「あーし、バズりたいのっ!」「幽霊になってまで!?」 作:一般通過呪術師
何はともあれ。
「一先ず、ダンジョンから出るぞ」
袋にはキノコが大量に──とまではいかないが、今日の目標には届いている。普段ならもう少し粘る所だ。しかし、平時よりも奥へ進んだ上、手前にある筈だったキノコが無かったのが気になる。これ以上の深追いは心身に良くない。
「ふぅん……冒険者ってキノコとかも集めるんだ。なんか意外〜! 地味っ!」
「まぁな。何でもやるよ。金になるならな」
ま、まぁ、嘘は吐いてへんで。そう自分に言い訳しながら歩き出す。肩越しに振り返ってみれば、霊群がふよふよと宙を泳ぐ様に俺を追いかけてきていた。
「ひぃくんひぃくん。何から始める? やっぱダンジョン配信? あーし、結構憧れあんだよね〜」
気付いたら霊群はあだ名で呼んでくるし……何だひぃくんって……ガキ扱いしやがって。
「やんねーよ、配信なんて。ありゃ身バレしても大丈夫なヤベェ奴か、身バレした後の事を考えてねぇヤベェ奴しかやってねぇんだから」
ダンジョン配信で有名になった場合、そいつが高位の冒険者なら良いだろうが、力以外でバズった奴の末路は悲惨だ。
例えば、単に面がいいだけの女が有名になったとしよう。その女はダンジョンの中で強姦された後、証拠隠滅のために手足を折られて、モンスターの群に放り込まれるのが関の山だ。
そういう犯罪を防止する為の策も色々と講じられているが、どれだけ効果があるのやら……
「ダンジョン内の犯罪は誤魔化しが利きやすいからな……巻き込まれない様に立ち回るのが最善なんだよ」
当たり屋でもない限り、車が行き交う道路に飛び込むバカはいない。たまに「ぶつかって来た方が悪いんだから」と言わんばかりに堂々と車道を横切るアホもいるが、あんなのは知的生物として認められないのでノーカンとさせてもらう。
ダンジョン配信者のリスク管理も基本的には同じだ。ぶつかった車の方が大破するような上澄ならともかく、普通はぶつかられた方が痛い目を見る。
売れたいのならリスクは許容すべきだが──悪党に狙われるのが配信者だけとも限らない。その家族や友人が標的になる可能性だってある。まともな奴ほど配信を避ける。
まあ、売れた時の収益が尋常な冒険者の比ではないから、“しぼう者”は後を絶たないのだが。
「可能なら避けたいね。バズるって言っても色々あんだろ?」
「はぇぇ……ひぃくんは慎重だね」
「石橋は叩いて渡るもんだ」
「そのまま叩き割らない様にね」
そんな緩い会話を続けながら、エレベーターに向かって歩いていた時だった。
ケラケラと笑う霊群の声を掻き消す様に、
「ぎゃぁぁぁぁぁぁあ!?」
「にいさぁぁぁぁぁぁあん!!」
野太い悲鳴が耳を劈いた。
聞き覚えがある。ダンジョンに入る前に絡んできた兄弟冒険者だ。
「な、なに? 今の」
霊群が顔を青褪めさせながら辺りを見回す中、俺は声がした方向から響く物音を聞き、眉間へ皺が寄るのを感じた。
「……まずいな」
「あ、あーしにも分かる様に言って!」
「音が近づいて来てる」
人間の足音が一つ。それを追い立てる様な重たい足音が八つ。後者は群れではない。それにしては音の間隔が一定過ぎる。つまり──八本脚のモンスターということ。そして、このダンジョンに生息するモンスターで八本の脚を持つのは、深層に棲息する一種類のみ。
……今日は本当についてない。
「逃げるぞ!」
霊群を連れて直ぐに駆け出す。
それとほぼ同時に、男の狂った様な笑い声が響いてきた。
「あはっ、ははははは! 見ろ兄さん! ヒーローだ!」
背後を一瞥したら、暗がりから弟冒険者の方が姿を見せていた。兄を背負い、涙と鼻水を垂れ流しながら、こちらへ向かって走ってくる。
二人を追うのは、苔むした竜の頭蓋を背負った蜘蛛だ。
霊群が悲鳴を上げた。
「キッショ──!!? あーし蜘蛛マジ無理なんですけどッ!!」
「やっぱ
口汚く罵りながら脱兎の如く駆ける。
因みに、ファンタジーにおけるドラゴン最強言説は現実にもほぼ当て嵌まり、種の能力平均値はドラゴンが突出している。なので、頭のおかしい高位冒険者を除き、大半の人間はドラゴンを見たら回れ右するのが通例だった。
つまり、それを主食にしている竜骸蜘蛛は──馬鹿みたいに強い。
「助けてくれよヒィィィロォォォオ!!」
振り返っちゃいけない。人情とかマナーとか、そんなの言っている場合ではない。シンプルに逃げ遅れる。というか、弟冒険者がまず特大のバッドマナーだ。勝手にくたばってろ。
「知り合い!? めっちゃ名前呼んでるよ!」
「人違いだッ」
霊群の言葉に否定を返しながら、通路の角を滑る様に曲がる。
「エレベーターまでもう少し……!」
ダンジョンに安全圏はない。だがエレベーター付近の通路は、大型モンスターを通さない様に細らされている。小型モンスターは普通に入り込んでくるが、背後の怪物よりずっとマシだ。幾人もの冒険者と建設会社の奮闘の賜物である。取り敢えずそこに逃げ込めさえすれば、竜骸蜘蛛は撒ける。
しかし、悪い報せが続く。
霊群が前方を見て叫んだ。
「ひぃくんひぃくん! 見て見て! 通路の先にも何かいる!」
「なんだよもぉ! うぉあっ!?」
話しかけらた矢先、目的地の方角からバスケットボール大の何かが飛んできた。咄嗟に身を捩って躱したものの、無理な回避で体勢が崩れた。転けたりはしなかったが、足を止めてしまったことで、何が飛んできたのかを直視してしまった。
「……うげぇ」
俺が避けたのは生首だった。黒装束の仲間を引き連れてダンジョンに入って行った、あの女の物だ。
それが弟冒険者の顔面へ直撃。彼はそのまま転倒した。背負われていた兄は地面に振り落とされたが、立ち上がる様子はない。
それもその筈。兄冒険者には下半身が無かった。
竜骸蜘蛛が弟冒険者に鋭い爪を突き立てる。耳を塞ぎたくなる様な悲鳴が、ダンジョンに響き渡っていく。
「ね、ねぇひぃくん。ヤバない?」
「めっちゃヤバい」
前方を注視した──女のパーティーを壊滅させたのも、深層域に生息するモンスターだ。
死神の鎌めいた湾曲する刃物を腕部に備えた人虫型モンスターの
「ど、どうすんの!? こんな所で死なれても困るんですけど!!」
前門のカマキリ。後門のクモ。
碌でもない二択。
しかし、竜骸蜘蛛の巨体は通路を通れない。エレベーター前まで辿り着けたら気にしなくていい。蟷螂騎士に関してはどう足掻いても会敵する事になるが、逆に言えば、コイツさえどうにか出来たら生きて帰る事が出来る。
選択肢はない。
「前に進む以外、ねぇだろ」
逡巡は一瞬。俺は霊群を連れ、狭い通路を飛ぶように駆け抜けて、血の海と化したエレベーター前の広間へと飛び込んだ。
キノコが詰まった袋と、戦闘の邪魔になる物はその場に捨て──拳を握る。
「勝算とかあんの!?」
霊群の言葉を背に受けながら、まだコチラに気付いていない蟷螂騎士へと肉薄。ほぼ同時に、奴の複眼が俺の姿を捉えた。
「ひぃくん!」
刹那、蟷螂騎士が異常な反応速度を見せる。人間には真似できないコンマ一秒を切る超反応。そうして振り抜かれたのは、厚さ三〇ミリの鉄板すら両断する死神の鎌だ。防具を身につけていない俺がそれを受ければ、即死は免れない。
だが、その一撃が俺の命に届く前に──
「勝つとか負けるとかじゃねぇんだよ。冒険者の戦いは」
青白い光を放つ俺の拳が、蟷螂騎士の硬い