「あーし、バズりたいのっ!」「幽霊になってまで!?」 作:一般通過呪術師
全力で拳を撃ち込む。堅牢な
そのまま振り抜き、軽く吹き飛んだ蟷螂騎士が、ダンジョンの壁に減り込んだのを見て──残心。
「ひぃくんつっっっっよ」
不意打ち最強。やはり、この手に限る。
「何だ余裕じゃんひぃくん! もぅ! あんな慌てて逃げなくても、大っきいのも倒せたんじゃない!?」
霊群の言葉は無視する。
だってまだ、戦いは終わっていないのだから。
「
俺が使える数少ないまともな魔術、付与魔術で拳に属性を付与する。さっきはスピード勝負だったから魔力で強化しただけ。しかし、ここからはそこに属性を上乗せする。
何故、そんな事をするのか──単に威力を高めたいというのもあるが、モンスターには弱点属性が存在する為だ。
環境と魔力に適応・進化する過程で、属性を先鋭化させた方が有利だったのだろう。モンスターには明確な得意と不得意、耐性と弱点が存在している。火口に住むモンスターなんかが分かりやすい。環境にない水属性の適正を捨てる事で、火属性の耐性と適性を獲得している。
俺はこのダンジョンに出てくるモンスターの情報を一通り仕入れてある。蟷螂騎士の弱点は炎と雷。俺は炎より雷の方が使い慣れているので、そちらを選択した形になる。深層域のモンスターだし、戦う事はないだろうと思っていたが……備えていて本当に良かった。
俺が用意を整えていると、壁に減り込んでいた蟷螂騎士が身を捩り、そこから抜け出した。打突を捩じ込んだ腹部の甲殻が剥がれ落ち、赤紫の筋繊維が露出する。
「さて……」
ここからが、本番。
「ッ!」
瞬き一回。蟷螂騎士が彼我の距離を潰し、鎌を振り抜いてきた。屈んでそれを躱す。間髪入れずに仕掛けた俺の足払いは跳躍で避けられた。
宙空で翼を広げた蟷螂騎士は、不快な羽音を響かせて──急降下。二刀による斬撃を、魔力強化した拳でいなす。甲高い音と共に火花が散った。
防御には成功したが無傷とはいかない。
手の甲が裂けた。傷口もかなり深い。
堪らず舌打ちをする俺の前で蟷螂騎士が後退する。感情の読めない複眼は微かに揺れていた。よく見ると、鎌に小さな刃毀れがある。
「ギギッ」
余程不愉快なのか、蟷螂騎士は牙を擦り合わせて鳴いていた。雷属性の付与が効いているんだろう。
何にせよ、これで一接触。準備は順調。
「……あと三発」
それで仕上げ。決まれば確実に殺せる。
今日は明らかにダンジョンの様子がおかしい。決着を急ぐ為にも、今度はコチラから仕掛ける。
足裏に魔力を溜め、爆発させる様にして一気に解放。推進力を得て──跳ぶ。
「ハァッ!」
推進力を拳に上乗せして放った。先程とは打って変わり、蟷螂騎士が刃を交差させ、俺の打突を受け止める。
俺は砕くつもりだったが魔力で強度を高められており、罅を入れるのが精々。だが、それでもいい。
鍔迫り合いになるが、それを嫌った蟷螂騎士が「鬱陶しい!」と言わんばかりに腕を振り抜いた。その力を利用して、背後へ飛んで距離を取る。
「あと二発……!」
ここで慌ててはいけない。
冒険者の戦いは勝った負けたではなく、生き残ったかどうか。そして、儲けが出たかどうかで決まる。
蟷螂騎士のメインウェポンはボロボロだが、深層域のモンスターにはまだ武器がある。
「ギギギギ」
空のない地下世界で風が吹いた。それは秒を追う毎に力を増し、周囲の砂塵を巻き上げていく。
「これが噂の……」
──人間は魔術現象を引き起こすのに、詠唱という手順を求められる。これを完全に省く事はできない。事前に、あるいは短縮して唱えることが必要になる。
しかし、モンスターは違う。奴らは魔力を直接、別の物へと変換出来る。そして、モンスターが操るそれは魔術と区別する為に、別の呼び名が与えられている。
「初見だが、何というか」
その名も“魔法”。なんて安直なんだろう。だが、魔術とは一線を画すという意味では、分かりやすいのかもしれない。術ではなく法。魔力に侵された世界に敷かれた、絶対のルールであると。
「ギアッハァ!!」
放たれた風の刃を前に、思う。
「大層な名前付けやがってよ……! 当たんなきゃ魔術と一緒だろ!」
避ける、避ける、避ける。
無造作に幾度も放たれるそれを、紙一重の所で掻い潜りながら、駆けていく。
「ギギッ!?」
「一つ!!」
視線でフェイントを交え、それに引っかかってガラ空きになった胴体へ拳を叩きつける。手は休めない。
「二つ!!」
タタラを踏む蟷螂騎士を追撃。一発、二発と拳で打ち据え、回し蹴りでかち上げた。蟷螂騎士は宙空で羽を広げて留まったが、自慢の甲殻はボロボロと剥がれ落ち、黄緑の血を滲ませた筋繊維が露出している。
用意が整う。俺の拳に刻まれた付与効果が消える。
「ギギ!」
目敏くそれに気づいた蟷螂騎士が急降下してきた。
だが、もう遅い。準
「付与魔術が切れたんじゃねぇぞ──テメェに移したんだ」
蟷螂騎士の腹部で刻印が電光を帯びる。
そして、奴が俺に到達するよりも速く。
「
閃光が蟷螂騎士の刻印に向かって疾る。
その速度は音の四四〇倍。回避は不可能。収束した電流は落雷に相当し、生物が耐え切れる様な物ではない。
「電流が収束する理屈の説明は……」
雷を受けて炭化した蟷螂騎士の肉体が、雷鳴と共に砕け散った。血の海に降り注ぐそれに、わざわざ仕組みを語る必要はない。
「いらないな」
完全に死んでいるのを確認してから「ふぅ」と胸を撫で下ろした。初めて戦ったが、何とかなるもんだ。
俺が荷物の回収に向かうと、霊群が困惑した様子で声を震わせて言った。
「やっぱり、逃げなくても勝てたんじゃない?」
その言葉にハッキリとNOを突き付ける。
「勝ったか負けたかで言えば、負けだ」
「うそっ!?」
「理由はこれ」
手の甲に付いた傷口を霊群に見せる。
鎌をいなした時に出来た物だ。骨まで顕になっている。その後も構わず振り回したせいで、結構重症だ。
「これの手当てに先ず
一本税込で八,〇〇〇円。これでも相場よりかなり安い。ただ。保険適応外で全部実費だ。
「ダンジョンのモンスターは毒を持ってない個体も多いけど、そもそも存在そのものが雑菌みたいなもんだから」
「すんごい悪口……でも、何となく分かるかも。野良猫に引っ掻かれた感じでしょ?」
「理屈はそうだな」
これをサボると感染症で死ぬ。良くて四肢切断だ。必要経費である。
そして、次に傷口を塞がなくてはならない。ここは多少ケチっても良い。
「ここまでで一七,〇〇〇円くらい」
「結構するねぇ……」
「で、一応帰ったら術医に診てもらう。保険適応外。だからトータルは三〇,〇〇〇前後だ」
「……お医者さんに診てもらうなら、ポーション使わなくても良くない?」
「その場合、コストは倍掛かるぞ」
迅速な応急処置が命と資産を守るのだ。
しかし、だ。
「今日は赤字だな……くそっ」
「あっ、負けってそういう事ね!」
そう──冒険者は稼いでなんぼ。稼げなかったら負けなのだ。
それから暫く、霊群は無言のまま俺の後をついて来た。
俺は付近に散らばった黒装束達の死体からドックタグを回収し、それを一纏めにしてポケットに突っ込んだ。死体を見つけたら回収するのがマナーだ。兄弟に関してはパス。
最後にエレベーターを待ち、扉が開いたら霊群と一緒に乗り込む。
暫くして、遂に霊群が口を開いた。
「何か……冒険者って思ったより夢ないんだね」
俺は霊群の言葉を否定できなかった。