「あーし、バズりたいのっ!」「幽霊になってまで!?」 作:一般通過呪術師
ダンジョン配信者──またの名を『D-Tuber』
動画投稿サイト『D-Tube』を通じてライブ配信等を行い、ダンジョン攻略の様子を公開。広告や俗に投げ銭と呼ばれる物で稼ぎを得る仕事だ。人気になれば一回の配信で何十、何百万という金銭を得る事ができる。
霊群紫乃の成仏を目指しつつ稼ぐなら、最も分かりやすい手段だろう。
「でもなぁ」
ただ、弟妹に胸を張って言えるのか?
試しに想像してみるか……兄ちゃん、今日からD-Tuberで飯を食っていこうと思うんだ、と言った場合の反応を。
『ねぇね! にぃに! おにぃが壊れちゃった!』真っ先に反応するのは末弟か。
『正気に戻れ兄さん! 兄さんが倒れたら一家離散だぞ!?』次に次男が諫めるはずだ。
『私も中卒で働くね! お兄ちゃんを手取り足取りサポートする為にも!』長女は間違いなく、自分もやると言い出す。
『ワタシも小卒冒険者やる! アニキ、兄妹D-Tuberやろ〜!』次女は長女と同じだろう。
……うん、ダメ。碌な結末にはならない。弟達は道を踏み外さないだろうが、妹達はダメだ。アイツら直ぐに周りの影響を受けるからな。
「霊群、悪いけど」
案を出してくれて申し訳ないのだが──いや、何で俺が申し訳ないって思わなきゃなんないんだ。被害者意識が足りてないんじゃないか?
俺が首を傾げていたら霊群が言う。
「おおっと! あーしのプレゼンタイムはまだ終了していないぜ!」
ドンッ☆ と効果音を背負う霊群に、俺は思わず半歩下がった。
「変装だよひぃくん! ひぃくんがひぃくんだとバレなきゃ、ひぃくんがビビってるリスクなんてありはしないんだよ!」
「ひぃひぃ煩いぞ霊群」
「シャラップ! それよりどうなんよ、あーしの作戦は!」
「むっ」
……悪くないと思ってしまった。俺がそのまま配信に乗るよりキャラも立つだろうし。
問題があるとすれば、変装に拘るほど装飾が増えて動きにくくなる所か。命の危険が生まれては本末転倒にも程がある。
「変装の方向性は?」
「フッ──そこも丸っと全部たまちゃんに、いや、たまPに任せなさい!」
「たまPは辞めた方がいいと思う」
霊群は俺の注意など無視して、自信ありげに腕を組んでふんぞり返った。
「ひぃくんにはD-Tuberになるに当たって……女の子になってもらいます!」
「はい、この話終わりね。解散解散」
チッ、期待して損した。
ただまぁ、案自体は悪くなかったか。馬の被り物とボイスチェンジャーでも使えば、俺だとバレるリスクはかなり低減されるだろう。
「ちょいちょいちょーい!?」
「んだよ」
逆さになった霊群が顔を覗き込んできた。幽霊である事を無駄に生かした画角だった。
「急にスンッてしたね! いいじゃんね女装! 文化祭みたいっしょ!?」
「あいにく、その手のイベントには縁がないんでね」
高校入学を断念した俺への当て付けか?
「だったら尚更、こう……やったろうぜ!?」
「その熱意はどっから来てんだ」
思わず溜息が出る。
すると、霊群は目をかっ開いて声を張り上げた。
「ひぃくんあーしより小さいし、髪は大和撫子って感じの激メロ黒髪キューティクルだし! 目も大きくて睫毛長くて小顔だし!? 肌もすべすべもちもち真っ白ブルベだし!!? 眉間に皺寄ってなかったら女の子じゃん!!」
「そう言われるのが嫌だから眉間に皺寄せてんだよッ!!」
人のコンプレックスをさも美点であるかの様に言うな!!
「妹と買い物に出て『お姉ちゃんとお使いかな? 偉いね』って商店街のおっちゃん達に言われる屈辱をお前は知らないだろ! 俺は!! お兄ちゃんだぞ!?」
「えぇー! でもでも美少女に見えるってことは、美少年にも見えるってことだよ!? めっちゃお得じゃんね!」
「何も得しねぇんだよ……! というか逆だろ、因果が!」
「インガ……? 何で急にジャガイモの話?」
「それはインカ、って何を言わせてんだよ!?」
ふーっ、ふーっ。落ち着け、俺よ。霊群のペースに合わせるな。
見ろ。奴はケラケラと笑いながら、宙で腹を抱えて笑っている。むかつく。何で俺はコイツに触れないんだ。触れたら頭を引っ叩いてやれるのに。
「はぁ──! 笑った笑った! でもでもどう? 悪くはないんじゃない?」
「……一理ある」
「難しい言葉使っちゃって。そういうお年頃なのかな?」
「年上ぶんなよ。お前、高校生だろ? 留年する様なバカじゃなけりゃ、精々俺の一つ上か一つ下だろ」
霊群は俺の言葉に硬直した。
「えっ……ひぃくん、高二?」
「高校生やってたらな」
「う、嘘だ! どっからどう見ても中学一、二年生くらいでしょ!? 身長一六〇ちょっとくらいじゃん! あーし確か一六八あったけど、ひぃくんのが小さいもん! あーしとタメな訳ないって!?」
その言葉で俺の頭は一気に冷えた。
「どうやらお前は、俺の秘密を知りすぎてしまった様だな……これ以上は生かしておけない」
「残念だったねぇ! あーし、もう死んでるんだわ!」
「何だコイツ。無敵か?」
霊群がダブルピースしながら煽ってくる。俺はどっと疲れが出た。
ただ、重なったアクシデントの息抜きにはなった。それは間違いなく霊群のおかげである……コイツのせいでもあるけど。
「腹括るか」
家族を養う為だ──絶対にバレてはいけないという意味でも、先ずは身内から騙すという方向性は間違っていない。
「霊群、頼むぞ」
「ちっちっちっ。違うよひぃくん。たまちゃん、もしくはたまPだよ。あーし達、もう友達なんだぜ? もっと親しみを込めてくんなきゃ」
「えぇ……?」
マジで呼ぶの……? 嫌だな。何か。
「紫乃でもいい?」
「う゛ぇ!? な、名前で呼ぶ感じ……? 別に良いけど」
「何でちょっと恥ずかしそうなんだよ」
「いやっ、名前で呼ぶの、家族くらいだったから」
照れを誤魔化すように、顔を手で隠して飛んでいく霊群を目で追おうとして──違和感。
「ひぃくん」
紫乃に名前を呼ばれて、振り向く。
彼女は宵闇に浮かんで「呼んでみただけ」と言ってはにかんだ。
何なんだ──そう思っている内に、河川敷を抜けて住宅街に入った。
家までもう直ぐだ。
「……あれ?」
何か違和感があったような。
まあ、いいか。
それより早く、弟達の顔がみたい。
「ごめんね、ひぃくん」
さて、我が家である。
五人が住むにはやや手狭。さりとて築十年足らずのまだ新しい家だ。親父が死んだ事で多額の保険金が入り、ローンは一括返済されている。
「ただいまぁ」
鍵を開けて入ると、パタパタと小さな足音が廊下の向こうから聞こえてきた。
末の弟、葵の物だ。いつも駆け寄って来てハグしてくれる。最高に可愛い俺の弟。
しかし、今日は様子が違った。
「おかえり、おにぃ……うわぁぁぁぁあ!?」
葵は俺の顔を見るなり、叫び声を上げた。
「ど、どうした葵!? お兄ちゃんだぞ!」
「うし、うしろに変なのいるぅ!」
俺はバッと振り返った。
そこには「え、あーし?」とキョトンとした顔の紫乃がいるだけだ。
「お、おにぃから離れろぉ! うわぁぁぁぁん!」
それは間違いではなかった様で、葵は涙と鼻水で顔面をぐしゃぐしゃにしながら、紫乃に立ち向かって行った!
俺は感動で咽び泣いた。
「ちょっとちょっと、何事……うわ。これどういう状況?」
十歳になる妹、紅葉が欠伸を噛み殺しながらやってくる。紅葉は俺と葵を交互に見て言った。
「おにぃ、何であおくんは虚空に向かって対空擦ってるわけ?」
「頼む。日本語を喋ってくれ」
対空……? 擦る……?
「空Nだよ、空N」
「もっと分からん」
「……あぁ、おにぃあんまりゲームしないもんね。要するに、どうして何もない所に攻撃してんのってこと」
紅葉の言葉に涙が引っ込んだ。
「葵、そこに何が居るように見える?」
「青くて、モヤモヤしてるの」
特徴は全く掠ってない。だが、明らかに葵は紫乃を知覚していた。
「とりあえず、それは大丈夫だ。何の問題もない」
「ほんと……?」
「ほんとほんと。もしもお前達に何か悪さするようだったら、即刻兄ちゃんがぶち殺すから気にしないでやってくれ」
あーしぶち殺されんの? もう死んでるのに? 紫乃がそんな目で俺を見てくる。
俺はサムズアップしてから口パクで伝えた。
ああ、ぶち殺す! 完膚なきまでにな!
兄というのが生まれてくるのは、自分より後に生まれてくる弟と妹を守る為だ。深く考える必要はない。お兄ちゃんとは、そういう生物なのだ。
「ドヤってるところ悪いけど、アネキがずっとオロオロしてたからさ。はやく顔見せてやってよね」
「ん。分かった」
紫乃には口パクで『二階の一番手前の部屋で待ってろ』と、伝えておく。
彼女はそれにしっかり頷き、天井をすり抜けて上の階へと向かった。俺も洗面所で手洗いうがいを済ませ、リビングへ。
「ただいま」
「お帰りお兄ちゃん大丈夫だった怪我はない!?」
「圧が」
長女、朱里は俺を見るなり凄まじい勢いで距離を詰め、全身を弄ってきた。
「診療所に寄ってるから大丈夫……」
「怪我したの!?」
──ところで、朱里は俺よりずっと背が高い。
紫乃も女の子の中ではかなり高い方だと思うが、朱里はそれより頭一つ分デカい。骨格もがっしりとしていて、空手・剣道・薙刀・柔道・弓道部を掛け持ちして鍛えているから、肉体に厚みがある。
でも、決して女性らしさがない訳ではない。寧ろ逆だ。
「そんな……!」
「むごぉ!?」
朱里に抱きしめられると、身長差もあってダイレクトに顔面が豊満な胸部に挟まれてしまう! ぐ、ぐるじぃ……! しぬぅ!
二の腕をタップして降参の意を露わにしても、朱里は抱擁を止めない。
「はぁはぁ……! お兄ちゃん……! 私が、私が守らなきゃ……!」
──どこで俺は、育て方を間違ったんだろうか。優しい子には育ったが、何かちょっと違うんだ。ほろりと涙が出た。決して、酸欠と重量差による気道の圧迫だけが原因ではない。
「やめろ朱里。兄さんが苦しんでるだろ」
助け舟を出してくれたのは、俺に次ぐ兄たる次男の蒼真だった。高身長。顔良し、頭良し、性格良し、運動神経良しと、全てを持って生まれて来た自慢の弟である。
蒼真は言っても聞かない朱里から俺を引っぺがし、困り顔で言った。
「大丈夫かい兄さん」
「ありがとう弟よ……ゔぇ……」
「はいティッシュ」
ズビッ! と鼻をかむ。
「あぁ……お兄ちゃんが……」
「僕は朱里を姉さんと呼ぶ気はないからね」
「
「倫理的にはアウトなの。兄さんが首括って死ぬよ?」
「ゔ、ゔぅ〜! だって私たちが心配してたのに、女の匂いがしてたんだもん!」
朱里が駄々をこねる様に言う。紫乃を近付けたら危険かもしれん。
「南風原さんと色々話してたからかな……? まぁ、とりあえず飯食おう。直ぐに作る。それから──」
「ダンジョンについてだよね」と蒼真。
察しが良くて助かる。
「その通り。封鎖域が広がると家を出ないといけなくなるし……まぁ、ギルド経由で何処かしら借りれるだろうが、荷物は整理しないと入り切らないだろ」
「うん……でも兄さん、どうするの? 安全な稼ぎが減るとなると、冒険者を続けていくのは危ないだろう?」
さて……ここからが勝負だ。そもそもの話、俺は家族の反対を押し切って冒険者をしていた。危険な状況に陥れば、必然的にこういう話にもなる。
「休職してもいいんじゃないかな?」
「そうだよお兄ちゃん! せめて蒼兄が冒険者資格を取るまで待ってよ! 皆で頑張れば大丈夫だから!」
そもそもダンジョンに入ることすら止められているというのに──女装して画面の向こうにいる視聴者に媚びます、なんて口が裂けても言えるかって話で。
「飯も食わずに難しい話はできない」
とにかく、俺と紫乃の呪いに家族を巻き込む訳にはいかない……! どうにか配信者になる事を隠しつつ、良い感じに言いくるめなくては!