「あーし、バズりたいのっ!」「幽霊になってまで!?」 作:一般通過呪術師
入口へと戻った俺は帰還報告を済ませ、査定係の人に魔石を預けてからギルドを後にした。
「査定のおじさん、凄い顔してたね」
「クソ忙しい時に申し訳ねぇことしたなと思う」
「あーしは……多分それだけじゃないと思うな?」
「そうか? ま、取り敢えず次のミッションと行こうぜ」
場所は変わって激安市場ドゥンキーホーテ。
目に優しくない光り物と、異様な匂いが立ち込める現代の魔窟だ。とにかく安く、売ってある物も多種多様。冒険者向けの商品も取り扱っている。変装道具は勿論、携帯端末があれば配信も最低限できるという話なので、必須アタッチメントもここで購入する。
「さて……こっからはあーしのターンだね」
「頼むぞ紫乃。お前が頼りだ」
「任せなさいって! ひぃくんを立派な女の子に改造し、ガチ恋貢ぎマゾを大量生産しちゃうから!」
「やめてくれ。字面から絵面を想像しただけで、さっき食ったカロリーメイトを吐きそうになる」
本当に大丈夫か? 疑問を抱く俺の前を紫乃が勝手知ったる様子で進んでいく。
しかし、置いて行かれないように歩き出したところで一つの商品が目に留まった。
「あ、拡張バック安売りされてる……」
正式名称は亜空間携帯倉庫。所謂、アイテムボックスだ。価格は性能によってピンキリ。売られていたのはソフトボールくらいの物を三〇キロまで収納できる、ウエストポーチタイプ。頭陀袋を持つのも嵩張るし……良い機会だ。買っておこう。
「早く〜!」
「今行く」
それから俺は彼女の指示で次々とアイテムをカゴに入れていった。
金髪のウィッグ。メイク道具一。宴会用のマスク型変声機。オーバーサイズの水色ジャージ上下セット。やたら質感の良い架空学園女子制服のスカート単品。魔力で動く天使の翼と輪のコスプレグッズ。スマホを乗せて飛ぶドローン。うわこれくそ高いな……意識が飛びそうだ。
「ひぃくん、これもね」
そして、宴会用のシリコンバスト。一気に目が冴える。
「おい」
「喋ると変な目で見られちゃうぞ〜!」
紫乃はそう言ってケラケラと笑った。
レジで会計を済ませ、レシートを見ると……総額約三十万が俺の個人口座から消えていた。
「ゲボ吐きそう」
何という喪失感だ。今日の稼ぎは大赤字どころの騒ぎじゃない。
これで何も成し遂げられなければ、俺の尊厳と三十万は無に帰すのだ。
──これだけあれば、何が出来た?
あまり我儘を言わない蒼真の好きな肉を買ってやれた。
サイズが直ぐに小さくなるとぼやく朱乃の剣道用具も、紅葉のゲーム機、葵が強請るお菓子も全部買ってやれた。
それが消滅する。俺に喪失感を刻み込んだだけになる。
何も成せないとは、そういう事だ。恐ろしい。
金額に震えていると紫乃が言った。
「引くに引けなくなっちゃったね」
微笑む紫乃が、俺には悪魔の様に見えた。
「……そうかもな」
いや──逆に考えよう。腹を括るには丁度良かった、と。
俺には覚悟が足りなかった。紫乃との契約を果たし、家族のために身を削る信念が。
例え『変態女装配信者』の汚名を着させられようと、家族から白い目で見られようと、責務を全うする。これはその覚悟を促す為の金額だったのだ!
……いや、やっぱ辛ぇわ。
レジの兄ちゃんが凄い顔でこっち見てきたし、ホンマ辛い。あのドゥンキーホーテは二度と行けない。代償が重過ぎる。
「それよりさ! ねぇねぇ、ひぃくん見て!」
「ソレヨリサ! ネェネェ、ヒィクン見テ!」
道端に打ち捨てられたガムを数えながら、トボトボと帰っていた最中。買い物袋から安っぽい機械音声が流れ出した。
袋から出てきたのはパンダの人形。それも、本来なら白である部分がピンク、黒い部分が水色と、紫乃の髪と同じカラーリングの変なパンダだ。
「これ、あーしの声を拾えるみたい!」
「コれ、あーしノ声を拾エるみタイ!」
パンダを色んな角度から見てみると、中々どうして凝ったマジックアイテムだった。せっかくなので、付属の取り扱い説明書にも目を通してみる。
「へぇ……魔力の波形を感知してんのか。作りもしっかりしてるし、喋らせれば喋らせるほど精度が上がる……集音魔石が……周囲から魔力を回収して半永久的に……ほー」
なるほど、なるほどね。
こんなん買った覚えないが???
俺は決済履歴を見て、先程の買い物明細を確認した。十八万のドローンを選んだ辺りで記憶が飛んでいたが、おしゃべりパンダちゃんの名前もキッチリ書いてある。
その額──なんと六万。アイテムボックスより二万も高い。
「お前の両親を探し出して請求すればええんか???」
「あーし、死んでるから分かんない☆」
紫乃と同時にパンダがハッキリと喋り始めた。
「……まぁ、返品すれば……うん? 集音魔石の都合上、音声データが蓄積された物に関しては、初期不良品を除いて返品対応を受け付けられません……」
おいおいおい。
「このっ、ドブカスがぁ!?」
頭が真っ白になった。
「ま、待ってひぃくん! これにはちゃんと訳があるの……!」
──ほぉ。
「死刑囚にも等しく弁論する機会が与えられる。それが、この国の良い所だ……弁明してみろ」
「やっば……ガチ怖いんですけど……」
返答次第で、お前を無理矢理除霊する!!
大金を投入する事も辞さない!!
「えっとね……ひぃくんもテレビは見るっしょ?」
「最近は見てないけどな。まぁ、代わりにヨーチューブをちょっと見てる」
「ふむふむ。じゃあ少しだけ想像してみて……ヨーチューバーって側から見たらどう映る?」
紫乃の語り口調は思いの外、冷静だった。
だからだろうか。彼女の言葉はスーッと俺の中に入ってきた。ギコギコはしない。
「一人で延々とカメラに喋り掛けてるよね?」
「確かに」
「ダンジョンの中でそれって、出来そうな感じ?」
出来る出来ないなら、出来る。だが、コンテンツとして面白いかどうかは……
「テレビもプロが収録して、おもんなくてカットされるシーンとかあって。でも配信はライブな訳じゃん?」
そもそも間がもつのかという話だな。
「これを介してお前と喋ることで、無言の時間が出来ない様にしようって話か」
「そう! 例えばダンジョンについてあーしが質問して、ひぃくんが答える! 側から見れば、ウサギの被り物したヘンテコな女の子が、パンダのぬいぐるみと喋りながら、ダンジョンで無双する訳で……何か字に起こしたらさ、意味わからんくない?」
「確かに意味わかんないな……」
紫乃はパンダを介して、言う。
「意味わからんから一回見てみよう……って、なりそうじゃない!?」
深い溜息が出た。
紫乃も紫乃でバズれる様に考えていたのだ。
これを責めるのは少し、可哀想でもある。
「買う前にちゃんと言ってくれよ……被告人無罪ッ」
「やた──っ!」
やった! やった! と俺の周りで小躍りする紫乃。そして、俺の手の中でシャカシャカと動くパンダ。無駄にキレがあるの腹立つな、この玩具……画面映えするかな。
「あーし、チャンネル名も考えました!」
「ほう」
「人形抱えてダンジョンを爆走する、イカれた冒険者のチャンネル! 題して!
チャンネル名なんて考えた事もない。
物申したい事はあるが、紫乃を成仏させたら辞めるだろうし、「それでいいや」と頷いておく。今日の感じだと、名は体を表すを実行する事になるだろうしな。
「行くぜひぃくん! あーし達のバズらいふはこれからだ!」
「おー」
気が付いたら俺は顔を上げて、帰路に着いていた。
そして、翌日早朝。
俺は三角支店の仮設受付にいの一番に乗り込んだ。
「今日も……なんですね……」
受付は先日と同じ兄ちゃん。土気色の顔をしているが、腹でも下したのだろうか?
「南一彩さんにコレを渡す様にと言われていまして……」
「はい?」
手渡されたのは何とD級冒険者証だ。
「いいんですか? 実績とか」
「狩場を荒らされたら堪らん。早く中層に行けと、ウチの支店長が」
そんな大袈裟な。
「荒らしたって……素手でゴブリンを一〇八体ぶち殺しただけだが?」
「だからですよ!? 分かってて言ってますよね南さん!!」
「こういうのが昔は大流行りだったって妹から聞きまして」
「現実でやったらホラーなんですけど!? 何十組の冒険者がビビって引き返してきたと!?」
それは──正直、すまんかった。ニア千円札が束になって落ちていた物だから、ついつい気分よく拾ってしまったんだ。ただ、これを正直に話すと流石に化物扱いされそうなので黙っておく。
それから昨日と同じ様に、名前と滞在予定時間、備考欄に目的を書いた。滞在時間は八時間を予定している。
提出すると、受付の兄ちゃんは備考欄に目敏く気が付いた。
「あっ、ダンジョン配信するんですか! へぇ〜! 南さん、顔立ちも良いしイカれてるからきっとウケますよ!」
おいおい。本音はオブラートに包まないと、喧嘩の元だぞ?
「チャンネル名なんです? 同僚にも紹介しておきますよ!」
「絶対に言いませんし辞めてください」
ホンマに。これ守秘義務やからな、マジで。
バレたらテメェの肝臓と心臓にモツ抜きパンチかましてやる。
「えぇ!? 何でですかもった──ッ!?」
彼が何かを言い切る前に、軽く、心臓の上を指で二回叩いてやる。
すると、彼は何が起こったか分からないまま、腰を抜かしてしまった。
「詮索したらボコボコにします。もし気付いて、誰かに漏らしても……やっぱり、ボコボコにします」
「ひゃ、ひゃい……誰にも言いません……」
「ありがとうございますマジで助かります」
「はぁ? えっ?」
「それじゃ」
俺は猛ダッシュでエレベーターまで走った。そのまま一人で乗り込み、降下中に一気に着替える。
シリコンバスト。丈と袖が余り倒してるジャージ。金髪のウィッグ、天使コスプレグッズがちゃんと背中と頭上で発光しているかを確認しつつ、最後にマスク等を装着していく。
「萌え袖ジャージ天使爆誕。ビジュおもろいよひぃくん。映える映える」
「うっせ。にしてもこれ……打撃はちょっと厳しいな……少なくとも拳打はダメだ。蹴りならどうにか……」
動きにくい。ズボンだけは自分で裾上げしておいたから、走る分には問題なさそうだが。
俺がエレベーター内で軽くシャドーボクシングをしていると、紫乃が話しかけてくる。
「配信はもう始めちゃう?」
「早すぎないか?」
「最初はテスト配信みたいな物だからさ──ヘイ、アレクシス!! 配信始めて!」
紫乃はそう言ってパンダを介して音声認識で配信をスタートさせた。
当然同接はゼロ。しかし、これでまた新たなD-Tuberがデビューした事になる。人生の岐路の筈なんだけど、凄くぬるっと始まった。
「ほらほら! 昨日の夜に挨拶決めたっしょ!?」
「う゛ぇ〜 アレ、マジでやんのかよ」
自分の物にしてはやや高い声がエレベーターに響く。
逡巡している時間はない。例え誰も見ていなかったとしても、誰かがこの足跡を見ることだってあるだろう。バズる事を目的にしてるなら、尚更だ。だから──逃げるな。腹を括れ。
意を決して、声を張る。
「はーいこんちは! 迷宮爆走! 新人D-Tuberのぉ、ひぃたんです☆ 今日は三角ダンジョンを八時間ぶっ通しで走り回って、目につくゴブリンを皆殺しにしちゃおうと思いまーす♡」
辛い。死にたい。帰りたい。
紫乃が真顔で俺を見ている。せめてお前は何か反応をくれ。そもそも、これはお前が書いた台本だぞ。責任を取るべきはお前だろうが。
──永遠にも感じる様な地獄の無音の後、エレベーターの扉が開く。
その瞬間、俺はゴブリンへ八つ当たりを行うべく、全速力で駆け出した。
これで主人公が配信者になるまで読んで欲しいですと言える作品になりました。