「あーし、バズりたいのっ!」「幽霊になってまで!?」   作:一般通過呪術師

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07:家族の涙の裏で

 

 南家におけるヒエラルキーの頂点は長男である俺、南一彩である。

 父が他界し、母も病に倒れた今。感情論を抜きにしても、大黒柱として家族の食い扶持を稼ぎ、弟妹達の健やかなる成長をサポートする責務が俺にはある。

 

「そういう訳で、明日からは隣町の三角(ミツカド)ダンジョンに行こうと思う。少し出発が早くなるし、帰りは遅くなるけど、家事とかは心配しなくていいからな」

 

 食事の後で早速話を切り出す。ここで「はい」となったらそこで終わりなのだが、そんな訳がなかった。

 

「どうして私たちが“はい”と言うと思ったんですか?」

 

 朱里が丁寧な口調でハッキリと拒絶する。

 蒼真を見ても同じ。紅葉は葵を連れて二階へ上がって行った。気を遣ってくれているのだろう。俺がその小さな背中を見送った後、蒼真が口を開いた。

 

「兄さんがダンジョンで単独活動してるのを……僕らが納得の上で見送ってると、本気で思ってるの?」

 

 蒼真は唇を噛んで、必死に語気を荒げないようにしていた。朱里も眉間へ皺を寄せてキュッと口を結んでいる。

 だが、二人がどれだけ俺を想ってくれようと折れる事はできない。

 

「誰かがやらなくちゃいけない事だ」

 

「っ! そう言って父さんが死んだのを! 僕らは見たじゃないか!」

 

 ──冒険者だった俺たちの父は、先程まで俺が居たダンジョンで起きたスタンピードで命を落とした。ダンジョンの奥地へと向かった父は死体すら見つからなかった。

 

「落ちつけ。別にスタンピードの対応をする訳じゃない。ちょっと隣町でだな……」

 

「一人でダンジョンに潜ってるのが! 先ず! 自殺行為なんだよ!」

 

 朱里が机に手を叩きつけながら声を荒げた。

 否定する所はない。全面同意である。だからこそ、俺は頷いた。

 

「勿論そうだ。だから、今回は仲間を募ることにした」

 

 ピタリと二人が固まる。ずっと一人で活動を続けてきたからな。さぞ意外に映る事だろう。

 畳み掛ける様に話を切り出す。

 

「当てもある。同年代の本業冒険者から“一緒にやらないか”って誘われててさ」

 

 朱里はゆっくり座った。

 蒼真も居住まいを正す。

 

「悪い奴じゃない。ちょっとバカっぽいけど、明るくて気の良い奴で……それなりに仲良くやってけると思う」

 

 当てがある──本当。

 同年代で本業冒険者──真っ赤な嘘。職業は幽霊。

 一緒にやらないか──部分的に本当。ただし配信者。

 ちょっとバカっぽいけど、明るくて気の良い奴──多分本当。ただし、怨霊の気あり。

 

 この様に、嘘と真実を織り交ぜる事で話の信憑性を上げる事ができる。

 完全な嘘を吐くと「騙している」という罪悪感が強い。けど、これくらいなら「嘘は言ってない」に感覚が近いため、それが幾分かマシになる。この感覚こそが真に人を騙す……否、説得する時には重要なのだ。

 

 敵を騙すなら先ずは身内から。そして、身内を騙すなら先ずは己からだ。頭の中で反芻しろ! 言い放った言葉が全て事実であると! どれだけ心苦しくても、それが弟妹と自分の尊厳を守る事に繋がるのだから──!

 

「慣れない事も多いだろうし、ちょっと怪我も増えるかもしれないけどさ……俺、頑張るから。しばらく見守っててくれ」

 

 蒼真と朱里の顔は渋柿でも食ったかの様な皺だらけの物だった。しかし、俺の誠意は通じたのだろう。最後はしっかりと頷いてくれた。

 

 じゃあ、兄ちゃん頑張ってくるからな。

 女装系D-Tuberとして。

 

 

 

 ──南蒼真にとって一彩は血の繋がらない兄ではあった。しかし、それを指摘されても「だから何やねん」と力強く言い切れる程に、蒼真は一彩を慕っていた。

 

 実際の血縁関係は従兄弟。自分が産まれる半年前に、伯母夫妻が急死。急遽南家に引き取られたのが一彩だった。遅生まれと早生まれの関係で学年は違ったが、学年が同じなら双子として育てられたのだろう。今となってはその方が良かったのにと蒼真は強く感じていた。

 

 何せ、あまりにも一彩が小柄で華奢だったから。これが背丈二メートルを超す巨漢であれば、今ほど心配もしていない。顔に関してもそう。蒼真は父似のため一彩とあまり似ていないが、朱里達とは従兄妹と思えないくらいによく似た顔立ちをしている。母似なのだろう。背丈も相まって一見すると少女の様だが、その実、中身はとても頑固で責任感が強い。たった半年の生まれの差だというのに、長男であるという責任感だけで自らの将来を棒に振り、弟妹達の為に冒険者になったくらいだ。

 

 だからこそ、蒼真には強い後悔があった。

 一彩だけを冒険者にしてしまったことだ。

 

 何でも背負い込んでしまう兄の負担を減らす為に、蒼真は朱里と共に冒険者資格の取得を目指していた。取得後は長期休暇をダンジョン探索に当て、それ以外は勉学と基礎トレーニングに使う。著名な冒険者を多く輩出している迷宮探査部がある高校を志望したのも、兄と家族の為だ。

 

 しかし、世界というのは残酷で。蒼真達の歩みを待ってはくれなかった。

 

 スタンピードの兆候。嫌でも思い出される六年前。父が亡くなった日のこと。どうすれば良いかわからず、妹達と戸惑うだけの自分に──「大丈夫だ」と言ってくれた兄の顔を。

 

 今からその時に戻れるのなら、兄の言葉に安心し、考えるのを辞めてしまった自分を殴り飛ばしたかった。兄は父の死を誰よりも早く受け止め、乗り越えて、一人で戦う覚悟を決めただけだった。

 

 だから、中学卒業と同時に冒険者になることができた。

 一彩は自分の事にあまり関心がないから知らなかったが、それは新聞にも載った異例。年齢もそうだが、その手段があまりにも特異だった。

 

 先ず前提として──冒険者になるのは特別な講習を受ける必要がある。ダンジョンでの戦闘、マナー、モンスターに関する知識、採取、逃走技術。冒険者として活動する為に必要な、あらゆる技能を叩き込まれる。

 その後、二ヶ月ほどダンジョンに潜って活動実績を積み、冒険者適格試験に合格することで冒険者となる。蒼真と朱里が目指しているのはこれだ。講習を受ける事ができるのは十五歳以上の男女。かつ、義務教育を終了しているのが最低条件。この方法だと、中学卒業と同時に冒険者として活動するのは不可能。早くて夏、普通は秋からゆっくり潜っていくのが通例だ。

 

 だが、一彩は違う。

 

 一彩が使ったのは形骸化した古い制度。今からずっと昔、ダンジョン発生初期に制定された物だ。

 当時の与党が戦える者を一人でも多く確保する為、野党の反対を押し切って通した冒険者適齢法。別名、学徒出陣。満十五歳を満たした者は適性検査の後、ダンジョンへ入る資格を得るという物だ。一彩はそれを引っ張り出し、独学で身に付けた戦闘技術とダンジョン知識を駆使して、冒険者となった。

 

「蒼兄……」

 

 朱里に呼ばれ、蒼真は思考の坩堝から引き上げられた。

 一彩は明日に備えて部屋に戻っている。リビングに残ったのは妹と自分だけだ。そう思うと、蒼真の肩から一気に力が抜ける。

 

「ごめん。止められなかった」

 

 無力感だけがある。

 

「仕方ないよ……蒼兄で無理なら、誰にも止められないから……」

 

 ぽろぽろと泣き出す朱里の肩を、蒼真はそっと抱き寄せた。

 

「早く冒険者に……なりたいな……」

 

 腕の中で嗚咽を漏らす妹の言葉に、蒼真は強く頷いた。

 

 

 

「よし、防音完了っと。ふぅ……どうにか頷いて貰えたぜ」

 

 一方その頃。兄一彩は自室にて待たせていた紫乃と合流を果たしていた。風の下級魔術“凪”を使って防音まで施している。

 弟達が気に病んでいるとは知らない一彩は、自分のベッドに腰掛け、桃色の髪を指で弄んでいた紫乃と向かい合った。

 

「で──明日だが」

 

「どうするのお兄ちゃん」

 

「俺はお前の兄じゃない……あっ!? 蒼真と葵もやらないからな!!」

 

 紫乃は一彩をじっくりと見ながら言う。

 

「年下趣味じゃないよ〜 でも、蒼真くんはまだ見てないから分かんないかな? ひぃくんみたいな感じ?」

 

 一彩を改めて観察すると──男とは思えないほど線が細い。ダンジョンに籠っている時間が長く、日をあまり浴びていない為か、肌は雪のように白くてシミ一つない。その上で大きな瞳や長いまつ毛も合間って……やはり、少女然としていた。

 

 これがもう一人居るのか。

 

 紫乃は生唾を飲み込んだ。

 しかし、一彩は素っ気なく言う。

 

「いや、背も高いしキリッとしてる」

 

 それはもうありえんくらいの美青年なのでは? 紫乃は訝しんだ。

 

「へぇ──興味あるね」

 

「おい」

 

 一彩の声は決して低くはなかったが、鋭い殺意に満ちていた。

 紫乃が両手を挙げて言う。

 

「あーし死んでんだから心配なくない!?」

 

「それもそうか……良かったな」

 

「良くはねーけどね?」

 

 話が逸れた。

 

「変装に関してはドゥンキ辺り行ってくれたら良いよ。逆にひぃくんはどうすんの?」

 

「ん。勿論、ダンジョンには入るぞ。ボウズでも良い。地理とモンスターの把握くらいはしておきたい」

 

 職務に真面目。油断皆無。それが、南一彩という人間である。ただ、それも過剰なきらいがあり、病的に臆病に見える事も多かった。エレベーターで兄弟冒険者に絡まれたのも、そういう所を揶揄われていたのだ。

 紫乃は堅実な一彩の言葉に乗っかり、頭の中で予定をサクッと組み上げる。

 

「じゃあ、午前中に下見! 帰りに変装道具と配信機材! これで決まりね!」

 

「妥当だな……じゃ、俺は歯磨いて寝るから」

 

「はっや。まだ九時だよ? 夜はここからなのに」

 

「冒険者は身体が資本。早寝以上に尊ぶべき物は無いの」

 

「……背はもう伸びないんじゃない?」

 

「覚えてろよお前マジで」

 

 そんな二人の軽口は、日付が変わる少し前まで続いたのだった。

 

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