「あーし、バズりたいのっ!」「幽霊になってまで!?」 作:一般通過呪術師
「そう言えば、ひぃくんはパーティー組まないの?」
エレベーターに乗っている最中、霊群がそんな事を言い出した。
「さっきの怪我も、仲間がいたらしなかったかもしれないし……というか、傷の治療が出来る魔術師がいたら治療費タダじゃんね!」
「一理ある」
これまで俺は『冒険者は意外と世知辛い』という話をしてきたと思う。
しかし、実の所それは『経費とリスクを限界まで削減し、リターンを最大化させた結果』でもある。単独活動を突き詰めた弊害とでも言うべきか。
治療費、武器や防具の損耗、肉体と精神の疲労。それらはパーティーを組み、役割を分担することで抑えられる。
そして、冒険者がすべからく所属する労働組合、通称『冒険者ギルド』はそれを推奨し、何なら冒険者同士のマッチングまで行ってくれている。
ただ──俺はパーティーを組めない。組まないではなく、組めないのだ。
「専業冒険者ってのは基本的に、週の半分はダンジョンの中で過ごす」
「えっ……お風呂は!?」
「入れない。濡れタオルで体拭くのが精々だ」
「風呂キャンかよ汚っ!」
少し距離を取られた。
「俺は毎日家に帰って風呂入ってるけどな」
理由は幾つかある。だけど、一番は家族だ。
先ず、ウチはそこそこ大家族である。
長男が俺。一つ下に次男。そのまた一つ下に長女。少し離れて、十歳になる妹。そして一番下の弟が今年から小学生。
年後の弟は高校受験を間近に控えていたし、今年は妹が受験生だ。家事の手伝いとか末っ子の面倒に気を取られないよう、俺が頑張って動かなくちゃならない。
ゆくゆくは学費を工面する為にも、ダンジョンへ籠らないといけないのだろうが──今はまだ、週に何日も家を空けていられないのが現実だ。少なくとも、妹の受験が終わるまでは。
そんな縛りがあるので、仲間と足並みを合わせるのが難しい。
その上、同年代の冒険者は学生と二足の草鞋。生活時間が被らない以上に、彼らは上昇志向が強い。安定した稼ぎと家事時間が必要な俺とでは、生きている時間軸が違う。
かと言って、年上の冒険者とパーティーを組むと、雑用ばかりを押し付けられる。しかも薄給らしい。ギルドの若者が、報酬を巡ってパーティーリーダーと揉めているのを見たことがある。
じゃあ、一人でいいだろ。
その結論に至ってからは気楽な物だった。稼ぎは他の冒険者と比べるとしょぼいかもしれないが、生活が成り立っていれば不満はない。
「綺麗好きなんだね」
「人並みには」
まぁ……そこまで語るほど仲良くない。出会って半日も経ってない相手に、話す様な内容でもないだろう。
そうこう話している内にエレベーターが止まり、心なしか扉がスムーズに開いていく。
しかし、外へ出てみれば──辺りには妙な雰囲気が漂っていた。
ダンジョンの入口付近は円形状の広間になっていて、そこに冒険者を商売相手にした露店が並んでいる。出張診療所や、中にはアルコールを取り扱う店もあるので、昼夜を問わず賑わいを見せているのだが……
「露店がねぇ」
異様。その一言に尽きた。
一人で首を傾げていると、金属の擦れ合う音と十数人分の足音が近付いてくる。
「一彩くん! ご無事でしたか!?」
その先頭に立っていた完全武装の兵士が俺に向かって声を張り上げた。
知り合い、というか恩師だ。
「南風原さん、何かあったんですか?」
南風原奏さん。冒険者ギルドの窓口担当だ。所謂、受付嬢である。元凄腕の冒険者で、色々と技や魔術を教わったり、キノコ採取の仕事を斡旋してもらっている。ほぼ師匠みたいな人だ。
そんな彼女が完全武装でギルドの外にいた。遠くに意識を向ければ、彼女の様な装備を身につけた戦闘員が数多くいるときた。
「ギルドの戦力がこんなに……」
理由は察せなくもない。おそらく、深層域のモンスターが上層に居た件についてだ。関わり合いたくないので知らない体でいく。
その際、霊群に目配せして隠れさせるのも忘れない。もし、霊群を知覚できる者がいたら、幽霊を引き連れてきた俺にあらぬ疑いを掛けてくる可能性があるかもしれないからだ。
「実は今、深層域のモンスターにスタンピードの兆候が見られまして」
「え゛っ」
スタンピードはダンジョンからモンスターが溢れる現象の事だ。
深層域にある迷宮核が十分な魔力を溜め込んだ時に起きる物で、出入り口から魔力を放出し、周辺環境をよりダンジョン内部に近づける。
何でそんな事が起きるのか。
否、何故ダンジョンがそんな事をするのか。
人間で例えると。
「脱糞期です」
フルフェイスのヘルメットを被っている為、南風原さんの表情は定かではない。しかし、大真面目である事は声音で分かる。
「ぷふっ」と霊群が吹き出した声が聞こえてきた。
分かるよ。俺も小学生の頃、理科の授業で級友と笑い合った。
でもこれ──笑い事じゃねぇんだよ。
ダンジョンにとって、モンスターと人間に価値の差はない。どちらも栄養。両者、あるいは同族同士が殺し合った結果に生まれた物を飲み込むだけ。
食事をすればウンコをする。当たり前の生理現象。その結果、地球環境はダンジョン内部に近づき、魔力濃度の上昇に伴って、モンスター達が住みやすい環境へと変わっていくのだ。
そうして、スタンピードが繰り返し起こった地域では、基本的にダンジョン内部にしかいないモンスターが野生化してしまい、従来の生態系を著しく破壊する様になる。
山を歩いていたらヒグマと遭遇する感覚で、オークとかドラゴンに出会すかもしれないという事だ。
「前回からまだ六年。周期が想定よりずっと早いのが問題でして」
「……今回で三回目でしたっけ?」
「はい。周辺地域には既に避難命令が出されています」
そして、そうなってしまった地域は、人が住めないエリアとして封鎖されるのが通例となっている。その目安となるのが三回だ。
「……これ、ヤバい感じ?」
霊群の声がどこからともなく聞こえてくる。
「すんごいヤバい──っすね」
「ふふっ、はい。凄くヤバいです」
霊群の疑問への返事を取り繕うと、南風原さんが笑った。
「何で笑うんですか?」
「いえ、年相応の言葉が出てきたのは久しぶりだなって」
「ヤバいに年齢とか無いでしょう……」
何だか、不当な子供扱いを受けている気がする。
まあ、確かに? 俺はまだ身長が一六九センチしかないし? 夜道歩いてたら警察に身分証の提示を迫られるけど?
それでも立派な冒険者なんですけど! 最年少? 第二種魔術取扱者丙種取得者なんですけど!
──と、内心の抗議をそのまま口にしたくなったが、あまりにもガキ臭いのでしない。広い心で受け流す。
「なので、暫く
「……ですよね」
冒険者の収入は、ダンジョンから採取した資材も同義。ダンジョンに入れないなら当然、収入はゼロだ。貯蓄が全く無い訳じゃないが、そう長くは保たないだろう。霊群の成仏まで考えると、状況は逼迫している。
「一応、近隣ダンジョンへの入宮許可証も発行し、登録IDに紐付けしておきました。勝手が違うので、これまで通りのやり方は通じないと思いますが……」
「えっ、あ、ありがとうございます!」
「それと、今はまだ南さんの家は避難命令エリアからは外れていますけど、近い内に対象になると思います。色々大変かと思いますが、頑張ってくださいね」
「何から何まで……ありがとうございます。やれるだけ、やってみます」
話を区切って、南風原さんから離れた。
それから診療所に寄り、相変わらずの高額な料金に涙目になりながや治療を受けてから、ダンジョン前広場を後にする。
程々に距離が離れた所で霊群が空から降りてきたので、暫く無言のまま二人で帰路を歩いた。
そうして、家から最寄りの河川敷に辿り着いた頃には日も随分と傾いていて。
そこで同年代の学生とすれ違った後、霊群が口を開いた。
「何だかちょ〜ヤバい事になってんね」
「最悪の気分だよ、マジで」
幽霊に取り憑かれるし、怪我はするし、職場は封鎖されるし──これが一日で起きるイベントの数か? 何かしらの作為すら感じる。それか、悪夢のピタゴラスイッチか。
「でも、あーしに取り憑かれたのはまだマシな部類じゃない?」
こちらの考えを見透かした様な霊群の言葉に、心臓が跳ねた。思わず足を止める。
「いやぁ……にしても、ここ何処なんだろ」
夕陽に照らされた河川敷を眺めながら、霊群が寂しそうに呟いた。
「お前、どこまで覚えてる?」
「んー? 名前以外はあんまり? だけど……バズりたいってのは、マジでハッキリ覚えてる」
空っぽの器に残った未練。何が霊群紫乃という少女を駆り立てるのか。結局それが分からないと、バズった所で成仏出来ないんじゃないか? そもそも、魔術で幽霊にされたんなら解呪が必要になる筈だし……八方塞がりだ。何から手を付けるのが正解なんだろう。
「ではここで! たまちゃんから悩めるひぃくんに、一石二鳥の提案がありま〜す!」
「聞くだけ聞いとこうか」
霊群は「にししっ」と歯を見せて笑い、言った。
「やっぱりなっちゃいなよ、ダンジョン配信者! バズったら、全部解決だぜ?」