余波に晒されただけで──

 

「ぐっ!?」

 

「ユウ!」

 

 勇希の背中は、酷い火傷を負っていた。

 

「ふざけた魔術ね、本当に!」

 

 姫花が杖にストックしていた魔術、女神の微笑み(エクスヒール)を使い、治療を試みる。

 

「バカ……何で今使う……アタシはまだ」

 

「黙ってなさい! 死ぬわよ!」

 

 女神の微笑み(エクスヒール)は、治癒の魔術の中でも秀でた効果を持つ。傷の回復、解毒、魔力阻害まで対応可能な万能治癒魔術。

 

「治りが明らかに悪い……クソッ!」

 

 姫花は腰のポシェットからエクスポーションを取り出し、勇希に振り掛ける。

 

「おい、それ!」

 

「今! ユウに倒れられたら終わりなのよ! ほら、立って!」

 

 姫花が勇希の手を引いて立ち上がらせる。

 その刹那。

 

「おや……追いついてしまいましたか」

 

 黒魔術師の凶手が届く。

 様に、見えた。

 

女神の警告(アクセルバインド)!!」

 

 姫花が四つ目のストック、対象の動きを封じる為の魔術を行使する。姫花の杖から奔った光の杭が葛本の身体を貫き、その動きを封じた。

 

「これは」

 

 杭に殺傷力は無い。しかし、それには魔力の活用を阻害する効果があった。

 

「油断したわね、先生。これであなたは詠唱が出来ず、屍竜に指示を送ることもできない!」

 

「……ほう。気づいていましたか」

 

 屍竜への指示は魔術の詠唱と同様に、魔力を乗せた声を使って行われる。姫花が使った女神の警告(アクセルバインド)による魔力阻害は、極めて有効な妨害だった。

 

「私が座学一位なの、知ってますよね?」

 

 姫花はマスクの下で満面の笑みを浮かべた。

 彼女達に勝機があるとすれば、それは葛本が油断したタイミングだけ。自分達がどれだけ葛本を苛立たせられるか。粘り強く校舎を駆け回り、強力な黒魔術を使わせられるかに掛かっていた。

 

 葛本はそうとも知らず、強力な召喚獣を呼び出し、二人に翻弄されて痺れを切らし、黒魔術を使った。

 

「お前にアタシ達を殺すつもりがない事くらい、戦う前から分かってた」

 

 そう言って、勇希は腰に佩いた魔導剣を引き抜いた。その背後で姫花が口角を上げる。

 

「私たちがダンジョンで生き残ったのを見て、欲しくなったんでしょ? 立川と救仁郷の娘には利用価値があるものね?」

 

 救仁郷はこの高校の理事長を務めているが、他に幾つもの顔がある。その中で最も有名なのな、冒険者業界に強い発言力を持ったアイテムメーカーの代表であるということだろう。財力もそうだがコネクションも多い。そして、金の動く所にはいつだって、人間の欲を満たす物が多くある。

 

 更に、立川は現役最強の冒険者を擁する日本屈指のクラン、“天鷲(ジズ)”の運営を行なっている一族だ。天鷲は国会の警備や要人の護衛を行う事もあり、社会的地位も高い。その情報は裏社会で特に高く売れる。何より、身を隠す際に恩恵を受けられれば、それは計り知れない物となるだろう。

 

「反吐が出る……!」

 

 勇希はそう吐き捨て、柄を通して刃に魔力を通した。刀身に刻まれた紋様が赤く光を放つ。

 

「ユウ、やっちゃいなさい!」

 

「おうよ!! やっと回ってきたな、反撃のチャンスがよ!!」

 

 転瞬、焔を纏った刀身が白い輝きを放った。

 上段の構えから振り下ろされる一刀が、暗闇に一筋の線を描く。

 

「焔散華!!」

 

 魔力撃に魔導剣の付与効果を乗せた一撃。何の防御も無しに受ければ、如何に冒険者が頑強であっても致命傷になり得る。

 

 それを理解した上で、勇希は剣を振り抜いた。

 

 殺意を以って向かわなくては──どんな反撃が待っているか、分からないから。

 

 

「少し、講義をしましょう」

 

 

 それは正しい。惜しむべきは、経験値の不足が招いた想定の甘さ。

 

「遅延起動は事前に詠唱を済ませた魔術を待機させておく技術です。B級以上はアイテムを使い、常に十を超える魔術を待機させています」

 

 自分が使える物は相手も使える。

 そういう想定が頭から抜けていた。

 否、する余裕がなかった。

 

「待機させた魔術はいつでも発動でき……えぇ。今、あなたが気付いた通りです。その際、詠唱は必要ありません」

 

 拘束から抜け出た葛本が、片手で勇希の斬撃を受け止める。

 

「げほっ」

 

 そして、空いた方の手で、勇希の腹を突き穿った。

 

「ストックする魔術は基本的に“咄嗟に使わないと死ぬ”という状況を想定した物が好ましい。弱体化の解除、強化効果の無効、解毒、傷の治療。この辺りですね」

 

「……ぁ」

 

「あなたの拘束程度、浄清(クリア)で簡単に解除できる」

 

 葛本の説明が、頭に入ってこない。

 姫花は視界に映った赤にしか、意識が向かなかった。

 

「ユウッ!!」

 

「妨害、攻撃、回復、拘束……なるほど。バランスの取れた良い手札です。しかし」

 

 魔導剣が甲高い音を立てて、砕けた。

 

「格上を相手にするには、少々普通過ぎる。一つ一つに通す旨みがない。攻撃魔術が有効だと思っているところも愚の骨頂。アナタのそれが私に通るなら、既に私は霊群さんに撲殺されてますよ」

 

 勇希が力なく魔導剣を下ろした。荒い息を吐きながら、葛本を睨みつける。

 

「もっとも、敗因は立川さんにあります。大方、私の事を典型的な後衛の魔術師だと思ったのでしょうが……浅い。だからカウンターを受ける。お兄さんなら、こうはならなかったでしょうね」

 

「うる、せぇ……! アニキは関係ないだろっ」

 

「おっと失礼。真実ほど耳が痛い物はないという事を失念していました。忘れてください……さて、お遊びは終わりです」

 

 葛本が言葉に魔力を乗せ、紡ぎ始める。

 

「傅け、慄け、首を垂れよ」

 

 両手から放たれた魔力が鎖となって、勇希と姫花に絡み付いた。柔肌に食い込み、締め上げ、鬱血させながら──奴隷の烙印を刻み付けていく。

 

「隷属の縛りを此処に……」

 

 

 だが。

 

 

「まだ、だ……!」

 

 

 折れた魔導剣が、火炎を吐いた。

 葛本の顔に初めて動揺が走る。

 鎖によって身動きを封じられていた勇希が、無理矢理剣を振り上げた。

 

「チッ」

 

 葛本は勇希の腹に突き刺したままの腕を引き抜こうとして。

 

「は?」

 

 引き抜けなかった。

 

「悪いな……立川の人間はよ、漏れなく異常体質なんだわ」

 

 勇希が腹筋を締め上げ、万力の様な力で、葛本の腕が抜けるのを防いでいた。

 そうして葛本が呆けた一瞬の内に、勇希は振り上げた剣を逆手に握り直す。

 

「死の淵で裏切らないのは筋肉だけって、遺伝子に刻まれてんだよ!!」

 

 砕けた切先が葛本の首筋目掛けて突き立てられ、大きく抉られた頸動脈から噴水の様に血が吹き出す。

 

「っぐぅ!? この、クソガキ!」

 

 葛本が乱暴に腕を引き抜き、優希を姫花に向かって蹴り飛ばす。

 壁に叩きつけられた姫花は痛む背中を堪え、勇希を抱きしめた。

 

「ユウ! ユウ!」

 

「うるせ……そんな叫ばなくても、聞こえてんだよ……つか、早く治してくれ……死ぬ」

 

「っ!」

 

 姫花が最後のストックを使う。女神の微笑み(エクスヒール)が勇希の腹に空いた穴を塞ぎ、癒していく。

 

「悪い……後は、任せた……」

 

 勇希が目を閉じた瞬間、葛本が声を荒げた。

 

「クソッ、クソッ、クソッ! ボクが手を抜いてたら調子に乗りやがって! お前らみたいな七光がっ、こんなっ、高いんだぞこのシャツ! 絶対に許さねぇからなァッ!」

 

 遅延起動で行使された魔術により、首の傷を再生していく。しかし、真っ赤になった上等なシャツを見るに、相当な怪我だった事は確かだった。

 姫花は切り替えた。勇希はまだ死んでいない。ここで取り乱すだけでは駄目だと。彼女の頑張りに報い、次に託す為に──

 

「ダッサ。子供かよ」

 

 精一杯、葛本を嗤う。

 姫花の嘲笑を見た葛本の顔から表情が消えた。

 

「……何だと」

 

「とてつもなく幼稚な人だなと」

 

 たった一撃受けただけ。

 保険がある癖に、ああも取り乱すなんて。

 

「みっともない。あなたは勇希の足元にも及ばない三下よ」

 

 葛本の怒りが爆ぜた。聞き取れない支離滅裂な言葉を喚き散らしながら、頭をガリガリと掻き毟り、目を血走らせる。

 

 まともではない。

 

 だが、それは明確な隙だった。

 

「先生やってた癖に……興味ある生徒以外は、何も知らないのね。むかつく」

 

 姫花が杖の先を窓へと向ける。

 

「杖がストック出来るのは五つまで……でもね。私、自分で遅延起動も出来るの」

 

 光の球が飛んだ。

 それは窓ガラスを突き破り、閃光と共に爆ぜた。

 

「何をやってるんだ? 君は?」

 

 姫花の突拍子のない行動に正気を取り戻した葛本が首を傾げた、次の瞬間。

 

「ヒーローは……」

 

 割れた窓から強烈な風が吹き込んできた。

 

「どれだけ遅れても、必ず来てくれるのよ」

 

 穴を突き抜け、影が入り込む。

 

「あ?」

 

 葛本の視界一杯に映ったのは鈍色の脚甲、その踵部分。綺麗に揃った両足を前に、回避も防御も間に合わない。逃れられない衝撃を予想して目を閉じる暇すら与えられかった。ただ、時間の流れだけが緩慢になっていく。

 

「誰だおまっ゜!?」

 

 せめてもの抵抗で絞り出した言葉さえ遮られ、葛本は顔面に衝撃を受けて吹っ飛んだ。

 

 

 ──ドロップキックで葛本の顔を打ち抜いたのは、言うまでもなく。

 

 

「悪い、遅くなった……!」

 

「危うく死ぬとこだったわよ、ヒイロ」

 

 南一彩だった。

 

 

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