「あーし、バズりたいのっ!」「幽霊になってまで!?」   作:一般通過呪術師

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03:冒険者の勝ち負け 前編

 

 何はともあれ。

 

「一先ず、ダンジョンから出るぞ」

 

 袋にはキノコが大量に──とまではいかないが、今日の目標には届いている。普段ならもう少し粘る所だ。しかし、平時よりも奥へ進んだ上、手前にある筈だったキノコが無かったのが気になる。これ以上の深追いは心身に良くない。

 

「ふぅん……冒険者ってキノコとかも集めるんだ。なんか意外〜! 地味っ!」

 

「まぁな。何でもやるよ。金になるならな」

 

 ま、まぁ、嘘は吐いてへんで。そう自分に言い訳しながら歩き出す。肩越しに振り返ってみれば、霊群がふよふよと宙を泳ぐ様に俺を追いかけてきていた。

 

「ひぃくんひぃくん。何から始める? やっぱダンジョン配信? あーし、結構憧れあんだよね〜」

 

 気付いたら霊群はあだ名で呼んでくるし……何だひぃくんって……ガキ扱いしやがって。

 

「やんねーよ、配信なんて。ありゃ身バレしても大丈夫なヤベェ奴か、身バレした後の事を考えてねぇヤベェ奴しかやってねぇんだから」

 

 ダンジョン配信で有名になった場合、そいつが高位の冒険者なら良いだろうが、力以外でバズった奴の末路は悲惨だ。

 

 例えば、単に面がいいだけの女が有名になったとしよう。その女はダンジョンの中で強姦された後、証拠隠滅のために手足を折られて、モンスターの群に放り込まれるのが関の山だ。

 そういう犯罪を防止する為の策も色々と講じられているが、どれだけ効果があるのやら……

 

「ダンジョン内の犯罪は誤魔化しが利きやすいからな……巻き込まれない様に立ち回るのが最善なんだよ」

 

 当たり屋でもない限り、車が行き交う道路に飛び込むバカはいない。たまに「ぶつかって来た方が悪いんだから」と言わんばかりに堂々と車道を横切るアホもいるが、あんなのは知的生物として認められないのでノーカンとさせてもらう。

 

 ダンジョン配信者のリスク管理も基本的には同じだ。ぶつかった車の方が大破するような上澄ならともかく、普通はぶつかられた方が痛い目を見る。

 売れたいのならリスクは許容すべきだが──悪党に狙われるのが配信者だけとも限らない。その家族や友人が標的になる可能性だってある。まともな奴ほど配信を避ける。

 

 まあ、売れた時の収益が尋常な冒険者の比ではないから、“しぼう者”は後を絶たないのだが。

 

「可能なら避けたいね。バズるって言っても色々あんだろ?」

 

「はぇぇ……ひぃくんは慎重だね」

 

「石橋は叩いて渡るもんだ」

 

「そのまま叩き割らない様にね」

 

 そんな緩い会話を続けながら、エレベーターに向かって歩いていた時だった。

 ケラケラと笑う霊群の声を掻き消す様に、

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁあ!?」

 

「にいさぁぁぁぁぁぁあん!!」

 

 野太い悲鳴が耳を劈いた。

 聞き覚えがある。ダンジョンに入る前に絡んできた兄弟冒険者だ。

 

「な、なに? 今の」

 

 霊群が顔を青褪めさせながら辺りを見回す中、俺は声がした方向から響く物音を聞き、眉間へ皺が寄るのを感じた。

 

「……まずいな」

 

「あ、あーしにも分かる様に言って!」

 

「音が近づいて来てる」

 

 人間の足音が一つ。それを追い立てる様な重たい足音が八つ。後者は群れではない。それにしては音の間隔が一定過ぎる。つまり──八本脚のモンスターということ。そして、このダンジョンに生息するモンスターで八本の脚を持つのは、深層に棲息する一種類のみ。

 

 ……今日は本当についてない。

 

「逃げるぞ!」

 

 霊群を連れて直ぐに駆け出す。

 それとほぼ同時に、男の狂った様な笑い声が響いてきた。

 

「あはっ、ははははは! 見ろ兄さん! ヒーローだ!」

 

 背後を一瞥したら、暗がりから弟冒険者の方が姿を見せていた。兄を背負い、涙と鼻水を垂れ流しながら、こちらへ向かって走ってくる。

 

 二人を追うのは、苔むした竜の頭蓋を背負った蜘蛛だ。

 霊群が悲鳴を上げた。

 

「キッショ──!!? あーし蜘蛛マジ無理なんですけどッ!!」

 

「やっぱ竜骸蜘蛛(ドラゴネット)じゃねぇか! なに深層域のモンスター引き連れて来てんだ潔く死んでろッ!」

 

 口汚く罵りながら脱兎の如く駆ける。

 

 竜骸蜘蛛(ドラゴネット)はダンジョン深層域に出現する虫型モンスターだ。ドラゴンを主食とし、自分が食ったそれを誇るかの様にその頭蓋を背負うのが特徴。別名ドラゴンイーター。

 因みに、ファンタジーにおけるドラゴン最強言説は現実にもほぼ当て嵌まり、種の能力平均値はドラゴンが突出している。なので、頭のおかしい高位冒険者を除き、大半の人間はドラゴンを見たら回れ右するのが通例だった。

 

 つまり、それを主食にしている竜骸蜘蛛は──馬鹿みたいに強い。

 

「助けてくれよヒィィィロォォォオ!!」

 

 振り返っちゃいけない。人情とかマナーとか、そんなの言っている場合ではない。シンプルに逃げ遅れる。というか、弟冒険者がまず特大のバッドマナーだ。勝手にくたばってろ。

 

「知り合い!? めっちゃ名前呼んでるよ!」

 

「人違いだッ」

 

 霊群の言葉に否定を返しながら、通路の角を滑る様に曲がる。

 

「エレベーターまでもう少し……!」

 

 ダンジョンに安全圏はない。だがエレベーター付近の通路は、大型モンスターを通さない様に細らされている。小型モンスターは普通に入り込んでくるが、背後の怪物よりずっとマシだ。幾人もの冒険者と建設会社の奮闘の賜物である。取り敢えずそこに逃げ込めさえすれば、竜骸蜘蛛は撒ける。

 

 しかし、悪い報せが続く。

 霊群が前方を見て叫んだ。

 

「ひぃくんひぃくん! 見て見て! 通路の先にも何かいる!」

 

「なんだよもぉ! うぉあっ!?」

 

 話しかけらた矢先、目的地の方角からバスケットボール大の何かが飛んできた。咄嗟に身を捩って躱したものの、無理な回避で体勢が崩れた。転けたりはしなかったが、足を止めてしまったことで、何が飛んできたのかを直視してしまった。

 

「……うげぇ」

 

 俺が避けたのは生首だった。黒装束の仲間を引き連れてダンジョンに入って行った、あの女の物だ。

 

 それが弟冒険者の顔面へ直撃。彼はそのまま転倒した。背負われていた兄は地面に振り落とされたが、立ち上がる様子はない。

 

 それもその筈。兄冒険者には下半身が無かった。

 

 竜骸蜘蛛が弟冒険者に鋭い爪を突き立てる。耳を塞ぎたくなる様な悲鳴が、ダンジョンに響き渡っていく。

 

「ね、ねぇひぃくん。ヤバない?」

 

「めっちゃヤバい」

 

 前方を注視した──女のパーティーを壊滅させたのも、深層域に生息するモンスターだ。

 死神の鎌めいた湾曲する刃物を腕部に備えた人虫型モンスターの蟷螂騎士(マン・ティス)。それが逃げ惑う黒装束の者達を切り刻んでいた。

 

「ど、どうすんの!? こんな所で死なれても困るんですけど!!」

 

 前門のカマキリ。後門のクモ。

 碌でもない二択。

 

 しかし、竜骸蜘蛛の巨体は通路を通れない。エレベーター前まで辿り着けたら気にしなくていい。蟷螂騎士に関してはどう足掻いても会敵する事になるが、逆に言えば、コイツさえどうにか出来たら生きて帰る事が出来る。

 

 選択肢はない。

 

「前に進む以外、ねぇだろ」

 

 逡巡は一瞬。俺は霊群を連れ、狭い通路を飛ぶように駆け抜けて、血の海と化したエレベーター前の広間へと飛び込んだ。

 キノコが詰まった袋と、戦闘の邪魔になる物はその場に捨て──拳を握る。

 

「勝算とかあんの!?」

 

 霊群の言葉を背に受けながら、まだコチラに気付いていない蟷螂騎士へと肉薄。ほぼ同時に、奴の複眼が俺の姿を捉えた。

 

「ひぃくん!」

 

 刹那、蟷螂騎士が異常な反応速度を見せる。人間には真似できないコンマ一秒を切る超反応。そうして振り抜かれたのは、厚さ三〇ミリの鉄板すら両断する死神の鎌だ。防具を身につけていない俺がそれを受ければ、即死は免れない。

 

 だが、その一撃が俺の命に届く前に──

 

「勝つとか負けるとかじゃねぇんだよ。冒険者の戦いは」

 

 青白い光を放つ俺の拳が、蟷螂騎士の硬い甲殻(よろい)に減り込んだ。

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