「あーし、バズりたいのっ!」「幽霊になってまで!?」 作:一般通過呪術師
「三分……三分ですか……随分と大きくでましたねェ!」
三分という時間は俺が勘で設定した訳でも、ましてやカッコ付ける為だけに言った訳ではない。
「ヒーローが悪党をぶちのめすのには丁度いいだろ?」
軽口を叩き合っている時間はない。
足裏で魔力を炸裂させ、回収した魔力を翼から放出。一気に加速していく。そうして瞬きの内に彼我の距離を詰め切り、握りしめた拳を葛本の顔面目掛けて振り抜いた。
「速いですね!」
防御されても構わず、打撃が通るまで拳を振るう。二発、三発。インパクトの瞬間に魔力撃を使うまでもなく、二重強化が常態化した今の俺の拳は、急所を狙うまでもなく必殺になり得る。
しかし、それはあくまで尋常な相手と戦った場合の話だ。同格以上である葛本の
「チッ!」
インファイトを嫌ったのだろう葛本が、翼を広げて後退する。
身体能力や白兵戦に自信があるなら乗ってくると思ったが、どうやらそうではないらしい。それか、魔術戦に持ち込みたいのか。
後者だと見做して、戦いを組み立てる。
先ず、魔術戦は不利──というか話にならない。魔術戦において重要視されるのは手数だ。俺が一番得意な付与魔術、数秘魔術は事前準備無しに戦闘で使える物が少ない。
魔術戦で最もよく使われるのは色操魔術。俺が使える色操魔術は、殺傷力が絶無で影響力が極小の家庭用と、ダンジョン上層のモンスターなら辛うじて撃退できる下級魔術のみ。
この不利を埋める為に、俺は身体強化と付与魔術等を七年かけて磨いてきた。だが、この状況でそれを過信できるほど俺はおめでたくない。
「逃がさん」
距離が離れると詠唱の隙を与えてしまう。それが不利になるなら、すべき事は一つ。小回りと速力を生かして、とにかく距離を詰めて立ち回る!
「離れろ鬱陶しい!」
「人が嫌がる事をするのは楽しいなぁ!」
「ならば無理矢理引き剥がすまで!」
刹那、葛本の翼から広がった魔方陣から、赤紫の光弾が放たれた。
「紫電」
光冠で周囲の魔力を吸収。魔術の威力を被弾許容範囲まで減衰させ、その分を自分の魔術に上乗せし──放つ。
「一閃!!」
これは通る。
確信を以って逆袈裟に放った右の手刀は、葛本の胴体を大きく斬り抉った。
「なんっ!?」
──遅延起動は確かに便利だ。詠唱という最大の隙を晒さずに、アドバンテージを取りやすい魔術を即座に使用できる。そして何より、相手の意表を突ける。
唯一、欠点らしい欠点があるとすれば、既に発動した魔術を待機させている都合上、魔力を上乗せして威力を底上げしにくいという点だ。
今回はそれが致命的だった。
「光冠持った相手に遅延起動なんて、随分眠たいことすんじゃん」
光冠による魔力を吸収は、その範囲を通過する魔術にも適応される。走ってる車からガソリンを抜く様な物だ。暫くは走るだろうが、その内燃料が切れ、失速していく。
流石に全部は吸い切れない。多少のダメージを受ける事にはなるけど、擦り傷程度なら誤差だ。
「では何故、お前の魔術は!」
対し、俺が使ったのは川島にも食らわせた属性剣。
これは付与魔術で身体に直接刻んだ魔術で、呪文を詠唱すると起動する。遅延起動と大きく異なっているのは、詠唱時に注ぐ魔力を多くすれば超過出力で攻撃できるという点にある。その分、腕に激痛が走るが──我慢すればいいだけのこと。
「減衰幅を見越して魔力を多く使えば、ちゃんと相手にダメージを与えられる」
まさか、そんな常識を知らないとはな。
俺よりも戦闘経験が浅い。
「よく先生が務まったな。黒魔術師殿」
隙あり──今度はインパクトの瞬間に魔力撃を使い、蹴りを胴体に捩じ込む。
同時に、普段から加速として使っている魔力の炸裂を攻撃に転用。雷鳴の様な重低音が響き、葛本の身体に二重の衝撃を走らせる。
「ゴボェェッ!?」
葛本は真っ黒な血を顔の十字から噴き出し、宙で身体をくの字に曲げた。だが、手は緩めない。
「オラァァァァア!!」
雷印で帯電した両手を合わせ、スレッジハンマーを後頭部へ叩き込む。
グラウンドに向かって一直線に落ちていく葛本に向かって、俺は再び加速。その身体が大地に激突する前に追いつき、
「もう一発……!」
蹴り上げた。
そして、三度目の加速。真上に吹っ飛んだ葛本の背後に回り込み、その背中を左手で受け止めて──魔術を起動する。
「焔雷!!」
閃光、衝撃、爆炎。
全てがほぼ同時に起こった。
「ア゛ッヅァァア゛!!?」
背中を消し飛ばされた葛本が、断末魔と言って差し支えない悲鳴を上げる。思わず「やったか!?」と口走りそうになる。
俺が左手に仕込んだ付与魔術“焔雷”は、本来なら魔力を込めた物体に刻み、それを手榴弾として使う為の物だ。今は花火なんかにも使われている。屍竜を倒したのもこの魔術だ。これを瓶に刻んだ
葛本に使った焔雷は、屍竜を爆散させた物よりずっと破壊力がある。光冠で回収した魔力を上乗せして放っているからだ。光冠の有効範囲を自分の身体の輪郭に合わせて縮小し、効果を高めることで自傷を最低限にしているが、普通に使うと左手が吹き飛ぶ。奥の手で使う切札といった所だ。
しかし──次の瞬間。
「……なるほど、理解しました」
吹き飛んだ筈の葛本の背中が再生を開始した。遅延起動で魔術を使った様には見えない。
大気を蹴り上げて、少し距離を取っておく。
「黒魔術を得てから久しく……戦いという物から離れていまして……」
今度は俺が距離を詰められた。
「いいですね。有利な立場に居た人間が、驚きで目を見開くのを見るのは」
拳を振り抜かれた。両腕を交差させ、魔力を放出する事で防御する。
しかし、葛本は俺の防御などお構いなしに振り抜いて来た。
「うぐっ!?」
あっという間に、背中からグラウンドに激突。
衝撃で大地に亀裂が走る。
「あっぶね!」
悠長に休んでいる暇はない。俺は翼に魔力を込めて飛び上がり、葛本の追撃を回避した。奴が空振った打突が地鳴りを起こし、捲れ上がった土塊が衝撃波で浮かび上がる。
速く、重たい打撃だ。まともに受け続けたら身体が保たないのは明白。
「さて、こちらの番ですよ?」
「そいつはどうかな?」
大きなダメージが通ったのは確かだが、問題はそこじゃない。
注視すべきは再生力。アレが遅延起動による物なのか、はたまた転身で纏った肉塊の効果なのかで、リソースの割き方が変わる。
「いや……どっちにしろだな」
一撃で木っ端微塵にするか、再生力を上回るか。勝ち筋はその二つだけ。向こうはまだ黒魔術というジョーカーを切れていない。それを使わせずに、どうやって勝ち切るか。
「上げるぜ。ギアを」
スペックでゴリ押しする。これに限る。
「強がりもここまでですよ! アナタを殺して、私は真の強さを手に入れる!」
──ダンジョンでは常に一人。リソースを使い切ったら帰れなくなるか、襲われたモンスターに対処できずに死ぬ。
だが、ここはダンジョンじゃない。リソースを使い切った時に、目の前の敵を倒せてさえいればいい。
「頑張ろうか。たまちゃんズ」
ここからは籠手と脚甲をフル活用する。
「
籠手にも魔術を付与する。感触を確かめる様に何度か手を開いたり握ったりしていると、葛本が。
「下級緑魔術程度で何が出来るんです?」
と鼻で笑ってきた。鼻がどこにあるか分からないけど、そんな感じだった。
何が出来るのかと問われると回答に困る。緑魔術単体で何かしようって訳じゃない。これを使わないと出来ない事があるってだけで。
「冒険者になってから出来た──先生直伝の技だよ」
空気には面が存在する。
一見するとそこに在るだけにも思える大気にも、様々な顔がある。それは気温や湿度、風の流れによって秒を追う毎に変化していて、全く同じ瞬間は存在しない。
そうして、大気を捉えられる様になった拳や蹴りは、通常よりも大きな風を起こす様になる。後は打撃を繰り出す威力、打ち方によって、風が中級魔術やそれ以上の破壊力を発揮する様になる。葛本の魔弾を撃ち落としたり、宙空に直立したのもこれを使った技でしかない。
それを──光冠で回収した魔力を用いて、籠手や脚甲に備わった機能を最大限に使用する。
「光冠が取り込めるのは魔力だけだ」
拳を振り抜く。押し出された大気が風の槍となって、葛本の腹部を打ち貫いた。
「これは単なる物理現象の範疇を出ない。光冠じゃ防げないぞ」
腹部を押さえて身体を曲げる葛本に、俺は決着を付ける為に肉薄した。
「舐めないでいただきたい……!」
肉体の再生を終えた葛本が迎撃の構えを取る。
使うのは遅延起動。炎、雷、氷、風と様々な魔術が俺に向かって乱れ飛ぶ。
「ここまで近ければ減衰も間に合いませんねェ!」
「そうだな!」
光冠の力も万能ではない。だから、致命傷になる物以外は甘んじて受ける。絶対に距離を取らせない。黒魔術を詠唱されたら堪らないからな。
「逃げろよ……!」
「嫌だね!」
籠手と脚甲で加速した打撃を雨霰と葛本に浴びせる。殴り潰した部位が再生した瞬間に、それも叩き潰す。この世に存在する物質である以上、無限に再生するなんてあり得ない。必ず何処かに限界が存在する。
そこに辿り着くまで、壊し続ける。
「ゴフッ!? ングェェッ!!?」
葛本の汚い悲鳴も、全身が返り血で黒く染まる事も無視して、無我夢中で拳を振り回した。
しかし──再生力が翳らない。
「……ッ」
どれだけ殴っても、その度に肉が盛り上がり、傷口や破裂痕を塞いでいく。
それでも構わずに殴り抜こうとして、不意に身体が硬直した。
「何っ」
虚空から伸びた黒い鎖によって身体が縛られていた。
こんな魔術は見た事も聞いたこともない。
「黒魔術の遅延起動……! 使ってくるよな、そりゃあ!」
「まさか、これを切らされるとは思いませんでしたよッ!」
俺は葛本に足首を掴まれ、校舎に向かって投げ付けられた。
身体を捻転させてバランスを取りながら、壁を突き破ってどこかの空き教室に転がり込む。
「
身体に纏わり付いた鎖は解除出来た。だが、それから直ぐに身体から一気に力が抜けた。
光冠の時間切れかとも思ったが──違う。
「ゲホッ!?」
咳と共に血が飛び散った。
それと同時に、窓を吹き飛ばした葛本が悠々と教室の中に入ってくる。
「黒魔術で新生した私の返り血をあれだけ浴びたのです。まともな死に方は出来ませんよ」
視界が明滅し、激しい耳鳴りと吐き気で平衡感覚が消えた。
まずいなこれ。ダサ過ぎる。
あんだけ啖呵切っといてこの体たらく。
「最後に言い残す事はありますか?」
頭上から勝利宣言が聞こえた。
万事休す。流石に此処から逆転は出来ない。
俺一人だけならな。
「……お前、何か勘違いしてないか?」
「何を……ッッ!?」
刹那、光が葛本の身体を貫いた。
「ッギィァァァ!!? 何だ、何なんだ、これはッ!?」
絶叫が耳を劈く。痛みに悶えながら繰り返される“何故”という問いに答える。
「霊群紫乃は……何にも触れられない幽霊だけどな」
よく考えれば分かる事だった。
彼女は強い憎しみや怒りに囚われている時、人に呪いを掛けられる。言い換えれば、その間だけは魔力を操れるということだ。
多分、本人は気付いてなかった。だから、念を押した。
紫乃、お前の仕事は全てを見届けること
だから勝とうぜ──俺たちで。
お前はここで、俺たちが倒す。
「魔術は使える」
窓の外──月を背に夜空へ浮かんだ紫乃が、数え切れない量の魔方陣を展開して此方を睥睨していた。あの全てが遅延起動だとすると、とんでもない才能だ。A級の魔術師にも匹敵するかもしれない。アレで近接役だったというのだから頭が変になる。
「だから何だというのです! これだけの距離、光冠の力を最大限に使えば魔術など……!」
確かに有効な手段ではあるが、紫乃を甘く見過ぎている。
「全て無に帰してあげましょう!」
葛本の光冠が輝きを放った。
そこに、光が降り注ぐ。
「いぎゃぁぁぁぁぁああああ!!? なぜ、これほどの威力がァッ!?」
彼女は魔術を使う時、怨霊に寄る。
その怨霊が怒りと憎しみの根源に殺意を向けている訳だ。
「弱い訳ないだろ──あの子にとって、お前は親友を傷付けた悪魔なんだから」
光冠による減衰を加味しても尚、紫乃が待機させていた魔術は凄まじい威力を有していた。
「そうかッ、超過出力の魔術を待機させて……!?」
遅延起動は魔術発動のプロセスを遅らせるだけ──当然、詠唱は行う。そこで過剰に魔力を込めさえすれば、光冠の影響を突き破ることだって出来る。ただし、待機させておく時間が延びれば、過剰に込めた魔力の影響で暴発するリスクを伴う。だが、今回は極短時間の待機だ。それは無いに等しい。
「さて」
ウエストポーチから大枚叩いて買った
空になったそれを捨て、絶え間なく降り注ぐ光の柱にのたうち回る葛本を見ながら、ポーチからスマホ用の三脚を取り出して組み立てる。俺の用意はここまで。後はAIで配信に載せてもらう。
「ィァァァァア゛ア゛ア゛!!?」
紫乃も無限に魔力がある訳ではない。
何十発もの大技も、打ち止めになる。
「は、はは……ははははは!」
流石に死んだだろう──なんて考えは、煙の中から聞こえてきた葛本の高笑いによって打ち砕かれた。
葛本が立ち上がり、姿を見せる。
「転身の肉体性能を甘く見ていた様ですねェ! 私の勝ちだ!」
俺は右の人差し指で自分の側頭部を叩いた。
葛本が額に青筋を浮かべて口角泡を飛ばす。
「余裕ぶってられるのはここまでですよ! 私も身体が温まってきた……ところ、で」
話している最中に気付いたのだろう。葛本は自分の顔に触れた後、今どうなっているのかを理解した様だった。
「ヒーローショーは終わったよ。センセ」
転身による変化は度重なる肉体破壊によって、完全に削ぎ落とされていた。今の葛本は正真正銘、ただの人間だ。
「部外者の俺が一番良いところ貰うのも気が引けるけど……」
拳を握る。
魔力を込める。
「待っ、待ってくれ!? そっ、そそそうだ、ボクなら君をこの国の王にだって出来るぞ! 利用価値がある! だから!」
葛本が顔を青白くしながらそんな事を口走り始めた。
奴のこれまでの態度は黒魔術……いや、転身という切札があったからこその物だったのだろう。それを剥ぎ取らた今、本来の性格が顔を見せている訳だ。この期に及んで、まだ自分に価値があると思っている──無駄にプライドが高い奴だな。
もうこれ以上、何も聞きたくない。耳が腐りそうだ。
「じゃあなクソッタレ。二度とその面、あの子達に見せんじゃねぇぞ」
「んぶぇっ!?」
俺は葛本の顔面に向かって全力で拳を振り抜き、殴り飛ばした。葛本は床を何度も跳ねて吹っ飛び、壁にぶち当たって気絶。
そのタイミングで俺の光冠も消え、ドッと疲労が押し寄せてきた。
「マジで……疲れた……」
その場に大の字に倒れ込む。
これにて一件落着、になったらいいなぁ。
遠くから聞こえてくるサイレンの音を聞きながら、そう思った。