「あーし、バズりたいのっ!」「幽霊になってまで!?」 作:一般通過呪術師
俺たちが学校に到着した時、現場は間に合ったとは言い難い状況だった。
ヒメが位置を知らせる為に閃光弾を撃ってくれたのもあって、最悪の事態にはならなかったが……ユウの腹部には何かが貫通した痕があるし、ヒメも憔悴している。
外から見た限り、校舎にも相当なダメージが入っていた。激しい逃走劇が繰り広げられていたのだろう。
もっと早く来ていたら。
そう思ってしまう。
無駄口を叩かずに急げば、と。
廊下の先に消えた葛本を警戒しながらそんな事を考えていると、ヒメに抱えられていたユウが薄らと目を開けた。
そして、ユウは俺を見るなり不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「何……辛気臭い顔、してんだよ」
「おい、大丈夫か!?」
「うるせ……すげぇ音したから、ちょっと起きただけだ……アタシは大丈夫だから、お前らは自分の仕事をすりゃ、いいんだ……」
それだけ言うとユウは満足げに目を閉じ、穏やかな顔で規則正しい寝息を立て始めた。
──切り替えろ。
ユウの言った通りだ。俺たちは俺たちの役割を全うすればいい。急造のチームで黒魔術師を相手取るには、それを完璧にこなしたとしても不安が残るくらいなのだから。
気を取り直して、ヒメに訊ねる。
「作戦は?」
「第三フェーズ突入。万事問題なし、よ」
第一フェーズは葛本を夜の学校に呼びつけること。続く第二フェーズ、ここで葛本に黒魔術を使わせる。肝の部分だ。これが成功するか否かで、次の立ち回りが変わる。
そして──第三フェーズ。病院から連れ出した結を守りながら、全ての因縁に終止符を打つ。
……の、だが。
「結ちゃん大丈夫?」
紫乃がパンダを使って訊ねる。
結は顔を青くしながら答えた。
「だ、だだ……大丈夫……に、見える? 一彩くんやばない? あーし病み上がりみたいなもんよ? 空、跳んでびゅーんって来たんだけど? 胃がきゅーってなったんだけど?」
病室と印象がまるで違うというか、紫乃にそっくりかもしれない。幼馴染って性格まで似る物なんだろうか。
「ね。意味わかんないよね。どうやったのひぃくん」
どうやったかと聞かれても、そう難しい事はしていない。理論上は誰にでも出来る。少なくとも南風原さんはできた……というか、彼女から教わった事だしな。結が言った「空を跳んでびゅーん」は。
「ま、聞きたかったら後で教えてやるけど……」
先ずはこっちだ。
「見えてんだよ。ウスノロ」
正面から飛んできた複数の黒い魔力弾を迎撃する。
内功による強化で身体能力を底上げし、インパクトの瞬間にだけ魔力撃を使用。破壊力を飛躍的に高めた蹴りを放つ。
転瞬、風が弾幕を一掃した。
「きゃぁっ!?」
「
作戦会議の時にそんな事を言った様な気もするが──何にせよ、今のは魔術ではない。
「中級魔術なんか使えねぇよ。資格も無いしな。今のは魔術じゃなくて、蹴りで起こした衝撃波だ」
「はぁ!?」
それよりも。
「大して効いてもないんだろ? とっとと面見せろよ」
暗闇の中から血塗れの男が顔を出した。そこの面には靴跡一つ付いていない。
しかし、男は……葛本は薄寒い笑みを浮かべて言った。
「いやはや、頭が冷える良い一撃でしたよ。どうです? 今からでも私と共に来ませんか? 南一彩くん」
「黒魔術師と連む気はねぇよ。死んでもお断りだ」
「よろしいのですか? 霊群紫乃の呪いを解くには、黒魔術を使うしかありませんよ」
俺は葛本の言葉を聞いて息を呑んだ。
その反応に気を良くしたのか、奴が朗々と語り出す。
「霊群さんも才気に満ちていましたが、アナタも相当な物だ。潤沢な魔力。それを操る生まれ持ったセンスと、想像力……黒魔術師としての才能は、私を凌駕している」
なるほど──あんまり聞きたくない情報だったな。外道のセンスあるよ、なんて嬉しくもなんともない。
「だからこそ惜しい。霊群さんもアナタも! 人の上に立つ素質がありながら、それを磨こうとしないなんて!」
「だから榊結を自殺に追い込んで、霊群紫乃に“私と共に来るなら、榊結を元に戻してやる”と言ったのか?」
葛本が顔に笑みを貼り付けたまま、黙り込む。
俺は結を見た。彼女と目が合う。
「……でも、シノノは頷かなかった。アナタを拒んだ」
「その通り。だから死にました。我々に刃向かった末路ですよ。まあ、化て出てくるとは思いませんでしたが」
葛本の目は紫乃を捉えていた。
どうやら、黒魔術の才能があれば幽霊は見えるらしい。クソッタレだな。
「あぁ、そうだ。結さん、アナタが再び奴隷として私に傅くのなら──霊群紫乃を蘇らせてもいいですよ?」
「……ぇ」
「
結の目が俺と葛本の間で揺れている。
「その代わり、今度は途中で止めたりしませんが」
──見ていて反吐が出る様なやり取りだ。
会話に割り込む。
「おいおい。俺たちの事は無視かよ」
「ああ、すみませんね……暫く、この子と遊んでおいてください」
刹那、足元が赤熱し始めた。
俺は反射的にその場から飛び退き、ヒメとユウを抱えて窓から外へ出る。
熱源は階下の教室。光と見紛う炎の柱が立ち上り、校舎を溶解させていく。
攻撃してきたのは──腐りかけのドラゴン!? 屍竜か!
「凄いな二人ともっ! あれから逃げ回ってたのか! もうB級も目前だな!」
C級の冒険者が相手取れるモンスターではない。宙空で身を捩ってバランスを取りながら、二人を褒めちぎる。
そして、俺の眼下では葛本が屍竜に命じていた。
「やりなさい。女を抱えている彼は、殺してしまって構いません」
想像よりずっと。
「とんでもないな。黒魔術」
「いやとんでもないのはアナタもよ!? 説明しなさい──どうやって空中に直立してるのかを!!」
小脇に抱えたヒメが叫んでいた。
「今か? 今言わなきゃダメか? ……屍竜、倒してからでも良い?」
だが、付与した魔術効果が切れる前に、アレだけは始末しておきたい。
俺がそう言うとヒメは黙り込んだ。
二人で喋っていた間に、屍竜がボロボロの翼を広げて空を舞った。穴だらけの翼膜は本来、風を受ける事も空気を掴むこともできないはずだが……魔力を使って浮いているのだろう。違和感が凄まじい。
「結が変な事されたら紫乃にドヤされるからな。頑張るか」
俺は二人を抱えたまま、宙を蹴って加速した。
「どうやら、悩んでいる様ですね?」
屍竜に一彩の対処を任せた葛本が、結と向かい合う。
「……わ、私は」
それは、ここに来たという割には緩い反応だ。てっきり、差し違えてでもお前を殺すという覚悟をしてきたと思ったのだが。葛本は結を見て、その考えを「買い被ったか」と即座に切り捨てた。
「親友の命だけでは尊厳を捨てられませんか──なら、こうしましょう。アナタが支配を受け入れるなら、南一彩の命は取りません。太刀川さんと救仁郷の安全も保証しましょう」
「………」
入院前の結ならここで頷いていた。
葛本はその事に違和感を覚えながらも、肩を竦めて言った。
「一体、何がそんなに不満なのですか? これ以上の譲歩はしませんよ。南一彩が死ねば、アナタも、あの二人も、問答無用で支配します。あと……そうですね。霊群さんは魂を解体し、消し去りましょう」
手札は幾らでもある。南一彩、太刀川勇希、救仁郷姫花、そして──態々ここまで戻ってきた、霊群紫乃。葛本にとってその全てが人質であり、交渉材料だった。
結が提示された物に対して、口を開く。
「何で……何でそこまでして、私を支配したいんですか?」
──沈黙。
葛本は暫し、黙り込んだ。
そして笑みを浮かべて答えていく。
「ああ、それは簡単なことですよ。穢れを知らぬ身体を蹂躙し、自ら躾を欲する所まで魂を凌辱する──これに勝る悦びはこの世に存在しないからです」
ずっとそうやって生きてきた。黒魔術を手にした時から、ずっと。
学校という極めて小さな社会の中で権力を握り、弱者を踏みつける感覚に酔いしれる。
昨日も、今日も、これからも。葛本という男は格下を蹂躙して生きていく。
「本当に?」
「……何が言いたいんです?」
何故、そこで食い下がる──葛本は初めて結を警戒した。
「本当に、それだけなの? そんな事の為に……」
「くくっ、ふふふ、いや失礼。勿論、それだけじゃありませんよ」
葛本は割り込んで、口角泡を飛ばした。
「私はね、才能のある若者が折れる瞬間が好きなんです。特に尊厳を踏み躙られた時に出る“ごめんなさい”という言葉が!」
「アレは何に謝っているんですかね? 悪い事をしたのでしょうか。いいえ、違いますね? 酷い事をしないでくださいと私に媚びているのです。結さん。アナタには覚えがあるでしょう?」
「それが堪らなく気持ち良い。ああ、人間なんてこんな物だ。どれだけ才気に満ちていようと。気高い心を持っていようと──強大な力の前には折れるしかない」
「だから!」
「それを確かめたかったから……私や、先輩達を奴隷にしたかったんですか?」
「……その通り」
話の主導権が入れ替わるのを葛本は自覚した。自分の半分ほどしか生きていない少女に、葛本は誘導されていた。
嫌になる。これだから、才能がある人間は嫌いだ。生まれ持ったセンスだけで生きていける様な奴は特に。
そして、葛本が舌打ちを堪えた次の瞬間。
「自分がそうだったから?」
葛本の時間は凍り付いた。
「紫乃は調べ尽くしたんです。葛本先生。あなたの過去も、生い立ちも」
「……だから、何だ」
やめろ言うな。聞きたくない。
「虐められてたんだって? 女の子のグループに」
例え口が裂けても、葛本はそれを声にできない。プライドが邪魔をするから。
「人に辛く当たられた過去があっても、アナタが人を虐げていい理由にはならない。シノノにも、そう言われたんでしょ?」
己の過去が矮小化されている感覚。
「……れ」
「今の貴方がどれだけ傍若無人に振る舞おうと! 過去の貴方が救われる訳じゃない!」
若者の特権と言わんばかりの綺麗事。
しかし、彼女はそれを口にする資格がある。榊結はまだ、誰も虐げていないから。
「黙れ!」
「黙らせてみろよ! 黒魔術使っても満足に女一人抱けねぇ早漏陰キャが、一丁前に粋がってんじゃねーよ!」
その権利は今、結自身の手によって放棄された。
「ま、本人に直接仕返しできない様な奴に無理言っちゃったか! ごめんごめん! あーしが悪いよ今のは!」
「……っ! この、ガキッ!」
「ほら、使ってみろよ黒魔術! やれるもんなら、支配でも何でもすれば良いじゃんね!」
葛本の頭に再び血が昇っていく。抑えなど利く筈がない。こういう人間を甚振りたくて、黒魔術を会得し、教師となったのだから。
「──いいでしょう」
そして、葛本の怒りが一周した。
頂点を超えたそれは、稚拙な一面を冷酷に出力する。
「監視につけた適当な呪いを解けたのがそんなに嬉しかったのなら……先生として、新たな課題を与えなければなりませんね」
紡ぐのは呪いの言葉。人を支配する為に編み出された禁術。
「傅け、慄け、首を垂れよ」
隷属の縛りなどというのは所詮、これを簡略化した物に過ぎない。葛本は澱みなく言葉を重ねていく。
「汝の全てを対価とし、我は飢えを遠ざけ、死を妨げる」
ありったけの、筋違いな憎しみを込める。
「黒き鎖は死を以てしても別つ事の出来ぬ誓いの証明」
光を飲み込む闇色の魔力が葛本を中心に渦巻き、辺りの物を飲み込んでいく。
「我、その魂に永劫の隷属を刻む──
ここに呪文は完成した。
「っぐ!? ぃ、ぎっ、ァァァァア゛!!?」
悲鳴が木霊した。結の首へ刻み込まれた烙印は、単なる魔力の付与ではない。
「痛いでしょう? それは主人に反骨心を持てば持つほど、脳を爪で掻き毟る様な痛みをアナタに与えます。逆にアナタが私に忠誠を誓うほど……身体を甘く疼かせる快楽に浸していくのです」
葛本は、相好を崩して勝ち誇った。
「これでもうアナタは──」
「ふーっ、ふーっ……いったいなぁ………やっぱこの作戦、人の心とか無いと思うんだよね」
再び、葛本の時が止まった。
「何を。いや、なぜ」
言葉の内容もそうだが、何故、立っていられる? 激痛を感じていないのか? ならばどうして身を悶させ、服従し、許しを乞いながら寵愛を強請らない?
葛本の疑問への答えはない。あったのは。
「普通さ……自殺未遂した奴に“もう一回、黒魔術を受けてくれ”って言う? あーし思ったもん。ああ、絶対こいつも黒魔術の才能あるわって」
これがまるで、誰かの作戦だとでも言うような──
「……質問に答えろ。何を、言っている」
「分かんないかな……一彩くんの事、調べたんでしょ? 彼が何をしにダンジョンに入ってたのか、知らないとは言わせないよ?」
「っ!?」
「カメラ、そんな物は何処にも……って顔じゃん。ウケる」
「当たり前だ! それは当然、警戒していた! 実際、
結は慌てふためく葛本を見て──額に脂汗を浮かべながら、笑った。
それが更に葛本を苛立たせる。
「いつからだ……いつから映していた!?」
「……いつだと思う? せっかくだし、見てみよっか?」
結はスマホを取り出して配信画面を開いた。それからシークバーを動かし、配信開始時点から再生していく。
『おやおや。鬼ごっこはもう終わりで……何ですか、そのマスクは』
開いた口が、塞がらない。
「正解は──マスクの下に仕込んだマイクと、監視カメラを使って最初から配信してました〜!」
「……ぁ?」
結は語る。
「教室にはカメラ無いから映ってない所も多いんだけど、廊下が吹っ飛ぶ所とかはかなり綺麗に撮れてるよ。で、あーし達が来てからはずっと“このマスクに付けたカメラ”で映してた……全部、一彩くんの仕込みだよ」
葛本は、口を挟めない。
「ブタがカメラを見つけた? そりゃそうでしょ。見つかりやすい場所にっ、全部置かれてたんだから……回収したら、本命には、絶対に気付かない。だってそれは元からあった物だしね」
手品師がこれ見よがしに物を見せる時は、トリックをバラしたくない時に使う常套手段。
「あーしがこれを説明する役に選ばれたのは……はぁ……あーしのことを殺すタイミングが幾らでもあったのに、シノノ達とは違って監視で留められてたから」
故に、榊結は連れ出されたのだ。
「何かしらの執着を持ってるってバレてたんだよ……うわ、マジ痛いなこれ……」
「────」
葛本は声を出せなかった。ここまでのやり取りの全てが、一彩の掌の上で行われていた。その事実を咀嚼するのに、脳の全てのリソースを割いてしまった。
「で、ボサっとしてていいわけ?」
刹那、首を捥がれた屍竜が、破壊された校舎に叩きつけられた。
「ふぅ……善良な生徒と教員の皆さんには申し訳ないなぁ」
立ち込める粉塵を気にもせず、いけしゃあしゃあとそんな事を言いながら、小さな影が降りてくる。
服こそボロボロ。あちこちが破け、肌が晒されている。マスクも下顎部の辺りから焼け落ちていた。
しかし、大した外傷はない。
「私はもう何も言わないから」
顔を青白くした姫花が、全ての答え。
南一彩が両脇に足手纏いを抱えた状態で屍竜を倒したという証明だった。
「あり得ないだろう、それは」
D級冒険者が、B級冒険者でも徒党を組んで挑まなければならない相手を、単独で撃破した。それは、冒険者の常識を覆す異常事態だった。
「なんなんだ……」
葛本の目に映る南一彩は、既に。
「なんなんだ……なんなんだ、お前は!?」
──得体の知れない化物へと変わっていた。
「CDR.chの名物キャラクター、ひぃたんだよ。今朝は人助けを沢山して、今はお前をインターネットで燃やしてる」
姫花と勇希を下ろした一彩が、結に触れる。遅延起動で発動した
「俺も聞いておこうか、黒魔術師」
一彩は鼻で笑った。
「火炙りになった気分はどうだ?」
「……ぁ」
校舎の破壊程度、どうにでもなった。ガス管が爆発したとでも言っておけば良かった。
「……ぁぁぁ」
生徒の失踪程度、どうにでもなった。運が悪かった。ダンジョンでの不慮の事故だとでも言っておけばよかった。
「ぁぁぁぁぁぁ」
どんな悪事も黒魔術なら隠し通せる。
だが、黒魔術その物が世界に露見した今。
「ぅぁぁぁぁぁぁぁああああ!!?」
葛本は逃げ場を完全に失っていた。