魔法少女リリカルなのは~Nameless Ghost~   作:柳沢紀雪

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第十七話 Samsara

 

 消毒液が放つきついアルコール臭というものは、人ではないプログラムの身である自分にも不快に感じさせるものとリインフォースはふと思い浮かべた。そして、自分自身の快不快の感情がどこより誘発されるのかを思いやればとたんにその思索が停止する。おそらく、それを考察し始めれば答えが無く矛盾に充ち満ちた自意識の根拠というロジックの泥沼にはまってしまうため、最初からそれに対して考察しないようにプログラムされているのだろうとリインフォースは思いやる。

 愛おしいと思う感情、悲しいと思う感情、道具であるはずの自分を含めた騎士達にどうしてそのような概念が持たされているのか、そればかりはリインフォースでさえも分からないことだった。ひょっとすれば、それは暴走した闇の書が寂しさを紛らわすために生み出したものではないかというのが、リインフォースの眼前で眠るアリシアの意見だったが、それには殆ど根拠など無い。闇の書の管制人格だった自分自身、そして闇の書の騎士だったシグナム達ヴォルケンリッターは本来なら夜天の魔導書にはない機能だ。夜天の魔導書が闇の書に身を落として後、いつ誰が何を目的に自分達を作り出したのか、その記録は存在しない。

 リインフォースはベッドで眠るはやてとアリシアをじっと見つめる騎士達に目を配らせた。剣の騎士シグナム、鉄槌の騎士ヴィータ、湖の騎士シャマル、盾の守護獣ザフィーラ。彼らは多くの時を共に歩んできた家族のようなものだ。しかし、彼らが生み出されたときはおそらく相当に異なるだろう。自分たちの出生が不明であること。それが彼らにとっていかなることなのか、リインフォースには想像することが出来なかった。

 

「二人の様子はどうだ?」

 

 扉が開く音が消毒液の匂いと心電図の規則的な機械音に満たされた病室に響いた。

 リインフォースは投げかけられた声をきっかけにして自身の思考を打ち切り、面をそちらに向けた。

 

「相変わらず」

 

 部屋の端の壁にもたれかかりながら手と足を組んで立つヴィータは、部屋に入ってきたクロノとなのは、そしてフェイトに向かって短く告げた。

 

「バイタルは安定しているのですが……」

 

 時折ベッドに眠る二人の少女の額に手を置いたり、脈拍を取ったりしているシャマルはそう呟きながら、枕元の記録ボードに二人分のデータを書き込む。

 

「主はやてに関しましては、単に魔力に慣れないための疲労です。よって、まもなくお目覚めになるでしょう」

 

 リインフォースはアリシアの隣で眠る自身の主の体調を良く知っていて、問題も心配もないと全員に告げた。リインフォースは夜天の魔導書の制御人格(管制の管ははやてに移行したので、残ったのは制御の制となる)としてはやての身体の調子を殆どリアルタイムに近い状態でモニターできていた。

 

「主はやては既に闇の書の浸食から解放されて、もう身体を蝕む呪いは存在いたしません。確かに、筋力の衰えや神経系の不全などが確認されますが、リハビリを行う事で十分な回復が可能です」

 

 リインフォースの声は非常に硬質的で事務的なものだった。しかし、なのはは堅苦しい言葉の端々に彼女が心底はやての無事に安堵の感情を持っていることが感じられ、緊張していた表情を緩め、ホッと息を吐いた。

 

「そう、良かった……」

 

 これでもう自分は武器を持たなくて良い。ようやくヴィータやシグナム達とわかり合えることが出来る。たった一ヶ月ほどのことだったが、なのはには今までの人生以上に長く感じた一月だった。

 肩の荷を下ろして全身から力を抜くなのはにヴィータはそっと側に歩み寄り、なのはに耳打ちした。

 

「ユーノは?」

 

 ヴィータは秘かになのはの背後やその向こうの閉ざされたドアをちらちらと見ながら、ここにはいない少年の行方を問うた。自分たちは闇の書事件の重要参考人および被疑者として管理局に投降しとらわれている。クロノやリンディは彼らに手錠をかけることはなかったが、それでも艦内を自由に動くことは許可できなかった。

 ヴィータではユーノを探しに行くことは出来ない。

 

「……本局のお医者さんのところだよ……。ここじゃあ対処できないからって……」

 

 あの戦闘の後倒れたのははやてとアリシアだけではなかった。闇の書の正常化が報告され、アリシアの無事が確認されたと同時にユーノもまた糸が切れるように気を失ってしまっていた。無理な魔力運用によるリンカーコアの半壊。身体的な損傷はほとんど無い。地球での日常生活に支障は皆無のはずだ。しかし、リンカーコアの損傷は重大で、下手をすれば二度と魔法を使うことが出来なくなるかもしれないとなのはは告げられている。ユーノが皆と共にはなった封印魔法は、正に彼の最後の全てをかけた魔法だったのだ。

 

「そっか……ごめん」

「ヴィータちゃんが謝る事じゃないよ。悪いのは……私、だから……」

 

 なのはの脳裏に緊急入院のためにストレッチャーに乗せられて転送室に運ばれるユーノの表情が思い浮かべられた。それは、苦痛にゆがんだものではなく、死者のような安らかなものでもなかった。ただ穏やかに、後悔の曇りのない聖者のような表情だったとなのはには思えた。

 そして、同時に思い知らされる。ユーノのリンカーコアが破損し、彼が苦しまなければならない原因を作ったのは自分だと。

 なのはは後悔に手を痛いほど握りしめた。あの時、自分がユーノの手をはね除け、一人で戦おうとさえしなければ、パートナーである彼を信じることが出来ていれば、あるいは彼にあのような苦しみとハンデを与えることはなかったかもしれない。誰もがなのはの責任ではないと口をそろえる。しかし、なのはにとってこれは自身の教訓として深く心に刻み込まれていた。魔法は誰かを助けることの出来る素敵な力だと思っていた。しかし、魔法は容易に人を傷つけることが出来、生命を奪うことも出来る。自分にとって魔法とは何か、戦うとはどういうことかをなのははもう一度真剣に考えなければならないと秘かに思っていた。

 

「それで、お姉ちゃんは、どうなっているんですか?」

 

 病室に入ってからずっと、ベッドに横たわるアリシアを凝視していたフェイトは、ひどく冷静に、それでいて胸の奥にくすぶる感情を押し込んでいるように思われる口調で問いかけた。その質問にリインフォースをはじめヴォルケンリッターの面々も少し表情を陰らせる。フェイトは、はやての無事を聞いた。それは素直に安堵することが出来た。しかし、フェイトが本当に知りたいこと、姉であるアリシアの容態に関して全く言及されていないことを考えると、どうしてもネガティブな推測しか浮かんでこない。

 

「まさか、闇の書の浸食で……はやてみたいに?」

 

 自分の言葉にフェイトは心臓をひやりとさせた。闇の書の暴走は確かに表面的には正常化した。しかし、それは目に見えるところから目に見えないゆがみへとシフトしただけなのではないか。そんな考えが後から後からわいてきて、収拾がつかない。

 

「いえ、そうではありません。確かにアリシア嬢の内部には闇の書の防衛体が存在しますが、それは浸食ではなく共存と言った方が言葉は適切です」

 

 しかし、リインフォースはフェイトの推測を否定するように首を振り、フェイトの肩に手を置いて落ち着かせた。

 

「詳しく話してくれ」

 

 リインフォースの言葉の端々には詳しく確認しなければならないことが多々ある。そう感じたクロノは、取り乱しかけるフェイトをなのはに任せ、リインフォースに説明を求めた。

 

「分かりました」

 

 リインフォースはそう言って、もう一度全員の表情を順番に伺った。皆が皆自分の言葉を待って口を閉ざす。

 どう説明するべきかとリインフォースはすこしの間口元に手を当て、ゆっくりと口を開いた。

 

「皆様と主はやて、そして、アリシア嬢の尽力もあり、闇の書は呪いより解放され、本来あるべき姿、夜天の魔導書に戻ることが出来ました。」

 

「今後暴走する可能性は?」

 

 クロノは口を開きそうになったフェイトを手で制して、彼女の代わりに質問を担う。フェイトは眉間にしわを寄せながらクロノを睨むが、クロノはそれに気を止めなかった。

 

「皆無とは言えませんが、極めて可能性は低いと言えます。暴走していた防衛体は、封印魔法を受けることでアリシア嬢の中でほぼ無力化され、今後正常な状態で成長していけば夜天の魔導書が暴走することはあり得ません」

 

「そうか、何よりだ」

 

 暴走する可能性はほとんどない。今後、闇の書によって犠牲になる人々はもう生まれない。それを思い、クロノは瞑目してゆっくりと胸の中から空気をはき出した。この会話は艦長室のリンディと、未だ本局のオフィスで軟禁となっているグレアムも聞いているはずだ。二人は今何を思い、これを聞いているのか。クロノには確実なことは分からない。しかし、やはり二人も自分同様どこか解放されたような感覚を感じているだろう。

 クロノはその感触に安心しながらも、どこかで自分を構成していた一つの要素が消失したような寂寥の思いを感じた。

 

「ええ。本当に良かった……。後は、正常な状態で成長した防衛体を私が認証すれば、たとえ防衛体が破壊されても私が再生させるものは暴走体ではありません」

 

 仮に、防衛体が暴走したまま消滅していれば、あるいは問題は解決しなかったとリインフォースは呟いた。それは、主と約束が果たせないことを意味する。闇の書の内部ではやてとリインフォースが交わした約束、「ずっとともにいること」、そして「本当の家族になること」を果たせなかった。月に召されて空より見守ることも悪くはないとリインフォースは思う。しかし、側で見守りともに歩んでいけることがどれほど喜ばしく、誇りに充ち満ちていることだろうか。

 

 リインフォースは僅かに口を閉ざし、こみ上げる感情を反芻するように軽くうつむいて目を閉じる。

 クロノは横目でチラリとフェイトの表情を伺った。クロノの命令で口を閉じている彼女だが、言いたいことがあると言わんばかりに身体をうずうずとさせている。隣で彼女の手を握って落ち着かせようとするなのはもやはり聞きたいことが多くあった。

 クロノは誰にも覚られないようにすこしだけ肩をすくめ、二人が本当に聞きたいこと、そして同時に自分も確かめておきたいことをリインフォースに問いただすこととした。

 

「それで……アリシアは、どうなっている?」

 

 曖昧な質問であるとクロノも自覚していた。あるいは自分もまたそれを聴くのが怖いと感じているのか。リインフォースも少し口を閉ざして目下で眠り続けるアリシアに目配せをした。昏々と眠り続けるアリシアの表情は穏やかで、寝息も落ち着いていた。頬をつねれば驚いて飛び起きてきそうな程安らかだった。

 何の異常もあるように思えない。しかし、アリシアは封印魔法を受けて以来目覚める兆しが一つもなかった。

 

「…………先ほど申しましたように、アリシア嬢の体内――嬢のリンカーコアは今、防衛体と融合……共存状態にあります。同時に防衛体が正常に成長すれば、すべてが上手くいくと述べました」

 

「ああ」

 

 クロノは短く答え、先を促した。

 

「一つだけ問題があります。防衛体の成長には時間がかかるということです。例えるなら、今の防衛体は生まれたての赤子のようなもの。おそらく、アリシア嬢の内部より取り出しても問題ない程にまで成長するにはそれなりの時間が必要となるでしょう」

 

「では、防衛体が成長するまでアリシアは眠り続けるということか?」

 

「そうなります」

 

「今すぐ取り出す事はできないんですか?」

 

 なのはがおずおずと手を挙げて質問する。クロノは発言を許可した覚えないと少しだけなのはを睨むが、なのはは少し後ずさりしながらも発言を取り消さなかった。

 

「確かに、シャマルの旅の鏡があればアリシア嬢より直ちに防衛体を摘出することは可能でしょう。しかし、今の状態でそれを行ってしまえば、ほぼ確実に防衛体は暴走を始めるでしょう」

 

 なのはは話題にあがったシャマルに目を向けた。シャマルは何も言葉を発しなかった。しかし、向けられた視線から逃げることなく正面から受け止め、うなずいた。それは、言葉よりも強い意志をなのはに返す。

 リインフォースの言葉に間違いはない。成長段階にさえ入っていない防衛体を今の状態で取り出せば、それはまるで揺り籠から落とされた赤子のように腕を振り回し、あらん限りの力を発して暴れ回るだろう。それは悲劇の再来を意味する。それだけは許すわけにはいかないとクロノは思った。

 

「だったら…………いつ、なんですか?」

 

 底冷えした夜の空気のような声が病室に響き渡った。静かな声だった、静かで低く抑えられた声だった。重くのしかかるような声だった。

 

「フェイトちゃん……」

 

 その声の主、フェイトはなのはの手をふりほどき、なのはが声を漏らた時には、まるで詰め寄るように数歩前に進みリインフォースに冷たい眼差しを叩きつけるように向けていた。

 

「いつになったら、お姉ちゃんは帰ってきてくれるんですか? それなりの時間ってどれぐらいなんですか!? 明日ですか、明後日? 一月ですか一年ですか? それとも何十年も待たなくちゃいけないんですか!?」

 

 聖祥学園の制服のスカートを握りしめ、フェイトは強く声を上げた。それは荒々しい声ではなく、取り乱したような声でもなかった。それらを必死に押さえ込んで、冷静になろうとするが故の叫び声だった。クロノとなのは、そして騎士達もまたそれに口を挟むことが出来なかった。なのはとクロノは冷静にフェイトを止める自信がない故に。騎士達はこれが自分たちの受けるべき咎であるが故に。

 

「もう、いやなんです……。お姉ちゃんを帰してください、お願いします。お姉ちゃんを……かえ、して……」

 

 服の裾を握りしめるフェイトの手の甲にぽつりと雫が一つ舞い落ちてはじけた。

 

「……申し訳ありません、フェイト嬢。私にはまだはっきりとしたことは申し上げられません。ですが、少なくとも何十年もかかるようなことはありません。永遠に眠り続けることは絶対にあり得ません。しかし、その目覚めがいつになるか、何一つ確信できる答えを返すことは出来ないのです」

 

「…………」

 

 うつむくフェイト。

 

「申し訳ありません」

 

 リインフォースはそういって深く頭を下げた。今の自分にはこうすることしかできない。

 

 病室に沈痛な静寂が訪れる。聞こえるのは、こらえきれずに漏れ出した嗚咽のみ。

 どうして、完璧に行かないのかとクロノは思った。今度は繰り返さない、繰り返したくないと常に言葉にしていたアリシアは今は何の答えも返さない。

 

(君が繰り返してどうするんだ、アリシア……)

 

 「馬鹿者」とクロノは呟いた。

 

「心配せんでもええで」

 

 静寂に沈んでいた病室に、凛とした声が響き渡った。

 

「えっ?」

 

 驚いて面を上げるフェイトが見たものは先ほどまで眠っていたはずのはやてだった。はやては、少し身体がだるそうな様子でゆるゆると上体を起こすと「ふう」と一息ついて、ベッド脇のコップから少量の水を口に含んで口を開いた。

 

「はやて! 無茶しないで」

 

 はやての覚醒に気がつけなかったヴィータは驚いて彼女の側に駆け寄り、靴を履いたままベッドに飛び乗ってその背中を支えようとした。

 しかし、はやてはベッドに膝をついて側に来ようとしたヴィータを手で制した。

 

「アリシアちゃんは、私の背中を押してくれた。大切なことを思い出させてくれた恩人や。やから、私が絶対にアリシアちゃんを目覚めさせてみせる。一秒でも早く、フェイトちゃんとお話しできるよう頑張るから……リインフォースを許してあげてもらえへんかな?」

 

 はやての言葉にフェイトは気がついた。はやてにそれを言わせてしまったと思い至った。

 はやての言葉には強い決意が感じられる、シグナム達ヴォルケンリッターの犯した罪、闇の書が犯してきた罪を彼女はすべて背負おうとしているとフェイトは直感してしまった。

 

「責を言うのであれば、すべての責任は将である私にある。すまないテスタロッサ。責めるのであれば私を責めてほしい」

「私からも、お願いします。アリシアちゃんがこうなると予想できなかったのは参謀である私の不手際でした」

「あたしも、頼む。あたしだってもっと早く気づけてたはずだったんだ」

「盾であるはずの我の為体(ていたらく)を許せ、テスタロッサ」

 

 シグナム、シャマル、ヴィータ、ザフィーラさえもはやてとリインフォースの周りに集まり、皆一様に深々と頭を垂れた。

 

「…………」

 

 フェイトは何も言わず、ただうつむくことしかできなかった。何を許せばいいのか、何を咎めればいいのか。感情から出された言葉には根拠はなく、しかし、それ故根深い。感情に折り合いをつけることも出来ず、かといって一度出された言葉をなかったことにすることなど出来るはずもない。

 

「フェイト……」

 

 背中から届くクロノの声にもフェイトは言葉を返せない。

 フェイトには分からない、自分は何を許して何を許さないべきなのか。ただ一つ理解できたことは、はやて達は今あることをすべて受け入れ、そして背負っていくことを決意してたということだけだ。

 

 

  今のフェイトには彼らが眩しすぎた、夜の終わりを示す暁のように直視するにはつらすぎた

 

 

 黙り込むフェイトにそれ以上誰も声をかけることが出来ず、許しを請うた騎士達もまた許しをもたらされるまで一歩たりともそこを動くことも出来なかった。

 誰もがフェイトの言葉を待っている。しかし、フェイトは言葉を紡ぐことが出来ない。

 

『取り込み中のようだけど、少しいいかしら?』

 

 硬直していた空気をそんな柔らかな声が壊した。うつむいて身体を震わせるフェイトに集中していた視線のすべてがその瞬間空気を切る勢いでその声の主へと向けられた。

 

『あらあら……時間を改めたほうが良かったかしら?』

 

 モニターに映されたのは可愛らしく小首をかしげた女性、リンディだった。クロノはそんな母のあまりにも年甲斐のない仕草に頭を抱えたくなったが、この硬直した空気を抜いてくれたことに感謝の念を送った。

 

「いえ、何かご用ですか? 艦長」

 

 クロノはリンディがリアルタイムでこちらの様子を見ていたと言うことを知っているため、おそらく彼女はこの硬直した空気を一新させるためにわざと場違いな通信を送ることにしたのだろう。それはあまりにも露骨なやり方だとクロノを含めた全員が思ったが、不思議とリンディに不満を述べたがる者はいなかった。

 

『はやてさんも起きたことだから、そろそろ調書を取りたいのだけど。もう少し後にしましょうか?』

 

 リンディはそういってベッドで上体を起こすはやてと、その周りに集まる騎士達に目配せをした。

 視線を送られたはやては少し困ったような表情でリインフォースやシグナム達、クロノに目を向ける。

 フェイトのことは放っておけないことだ。しかし、今ここでこれ以上話を続け多ところで、互いに歩み寄れるかと言われればそれは全く確信の持てないことでもある。

 はやての視線を受け、シグナムはリインフォースと互いに目配せをして、はやてに軽く頷いた。

 

 ここは少し時間をおいた方がいいかもしれない。

 

 はやては二人の仕草からそれを読み取り、改めてリンディに対して了承の言葉を告げた。

 

「分かりました、今から行きます。こういうことは、早いほうがええでしょうから」

 

 ヴィータとシャマルははやての体調を心配したが、足が動かないこと以外は至って健康だとガッツポーズで答え、ザフィーラに抱えられ病室備え付けの車いすに乗せられた。半年前、アリシアが使っていた異世界の車いすの乗り心地はなかなかのもので、先の戦闘で壊れてしまったものの代わりにほしいと思ってしまったほどだった。

 

「では、艦長室まで案内……いや、護送する。ついてきてくれ」

 

 クロノは出立の準備が出来たはやて達を誘導しつつ部屋の扉を開いた。病室の入り口を固めていた四人の武装魔導師にはすでにリンディから事情が伝達されていた様子で、はやてと騎士達の前後を二人ずつで固めるように素早く配置された。

 はやては、その四人の様子に僅かなおそれを感じ、隣のリインフォースの手を取るが、四人がこちらに向ける視線には敵対ではなく、同情の念の方が多かったことに安堵した。

 

「先に行っていてくれ、僕は後から行く」

 

 クロノは護衛の魔導師にそう伝え、四人はちらりとクロノの後ろにいる二人の少女の様子を確かめ、背筋を伸ばして敬礼でその命令を受理した。

 

 はやて達は最後に自分たちに背中を向けてたたずむフェイトに視線を向け、互いに頷きあい廊下を歩いていった。

 彼女たちの姿が廊下の曲がり角の向こう側へと消えていったことを確認し、クロノは開けっ放しの病室の扉の中へと改めて身体を向けた。

 

 未だ微動だにしないフェイトと、どうしていいのか分からず、落ち着きなく視線を揺れ動かせるなのはが残されていた。クロノは気分が沈む感覚を覚えるが、それでも態度だけは執務官らしい毅然な風を装い姿勢を正した。

 

「おそらく、彼女たちの事情聴取にはまだ且く時間がかかると思う。今日はもう海鳴りに戻ってゆっくり身体を休めろ、いいな?」

 

 クロノの命令になのはは少しとまどいながらもゆっくりと頷いた。そして、横目でチラリとフェイトの様子もうかがうが、フェイトもクロノと目を合わさないままコクリと小さくうなずいていた。

 

 フェイトがすこしであっても反応してくれたことに二人は心の内で安堵の念を浮かべた。クロノはそのまま二人にトランスポーターの使用許可の入ったメモリーチップを渡し、許可の有効期限が本日いっぱいであることとアースラ経由なら本局を一度だけ往復できることをよく説明し、部屋を辞した。

 本局への一回分の往復許可は、クロノなりの自分に対する配慮だろうとなのはは確信した。ユーノに会いたい、その感情をクロノに見抜かれていると言うことは何となく恥ずかしい感覚を覚えるが、なのははクロノに素直に感謝することにした。

 

「あの、フェイトちゃん……私、ユーノ君のお見舞いに行こうと思うんだけど……一緒に行く?」

 

 気分を入れ替えるために一度場所を移した方がいいとなのはは思った。会話は弾まないだろうが、なのははフェイトを放っておくことは出来ない。ユーノもまたアリシアと同様に今は眠りについているだろうが、彼を前にすれば自分も思うところが素直に言えるのではないかとなのはは思った。

 

 しかし、フェイトはなのはの誘いには答えず、小さく首を振るだけだった。

 

「もう少し、お姉ちゃんの側にいたいから……ごめん、ユーノのお見舞いは、明日にする」

 

 なのははそれに何の反論も出来なかった。仮にフェイトが自分だとして、アリシアをユーノに置き換えてみれば、おそらく自分も同じことを言っただろうとなのはは確信できる。なのはにとってはパートナーの側にいたいという思いから、そしてフェイトは唯一の血を同じにする肉親の側にいたいという思いから。ともに自分よりも重い相手に対する感情として、なのははフェイトの気持ちを痛いほど理解することが出来た。

 

 

「分かったよ。フェイトちゃんも、無理しないでね。また、明日……」

 

 明日になればすべてが元通りになっていることを願い、そんなことは起こりえないと分かっていながらもなのははそういって病室を後にした。

 

 病室に静けさが残った。人の醸し出すぬくもりは消え、空調によって管理されているにもかかわらず随分と冷え冷えとした空気が訪れたようにフェイトには感じられた。この空気を作り出したのは自分だとフェイトは知っていた。

 

「私が、闇の書の中でもっとうまくやれてれば良かったんだ……」

 

 それを彼らに言えれば、それで良かった。そう言えていれば、こんなにも皆が悲しい気分になることもなく、はやて達に重荷を背負わせることもなかった。自分もまた、こんな寒さの中で震えることもなかった。何事もなかったはずで終われていたはずだった。

 しかし、言えなかった。頭で分かっていても感情がそれについて行かない。冷静にならなければならないと分かっていても、感情が言うことを聞いてくれない。

 

 フェイトは面を上げ、アリシアに背を向けて歩き出した。病室の扉が開かれ、フェイトの手によってその照明が落とされる。暗闇に沈む病室にはアリシアの穏やかな吐息と心電図の規則的な発信音のみが響いて聞こえる。

 フェイトは扉の向こう側に立ち、振り向いた。

 

「私、強くなるから。今度は守れるぐらい強くなるから……お休みなさい、お姉ちゃん……」

 

 閉ざされた扉により廊下より差し込んでいた光が遮られ、廊下より僅かに届く硬い感触の足音も次第に弱まり、消えた……。

 

 

 

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