「あーし、バズりたいのっ!」「幽霊になってまで!?」 作:一般通過呪術師
膝をついて慟哭する葛本を尻目に、紫乃と拳を突き合わせる。幽霊だから触れないから気分だけだが、それでも良かった。
「葬式ではこれを流すと良い。幾分、気持ちも晴れるだろ」
「やだよこんな小汚い
後はコイツを縛り上げて警察に引き渡すだけって話なら楽で良かったんだが、これで終わる事は無さそうだ。
葛本が急に慟哭を止め、さめざめと泣きながら声を張り上げたのだ。
「どうして……どうして!! こんなに酷いことが出来るんだ!!?」
一瞬、何を言われたか分からなかった。どの口が言ってんだオブ・ザ・イヤー過ぎるだろう。
呆れて何も言えない。そんな俺たちに一切構わず、葛本は話を続けた。
「十年だ……お前たちが壊したのは! ボクが黒魔術を習得し! 教師になってから積み上げた時間だ! どんな思いでボクが生きてきたか知らないだろ!?」
──どんな悪党にも弁論の機会は与えられる。それが法治国家の良い所だ。勘違いをして欲しくない事があるとすれば、それは。
「興味ない」
俺達にその弁論を聞いてやる理由が無いことだろう。
「お前が誰に虐められたとか、興味がない。配信を見てる大体の人間もそうだろうよ。誰もお前を可哀想な奴とは見ない。何でか分かるか?」
同情を引きたいなら警察署でやってくれ。
「お前が罪のない人間に、無体を働いた屑だからだ」
──これが例えば、自身を虐げた者への復讐であったなら。それこそ同情くらいはしてやったかもしれない。ニュースとして流れてきたのを見たら「悪い奴だな。でも、虐めた奴も悪いよ。自業自得だ」と言ってたかもしれない。
しかし、大半の人間は被害者に同情的になっても、加害者に心を配ることはない。人が死んでたなら尚更だ。
「じゃあお前は! ボクに一生負け犬のままでいろってのか……!」
「いや、自分を虐めた奴にだけ仕返しして、満足すれば良かったろ」
でも、しなかった。紫乃はそこまで調べてる。
黒魔術なら隠せる筈だったのに、コイツは仕返しをせずに別の人間を攻撃した。
「黒魔術なんて外法に手を染めても仕返しできなかった時点で、誰を虐げようが、支配しようが──お前は一生、そいつらに負けたままだろ」
葛本が俺の言葉を受け、口を開いたまま石の様に硬直した。
俺は足裏で魔力を爆発させた。
「一撃で片をつける」
紫乃から譲り受けた脚甲には魔力を圧縮して噴射する機能が備わっている。普段から使っている歩法にそれを組み合わせる事で、今の俺は普段の倍近い速度で動く事ができていた。
その加速を拳に乗せる。パワーは重さと速さの乗算。籠手と脚甲の重量に、内側からの身体強化と魔力撃を使えば──竜の頭部だって打ち砕く事が出来る。
人間を相手に使うには過剰な殺傷力。
しかし、俺の拳は泥の様な物に阻まれてしまった。
反射的に身を引く俺に、葛本が「ありがとう」と礼を口にする。
「あなたのおかげで気付けました。私が、何をすべきなのか」
ころころと口調が変わる奴だな。
多重人格気取りか、それとも、役者ごっこでもしているのか。いい加減、鬱陶しくなってきた。
「
身を屈めて脚甲に触れ、緑魔術を改めて付与。
それから直ぐに籠手にも“雷印”を付けておく。
「雷と風の付与。ほう、得意魔術は緑ですか。いいですね。汎用性も高く、下級魔術でも攻撃力が高い……」
話の途中で、半壊した教室に光が差し込む。そこで、暗闇に紛れて見えなかった泥の様な物が何だったのか、明らかになった。
「なに……それ」
結がそう呟きながら自分の口を塞いだ。
姫花が小さく悲鳴を上げて目を逸らした。
俺は思わず、床に唾を吐き捨てた。
「これこそが、才能のない私たちが行き着いた答えです」
それは、流体の様に形を変えながら蠢く赤黒い肉の塊だった。
長さの違う人間の手足が不規則に生えており、無数の目玉がギョロギョロと動きながら血の涙を流している。
「迷宮探索部では人が死ぬ事が少なくありません。しかし、生徒は学生のまま報酬を得る事ができる」
「知ってるよ……友達から誘われたし」
ダンジョン関係の学科がある学校は私立ばかりだ。学費で赤字になる。得られる報酬と時間拘束が釣り合わなかったので、断った。
誘ってくれた奴には泣かれたし、殴られたけど。約束はどうすんだとか──色々。まあ、終わった話だ。
葛本は「そうですか」と頷いてから話を続けた。
「事故に見せかけて生徒を三人殺しました。他にも、ギルドで才能のある若者を見かけてはモンスターの溜まり場に誘導し、殺しました。そして殺した肉を混ぜ合わせて作り出したのが、これです」
「……余罪の告白か。ここは配信所であって懺悔室じゃねぇぞ」
肉の塊が元人間だったとしても、俺の拳は鈍らない。何らかの罪に問われるのかもしれないが、黒魔術で生み出されたモンスターに変わってしまっている以上、推定無罪だ。
拳を構えると、葛本が言う。
「これは私の魔力タンクであり、足りない適性を補う為の物です。戦闘力はありませんよ」
「それ、戦わない理由にはならんだろ」
「そうですね。でも、こうして喋りかけたおかげで……あなたが私を見る理由にはなった」
刹那、肉の塊が膨張して葛本に纏わり付いた。
「もう一度だけお礼を言わせてください。ありがとう、南一彩くん。私が未だ敗北者であり、あの日から一歩も前に進んでいない負け犬だと気付かせてくれて」
俺は反射的に蹴りを放っていた。脚の軌跡に沿って大気が裂け、衝撃波が刃となって宙を断つ。
飛ぶ斬撃と言って差し支えないそれは、確かに葛本へと命中した。身体に深々と裂傷を与えた。
しかし、奴の体からは血が一滴も出ていない。
「地位も奴隷も、もう必要ない。私は君たちを殺して……一五年前にボクを虐げた全てを壊しに行く──“
肉の塊が球体に変形した次の瞬間、俺は咄嗟に結たちを抱えて、グラウンドまで飛び出した。
その直後。
周囲へ膨大な量の血を撒き散らして、肉の球が弾けた。真っ赤に染め上げられた校舎からは視線を逸らさず、結にヒメとユウを預ける。
「……結、そこの二人を連れて下がってろ。出来るだけ遠くまでな」
半壊した校舎から、二メートルほどの巨躯を持った白い肌の人型が現れた。
それは頭上に天使の輪めいた物を戴きながら、背中から蝙蝠の様な翼を生やした異形だった。顔に人間らしいパーツはなく、十字に裂けた傷から紫色の魔力を垂れ流している。
「見なさい。この力を! 外功と内功を極めし一部の人間しか得られない
「奥の手ってやつか」
怪物と化した葛本からは、屍竜とは比較にもならないプレッシャーが放たれている。間違いなく、A級冒険者が戦うべき存在。こんなのとダンジョンで出会ったら死ぬしかない。
結も、ヒメも、紫乃も、顔を土気色にしながら震えていた。無理もない。俺も気を抜いたら腰が砕けそうになる。
そんな中、紫乃が声を震わせながら言った。
「ひ、ひぃくん……逃げよう……あんなの勝てっこないよ……」
首を横に振って、否定する。
逃げられるなら逃げたいさ。だが、どこに逃げる?
そもそも、ここで逃げたら禍根が残るし、奴は必ず俺たちにも復讐しようとするだろう。その時に犠牲となるのは、俺たちだけじゃない。
それに──ここからが俺の仕事だ。
「ヒメとユウの仕事は葛本を呼び寄せ、時間を稼ぐこと」
作戦を決めた段階で一番のリスクを背負ったのはこの二人だ。
「結の仕事は葛本から自供を引き出し、黒魔術を使用する所を配信に映すこと」
俺が道すがら作戦を説明した時、結は拒否せずに「任せて」の一言で済ませた。どれだけ怖い思いをしたか。痛い思いをしたか。葛本の前で脂汗を浮かべて笑っていた顔を見ただけで、何となく分かる。
「紫乃、お前の仕事は全てを見届けること
それに引き換え、紫乃は見ている事しかできない。彼女の情報、説得ありきで作戦を立てたが、一番歯痒い思いをしているのは彼女だ。本当は誰よりも矢面に立ちたかったろうに。
だが、どれだけ耳を塞ぎ、目を背けたくなっても──紫乃は見届けなくちゃいけない。
「そうだけど……そうだけどさっ!」
「だよな。三人が仕事を果たしたのに……俺達だけが逃げるなんて、ダメだろ」
「……っ! でもっ!」
「だから勝とうぜ──俺たちで」
ここからが俺たちの仕事だ。
自暴自棄になって暴れ出した黒魔術師の討伐。
「ひぃくん………! ダメだよ逃げなくちゃ!」
「嫌だね」
三人が繋いだ事で生まれた最終局面。ここでケツ捲って逃げ出す様な無責任な背中を──俺は兄として、弟達に見せるわけにはいかない。
弟達が此処にいまいが、これを見ていなかろうが関係ないんだ。そういう生き方を俺が選んだ。選んだのなら、殉じる覚悟を持つのは当然だ。
それがきっと、自分の生き方に責任を持つということで、大人になるという事だと思うから。
「勝つつもりですか? D級冒険者のアナタが? 屍竜を倒したぐらいで、良い気になってもらっては困る」
現状、彼我の実力差は圧倒的。しかし、冒険者は一芸だけでは務まらない。ランクが低かろうが、高かろうが。誰しもが切り札の一つくらい持っている物だ。
当然、俺にもある。
「
──
しかし、実際は違う。
光冠を戴く者は意識せずともそれを扱える。恩師曰く、それは人間が歩ける様になるまでの過程と似ているそうだ。
誰しもが物心がつくまで、歩くという動作には思考が付随していた。バランスを取って立ち、片足ずつ前に出す。それを繰り返し行う中で、無意識の内に動きが最適化されていく。
光冠も同じだ。
A級冒険者と呼ばれる怪物は魔力が多いとか、身体能力が高いとか、強い魔術を沢山使えるとか、そんな凡夫も努力次第で至れる様な境地ではない。彼らは生まれた時から、凡人では理解も及ばない様な魔力操作センスを有していただけのこと。
「黒魔術で足りない才能を補った? アホかよ。補うべきは才能だったか? その足りねー脳みその方じゃないのか?」
「時間稼ぎかい?」
「ちげーよはんぺん野郎。なんで理論上、誰にでもできる事を才能の一言で片付けたんだって話だよ」
光冠は特別な血筋にしか発現しない特殊能力とか、魔力量がとんでもない量ないと使えないとか、そんなんじゃない。
技術だ。
怪物が息をする様に行っている術理を紐解けば、魔術によって再現できる。何ならその一部は、既に公開されている。
例えば──おしゃべりパンダに使われている動力。周回から魔力を吸収することで半永久的に使用できるのも、光冠の原理を紐解いて調べ上げた研究者の努力の賜物だ。
後は組み合わせと、ほんの僅かな発想力。
「光冠を再現する魔術はお前の専売特許じゃない」
俺の言葉に葛本が咆哮した。
「あり得ない!! 光冠を人体へ付与する術式はあまりにも情報量が多く、尋常な人間の脳はその処理に耐え切れない!! 黒魔術による処理機能の向上なくして、人為的にこれを付与するなど不可能だ!! 君はさっきから何が言いたい!? 助けでも待っているのか!? この街で私に勝てる冒険者も、国家権力の犬もいないというのに!!」
一つずつ、答えていく。
「何で頭だけで処理しようとするんだ?」
「……は?」
俺はパーカーの裾を捲り上げた。この身体には付与魔術と特殊なインクを使って刻み込んだ、独自の術式が備わっている。光冠付与の負荷を大きく軽減し、かつ魔力操作の補助輪としても機能する数秘魔術のコードが。
「肺腑を衝かれた、腑が煮え繰り返る、心肝を砕く……日本にはそういう、身体の部位で感情を例える様な慣用句が山の様にある」
感情は脳の電気信号。昔の人はそんな風に考えてはいなかった。それを非科学的だと笑うのか? ダンジョンなんて言う意味不明な物が現れ、それ以前とそれ以降で全てが変わったこの世界で? 臍で茶が沸くぜ。
「そんな事をすれば、全身の血管に溶鉄を流し込まれる様な激痛が走る! 戦闘はおろか魔術の起動さえままならなくなるだろう!?」
「痛いのが嫌? 何を今更常識人ぶってんだよ!! 外道な上に根性無しなんて、つくづく救えねぇな!!」
所詮、これは痛いだけだ。死にやしない。
死ななければ次に繋げられる。
死ななければ、大抵の事は解決できる。
命あっての冒険者。命あっての人生だ。
「それから訂正しろ、小悪党!」
この街で私に勝てる冒険者は一人もいない? バカを言うな。
「お前はここで、俺たちが倒す──
刹那、俺が身体に刻み込んだ
術式により青白い光の輪が俺の頭上に生まれ、それに次いで、余剰魔力を放出する役割を持った光の翼が背中で形成される。
「天使……?」
背後で誰かがそう呟いた。
これはそんな上等なもんじゃない。
「馬鹿な……我々の研鑽は……あり得ない。あり得ない! その様な矮小な姿が! 転身に並ぶなど!」
「それは今から分かることだろ」
本気で戦るのに
そして、カメラに向かって指を三本立てて宣言する。
「ラストバトルだ。これから三分で、
ここまで読んでくださりありがとうございます!
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