TS転生美少女だけど世界救ったからアイドル始めた、仲間達が曇った 作:サイボーグアイドル
「みんなー! 今日も私と一緒に、絶望をハッピーに塗り替えちゃおうねっ! ミュージック、スタート!」
鳴り響く重低音。
空間を切り裂くレーザーライト。
そして、数千人の観客が振りかざすケミカルライトの光の海。
その中心で、私は最高にキュートなポーズを決めていた。
名前はルナ。
この灰色の世界に舞い降りた、文字通りの『希望の星』。
ひらひらのフリルが踊るステージ衣装に身を包み、さらさらの銀髪を振り乱して歌い踊る私は、どこからどう見ても可憐な美少女アイドルである。
まあ、実際は完全無欠の可憐な美少女はとうの昔に死んでいるのだが。
(……いやぁ、マジで死ぬかと思ったわ。っていうか一回死んでたわ。物理的に)
満面の笑みを観客に振りまきながら、私の脳内ではそんな世知辛いセルフツッコミが炸裂していた。
そう、私は元男だ。
それも、こことは違う平和な日本という国で、社畜という名の魔物に魂を削られていた冴えない男。
それがどういうわけか、この世紀末感溢れる異世界に転生し、しかも絶世の美少女になってしまった。
どうせなら不労所得で一生遊べるお姫様とかが良かったんだけど。
歌っている曲は、私が前世の記憶を頼りにアレンジしたポップソング。
この世界には娯楽が少ない。
空を覆う巨大な「汚染雲」のせいで、人々は地下都市やドーム状の居住区に押し込められ、今もなおいつ襲いくるか分からない「変異種」の影に怯えて暮らしている。
そんな連中にとって、私の歌声は文字通りの薬……もとい、救いなのだ。
「ルナー! 愛してるぞーっ!」
「好きだーっ!」
野太い声援が飛んでくる。
前世でアイドルオタクに「キモい」とか思っててごめんな。
今ならわかる、お前らのその情熱が私のガソリンだ。
(さて、そろそろサビだな。ここで『ルナちゃん・スマイル』、投下!)
私は華麗にターンを決め、客席に向かってウィンクを放つ。
その瞬間、私の視界の端に、ノイズのような数値が浮かび上がった。
『内部出力:85%。冷却システム:正常。擬生皮膚の表面温度:36.5度を維持』
ああ、これだ。
これがあるから、私は「完全な美少女」には戻れない。
私の身体。
この細い腕も、しなやかな脚も、今まさにビートを刻んでいる心臓さえも。
その八割以上が、鈍く光る超高密度合金と、複雑な電子回路で構成された「機械」だ。
一年前。
この世界を飲み込もうとした「終末の巨獣」との最終決戦。
私は選ばなければならなかった。
美少女としての尊厳を守って死ぬか、あるいは人間を捨てて、このクソッタレな世界を救うか。
(まあ、答えは決まってたんだけどね。だって、死んだら美味しいご飯食べられないし、可愛い服も着られないじゃん?)
結果、私は自分の肉体のほとんどを触媒として捧げ、この世界を滅ぼそうとした「元凶」を物理的に消滅させた。
爆発の衝撃でミンチになりかけた私を繋ぎ止めたのは、この世界のロストテクノロジーを結集した「義体」だった。
おかげで私は、こうしてアイドルとしてステージに立っている。
食事はできるが味はデータとして処理され、睡眠はただのバッテリーチャージ。
汗だって、演出用に調整された冷却水に過ぎない。
「ありがとう! みんなの応援、しっかり胸に届いてるよ!」
私は左胸を叩く。
そこにあるのは肉の鼓動ではなく、微かな駆動音を立てるマイクロリアクターだ。
客席の熱狂は最高潮に達する。
だが、最前列の関係者席。そこに座っている「彼ら」の表情だけが、私にはどうしても気になった。
*
「……見ていられんな」
ステージ脇の暗がりで、かつてルナと共に戦った戦士カイルは深く、重い吐息を漏らした。
彼の視線の先では、銀髪の少女が眩いばかりの光を放ち、誰よりも元気に跳ね回っている。
その姿は一年前、血反吐を吐きながら世界を救った英雄の面影を隠すように、過剰なまでの明るさに満ちていた。
「彼女は笑っているわ、カイル。それが彼女の選んだ『戦い』の続きなのよ」
隣に立つ魔術師のセーラが静かに言った。
だが、その声は震えている。
セーラは知っていた。
ルナの衣装の下に隠された真実を。
激しいダンスの拍子に、時折のぞく関節の継ぎ目。
人間の肌を模してはいるが、決して赤らむことのない陶器のように冷徹な皮膚。
激闘の末、彼女の肉体は文字通り「消滅」した。
今そこにあるのは、彼女の魂を定着させるためだけに作られた、精密な棺桶に過ぎない。
「あいつの右腕は、もう二度と人の温もりを感じない。喉に埋め込まれた合成音声機が、あんなに楽しそうに歌を紡いでいるのが……俺には、悲鳴にしか聞こえないんだ」
カイルは拳を握りしめた。
観客たちは、彼女が「機械仕掛けの救世主」であることを知らない。
ただ、天から降ってきて世界を救った奇跡の美少女だと思い込み、その輝きを享受している。
彼女がどれほどのものを喪い、どれほどの冷たさを抱えてステージに立っているかも知らずに。
「ルナは言ったわ。『同情されるアイドルなんて二流でしょ?』って。だから私たちは、彼女の望み通り、最高の笑顔で騙され続けなきゃいけないのよ」
ステージ上のルナが、一際大きなジャンプを見せた。
着地の瞬間、金属同士が噛み合うわずかな衝撃音が、爆音のスピーカーを突き抜けてカイルの耳に届く。
それは彼が決して忘れることのできない、あの日、彼女の身体が砕け散った時の音に似ていた。
*
「ふぅー! お疲れ様でしたーっ!」
楽屋に戻るなり、私は豪華なソファにダイブした。
本当なら「ドサッ」と重たい音がするはずだが、そこは最新式の義体。
着地は羽のように軽やかだ。
「ルナ様、お疲れ様です。エネルギー残量が規定値を下回っています。すぐに急速充電に入ってください」
マネージャー……という名のメンテナンス担当、ロイドが厳しい顔でタブレットを差し出してくる。
こいつも元は軍隊の冷徹な指揮官だった癖に、今じゃ私の衣装の洗濯から関節のグリスアップまでこなす、立派な裏方だ。
「もー、ロイドは堅苦しいなぁ。せっかくライブが大成功だったんだから、もっとこう、『ルナちゃん最高! 世界一!』とかないわけ?」
「あなたは世界を救った英雄です。その価値を考えれば、最高なのは自明の理……ですが、今回のダンスは右足に負荷をかけすぎました。修理費がいくらかかると思っているんですか」
「うっ、世知辛い……。いいじゃん、アイドルは身体が資本なんだから。これくらい先行投資だよ」
私は冗談めかして言いながら、自分の右腕を眺めた。
袖をまくると、そこには肌色のコーティングが途切れ、銀色のフレームが剥き出しになった部分がある。
(……ああ、やっぱり少し摩耗してるな。困ったもんだな機械の体も)
ふとした瞬間に思い出す。
空を埋め尽くすほどの絶望。
巨大な爪が私の腹部を貫いた時の、熱いという感覚さえ通り越した「無」。
あの時、私は確かに「死ぬ」と思った。
それなのに、今こうして鏡を見れば、そこには前世の私とは似ても似つかない、お人形さんのような美少女が映っている。
「……ねえ、ロイド。みんな、笑ってた?」
不意に、私の中から「元・男」としての本音が漏れた。
「はい。少なくとも私の観測範囲では、全員が満足げな表情を浮かべていました」
「そっか……なら、いいんだ。私の身体が鉄屑になろうが、あの人たちの笑顔が見れるなら、おじさんの体なんて安いもんだよね」
「……あなたは『おじさん』ではありません。可憐な少女です。その自覚を忘れないでくださいと、何度言えばわかるのですか」
「はいはい、わかってますよーだ。さて、チャージしながら次の曲の歌詞でも考えよっかな!」
私は充電ケーブルを自分のうなじのポートに差し込む。
視界がゆっくりと暗転し、スリープモードへ移行する。
夢は見ない。
機械に夢を見る機能は搭載されていないからだ。
けれど、意識が消える直前、私は「空の色」を思い出していた。
真っ赤に染まった終末の空。
いつか私の歌で、あの空を本当の青色に変えてみせる。
それが、美少女として生まれ変わった私の、二度目の人生の「クエスト」だ。